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魔王(オレ)を殺した勇者の息子に生まれ変わったんだが……ヤツが毎日靴下をはかせてくる
【7】片腕に魔王を抱いた、もうコイツ一人でいいんじゃないかな?の勇者様 その2
しおりを挟む女村長レイラの知らせを受けて、魔族の隠れ里にやってきた馬車は、鉄格子のはまった罪人用のものではなく、貴人用の黒塗りの立派なものだった。
レイラには横柄に「知らせご苦労だった」と告げた、分団長はユウマとマオを目の前にすると、いかめしい表情を崩して笑顔をつくり「誤解があったようで」と言った。
「王は必死になって勇者様を探しておられます。そちらの御子のことも、異世界転移のおりに魔王側の魔族の干渉がありそのような目になったのだろうと、大魔法使いアビゲイル様とヨハン大神官長もおっしゃられております」
「栄光の勇者一行を仲間割れさせようなど、まったく魔族も狡猾になったものです」と、横にその魔族の村長がいるというのに、声高に話す。
「玉座の間でのことも行き違いの事故ということになっております。ひとまず馬車に」という分団長に促されて、ユウマとマオは馬車に乗り込んだ。
馬車は村を出るとシンシャールの森へと向かった。ユウマが馬車の中から「師団長」と声をかける。
「なんでしょうか?勇者様」
「森には砦などなかったはずだが?」
「ああ、勇者様が居なくなられたあいだに、こちらへと移動したのですよ。森の魔獣が凶悪になりまして」
「嘘だな」とマオは外に聞こえない声でつぶやいた。自分達が隠れ里まで向かう途中。そのような砦など見かけていない。
だが、ユウマは「そうか」とそれ以上問うことはなく、馬車はさらに森の奥へと。
そして、唐突にそれは起こった。馬車が停止したとたんに、地面に敷かれた陣が光を放つ。神官が使う神聖魔法の封印結界だ。
魔法陣は複合で結界が敷かれると同時に、今度は赤い紋章が浮かび上がり、すさまじい業火と爆発が巻き起こる。こちらは魔法使いが使う炎紋だ。
狭い結界の中で炎は渦を巻き、爆発は太陽のような閃光を放つ。それを「ひえっ」と取り囲んだ兵士達の幾人かが声をあげた。すべては馬車の箱だけの結界内のことで、繋がれた馬やとっさに飛び降りた御者には被害が及んでいないにもかかわらずだ。
炎によって手綱が切られた二頭の馬は、いななき駆け出して御者と幾人かの兵士があとをおいかけて行く。残った者達は、結界の壁を隔てて未だ荒れ狂っている炎を呆然と見る。
「分団長、本当に勇者にこんなことをして大丈夫なんですか?」
「上からの命令だ。手配の勇者と惑わせた魔族のガキが見つかったって報告をしたら、大魔法使いと大神官長てづからの呪符をこっちにわざわざ転送してきたんだぞ」
小物の転送でもかなりの大魔法だ。それをわざわざ使って、こんな強力な呪符を分団長に送ってきた。勇者を捕らえることなど初めから考えるな。人目につかない場所でこれを使えと。
「いいか?俺達兵士はな。上官の命令に絶対服従だ。偉い人の言うことには頭なんか使わずに、従ってりゃいいんだ」
「あとは“証拠”の聖剣を王都に送れば終わりだ」と分団長は続ける。
「……なるほど業火で死体の骨も残らんが、聖剣ならばどんな灼熱や衝撃にも耐える。それが俺達がくたばった証拠か」
炎の中から声がして、分団長はぎょっと目をむいた。
そして走る、まばゆい黄金の閃光。大神官の強固な結界を打ち破り、業火を聖剣の光で相殺する。同時にその衝撃に馬車の周りを取り囲んでいた兵士も、吹っ飛ばされて大半が意識を失った。
剣のたった一振りでだ。
しかも細いとはいえ、そこそこに背丈はあるマオを片腕に軽々と抱えてのせて。
この勇者、魔王城の決戦の若い頃より、歳食ってさらに強くなってないか?とマオは内心で冷や汗をかく。
もうこいつ一人でいいんじゃないかな?とあちらの世界で覚えた言葉を心の中でつぶやく。そんなマオの気持ちをよそに、ユウマは地面に伸びている分団長へと近づく。抱っこされているマオも当然そばへと。
マオはパチンと指を鳴らして、空中に水の玉を生み出すと、それをパシャリと分団長の顔にかける。
「ヒッ!」
とたん跳ね起きた彼だが、聖剣の切っ先を顔に向けられて蒼白になる。「わ、私はうえの命令に逆らえず、心ならずも勇者様を……」と言い訳をだらだら並べようとした口をマオは「無駄口をほざくな」とぴしゃりとやる。
「なにも考えずに強い者に従うだけの能なしのお前にも、わかるように言ってやる。
俺達の“抹殺”に失敗したとわかればお前は確実に“降格”される。いまさら一兵卒なんぞやりたくないだろう?」
こくこくと分団長がうなずく。なにしろ、王命によって大魔王使いと大神官長の護符まで受け取っておいて、この失敗なのだ。
「だから、ここに俺達がいたことは黙っていろ。勇者とその連れだと思って呪符を使ったが、聖剣どころか骨のかけらも残らなかったとな」
さらにこくこくと分団長はうなずいた。用はすんだとばかりに、ユウマはそこらへんで草をはんでいる軍馬に、マオと相乗りしようとしたが「一人で乗れる」と腕から飛び降りて馬にまたがった。
ユウマは少し残念そうな顔をして、別の馬に乗り二人はその場をあとにした。
その後、分団長はマオに言われたままを上に報告し、間違いの叱責はうけたが、その地位から降ろされることはなかった。
己の地位が守れたことにホッとして、あれは悪い夢を見たのだ。あとのことは上のお偉い人の問題さと、彼は素知らぬふりをしたのだった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「おい……」
横を併走するユウマにマオは声をかけた。
「なんだい?」
「……馬車の脱出はお前一人で出来たんじゃないか?」
聖剣一振りで業火も聖なる結界をぶち破った上に、兵士達も昏倒されたのだ。
不満そうに口を引き結ぶマオにユウマはくすっと笑い、「そうでもないよ、助かった」という。
「どこが!?」
「陣の発動とともにマオは結界を張っただろう? アビゲイルの炎を防ぐなんて、なかなか出来ない」
「俺を誰だと思っている? 魔王だぞ」
「そうだった。たしかに僕一人でも力技で振り払うことは出来たけど、そうなると服のあちこちが焦げて軽く火傷も負ったかもしれない。
だから、助かったよ」
まったく他意のない「ありがとう」と笑顔を向けられて、マオは「ならいい」と答えたのだった。
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