上 下
11 / 25
魔王(オレ)を殺した勇者の息子に生まれ変わったんだが……ヤツが毎日靴下をはかせてくる

【7】片腕に魔王を抱いた、もうコイツ一人でいいんじゃないかな?の勇者様 その2

しおりを挟む
   



 女村長レイラの知らせを受けて、魔族の隠れ里にやってきた馬車は、鉄格子のはまった罪人用のものではなく、貴人用の黒塗りの立派なものだった。

 レイラには横柄に「知らせご苦労だった」と告げた、分団長はユウマとマオを目の前にすると、いかめしい表情を崩して笑顔をつくり「誤解があったようで」と言った。

「王は必死になって勇者様を探しておられます。そちらの御子のことも、異世界転移のおりに魔王側の魔族の干渉がありそのような目になったのだろうと、大魔法使いアビゲイル様とヨハン大神官長もおっしゃられております」

 「栄光の勇者一行を仲間割れさせようなど、まったく魔族も狡猾になったものです」と、横にその魔族の村長がいるというのに、声高に話す。
 「玉座の間でのことも行き違いの事故ということになっております。ひとまず馬車に」という分団長に促されて、ユウマとマオは馬車に乗り込んだ。

 馬車は村を出るとシンシャールの森へと向かった。ユウマが馬車の中から「師団長」と声をかける。

「なんでしょうか?勇者様」
「森には砦などなかったはずだが?」
「ああ、勇者様が居なくなられたあいだに、こちらへと移動したのですよ。森の魔獣が凶悪になりまして」

 「嘘だな」とマオは外に聞こえない声でつぶやいた。自分達が隠れ里まで向かう途中。そのような砦など見かけていない。
 だが、ユウマは「そうか」とそれ以上問うことはなく、馬車はさらに森の奥へと。

 そして、唐突にそれは起こった。馬車が停止したとたんに、地面に敷かれた陣が光を放つ。神官が使う神聖魔法の封印結界だ。
 魔法陣は複合で結界が敷かれると同時に、今度は赤い紋章が浮かび上がり、すさまじい業火と爆発が巻き起こる。こちらは魔法使いが使う炎紋だ。

 狭い結界の中で炎は渦を巻き、爆発は太陽のような閃光を放つ。それを「ひえっ」と取り囲んだ兵士達の幾人かが声をあげた。すべては馬車の箱だけの結界内のことで、繋がれた馬やとっさに飛び降りた御者には被害が及んでいないにもかかわらずだ。

 炎によって手綱が切られた二頭の馬は、いななき駆け出して御者と幾人かの兵士があとをおいかけて行く。残った者達は、結界の壁を隔てて未だ荒れ狂っている炎を呆然と見る。

「分団長、本当に勇者にこんなことをして大丈夫なんですか?」
「上からの命令だ。手配の勇者と惑わせた魔族のガキが見つかったって報告をしたら、大魔法使いと大神官長てづからの呪符をこっちにわざわざ転送してきたんだぞ」

 小物の転送でもかなりの大魔法だ。それをわざわざ使って、こんな強力な呪符を分団長に送ってきた。勇者を捕らえることなど初めから考えるな。人目につかない場所でこれを使えと。

「いいか?俺達兵士はな。上官の命令に絶対服従だ。偉い人の言うことには頭なんか使わずに、従ってりゃいいんだ」

 「あとは“証拠”の聖剣を王都に送れば終わりだ」と分団長は続ける。

「……なるほど業火で死体の骨も残らんが、聖剣ならばどんな灼熱や衝撃にも耐える。それが俺達がくたばった証拠か」

 炎の中から声がして、分団長はぎょっと目をむいた。
 そして走る、まばゆい黄金の閃光。大神官の強固な結界を打ち破り、業火を聖剣の光で相殺する。同時にその衝撃に馬車の周りを取り囲んでいた兵士も、吹っ飛ばされて大半が意識を失った。

 剣のたった一振りでだ。

 しかも細いとはいえ、そこそこに背丈はあるマオを片腕に軽々と抱えてのせて。
 この勇者、魔王城の決戦の若い頃より、歳食ってさらに強くなってないか?とマオは内心で冷や汗をかく。

