上 下
22 / 73
断罪エンドを回避したはずなのに今度は王妃になれと言われました

第七話 銀の王妃の戴冠 その二

しおりを挟む
   第七話 銀の王妃の戴冠 その二



「まったく、私にかけらの相談もなく、よくもやってくださいましたね」

 後宮は王妃の間にて、レティシアはしっぽをぶわりとふくらませて怒っていた。猫足の長椅子で腰を抱かれて横に座るのではなく、膝に座らされてしまったのは、馬車の中でもずっとそうされてきたからだ。

 「先に言えば絶対拒否しただろう?」とのロシュフォールの言葉に「当然です」とレティシアは答える。

「辺境伯の庶子に過ぎない私を公爵にしたうえに、さらには王妃と同格の大公なんてどうかしています」

 本来ならめんどくさい根回しとか色々したところで、名門貴族達の間から文句は出るだろう。それをいきなり玉座の間で王たるロシュフォールが宣言してしまったのだから、誰も表立って反対など出来なくなってしまった。

「だが、俺はお前以外の“伴侶”を娶るつもりなどないぞ。
 それにな、生まれてくる子供達のためにも、その母の地位は高いほうがいい。俺はお前の子を妾腹になどするつもりはないぞ」

 これはロシュフォールのにがい思いからだろうことは、レティシアにもわかった。彼は十年前の反乱でたった一人だけ生き残ったから王になった。
 だが、もしも彼が王妃の子であったならば、あのような反乱は起こらず、正当なる黄金の獅子の血統をもって誰にも文句を言われない王位継承者であったはずだ。

 もっとも、そうなるとロシュフォールの母親はパオラ王太后となるわけで、彼としては死んでもゴメンだと言いそうだ。
 とはいえ、たしかにこれはレティシア一人の問題ではなく、生まれてくる子供達の将来のことだ。そして王の子である以上は、それはこの国の将来にも直結する。

 その子達をロシュフォールとともに守っていくには、不要だと思っている地位も必要だろう。

 それに。

「よくもまあ、外堀を埋めてくれましたね」
「お前には口では敵わないからな。実力行使が一番だろう?」

 ロシュフォールは良い笑顔でいい「直接すぎます」とレティシアはあきれたため息をついたのだった。
 とはいえ、最初はぶわりとふくらんでいた尻尾も、最後はふわふわ揺れていたりしたのだが。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 しかし、次に問題となったのは、ロシュフォールの過保護さだった。
 表の執務室へ向かうのは当分出来ないとして、書類を奥に運ばせて、書斎で仕事をしていたら怒られた。

「身重で仕事をする奴があるか!」
「横になって休んでいろ!」

 さらにはレティシアが立ってなにかをしようとすれば、すぐに腕が伸びて抱きあげて運ばれる。一人で出来ますと言えば二言目に「腹の子やお前になにかあったら……」だ。
 あげく、ずっと寝台に横たわってなにもして欲しくないというような言葉さえ出てきて、レティシアもとうとう切れた。

「いいですか? 身籠もっているとはいえ、母体に適度な運動は必要です。まして、このごろではつわりもおさまって、食欲も出てきたのですから、このまま動かないでいたら、私は確実に腹に子がいる以上に太ります」
「お前は細いんだから、多少ふくよかになってもいいだろう?」
「とにかく、私が太るだけではなく、お腹の子にも逆によくありません、そうですよね?」

 このために呼ばれた侍医長にレティシアはよびかける。

「はい、つわりの時期は過ぎましたから、あまりに過保護はいけません。大公様のおっしゃられるとおり、お腹の御子のためにも適度な運動は必要でしょう」

 ひたいの汗をふきふき答えた侍医長にロシュフォールが「適度というのはどれぐらいだ?」と質問し「走ったり跳ねたりというのは当然お勧めしませんが、ゆっくりとお散歩なされるのがお勧めですな」と侍医長は返した。

 その翌日から、レティシアの日課に、朝と昼の散歩が加わった。朝食後に後宮の回廊や中庭をゆったりと散策し、昼食後も同じく。
 これにロシュフォールが極力つきあった。抱きあげることはないが、手をつないで。別に一人でも歩けるのにとレティシアは思ったが、しかし午前の執務を終えて、律儀に後宮へと戻ってくる王様に、これぐらいは許してやらないといけないだろう。






 レティシアのふっくらとしはじめたお腹が、さらにだんだん大きくなり始めた頃、宮殿に妙な噂が流れた。

 腹の子がロシュフォールの子ではないのではないか? というのだ。

 例のお茶会にて、レティシアは無駄な役職をクビとなった貴族の馬鹿息子達に襲われた。駆けつけたロシュフォールの手によって彼らはコテンパンに打ちのめされて、それは未遂に終わった。
 地下牢に放り込まれた彼らは、その罪の波及をおそれた生家からも勘当されて、今は辺境の労働農場送りとなっている。

