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【8】夢の迷宮 その2

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 それは道標のように、ぽつんぽつんと森の小径に浮かんでいた。

 そして、開けた森の広場にでた。また違う場面が展開する。

 夜の森でのダンスの稽古。カタツムリだ、ガチョウだといわれながら、初めてその白い手を取ることを許された、アルマティとのダンス。
 白い手を握りしめたときの高揚感。
 この美しいエルフとずっと踊っていたいと思った。
 アルマティに言われて自分の背が彼に追いついてきていることに、少年は目を見開く。
 そして思う。
 このすらりとしたエルフの背を追い抜いたとき、自分は“大人の男”になれるのだろうか? 

 そのときは……。

 十五歳の初陣。白馬の手綱を握るその手は本当は震えていた。恐怖ではなく、みんなの希望を背負った王子として絶対に勝たねばならない、その重圧に。
 そんなとき、その震える手にそっと重なった白い手があった。横に馬を寄せたアルマティをウーサーは見る。

「私がお前の背は守る」

 安心しろとはいわない。ただ守ると言ってくれた。アルマティが共にある。それだけでウーサーは強くなれると思った。
 みんなの希望ももちろんある。
 だけど、自分はこのエルフとともにどこまでも行くのだ。
 どこまでも……。

 「あなたにこの勝利を捧げる」といったら「馬鹿」と怒られた。これはお前とみんなの勝利だろうと。「もちろん」と応えて、自軍の騎士や兵士達の歓声に応えた。
 だけどなによりもやはり……。
 自分をここまで導きずっと一緒にいてくれた。
 誰よりも綺麗で優しいアルマティに……捧げたいと思った。
 だから、その気持ちを形に。

「これはなんだ?」

 初陣からしばらくあと、拠点としていた要塞にて。ウーサーがアルマティに一輪の百合の花と、それから美しい小さな宝石箱を渡した。
 その夢の光景をアルマティは見て、たしかにそんなことがあったと思い出す……までもない。
 よく覚えているからだ。
 彼が花以外を初めて自分に贈った。

「戦勝の記念だ」
「勝ったのはお前だろう?」
「アルマティもだろう?」

 そういわれて「せっかく用意したんだからもらってくれ」と言われれば断る利用もない。
 小さな箱の中身は、滴の形をした青い水晶のピアスだった。
 翌日より、アルマティの尖った耳に、それが揺れることになる。
 ウーサーは初めてそれを見たとき、嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑った。
 それから、なにかのたびにウーサーから花だけでなく装身具を贈られるようになった。耳飾り利だけでなく、髪飾りやペンダント、ブレスレット。指輪。
 「全部つけろなどというなよ、じゃらじゃらしてうるさい」なんていいながら、アルマティは毎日なにかは身につけた。実の所、千年生きてきて自分の身を飾ることなど考えたこともなく、それこそ、それまでは母からゆずられた儀典用の銀水晶サークレット一つしか持っていなかったが。
 朝、起きて簡単に身だしなみを整えたあとに、さて今日はなにを付けるか? という習慣が加わったのもこの頃だ。
 もちろん、贈られたすべての花とともに、すべての装身具も、一つも失うことなくインベントリーの中にある。
 ウーサーから贈られたものは、すべて残さず。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 唐突にまた場面が切り替わる。いや、一瞬の暗転のあとに聞こえたのは己の悲鳴。

「ウーサー!」

 たくさんの血が流れて薄れる意識の中。この人のこんな取り乱した声を聞いたことはなかった。

「逝くな! 逝かせてたまるものか!」

 血を吐くような必死の叫び。
 たしかにこの美しい存在を残していけないと思った。
 生きなければ……。
 大好きな人が呼んでいる……。



 暗闇からまたどこかの部屋の光景が、アルマティの前に広がる。
 寝台に横たわっているのはウーサーではなく、アルマティだ。その枕元の椅子に座るウーサーの胸元には白い包帯が巻かれて血がにじんでいる。その横に心配げな顔をしたガレスが立っていた。
 あれは戦場で兵士をかばい大けがを負ったウーサーを、死から引き戻すためにアルマティがぎりぎりまで生命力を注ぎこんで倒れた。あのときの姿か……アルマティは思い出す。
 眠るアルマティの横顔は整いすぎていて、まるで物言わぬ美しい宝石の人形のようだ。
 自分を美しいだの宝石の人形だの……これはアルマティが感じていることではなく、当然ウーサーの感情だ。夢の中ではまったくすべてがあけすけに伝わってくる。
 ウーサーの心に満ちているのは後悔と絶望と、自分をおいてアルマティが逝ってしまうのではないか? という恐怖。
 こちらからは自分の白い手を握るウーサーの背しか見えない。その悲痛な表情も。それでもあれがどんな顔をしているかわかる。
 その弱った背中に触れたくとも今は夢の中だ。手を伸ばしたアルマティだが、それが幻だと途中で指を握りしめる。
 自分のせいで、この美しい人が二度と目を覚ますことがなかったなら……。
 どうか、どうか、目を覚ましてほしい。
 白く自分より体温の低い手を握りしめて、ウーサーはただ祈る。
 そして、夢の中でアルマティはゆっくりと目を開く。
 その瞬間のウーサーの心の震えがどうっと伝わってきた。
 歓喜と安堵、そして泣きたいぐらいの気持ち。
 それでもアルマティに泣くなと言われているから我慢した。
 そして、やりとりする言葉のうちに誓う。
 自分はもう二度と、この身体に傷を負うようなことはしないと。
 己の命が危うくなることは、同時にアルマティを失うことだと気付いたからだ。
 同じことが二度とあれば、またアルマティは自分のために、その命を使ってしまうだろう。
 そんなことは二度とさせない。
 それはウーサーの固い固い誓い。
 アルマティにとっては、あのときは若い彼らしい勢いの言葉だろうと、流してきいてしまっていた。
 だが、あの瞬間に彼は本当の王に、そして大人の男になったのだ。
 自分の手を離れてひとりで立った。

────ああそうか……もうとっくの昔に、お前は私の手を離れていたのか……。

 その後、軽口をたたき合い、二人寄り添い合って眠る。
 十八のあのときの時点でウーサーの背はアルマティはすでに抜いていた。肩幅も。
 アルマティを無意識に抱き寄せるようにして眠る。そのウーサーは何度も心の中でくり返す。
 二度ともう己は一欠片もこの身に傷を負うことはない。
 このエルフを守ってみせる。
 そう、何度も誓っていた。

 そして、山奥の雨の宿。
 ここにいる十日間限りだと約束させられて、もっとも焦がれた、世界で一番美しいものに触れた。
 その歓喜と幸福。
 自分だけの宝物だと思った。
 たとえ十日間限りの刹那の恋人であろうとも。
 この恋は永遠で忘れることはないと。
 忘れると約束したけれど……。
 しかし、残りの日数が少なくなるにつれて、募る切なさ。
 いっそこの雨が止まずに、永遠にこの時が続ければいいのに……と願った。
 そして、やっぱり忘れられない! と目の前のエルフにすがった。
 そこから先の意識は闇に飲まれた。

 そう彼はすべてを忘れたはずなのに……。





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