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ならば強行突破します!~オーロラの帝都と癒やしの殿下~

第四話 夏の行幸 その二

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 そして、秋となり初雪が降る前に王城に戻ろうと、話が出た頃。クリストフとミシェルの姿はスタニスラワ帝国国境近くの白き森に囲まれた村にあった。

 いざ出発というところで、同行した領主と村長を交えて、クリストフがあれこれと話しだした。長話になりそうだと判断して、ミシェルは護衛の騎士を二人連れて、れいの墓参りをこっそりすることにした。

 墓は村から少し行った森の中にある。クマやイノシシなどの野生動物には気を付けねばならないが、基本彼らは勇猛な狼族の騎士の姿を見れば、逃げるものだ。
 そして、墓標に祈りを捧げて戻ろうとして、ミシェルは二人の騎士によって、茂みに身を潜めるように指示をされて身を屈めた。

 狼族の耳も鼻も良い。だからこそ優秀な兵士であるのだ。遠くから近づく気配を彼らは感じとっているのか、さかんに頭の上の耳を動かしていた。
 はたして現れたのは、狼族の見慣れぬ騎士達と目深にフード付きのマントをかぶった、彼らよりもさらに頭一つ高い人物だった。背の高さからするとクリストフや父王と変わらないだろうか。体格もだ。

 ミシェル付の若き騎士であるユッシの雰囲気がさらに緊迫したものになる。もう一人の年かさの騎士であるマウノも同様だが、彼はミシェルに向かい指文字を一文字づつ作った。
 音で気配を悟られぬように、狼族の戦士達のあいだで伝わるものだ。国ごとに違うが、クリストフからミシェルはリンドホルムのものを習っていた。

 帝国と読めた。ミシェルは息を呑む。ここは国境近くとはいえ、それでも帝国に入るのは馬を飛ばして半日はかかる距離だ。そもそもリンドホルム国の中に帝国の騎士が踏み入っただけでも、立派な敵対行為だった。

 クリストフが王位に就くまでのごたごたがあって、帝国とは国交断絶状態が続いている。そもそも、三代前のスタイフ国王の建国当時から、リンドホルムの金脈を狙う帝国との仲はよくないのだ。

 しかし、相手の騎士達の数は十名ほど、これを二人の騎士でとがめるのは明らかに無謀だ。ミシェルが戦力にならないことも、自分自身よく心得ている。
 ここは息を潜めてやり過ごすしかない……と考えたところでミシェルは目を見開いた。

 いつのまに犬族の村の子供が二人。小さな姿は茂みに隠れてこちらにやってくる、帝国の騎士達に見えないが見つかるのは時間の問題だ。

 子供達は王城からやってきたという綺麗で優しく自分達にも話しかけてくれた殿下が、お別れの日に村の外へと向かったのを追い掛けてきたのだった。村の外の森は危ないから子供達だけで向かっては駄目だと大人達に散々言われていたが、それを守れないのが子供というものだ。
 小さな冒険は兄弟二人で森に出たことが分かれば、大人達に怒られておしまいのはずだった。そこに帝国の騎士がやってるなど、誰もが思いもしなかった。

 見つけられたならば無断で国境を越えた帝国の騎士達は口封じのために二人を殺すかもしれない。

「マウノ、子供達の保護を、ユッシはクリスに知らせて!」

 それだけ言ってミシェルは飛び出した。帝国の騎士達が一斉に身構える。
 ミシェルは風をまとい駆け出した。魔力をまとった脚は速い。足場の悪い森の中でも跳んで駆ける。

 狼の騎士達はぴたりとついてくる。さすがに天性の戦士だと言われることはある。狼たちのことは、この国に来てからよりよく知ることが出来た。
 狐族とて俊敏性では負けていないが、狼族の体力には敵わない。彼らに追跡され続けていれば、いつかは捕まる。その前にクリストフが来てくれるかもしれないが、助けを待つようなことをミシェルはしなかった。

「うわっ!」
「なんだっ!」
「氷の魔力か!」

 自分が通り過ぎた直後に、その後ろの地面を凍らせる。クリストフに習った罠だ。茂みに隠れて狼達の目でも、とっさには判別出来ず、自分を追い掛けてきた騎士達は足を取られた。