 が、今さらその噂が、噂を呼んで、レティシアの腹の子はあのとき男達におそわれたときのものではないか? という話になったのだ。
 いかにも醜聞好きなたわいもない宮廷の噂だが、しかし、これにロシュフォールは激怒した。噂の元となった者をかならず探しだして処分すると息巻いた若き王に「おやめなさい」とレティシアは冷静に言った。

「噂など雑草のように生えてくるものです。いちいちそれに目くじらを立てていては、きりがありません」

 そんな風にこたえるレティシアの姿は、男のシャツにズボン姿は腹をしめつけると、ふんわりとした白く長い衣姿だ。衿元や裾がレースで縁取られたそれは、ドレスと言えなくもない。

 銀の髪に蒼い瞳に透き通る肌に白いドレス? は良く似合って、大変美しいのでロシュフォールは思わず見とれる毎日だ。
 今回も噂を耳にして、イライラと王妃の居間をうろうろとしていた足を止めて、思わず見入ってから、ハッ! とはじかれたように口を開く。

「しかしだな。たわいもない噂と無視していいのか? 王家の血統を疑い、俺もお前も腹の子も侮辱するものだぞ」
「そんな噂は、このお腹の子が生まれればすぐに消えてしまいます。黄金の獅子が出てくるに決まっているのですから」

 純白の衣にふっくらしたお腹に手を当てて、微笑む妻? にロシュフォールはなにもいえず「うむ」とうなずいた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 いよいよ出産の日となった。

 宮廷には、王妃や愛妾の寝台を廷臣が取り囲んで、その出産を見届けるという妙な因習があった。元は王の子であると証明するためだったと言われているが、ロシュフォールはこれを拒否した。

「王たる俺が立ち合うんだ。これ以上の証明がどこにある。侍医と介添人のメイド以外、誰も部屋を入ることは許さん!」

 「……私はあなたにも部屋から出て行ってもらいたいのですが」と迫る陣痛に、さすがの冷静な参謀も顔をしかめながら訴えたのだが、当然聞き入れられなかった。
 というか、レティシアとしても枕元で「がんばれ、がんばれ」とうるさく言われるのはともかく、その腕にしがみついて、耐えがたい痛みに思いきり爪を立てられるのは助かった。

 介添えのお産の立ち合いになれた中年のメイドが、レティシアのひたいに浮かんだ汗をふきながら、「思いきりさけんでよろしいのですよ」と言ってくれたが、これには首をふった。彼の矜恃として、これしき……ではないが痛みに悲鳴をあげるなど。
 「レティシア、声を出すのが嫌なら、俺の腕でも噛め」とのロシュフォールの声に、ありがたく噛みつかせてもらった。もともとこの半分の痛みは彼のものである。思い知れ。

 そして、大きな産声をあげてうまれたのは、金の髪に獅子の耳と尻尾を持つ御子。目は当然開いていないが、金色で間違いないだろう。

「よくやったな、レティシア」

 額に張り付く前髪をかきあげて、口づけるロシュフォールにレティシアは「まだです……」と小さな声で答える。とたん輝くような笑みを浮かべていた彼の表情が「ん?」となる。

「……もう一人……産まれます」
「はあっ!?」

 実際、レティシアは再びロシュフォールの腕におもいきり噛みついて、先の黄金の獅子の子より、小さな銀狐の子を産んだ。
 その子は獅子の子と同じく男子だった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 その日の王国は喜びに包まれ、王宮前の広場でふるまい酒に子供達には甘い菓子が配られた。さらには朝までのどんちゃん騒ぎが続いたのだが、一人、書斎で悩むロシュフォールの姿があった。

 机には丸めた紙くずの山だ。
 双子を産んで一仕事終えたレティシアが、ロシュフォールを見て言ったのだ。

「私は疲れています」
「うん、よくやった」
「なので、二人のお名前をつけるのはあなたのお仕事です」

 いや、父なのだから当然なのかも知れないが、レティシアは目を閉じてそのままぐったりしてしまった。「大丈夫なのか?」と侍医長を見れば「お眠りになっているだけです」との言葉に、ホッとしたが。

 そんなわけで、一人分どころか二人分の名前とロシュフォールは格闘していた。あらかじめ名前を考えることなど、レティシアの腹が段々大きくなっていくことに、あの腹が破裂しないか? なんて日々、怖くなっていたのですっかり忘れていた。
 しかも二人分だ。金獅子は勇ましいほうがいいのか? レティシアにそっくりな銀狐は……女名前つけたら、やっぱり怒られるだろうなと悩みながら命名したのは。

 ランベールとミシェルだった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 出産から一月たってレティシアの身体がじょじょに戻ってきた頃。
 なぜかロシュフォールの眉間にしわがときおり浮かぶようになった。その理由を聞いてあきれてしまったが。

