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魔王(オレ)を殺した勇者の息子に生まれ変わったんだが……ヤツが毎日靴下をはかせてくる
【3】魔王自立を目指す
しおりを挟む薄々は気づいていたのだ。
勇磨は自分の本当の父ではない。
そもそも真生は勇磨に全く似ていないのだ。
真っ黒な鴉の濡れ羽色の髪に、紅茶色の瞳。不健康なほどに白い肌。お人形さんのようねと言われたあとに、でもちょっと怖いわねなんて言われているのも知ってる。
なにしろ無表情だ。生まれてこのかたニコリともしたことはない。なにが悲しくて笑いたくもないのに「かわいいね」などと言われるがために、相手に媚びへつらってへらへら笑わねばならぬのだ。
その猫の様につり上がった、黒目がちの瞳でじっと見つめると、大人でさえちょっとした威圧感を感じて黙りこむ。そういえば勇磨は、いつも口許に微笑を絶やさず、その茶色の目もすこし垂れ目がちで、いかにも人が良さそうだ。こんなところも大違いだ。
写真の中の母の真理といえば、まあ、そこそこ美人といえるだろう。そこそこというのは、街であの子ちょっとかわいいねと言われる、その程度という意味だ。
そして、外見は黒髪黒目の典型的日本人。こちらも真生にちっとも似ていない。
「両親の勧める見合い相手と結婚すれば、勘当を解くと言われたんだ」
「今どき時代錯誤だな」
自宅のマンションに戻り、並んでソファに座る。勇磨の手には珈琲が、真生は両手でココアの入ったマグをふうふうやりながら、口を開いた。
ココアにはマシュマロがたくさん浮かんでいる。近頃の真生の気に入りだ。
「そういう家なんだよ。いまだに家長は絶対で、長男は家を継がなければならず、そのために結婚して男児をもうけなければならない」
「いつの時代の話だ?戦国時代か?」
いまどきの子供なら昭和か?というところだが、魔王様の尺度からすれば、昭和など赤ん坊、大正明治はガキ、江戸時代は若造。まあ戦国なら認めるというところだ。
「真生を本家に引き取れば、僕が戻ってきて見合い話を受けると思っていたんだろう」
「馬鹿じゃないか?警察に誘拐だと訴えられれば、終わりだろう?」
「警察は基本民事不介入だ。この頃は場合によってはそうでもないみたいだけどね。だけど、あの家は特殊だと言っただろう?」
「名門の家名と財力に権力があれば国家権力も黙りこむか。いつの時代も一緒だな」
しかし、真生は不思議に思う。スウェーデン人の祖父と駆け落ちした祖母の息子が、あの名門きどりのがちがちになるのか?と。
「父は幼い頃、本家に預けられたんだよ。他に跡継ぎの男子がいなくてね」
勇磨がそれを察したように口を開く。
「父はそれを捨てられたと感じたらしい」
その頃、スウェーデン人の祖父の貿易会社の経営に陰りがあり、元華族の祖母は苦渋の決断で勇磨の父を本宅に預けたらしいが。
貿易会社を立て直し財を得た頃には、親子の断絶は決定的になっていたという。
「祖母が僕に全財産を継がせたのも、父の態度をより硬化させた。祖母としては『財があれば自由が得られるわ』と僕に残してくれたのだけどね」
「当たっているではないか」
もし勇磨になんの財力もなければ、とっくの昔に真生は取り上げられて、彼は後妻を押しつけられていただろう。
そこまで考えて真生はちょっと嫌な気分になった。自分と勇磨のあいだに誰か知らない女が入る?
