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断罪エンドを回避したはずなのに今度は王妃になれと言われました
第四話 甘いお茶に隠謀をひとたらし その一
しおりを挟むその日、後宮は緑の食堂にてロシュフォールにレティシア、マルタ王女にアーリーが共に夕餉をとった。
アーリーは当初自分は王女の侍女にすぎないと、遠慮しようとしたが、レティシアが「ならば参謀の私も遠慮しなければなりません」と言ってロシュフォールに「いつも食事をともにしているんだ、いまさらだろう?」と慌てさせた。それにマルタ王女が「わたしもアーリーと一緒に食べてました。ダメなの?」と瞳を潤ませたので、アーリーが「いいえ」と首を振りながら、王女の横に座った。
パオラ王太后がこの王女と従者の前に現れるまでは、二人は姉妹のように暮らしていたらしい。母親を早くに亡くし、生家の後ろ盾もない王女は、衣食住に困ることはなかったが、王宮ではあまり優遇されていなかったらしい。夕飯を食べながらマルタ王女から聞く二人の暮らしぶりから、レティシアにはわかった。
怖い王太后から解放された王女はのびのびと、瞳を輝かせて、自分を救ってくれた銀の髪の貴公子に話しかけた。
「ずっとアーリーと一緒だったの」
「朝起きるとアーリーが天蓋のカーテンを開けて挨拶をしてくれて、着替えさせてくれて、それから一緒に朝食をとって、一緒にお勉強して」
「……王宮は広いから他のお兄さまやお姉さまに会うことはなかったけど、意地悪されたときはアーリーがかばってくれたの」
そんなことまで話してくれた。これにはアーリーが「姫様」とたしなめるように言ったが、ロシュフォールが「俺もそうだった」と口を開く。
「俺の母は後宮の外に屋敷を与えられていたがな。たまに王宮にあがったときなんて、ひどかったものだ。王族の腹違いの兄弟なんて、どこもそんなものだな」
十歳の王女を相手であるからロシュフォールは具体的にどうこうとは言わないが、彼や彼の母にも相当辛辣な言葉が投げかけられただろうことは、レティシアにも予想はついた。
マルタ王女同様、ロシュフォールの母も貴族としては身分の低い準男爵の娘だった。それがひと夜の舞踏会の出会いで前王に見初められたというのだから、ある意味で夢のようなお伽噺だ。
ただし、そこでめでたしめでたしとなるならば……だ。
王の愛を一身に受けた娘は彼の子を身籠もり、それが王家の血統をあらわす金獅子であったこともあり、伯爵夫人の称号まで与えられ、後宮の外に屋敷まで賜ったのだ。
むしろ、後宮での親子への風当たりの強さから、王が配慮して母子を外に出したのだとも、ロシュフォール本人から聞いている。
「陛下にもご兄弟がたくさんいらっしゃるのですか?」というマルタ姫の質問に「ああ、たくさんいたな」と言葉をにごす。
ロシュフォールの兄達はパオラ王太后とその兄の大公が起こした反乱によって、すべて殺されている。生前から兄弟ともいえない冷たい関係だったとしても、相手が死んでいい気分などとはいえない。
まして、自分一人生き残ったとあれば。
「兄殿下様がたに言われっぱなしで、悔し涙を浮かべる、あなたが思い浮かぶようです」
微妙な空気を変えるように、レティシアが口を開ければ「泣いてなんか……いや、いたか」と素直に認めたロシュフォールにマルタがぷぷっと吹き出す。
「では、わたしと一緒ですね、陛下」
「そうだな。子供の頃は誰だって泣くものだ」
「私は泣いた記憶は、あまりありませんが」
「お前は子供の頃から、その鉄面皮だろうな。思い浮かぶようだ、レティシア」
顔をしかめたロシュフォールにマルタはまたくすくすと笑う。
「陛下とレティシア卿はまるで、わたしとアーリーのよう。アーリーも時々わたしを意地悪にからかったりするけど、わたし達はとても仲良しなんです」