 追い掛けてきているのは五名……あとの半分とフードの男が少し気になったが、それより今は村に戻るのが先決だ。
 気をつけて迂回してちょっと遠回りになってしまうけど、この道で間違いないはずだ。

「念のためとここで待っていたが、近衛騎士達をまくとは、さすがかの大公の息子だな」

 それまで存在さえ感じさせなかったのに、木々のあいだから現れたフードで顔を隠した長身。通った高い鼻筋だけがミシェルには見えていた。
 みぞおちに衝撃を食らい、世界は暗転した。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 ユッシからの知らせを受けてクリストフは森へと向かった。

 銀狼の目と鼻は優れた北の狼たちの中でも、別格だ。まして愛する者の足跡と匂いを間違えるはずもない。
 風の魔力に秀でているミシェルの歩幅はかなり広く、跳ぶように駆けたことがわかった。

 追跡者の狼たちの歩幅は一定しており、かなりの練度だとみてとれた。この足跡の深さは甲胄をまとっていたからだろう。重騎士の装備ということは近衛騎士団か? と考えて、クリストフは眉間にしわを寄せた。
 帝国との国境近くとはいえ、どうして近衛が国境を侵してまでここに来たのか? 嫌な予感がする。

 その予感はミシェルの足跡と匂いが途切れた時点であたっていた。自分並みの長身だろう軍靴の跡。だがその体重のかけ方は狼族のものとは違う。獅子族に近いが獅子ではない。
 まして、ミシェルの匂いをかき消すような、強力な魔力。まるで自分の存在を見せつけるような。
 これはクリストフがわかるとわかっての挑発か? 

「私達が付いていながら、殿下を……申し訳ありません」

 ユッシとともに頭をさげたマウノにクリストフは「いやお前達のせいではない」と首を振る。

「ミシェルの命令に君達が従うのは当然のことだ」

 王侯ならば、平民の子供達など捨て置いて、自分の身を守るのが最優先ではある。しかし、クリストフもミシェルも、子供達の命を捨て置けるような人間ではない。
 だから自分が囮になったミシェルの行為は褒められたものではないが怒る気にもなれない。一人は子供達の護衛に、もう一人はクリストフに知らせるように命じたとっさの判断はこの緊急事態に間違ってはいない。

 ミシェルはちゃんと対策をとって護身の風の魔力を使い逃げるだけでなく、追っ手の騎士達を足止めしたことも、途中に彼の氷の魔力が残っていたことでもわかった。
 ただ相手が悪かったのだ。ミシェルの動きを先読みして待ち伏せた知謀。複数の馬のひづめのあとからして、ミシェルを捕まえてすぐに彼らは国境を越えようと全速力で駆けているはずだ。

 今から追えば白の森の中、追いつくのは帝国との国境が複雑に入り組んだ曖昧な場所でということになる。
 下手をすればこのまま帝国との戦争ということもありえた。
 それでも、すぐにでも追い掛けたいが今は動けない。

 現在、海を越えたタイテーニア女王国の動きが怪しいとの報告を受けていた。帝国との国境からクリストフが離れられないとわかれば、反対側の海から女王国の艦隊が押し寄せてくる危険があった。

 まさか、リンドホルムを挟んで帝国と女王国が手を結んだか? とも考える。それならば、より慎重に行動しなければならない。

 今のところミシェルの身が害されることはないだろう。彼をひと目見れば男子の銀狐とわかる。そのような存在など、この大陸で二人しかいないことも、帝国の近衛騎士ならば知識としてわかっているはずだ。
 まして、クリストフが考えてるとおりの相手がいたならば、ミシェルの存在は貴重な取引の道具と考えるはずだ。リンドホルムのみならず、サランジェに対しても。

 国のために王として帝国に膝を屈することは出来ない。だが、必ずミシェルを取りもどすとクリストフは心に誓う。
 たとえ、彼の身が帝国の奥深くにあろうとも、今は動けずとも、時が来たならば風のように駆けて最愛を迎えにいく。

「待っていてくれ」

 クリストフは今は横にいないミシェルに向かいつぶやいた。





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