 もうこいつ一人でいいんじゃないかな?とあちらの世界で覚えた言葉を心の中でつぶやく。そんなマオの気持ちをよそに、ユウマは地面に伸びている分団長へと近づく。抱っこされているマオも当然そばへと。
 マオはパチンと指を鳴らして、空中に水の玉を生み出すと、それをパシャリと分団長の顔にかける。

「ヒッ!」

 とたん跳ね起きた彼だが、聖剣の切っ先を顔に向けられて蒼白になる。「わ、私はうえの命令に逆らえず、心ならずも勇者様を……」と言い訳をだらだら並べようとした口をマオは「無駄口をほざくな」とぴしゃりとやる。

「なにも考えずに強い者に従うだけの能なしのお前にも、わかるように言ってやる。
 俺達の“抹殺”に失敗したとわかればお前は確実に“降格”される。いまさら一兵卒なんぞやりたくないだろう?」

 こくこくと分団長がうなずく。なにしろ、王命によって大魔王使いと大神官長の護符まで受け取っておいて、この失敗なのだ。

「だから、ここに俺達がいたことは黙っていろ。勇者とその連れだと思って呪符を使ったが、聖剣どころか骨のかけらも残らなかったとな」

 さらにこくこくと分団長はうなずいた。用はすんだとばかりに、ユウマはそこらへんで草をはんでいる軍馬に、マオと相乗りしようとしたが「一人で乗れる」と腕から飛び降りて馬にまたがった。
 ユウマは少し残念そうな顔をして、別の馬に乗り二人はその場をあとにした。

 その後、分団長はマオに言われたままを上に報告し、間違いの叱責はうけたが、その地位から降ろされることはなかった。
 己の地位が守れたことにホッとして、あれは悪い夢を見たのだ。あとのことは上のお偉い人の問題さと、彼は素知らぬふりをしたのだった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「おい……」

 横を併走するユウマにマオは声をかけた。

「なんだい?」
「……馬車の脱出はお前一人で出来たんじゃないか?」

 聖剣一振りで業火も聖なる結界をぶち破った上に、兵士達も昏倒されたのだ。
 不満そうに口を引き結ぶマオにユウマはくすっと笑い、「そうでもないよ、助かった」という。

「どこが!?」
「陣の発動とともにマオは結界を張っただろう? アビゲイルの炎を防ぐなんて、なかなか出来ない」
「俺を誰だと思っている? 魔王だぞ」
「そうだった。たしかに僕一人でも力技で振り払うことは出来たけど、そうなると服のあちこちが焦げて軽く火傷も負ったかもしれない。
 だから、助かったよ」

 まったく他意のない「ありがとう」と笑顔を向けられて、マオは「ならいい」と答えたのだった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽
ファンタジー
※書籍化しました(2巻発売中です) アリア・エランダル辺境伯令嬢(十才)は家族に疎まれ、使用人以下の暮らしに追いやられていた。 高熱を出して粗末な部屋で寝込んでいた時、唐突に思い出す。 自分が異世界に転生した、元日本人OLであったことを。 魂の管理人から授かったスキルを使い、思い入れも全くない、むしろ憎しみしか覚えない実家を出奔することを固く心に誓った。 この最強の『無限収納EX』スキルを使って、元々は私のものだった財産を根こそぎ奪ってやる! 外見だけは可憐な少女は逞しく異世界をサバイバルする。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

スライムと異世界冒険〜追い出されたが実は強かった

Miiya
ファンタジー
学校に一人で残ってた時、突然光りだし、目を開けたら、王宮にいた。どうやら異世界召喚されたらしい。けど鑑定結果で俺は『成長』 『テイム』しかなく、弱いと追い出されたが、実はこれが神クラスだった。そんな彼、多田真司が森で出会ったスライムと旅するお話。 *ちょっとネタばれ 水が大好きなスライム、シンジの世話好きなスライム、建築もしてしまうスライム、小さいけど鉱石仕分けたり探索もするスライム、寝るのが大好きな白いスライム等多種多様で個性的なスライム達も登場!! *11月にHOTランキング一位獲得しました。 *なるべく毎日投稿ですが日によって変わってきますのでご了承ください。一話2000~2500で投稿しています。 *パソコンからの投稿をメインに切り替えました。ですので字体が違ったり点が変わったりしてますがご了承ください。

