上 下
14 / 27

【5】別れの朝、流せぬ涙 その1

しおりを挟む




 十日の日は長いようで瞬く間に過ぎていく。

「あと二日か……」

 ウーサーがぽつりという。そこにはどこかさみしい響きがあった。アルマティは表情を変えずにいった。

「たまには宿の外に出るか?」
「外は雨。出てもなにもないんじゃないか?」
「店が三件あるそうだ。雨期は閉めているが、いまは私達についてきた兵士達の為に開いていると聞いた」

 そう提案すれば「ああ、いいな」とウーサーが笑う。外を歩けるというより、自分と歩けるのが楽しいのだとばかりに。
 宿で傘を借りて、それをさして外に出る。ウーサーがさしかける一つの傘に二人で収まって。普通なら「雨具は一人一つだ」とでもいっただろうが、ここにいる間は特別だ。
 傘の中、濡れないようにウーサーがアルマティの肩を抱いても、アルマティが身を寄せても、不信には思われない。護衛の騎士が二人あとからついてきたが、彼らも魔物が襲ってくる気配がかけらもない、この温泉滞在にどこか気が緩んでいる風だ。
 店屋は崖にへばりつく宿屋から見て、細い街道を挟んで反対側にある。渓流側に足場を組める宿屋と違って、険峻な山の傾斜が迫る反対側はそう敷地がとれない。だから小さな店を建てたのだ。店屋もこの一件宿の親族がやっているときいた。
 二人が立ち寄った最初の店は茶器と茶葉を扱うものだった。そこでアルマティは茉莉花の茶と、宿で使って気に言った赤茶色の丸いポッドに、小さなカップを買った。
 アルマティの千年の近くの生涯は放浪の旅から旅そのものだ。そこでの楽しみが茶であった。土地土地の特有の茶と茶器と。アルマティの魔力ゆえにやたら広い魔法倉庫インベントリーには、そんな茶器と茶葉がごまんと詰まっている。時間の停止した魔法空間の中では、茶葉の劣化もない。
 二人きりの放浪中も毎日のように茶をふるまってやったのだが、このいい加減な男はついぞ茶の味を理解することなかった。「アルマティの煎れる茶は格別にうまい」といつもいうが、本当にわかっているとは思えないとアルマティは思っている。
 言葉通り自分の煎れた茶だからうまい……というのは、信じてやっていいとは思っているが。
 今も茶器を選ぶアルマティの肩越しのぞきこんだり、差し出された見本の茶葉の匂いを、くんとかいでいたが、最後には狭い店のなかを所在なげにぶらぶらしていた。分かりやすくていいことだ。
 隣の店は土産物屋であった。この郷土の玩具や飾り物が小さな店の棚にずらりと並ぶ様子に、ウーサーの瞳が輝くのに、アルマティは内心で『またか……』と思う。

「おお~この牛が首振ってるの、いいと思わないか? 赤に青に黄色に緑といろいろあるし、留守番の近衛の奴らに買ってやろう」
「……そうだな」

 はたして大人の男の騎士達が首をふりふりする牛さん人形をもらって喜ぶのだろうか? いや、我が殿下の土産ならばと彼らはありがたく戴くだろうが。「お~これこれはどこでもあるな。これも全種類くれ」なんて店のオヤジにいっているのは、たしかにどこの土産物屋でもなぜかある、三角の旗の形をした壁飾りだ。これも王家の下賜品として騎士や兵士達の家の壁を末代まで飾るのだろうか? それはそれで、王家としてどうなんだ? と思うが。
 ちなみにウーサー直属の騎士団員たちの部屋には、いつかのときに全員にあたえた木彫りの熊の像が必ずあるはずだ。鮭を口にくわえているものだ。
 アルマティもウーサーと離れての行軍などのとき、出会うと必ず土産はもらった。まあ、それは木彫りの熊や壁掛けではなく。

「ああ、これはいいな。あなたの髪に似合う」
「…………」

 ウーサーがアルマティの銀の髪に当てたのは、この地方で採れる青い石を三つはめ込んだ、髪飾りだった。
 そう、ウーサーがアルマティに贈るのは珍奇? な土産ではなく、必ず美しいものだった。それは髪飾りだけでなく、子供の頃はキラキラと光る石だったり、野の花だったり。
 初めての贈り物は……そう。まだ放浪の旅の初め。アルマティが見おろしていた十歳の子供が握りしめて差し出した。

「アルマティ、これ」
「ヒヤシンスか?」
「うん、青くてアルマティみたいだって」
「……花にたとえられても男の私は嬉しくないがな。そういうのはご婦人にしてやれ」
「でも、アルマティはこの花より綺麗だから」
「…………」