「真生がいるから結婚はしないと言った僕に、両親は言ったんだ」
そこで勇磨は黙りこんだ。真生は不思議に思って、となりの勇磨を見上げる。
彼は自分になんでも話してくれる。赤ん坊の頃、わかるとも思えないのに母の真理の死をつげたときから変わらず、子供相手だからと話を省略することなどない。
それが言いよどんでいる。「なに?」と真生は聞くと勇磨が苦しそうに告げる。
「養子に出せと言われた。男子のない分家で欲しがっている家があるからと」
「…………」
なるほどと真生は思う。あの祖父母は真生が勇磨の子ではないと思いこんでいる。事実そうなのだろう。
だから自分達の気に入りの女と結婚させ、その間に生まれた男子に家を継がせる。そうなれば真生は邪魔だからどこかの家にくれてやれ……と。
「わっ!」
いきなり真生は抱きしめられた。カップが落ちて下に転がる。「カーペットが染みになる」と言えば「かまわない!」と勇磨が答える。
初めて聞くような強い声だった。
「両親にとっては僕は良い息子だったのだと思う」
抱きしめられたまま「うん」と真生は答えた。太陽のような……と例えられた勇者様だ。実の両親から見ても出来の良い息子だったことは察せられる。
おそらく、真理と結婚し真生が生まれなければ、この男は両親の考え通り家を継いで、勧められるまま結婚して、穏やかな家庭を築いただろう。
「だけど、僕から真生を取り上げるなんて許せないと思った。絶対に僕は真生から離れないし、離さない。だから安心して」
「…………」
無表情で可愛げのない自分の血を引かない子供に、どうしてここまで固執するのか、真生には理解できない。
いつだって「いらない」と言われてどこかの施設に預けられてもいいと思っていた。それでこの勇者との腐れ縁が切れるならば、この世界の片隅で生きようと。
今の自分は巨大な魔力も長大な寿命もない。塵芥と思っていた人間同然に、死んでいくのだろう。
だけど。
だけど、今、この元勇者と離れるのは……。
「俺も勇磨がいい」
広い背中に目一杯手を伸ばして抱きつけば、いっそう強い力で抱きしめられる。「苦しいぞ」と背中をたたけば力は緩められたが、離さないとばかりの腕の囲みは解かれない。
大人と子供の体格差だ。すっぽりと包まれる安心感と温かさは心地よい。
毎日もたされる好物ばかりが詰まった弁当。う巻きに白和えに、ブリの照り焼き。学校への迎えの帰りに、ときどき寄るカフェの抹茶のシフォンケーキ。
夕ご飯の鰤大根、肉じゃが、ナスの煮浸し、こっくり煮込んだビーフシチュー。大人のハヤシライスはどこか大人なのかわからないが、でもうまい。
一緒にお風呂にはいって、髪を洗ってもらうのも心地よいし、パジャマに着替えさせられて、一緒のベッドで勇磨がおやすみなさいといい、自分が「ん」と答えて眠りにつく。
朝目覚めれば、寝ぼけ眼の自分の顔を蒸しタオルでぬぐってくれて、短い髪はいやだと肩につくまで伸ばした、緩く波打つ黒髪をとかしてくれる。
それから服を着替えさせられ、靴下まではかせてもらって、歯磨きは自分でするけれど、ダイニングにいけば、昨日リクエストしたとおりの朝食が待っている。
卵焼きといえば、和風のみそ汁にご飯だし、スクランブルエッグやオムレツなら、パンにカフェオレ。勇磨は珈琲だ。こんな優しい顔して、こいつは生意気にも砂糖もミルクもなしのブラックを飲む。
そしてまた、鶏のしぎ焼きにひじきと豆の煮物、青菜のゴマ和えの弁当を持たせてもらって、勇磨の運転する車で学校に送ってもらい……。
と、そこまで考えて真生は「ん?」と思う。
なんだかこれおかしくないか?と。
小学二年生とはいえ、父親と同じ風呂にはいって髪まで洗ってもらって、一緒のベッドで寝て、寝起きに顔までぬぐってもらい、一人でお着替えもせずに靴下まではかせてもらっている。
これはよくない。このままだと勇磨の手がないと生きられない人間になってしまう。
自立しよう……と決意した。
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