「ミシェルだがな」
「はい」

 ミシェルとは銀狐の男子のことだ。金獅子のランベールより身体が小さくて、泣き声も大人しいので心配されたが、健康には問題なく、乳母の乳を飲んですくすく育っている。

「お前と同じ銀狐だろう?」
「そうですね」
「姫ではない」
「男子です」
「しかし、お前と同じようにその……」
「ですね。身籠もることもできるでしょう」

 どうやら話が見えてきたぞと、レティシアはロシュフォールの次の言葉を待つ。

「お前そっくりの可愛いミシェルを、他の男の嫁にしたくない!」
「ミシェルは赤ん坊です。そんなことなど、まだまだ考えなくてもよろしいでしょう」

 これが父親どころか双子の兄まで加わって、どこぞの馬の骨になど嫁にやれるか! と大反対しまくって、レティシアにため息をつかせるのは、まだまだ確かに先のこと。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 御子が産まれて一年後。

 レティシアの大公としての戴冠式が行われた。
 深紅のマントを翻した堂々たる金獅子の王が、純白の衣装のうつくしい大公の頭に、ティアラをさずける姿は、そのときの宮廷画家の手によって大きな絵となり、王宮に伝わっていくこととなる。

 そして、黄金の太陽王の御代と、それを支えた参謀であり王の伴侶である銀の大公の名も。





   END





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不遇な孤児でβと診断されたけどαの美形騎士と運命の恋に落ちる

あさ田ぱん
BL
ノアはオランレリア王国に何にも恵まれず生まれた。ノアの両親はエヴラール辺境伯家から金を持ち逃げし、ノアを捨てた。残されたノアは両親の悪行を理由に蔑まれながらも、懸命に修道院で働きながら少しずつ借金を返済をしている。ノアは毎週、教会の礼拝にやってくる名門・騎士家の嫡男で美しく心優しいローレン・エドガーに一目惚れしていたが、十四歳で行われた第二性の検査でノアはβと診断されローレンはαと診断される。αのローレンとβのノアでは番になれないと知りながらもノアはローレンを好きになってしまう。同じ日にΩと診断されたエヴラール辺境伯家のマリクは、両親揃ってαと言うこともありΩという事実に苦しんでいた。癇癪を起こしたマリクを止めたローレンとノアをマリクは怒って修道院に閉じこめるが、それがきっかけで共同生活をするローレンとノアの仲は深まっていく。でも、マリクも態度とは裏腹にローレンが好きなようで、マリクとローレンは婚約するとの噂が持ち上がる…。 ※美形で強い騎士攻め×不憫で健気な平凡受け ※R-18は※でお知らせします。 ※7/11改題(旧タイトル:麗しのアルファと持たざる男の運命の恋)

【完結】ただの狼です?神の使いです??

野々宮なつの
BL
気が付いたら高い山の上にいた白狼のディン。気ままに狼暮らしを満喫かと思いきや、どうやら白い生き物は神の使いらしい? 司祭×白狼(人間の姿になります) 神の使いなんて壮大な話と思いきや、好きな人を救いに来ただけのお話です。 全15話+おまけ+番外編 !地震と津波表現がさらっとですがあります。ご注意ください! 番外編更新中です。土日に更新します。

BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました

厘/りん
BL
 ナルン王国の下町に暮らす ルカ。 この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。 ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。 国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。 ☆英雄騎士 現在28歳    ルカ 現在18歳 ☆第11回BL小説大賞 21位   皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。    

朝起きたらベットで男に抱きしめられて裸で寝てたけど全く記憶がない俺の話。

蒼乃 奏
BL
朝、目が覚めたら誰かに抱きしめられてた。 優しく後ろから抱きしめられる感触も 二日酔いの頭の痛さも だるい身体も節々の痛みも 状況が全く把握出来なくて俺は掠れた声をあげる。 「………賢太?」 嗅ぎ慣れた幼なじみの匂いにその男が誰かわかってしまった。 「………ん?目が冷めちゃったか…?まだ5時じゃん。もう少し寝とけ」 気遣うようにかけられた言葉は甘くて優しかった。 「…もうちょっと寝ないと回復しないだろ?ごめんな、無理させた。やっぱりスウェット持ってくる?冷やすとまた腹壊すからな…湊」 優しくまた抱きしめられて、首元に顔を埋めて唇を寄せられて身体が反応してしまう。 夢かと思ったけどこれが現実らしい。 一体どうやってこんな風になった? ……もしかして俺達…昨日セックスした? 嘘だ…!嘘だろ……? 全く記憶にないんですけど!? 短編なので数回で終わります。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

同室のイケメンに毎晩オカズにされる件

おみなしづき
BL
 オカズといえば、美味しいご飯のお供でしょ?  それなのに、なんで俺がオカズにされてんだ⁉︎  毎晩って……いやいや、問題はそこじゃない。  段々と調子に乗ってくるあいつをどうにかしたいんです! ※がっつりR18です。予告はありません。

悪魔の子と呼ばれ家を追い出されたけど、平民になった先で公爵に溺愛される

ゆう
BL
実の母レイシーの死からレヴナントの暮らしは一変した。継母からは悪魔の子と呼ばれ、周りからは優秀な異母弟と比べられる日々。多少やさぐれながらも自分にできることを頑張るレヴナント。しかし弟が嫡男に決まり自分は家を追い出されることになり...

処理中です...