 まさか、あのヒヤシンスの花が自分のインベントリの片隅に、いまも朝露に濡れたそのままにあるとは、ウーサーは思ってもいまい。

「やれやれ、私に髪飾りを贈るぐらいならば、ご令嬢に選んでやれ」

 王都は奪還できていないウーサーではあるが、諸侯達のすべては、すでに彼の軍門にある。当然年頃の令嬢達を持つ諸侯もいて、彼らは将来の王であるウーサーの未来の王妃にと……そんな望みを抱く者達も多い。親達の思惑はともかく若く凜々しい王子に惹かれる令嬢達もだ。

「彼女達には花を贈っているだろう?」

 たしかに騎士の中の騎士として育てられたウーサーは、ご婦人達をうやうやしく扱うし、彼女達の誕生日や祝いに花を贈ることは忘れない。もっとも、その手配をするのは彼の従者なのだが。

「そういえばいつも花だな、どうしてだ?」
「あなたがご婦人には花を贈れって言ったからだろう?」
「…………」

 そんな昔に言ったことを覚えていたのか? しかし、アルマティの眉間にしわがよる。

「お前は私にも花を贈ってくるではないか?」

 そう、こんな装身具だけでなく、それに花が添えてあるときもあるのだ。

「彼女達には薔薇の花だろう? あなにはあなたの花だ」

 たしかに毎回贈られる花は違っていた。最初は青のヒヤシンス。一番最近は。

「アマリリスだったな。花弁の外は白で、中はほんのりと薄紅の」
「うん、俺も覚えている。あなたへの花は俺が選ぶからな」
「まさかすべての令嬢に薔薇の花なのは……」
「そのほうが迷わなくていいだろう? 色はこのあいだの夜会で来ていたドレスの色だ」
「それもお前が覚えてなくて、従者が覚えているのだろう?」
「よくわかるな」
「お前、いつか刺されるぞ」

 本気の言葉ではない。ウーサーは騎士として令嬢達にうやうやしく接しはすれど、それは常に節度を保ったものだ。誰か一人を特別扱いして、他の妬心をあおることなどない。
 彼女達に贈る花も同様だ。一律に薔薇の花、それも誕生日など決まった理由がなければ贈られることはない。これでは自分一人がこの王子の特別とは思えないだろう。
 そうやって諦めや婚期が迫る娘に親の勧めで泣く泣く、他の貴公子と結婚した娘達も数多い。この戦乱の中でも、いやだからこそ他家との繋がりを深めるための政略結婚は、盛んに行われている。
 そんな令嬢達の結婚式の日にも、当然アーサーは祝いとして花を贈っていた。花嫁の純潔を現すように純白のその薔薇は“涙の花”と呼ばれているとか。ウーサーはそんな花の別名を、たぶん知らないだろう。

「シフみたいな女騎士ならともかく、令嬢に刺されるほど常日頃から、油断しているつもりはないが」
「……そういう意味ではない」

 シフとはレジタニアの北方の剽悍な騎馬民族の族長の娘で女騎士だ。兄とは違う意味で破天荒な彼女と堅物のガレスとは妙に気が合ってことは気付いていたが、のちに二人が夫婦になるとは、このときのアルマティも予想外ではあった。

「薔薇は従者に選ばせているが、あなたに贈る花は俺が選んでいる」
「……そういう意味でもない」

 まったく花のような令嬢に贈る花は人任せで、枯れたエルフのジジイに贈る花は、王子様自ら選ぶとは逆だろう……と思う。
 「花はないけれど」とウーサーはアルマティに髪飾りを贈った。「俺が手からつけても?」という言葉にうなづけば、ウーサーはアルマティの髪にそれにつけて「やはり似合ってる」と笑顔をみせた。
 まったくエルフの爺の白い髪に髪飾りをつけてなにが楽しいのやら……とアルマティは心中でごちる。
 それと同時に、ウーサーが“理由もなく”こういった贈り物をするのは自分だけだ……と気付いていたが、いつものように淡々と受け取った。



 三軒並んでいる小さな店屋の一番端は茶屋であった。そこは休憩時間中の騎士達がたむろしていたが、二人が入ってきたとたんに直立不動で礼をとる。それにウーサーは「今は忍びだ。俺はお前達と同じ“湯治客”だぞ」と苦笑して、楽にするようにとうながす。
 とはいえ、彼らのいる中央の大テーブルに同席などしたら、折角の休憩時間のあいだ気を遣わせてしまうと、二人は茶屋の奥まった席へと移動した。衝立で仕切られた恋人同士が語らうような場所だ。
 適当に茶と茶菓子を頼んで、アルマティは隣の土産物屋で、ウーサーが奇妙な土産物を見繕っているあいだに買ったものを取り出す。アルマティがいま、銀の髪につけている髪飾りの色石と同じ、青とそれと赤の色石に、この地方の特産である絹の組紐だ。こちらは金と銀のものを選んだ。

