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魔王(オレ)を殺した勇者の息子に生まれ変わったんだが……ヤツが毎日靴下をはかせてくる

【4】海外に高飛びしようとしたら勇者がついてくるという その2

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 ぱしゃりとお湯の音がする。大人の男二人ではいっても、余裕のバスタブで真生は、勇磨に後ろから抱きかかえられていた。
 気に入りのあわあわの風呂。今日の香りはラベンダー。白い泡の隙間から見えるお湯の色も紫だ。

「真生、髪を洗うよ」
「ん……」

 男の広い胸に背を預けて、その小さな頭をすっぽり長い指でおおわれて、揉まれるのは気持ちいい。やはり勇磨の洗髪は絶品だ。

「流すよ」
「ん……」

 目を閉じるときにチラリと見えた、バスタブに伸びた足の長さの差は気にしないことにする。
 自分だってすくすく伸びて175はあるのだ、いくら北欧の血をひくとはいえ、187もあるような勇磨が規格外なのだ。

 真生のよく言えばスレンダー。悪く言うといくら食べてもひょろひょろの薄い身体もだ。40近くで、張りのある肌に適度についた筋肉、厚い胸板、割れた腹筋を誇るこいつがバケモノなのだ。真生が学校に行っている昼間スポーツジムに通っているらしいが、それも「いつまでも元気で真生と一緒にいたいからね」だそうだ。いまから、老後の対策か?

 そもそももうじき四十路にはとても見えない。見た目は二十代後半で止まったままだ。笑うと目尻にしわが寄るのが年齢を感じるときがあるぐらいだ。
 真生は十八歳。今年の三月に高校を卒業した。

 そして、相変わらず勇磨に顔を洗ってもらい、髪を丁寧に乾かしてもらってパジャマまで着せてもらい、一緒のベッドで寝ている。
 朝、起きると顔を蒸しタオルでぬぐわれて、高等部となって、肩につくぐらいからさらに伸ばした緩く波打つ黒髪にブラシをかけられる。

「今日はどうする?」
「赤」

 両サイドの毛をとって後ろで緩く一つに結ばれる。今日の服はいつもの黒に血のような赤が入っているからそれにあわせた。

「手を出して」
「ん」

 差し出した手に勇磨が丁寧に、マニキュアを塗っていく。これは高校を卒業してからだ。以前も爪を染めていた。
 足にもペディキュアを塗られて、黒の靴下をはかされて、靴下留めガーターをふくらはぎにパチンと留められる。
 フリルとレースがたっぷりのシャツに袖を通し、ウエストが引き絞られた、後ろの裾がながいジャケット。太ももの部分がふっくら膨らんだトラウザース、ニーハイの編み上げのブーツをあわせる。
 最後に首元のレースのクラバットを勇磨の手が整えて完成だ。

「さあ、出かけよう」
「ん」

 勇磨がさりげなく腰を抱いて真生をエスコートする。その勇磨の服装は幅広いストライプのグレーのスーツ姿。この顔にこの体格の男だ。なにを着ても似合うのだろうが、真生が物心をついて自分の服を選ぶようになってから「俺の横に立つのに、Tシャツにジーンズなどという下着姿は許さない」というひと言で、真生の“正装”でのお出かけのときには、常にスーツ姿。普段でも、ジャケットを羽織るようになった。

 勇磨の運転する車に乗って、真生が気に入りの蕎麦屋がある、あの庭園のあるホテルに向かう。
 今日は蕎麦ではなく、そこのメインダイニングにて、二人だけのお祝い会だ。

 真生の大学合格の。
 アメリカから昨日通知が来た。

 ズワイガニとセロリの冷製にカリフラワーのパンナコッタが添えられた前菜からはじまり、季節の野菜がそえられた牛ヒレ肉のステーキのメインがおわり、ワゴンで運ばれてきたデザートを三種選んだ。
 大好きなイチゴのミルフィーユを口に運んだときに、勇磨が言った。

「今は四月だから、急いでボストンの物件を探さないといけないね。二人で暮らす部屋なのだから、真生の意見も聞かせて欲しい」
「……ついてくるつもりなのか?」

 ごくりと呑み込んで真生は言った。大好きなミルフィーユなのに今は味を感じなかった。

「もちろん。海外で一人暮らしなんて危ないからね。ずっと一緒だって約束しただろう?」
「…………」

 当たり前のように勇磨は微笑んだ。真生は内心で己の甘さに歯がみする。

 いや、想定はしていたのだ。
 海外の大学に行ったとしても勇磨はついてくるだろう。それだけの財力を彼は持っているのだから。

 なにからなにまで勇磨にやってもらっている状態で、一人暮らしなど出来るのか?と。
 それでも離れてしまえば、なんとかなると思っていた。頼るものなんていない海外、自分でなんとかするしかないからだ。

 一人寝の寂しさだって寝られないのも、身体が限界を迎えればぶっ倒れるように睡眠はとれる。
 だけど甘い。まったく甘かった。勇磨なら当然の決断だ。
 だから、真生も決断しなければならなかった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 あの日と変わらない緑の庭園。錦鯉が泳ぐ広大な池に、こんもり森のような人工林の向こうに、青く高層ビルの影が見える。

 手を繋いで歩いていたのが、いつのまにやら腰に手が添えられるようになった。これは親子でちょっとおかしくないか?と真生だってわかっているが、勇磨のすることを受け入れ慣れてしまっている。

 赤い太鼓橋の真ん中で、真生は勇磨を振り返った。彼の手が腰から離れる。その空の蒼がはいった茶色の瞳を、真生は紅茶色の瞳で見つめる。

欺瞞ぎまんに満ちた、正義の道を突き進むがいい」

 その言葉だけで、勇磨の顔色が変わるのがわかった。聡い男だ。それが誰の断末魔の言葉か忘れてはいまい。
 これがあちらの世界ならば、すぐさま腰にある聖剣で叩き斬られていたか。だが、今、勇磨の腰にはその剣はない。お互い初歩の魔法さえ使えない。

 それでも、これで終わりだと真生は思った。

 いくら可愛がって育てた子供でも、それが己の倒した魔王とわかれば、それでもなお、愛情を持つことなど出来るはずもない。
 真生はそれを知られるのが、いつのまにか怖くなっていた。だが自分は魔王でこいつは勇者だ。いつかは離れねばならない。

 そうわかっていて、それがごく自然に距離を取れるなんて考えていた。遠く離れてしまえば自分のことなど相手は忘れるだろうと。
 それも甘い考えだったと真生は、自分を見つめる勇磨に向かい不敵な笑みを見せる。それは己を嗤う微笑みだったが。

 責任感の強いこいつが、けじめも付けずに曖昧なまま真生を放り出すなんて訳がないのだ。そんなの十八年間一緒に暮らしてわかっていたはずなのに。

「もうわかっただろう? 俺はお前が倒した魔王だ」

 勇磨が拳を握りしめる。次に来るのは罵声か。その拳か。真生は己の身体がすうっと冷えていくのを感じた。

「知ってたよ」
「は?」
「君が生まれたときから知っていた。君は僕が倒した魔王だと」

 「では、なぜ……?」という言葉は、真生の口からは出せなかった。
 その前に池の水面が盛りあがり、大きな波が二人の立つ太鼓橋を襲ったのだ。
 そして、波がひいたあとには二人の姿はどこにもなかった。





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