上 下
4 / 25
魔王(オレ)を殺した勇者の息子に生まれ変わったんだが……ヤツが毎日靴下をはかせてくる

【3】魔王自立を目指す

しおりを挟む
   


 薄々は気づいていたのだ。
 勇磨は自分の本当の父ではない。

 そもそも真生は勇磨に全く似ていないのだ。
 真っ黒な鴉の濡れ羽色の髪に、紅茶色の瞳。不健康なほどに白い肌。お人形さんのようねと言われたあとに、でもちょっと怖いわねなんて言われているのも知ってる。

 なにしろ無表情だ。生まれてこのかたニコリともしたことはない。なにが悲しくて笑いたくもないのに「かわいいね」などと言われるがために、相手に媚びへつらってへらへら笑わねばならぬのだ。

 その猫の様につり上がった、黒目がちの瞳でじっと見つめると、大人でさえちょっとした威圧感を感じて黙りこむ。そういえば勇磨は、いつも口許に微笑を絶やさず、その茶色の目もすこし垂れ目がちで、いかにも人が良さそうだ。こんなところも大違いだ。

 写真の中の母の真理といえば、まあ、そこそこ美人といえるだろう。そこそこというのは、街であの子ちょっとかわいいねと言われる、その程度という意味だ。
 そして、外見は黒髪黒目の典型的日本人。こちらも真生にちっとも似ていない。

「両親の勧める見合い相手と結婚すれば、勘当を解くと言われたんだ」
「今どき時代錯誤だな」

 自宅のマンションに戻り、並んでソファに座る。勇磨の手には珈琲が、真生は両手でココアの入ったマグをふうふうやりながら、口を開いた。
 ココアにはマシュマロがたくさん浮かんでいる。近頃の真生の気に入りだ。

「そういう家なんだよ。いまだに家長は絶対で、長男は家を継がなければならず、そのために結婚して男児をもうけなければならない」
「いつの時代の話だ?戦国時代か?」

 いまどきの子供なら昭和か?というところだが、魔王様の尺度からすれば、昭和など赤ん坊、大正明治はガキ、江戸時代は若造。まあ戦国なら認めるというところだ。

「真生を本家に引き取れば、僕が戻ってきて見合い話を受けると思っていたんだろう」
「馬鹿じゃないか?警察に誘拐だと訴えられれば、終わりだろう?」
「警察は基本民事不介入だ。この頃は場合によってはそうでもないみたいだけどね。だけど、あの家は特殊だと言っただろう?」
「名門の家名と財力に権力があれば国家権力も黙りこむか。いつの時代も一緒だな」

 しかし、真生は不思議に思う。スウェーデン人の祖父と駆け落ちした祖母の息子が、あの名門きどりのがちがちになるのか?と。

「父は幼い頃、本家に預けられたんだよ。他に跡継ぎの男子がいなくてね」

 勇磨がそれを察したように口を開く。

「父はそれを捨てられたと感じたらしい」

 その頃、スウェーデン人の祖父の貿易会社の経営に陰りがあり、元華族の祖母は苦渋の決断で勇磨の父を本宅に預けたらしいが。
 貿易会社を立て直し財を得た頃には、親子の断絶は決定的になっていたという。

「祖母が僕に全財産を継がせたのも、父の態度をより硬化させた。祖母としては『財があれば自由が得られるわ』と僕に残してくれたのだけどね」
「当たっているではないか」

 もし勇磨になんの財力もなければ、とっくの昔に真生は取り上げられて、彼は後妻を押しつけられていただろう。
 そこまで考えて真生はちょっと嫌な気分になった。自分と勇磨のあいだに誰か知らない女が入る?

「真生がいるから結婚はしないと言った僕に、両親は言ったんだ」

 そこで勇磨は黙りこんだ。真生は不思議に思って、となりの勇磨を見上げる。
 彼は自分になんでも話してくれる。赤ん坊の頃、わかるとも思えないのに母の真理の死をつげたときから変わらず、子供相手だからと話を省略することなどない。
 それが言いよどんでいる。「なに?」と真生は聞くと勇磨が苦しそうに告げる。

「養子に出せと言われた。男子のない分家で欲しがっている家があるからと」
「…………」

 なるほどと真生は思う。あの祖父母は真生が勇磨の子ではないと思いこんでいる。事実そうなのだろう。
 だから自分達の気に入りの女と結婚させ、その間に生まれた男子に家を継がせる。そうなれば真生は邪魔だからどこかの家にくれてやれ……と。

「わっ!」

 いきなり真生は抱きしめられた。カップが落ちて下に転がる。「カーペットが染みになる」と言えば「かまわない!」と勇磨が答える。
 初めて聞くような強い声だった。

「両親にとっては僕は良い息子だったのだと思う」

 抱きしめられたまま「うん」と真生は答えた。太陽のような……と例えられた勇者様だ。実の両親から見ても出来の良い息子だったことは察せられる。
 おそらく、真理と結婚し真生が生まれなければ、この男は両親の考え通り家を継いで、勧められるまま結婚して、穏やかな家庭を築いただろう。

「だけど、僕から真生を取り上げるなんて許せないと思った。絶対に僕は真生から離れないし、離さない。だから安心して」
「…………」

 無表情で可愛げのない自分の血を引かない子供に、どうしてここまで固執するのか、真生には理解できない。
 いつだって「いらない」と言われてどこかの施設に預けられてもいいと思っていた。それでこの勇者との腐れ縁が切れるならば、この世界の片隅で生きようと。
 今の自分は巨大な魔力も長大な寿命もない。塵芥ちりあくたと思っていた人間同然に、死んでいくのだろう。