「なにするんだ?」
「まあ見ていろ。そのあいだなにかしゃべれ」
「なにかって言われてもなあ」

 などとウーサーはぼやくが、そこに香り高い茉莉花の茶と茶菓子が運ばれてきた。茶菓子は蕎麦粉をといて薄くやいたものに、スグリやアケビのジャムをぬってくるくると巻いたものだ。クリームをたっぷり使った宮廷菓子のごてごてさはない、いかにも鄙びた地らしい素朴さがよい。

「これはあまり甘過ぎなくていい。戦地の野営でも作れそうだし、兵士達の間食にどうだろう?」

 戦中の慰めといえば酒ではあるが、とはいえ戦いに響くほど過ごし過ぎるのはよくないし、飲めないものだっている。

「甘い菓子ってのは、どっか心がほっとする」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです

紫南
ファンタジー
魔法が衰退し、魔導具の補助なしに扱うことが出来なくなった世界。 公爵家の第二子として生まれたフィルズは、幼い頃から断片的に前世の記憶を夢で見ていた。 そのため、精神的にも早熟で、正妻とフィルズの母である第二夫人との折り合いの悪さに辟易する毎日。 ストレス解消のため、趣味だったパズル、プラモなどなど、細かい工作がしたいと、密かな不満が募っていく。 そこで、変身セットで身分を隠して活動開始。 自立心が高く、早々に冒険者の身分を手に入れ、コソコソと独自の魔導具を開発して、日々の暮らしに便利さを追加していく。 そんな中、この世界の神々から使命を与えられてーーー? 口は悪いが、見た目は母親似の美少女!? ハイスペックな少年が世界を変えていく! 異世界改革ファンタジー! 息抜きに始めた作品です。 みなさんも息抜きにどうぞ◎ 肩肘張らずに気楽に楽しんでほしい作品です!

転生皇太子は、虐待され生命力を奪われた聖女を救い溺愛する。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

すれ違う道

むちむちボディ
BL
色々と絡み合う恋の行方はどうなるのでしょうか?遅咲きの2人が出会う恋物語です。

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

浮気αと絶許Ω~裏切りに激怒したオメガの復讐~

飴雨あめ
BL
溺愛ハイスペα彼氏が腹黒な美人幼馴染Ωと浮気してたので、二人の裏切りに激怒した主人公Ωが浮気に気付いていないフリをして復讐する話です。  「絶対に許さない。彼氏と幼馴染もろとも復讐してやる!」 浮気攻め×猫かぶり激怒受け ※ざまぁ要素有 霧下すずめ(Ω)…大学2年。自分を裏切った彼氏と幼馴染に復讐を誓う。164㎝。 鷹崎総一郎(α)…大学3年。テニスサークル所属。すずめの彼氏ですずめを溺愛している。184㎝。 愛野ひな(Ω)…大学2年。テニスサークルマネージャー。すずめの幼馴染で総一郎に一目惚れ。168㎝。 ハッピーエンドです。 R-18表現には※表記つけてます。

西谷夫妻の新婚事情~元教え子は元担任教師に溺愛される~

雪宮凛
恋愛
結婚し、西谷明人の姓を名乗り始めて三か月。舞香は今日も、新妻としての役目を果たそうと必死になる。 元高校の担任教師×元不良女子高生の、とある新婚生活の一幕。 ※ムーンライトノベルズ様にも、同じ作品を転載しています。

(仮)攫われて異世界

エウラ
BL
僕は何もかもがイヤになって夜の海に一人佇んでいた。 今夜は満月。 『ここではないどこかへ行きたいな』 そう呟いたとき、不意に押し寄せた波に足を取られて真っ暗な海に引きずり込まれた。 死を感じたが不思議と怖くはなかった。 『このまま、生まれ変わって誰も自分を知らない世界で生きてみたい』 そう思いながらゆらりゆらり。 そして気が付くと、そこは海辺ではなく鬱蒼と木々の生い茂った深い森の中の湖の畔。 唐突に、何の使命も意味もなく異世界転移してしまった僕は、誰一人知り合いのいない、しがらみのないこの世界で第二の人生を生きていくことになる。 ※突発的に書くのでどのくらいで終わるのか未定です。たぶん短いです。 魔法あり、近代科学っぽいモノも存在します。 いろんな種族がいて、男女とも存在し異種婚姻や同性同士の婚姻も普通。同性同士の場合は魔法薬で子供が出来ます。諸々は本文で説明予定。 ※R回はだいぶ後の予定です。もしかしたら短編じゃ終わらないかも。

処理中です...