「ね?」と横にいるアーリーにマルタが同意を求めて、白狐の少女は「はい」とうなずいた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
翌日。朝に別宮へとレティシアは向かった。
いつものサロンで顔をみるなり、王太后は噛みついてきた。
「マルタ王女を後宮に移したとはどういうことです?」
「陛下のご命令です」
とは事後承諾で、すべてレティシアの独断であるが。
「ご婚約式もまだとはいえ、マルタ王女はいずれ陛下の王妃となるお方。その方を王妃のお部屋にお移しして、なにか問題がありますか?」
その言葉にパオラの眉間にしわがよる。将来の王妃を王妃の部屋に移してどこが悪いと言われては反論も出来ないだろう。
「王太后様は引き続き、この別宮にて自由にお過ごしくださいとの、陛下のお言葉です」
そもそもこの別宮は王太后と王族の姫君達のために作られた建物だ。だから、王太后たる彼女がここに住まうことは、これまた不自然ではないことと言えた。
「陛下のご意志はよくわかりました。しかし、マルタ王女をわたくしは娘のように可愛がっておりました。ですから同じ王宮内いつでも訪ねくるように彼女に伝えておいてください。
出来れば明日でもお会いしたいわ」
いつもの傲慢な態度から一転、にこやかな笑顔を浮かべたのにはいっそ感心する。さすが、後宮の女妖と呼ばれた貴婦人というべきか。正妃であっても子のない彼女が、それでも後宮で一番の権力者であり続けたのは、それだけ悪だくみの才能だけはあったということだ。
しかし、レティシアにはそのようなうわべだけの笑顔などもちろん通用しない。「お伝えしておきます」と返したのみだ。当然、王太后の名を口にするだけで、今は震えるようなマルタ王女に話す気などない。
それがわかっているのだろう。王太后がさらに続けた。
「あの子がこちらに来るまで、待ちきれませんわ。ならば、わたくしが今日にでも後宮へと赴いてもよろしいのですよ」
「お断りします」
レティシアがこれには即座に答えた。とたんに王太后は元の形相に戻り「あなた何様のつもり!」ととがった声をあげる。
「王太后であるわたくしに後宮に来るなという権限があなたにあって?」
たしかにいくら王の参謀でもレティシアにはない。後宮とは王と王妃と愛妾とその子供達が暮らす場所だ。表の政治とは切り離された王家内のことであるから、本来大臣さえも口出しは出来ない。
「これは陛下のご命令です」
「わたくしからマルタ王女をとりあげて、さらには後宮に会いにもくるな! と二言目には陛下のご命令だと、その気まぐれな寵愛を鼻にかけてどこまでも傲慢なこと!
本来なら後宮に住まうことも許されぬ、この男妾が! 穢らわしい! さっさと出て行きなさい!」
「残念ですが、それも陛下のご命令によりかないません。私には常にそばにいるようにとの仰せなので」
「…………」
男妾と貴族の男子にとっては、最大級の屈辱の言葉を投げかけたというのに、レティシアは平静な態度は崩れず、さっきから手でぎりぎりと握り締めていた扇を、王太后はその白い顔に投げつけた。
さすがに「あ」と控えていたメイド達が声をあげ、レティシアはそれを余裕でよける。なおも自分をにらみつける王太后を冷ややかに見つめ。
「私の顔ならばともかく、マルタ王女の顔に投げつけるのは、今後一切止めていただきたい」
無駄な話し合いはこれ以上は無用とばかり、レティシアはサロンを去った。
「馬鹿にして馬鹿にして馬鹿にして!」と狂ったようにさけぶ王太后の声に、なにか陶器が砕けるような音。「王太后様! 王太后様、お鎮まりください!」というメイド達の声が聞こえたが、それにもレティシアは無関心に別宮を出たのであった。
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