 だけど。
 だけど、今、この元勇者と離れるのは……。

「俺も勇磨がいい」

 広い背中に目一杯手を伸ばして抱きつけば、いっそう強い力で抱きしめられる。「苦しいぞ」と背中をたたけば力は緩められたが、離さないとばかりの腕の囲みは解かれない。
 大人と子供の体格差だ。すっぽりと包まれる安心感と温かさは心地よい。

 毎日もたされる好物ばかりが詰まった弁当。う巻きに白和えに、ブリの照り焼き。学校への迎えの帰りに、ときどき寄るカフェの抹茶のシフォンケーキ。
 夕ご飯の鰤大根、肉じゃが、ナスの煮浸し、こっくり煮込んだビーフシチュー。大人のハヤシライスはどこか大人なのかわからないが、でもうまい。

 一緒にお風呂にはいって、髪を洗ってもらうのも心地よいし、パジャマに着替えさせられて、一緒のベッドで勇磨がおやすみなさいといい、自分が「ん」と答えて眠りにつく。
 朝目覚めれば、寝ぼけ眼の自分の顔を蒸しタオルでぬぐってくれて、短い髪はいやだと肩につくまで伸ばした、緩く波打つ黒髪をとかしてくれる。

 それから服を着替えさせられ、靴下まではかせてもらって、歯磨きは自分でするけれど、ダイニングにいけば、昨日リクエストしたとおりの朝食が待っている。
 卵焼きといえば、和風のみそ汁にご飯だし、スクランブルエッグやオムレツなら、パンにカフェオレ。勇磨は珈琲だ。こんな優しい顔して、こいつは生意気にも砂糖もミルクもなしのブラックを飲む。

 そしてまた、鶏のしぎ焼きにひじきと豆の煮物、青菜のゴマ和えの弁当を持たせてもらって、勇磨の運転する車で学校に送ってもらい……。
 と、そこまで考えて真生は「ん?」と思う。

 なんだかこれおかしくないか?と。

 小学二年生とはいえ、父親と同じ風呂にはいって髪まで洗ってもらって、一緒のベッドで寝て、寝起きに顔までぬぐってもらい、一人でお着替えもせずに靴下まではかせてもらっている。

 これはよくない。このままだと勇磨の手がないと生きられない人間になってしまう。
 自立しよう……と決意した。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】魔王様は勇者激推し!

福の島
BL
魔国のいちばん高い城、その一番奥に鎮座するのは孤高の魔王…ではなく限りなく優しいホワイト社長だった。 日本から転生し、魔王になった社畜は天性のオタクで魔王の力というチート持ち。 この世界でも誰か推せないかなぁとか思っていると… …居た、勇者だ!!! 元虐められっ子イケメン勇者×少し抜けてるオタク魔王 男性妊娠はおまけ❶から またおまけ含めて1万字前後です。

攻略されていたのは、俺

三冬月マヨ
BL
ゲームの世界に転生した俺。 そこでの俺は悪役だ。 悪役は殺される運命にある。 そんなの俺はゴメンだ。 だから、俺は主人公と仲良くする事にした。 それなのに。 仲良くしてたのに、何で殺されるの、俺? コメディですが、シリアスします。グロもあります。女性との絡みもあります。 残酷な描写(閲覧注意の物)がある話には※印を付けます。苦手な方はご注意下さい。 本編完結済。

幽閉された魔王は王子と王様に七代かけて愛される

くろなが
BL
『不器用クールデレ王様×魔族最後の生き残り魔王』と『息子×魔王』や『父+息子×魔王』などがあります。親子3人イチャラブセックス! 12歳の誕生日に王子は王様から魔王討伐時の話を聞く。討伐時、王様は魔王の呪いによって人間と結婚できなくなり、呪いを解くためにも魔王を生かして地下に幽閉しているそうだ。王子は、魔王が自分を産んだ存在であると知る。王家存続のために、息子も魔王と子作りセックス!? ※含まれる要素※ ・男性妊娠(当たり前ではなく禁呪によって可能) ・血縁近親相姦 ・3P ・ショタ攻めの自慰 ・親のセックスを見てしまう息子 ・子×親 ・精通 完全に趣味に走った作品です。明るいハッピーエンドです。

神獣の僕、ついに人化できることがバレました。

猫いちご
BL
神獣フェンリルのハクです! 片思いの皇子に人化できるとバレました! 突然思いついた作品なので軽い気持ちで読んでくださると幸いです。 好評だった場合、番外編やエロエロを書こうかなと考えています! 本編二話完結。以降番外編。

ショタ魔王を保護した勇者

ミクリ21 (新)
BL
ショタ魔王を保護した勇者の話。

隣国王子に快楽堕ちさせれた悪役令息はこの俺です

栄円ろく
BL
日本人として生を受けたが、とある事故で某乙女ゲームの悪役令息に転生した俺は、全く身に覚えのない罪で、この国の王子であるルイズ様に学園追放を言い渡された。 原作通りなら俺はこの後辺境の地で幽閉されるのだが、なぜかそこに親交留学していた隣国の王子、リアが現れて!? イケメン王子から与えられる溺愛と快楽に今日も俺は抗えない。 ※後編がエロです

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

処理中です...