転生令息の、のんびりまったりな日々

かもめ みい
BL
3歳の時に前世の記憶を思い出した僕の、まったりした日々のお話。 ※ふんわり、緩やか設定な世界観です。男性が女性より多い世界となっております。なので同性愛は普通の世界です。不思議パワーで男性妊娠もあります。R15は保険です。 痛いのや暗いのはなるべく避けています。全体的にR15展開がある事すらお約束できません。男性妊娠のある世界観の為、ボーイズラブ作品とさせて頂いております。こちらはムーンライトノベル様にも投稿しておりますが、一部加筆修正しております。更新速度はまったりです。 ※無断転載はおやめください。Repost is prohibited.

王妃だって有休が欲しい!~夫の浮気が発覚したので休暇申請させていただきます~

ぽんぽこ@書籍発売中!!
恋愛
【書籍発売記念!】 1/7の書籍化デビューを記念いたしまして、新作を投稿いたします。 全9話 完結まで一挙公開! 「――そう、夫は浮気をしていたのね」 マーガレットは夫に長年尽くし、国を発展させてきた真の功労者だった。 その報いがまさかの“夫の浮気疑惑”ですって!?貞淑な王妃として我慢を重ねてきた彼女も、今回ばかりはブチ切れた。 ――愛されたかったけど、無理なら距離を置きましょう。 「わたくし、実家に帰らせていただきます」 何事かと驚く夫を尻目に、マーガレットは侍女のエメルダだけを連れて王城を出た。 だが目指すは実家ではなく、温泉地で有名な田舎町だった。 慰安旅行を楽しむマーガレットたちだったが、彼女らに忍び寄る影が現れて――。 1/6中に完結まで公開予定です。 小説家になろう様でも投稿済み。 表紙はノーコピーライトガール様より

聖女なので公爵子息と結婚しました。でも彼には好きな人がいるそうです。

MIRICO
恋愛
癒しの力を持つ聖女、エヴリーヌ。彼女は聖女の嫁ぎ制度により、公爵子息であるカリス・ヴォルテールに嫁ぐことになった。しかしカリスは、ブラシェーロ公爵子息に嫁ぐ聖女、アティを愛していたのだ。 カリスはエヴリーヌに二年後の離婚を願う。王の命令で結婚することになったが、愛する人がいるためエヴリーヌを幸せにできないからだ。  勝手に決められた結婚なのに、二年で離婚!?  アティを愛していても、他の公爵子息の妻となったアティと結婚するわけにもいかない。離婚した後は独身のまま、後継者も親戚の子に渡すことを辞さない。そんなカリスの切実な純情の前に、エヴリーヌは二年後の離婚を承諾した。 なんてやつ。そうは思ったけれど、カリスは心優しく、二年後の離婚が決まってもエヴリーヌを蔑ろにしない、誠実な男だった。 やめて、優しくしないで。私が好きになっちゃうから!! ブックマーク・いいね・ご感想等、ありがとうございます。 ご感想お返事ネタバレになりそうなので控えさせていただきます。

【完結】後妻に入ったら、夫のむすめが……でした

仲村 嘉高
恋愛
「むすめの世話をして欲しい」  夫からの求婚の言葉は、愛の言葉では無かったけれど、幼い娘を大切にする誠実な人だと思い、受け入れる事にした。  結婚前の顔合わせを「疲れて出かけたくないと言われた」や「今日はベッドから起きられないようだ」と、何度も反故にされた。  それでも、本当に申し訳なさそうに謝るので、「体が弱いならしょうがないわよ」と許してしまった。  結婚式は、お互いの親戚のみ。  なぜならお互い再婚だから。  そして、結婚式が終わり、新居へ……?  一緒に馬車に乗ったその方は誰ですか?

処理中です...