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【4】雨の宿 その3
しおりを挟むそれはお前の幼い頃からの憧れを恋情と誤解しているだけだ……などともうアルマティは言わない。この青年は大人の男になった。少年の憧憬の瞳が、熱を帯びていくのをアルマティはわかっていた。
わかっていて知らないふりをしていたのだ。
だが自分でも気づいてしまった。
初めて育てる十歳の元気な子供。その成長を見守り愛おしみながら、アルマティもまた彼をかけがえのない失えないものだとわかってしまった。
これが純粋に親が子に対するような想いだったならば、けして青年の気持ちに応えることなかった。
だが、血に濡れた彼を見たときに、失えないと思ったときにわかってしまった。
自分もまた、子供から大人の男へと成長する彼を見つめながら、囚われていたのだと。
これは愛情なのだろうか? 妄執なのだろうか?
その両方だろう。
「アルマティ、俺は、俺はあなたを愛している。あなただけだ! 忘れるなんて!」
「それが飲めないのならば、私はお前から離れる。二度とお前の前に姿を現すことはない」
「っ……!」
ウーサーが息を呑む。アルマティは諭すようにいった。
「お前は王となるものだ、ウーサー。これは、そうなる前のつかの間の休息にして、夢だ。夢が覚めれば、お前はお前の王国を取りもどさねばならない。
安心しろ、私はお前の前から姿は消すが、お前を見捨てるわけではない。ガレスにしろ、誰かしらにしろ、その者を通してお前が求めるならば、助言を授けよう」
「いやだ!」
ぎゅっとウーサーがアルマティを抱きしめる。それは昔聞いた、子供のようないい方だった。もう立派な男の低い声だというのに。
「あなたが俺から離れるなんて、絶対に許さない!」
「だったら聞き分けろ。ここのことは夢。ここから出たら、夢のことなど互いに忘れる」
肩口にうまる燃える様な赤毛を優しく撫でてやる。
そう夢は夢だ。
いつかはおぼろになって忘れる。
そう人ならば。
エルフである自分は忘れることはないだろうが。
これほどまでに近づいた熱を己は永久に忘れることはない。
「アルマティがそういうならば忘れる」
「いい子だ」
「……だけど俺は忘れない」
顔をあげた金色の瞳がアルマティの湖の瞳を射貫くように見る。
「忘れたふりをするけれど、俺はこの夢を忘れることはないだろう。生涯、胸の奥へと留める。あなたが望むように、王妃を労り、子供達を愛そう。
それでも、一番に愛しているのはあなただ」
「……その言葉も私は忘れるぞ」
冷たい言い方になったことをアルマティは後悔した。本当は歓喜していた。己が忘れることがないように、相手も生涯忘れないといってくれた言葉を。
それだけで、この夢が覚めたあとも、彼のそばにあれるだろう。
「構わない、あなたが忘れても俺は忘れない」
熱い唇が唇に押し当てられる。アルマティは今度はそれを拒むことはなかった。部屋の扉近くの壁に背中を押しつけられて、舌を絡め取られて貪られる。
本当に部屋にはいって二歩もはいったような、こんなところで……と思う。それだけ自分が欲しい
という青年の性急さと情熱に苦笑しながら、寝台に行こうとはいわなかった。
「っ……あ……!」
しゅるりとガウンの紐をほどかれて、青年の熱い肌と肌が重なる。
薄い胸にはう大きな手。乳首をつままれて声が出た。女ではあるまいし、そんな場所に感覚があるなんて、アルマティ自身も知らない事だった。湖水の瞳を大きく見開く。
「ここ、感じる?」
「く、くすぐったいだけだ!」
「触れると固くなって赤みも増してる。吸っていい?」
「吸う……なっ! ……ひゃあっ……あ!」
自分でも信じられない声が出て両手で口をふさぐ。舌を見れば赤い頭が己の薄い胸に吸い付いていた。
男の、ましてエルフの貧相な胸にちゅうちゅう吸い付いて。乳など出ないぞ! いや、そもそもお前は母親のおっぱいなどとっくに不要な歳だろう! と思った。が、口を開けばあのとんでもない声が出そうで、言葉にも出来ない。
それにくすぐったいだけといったが、指で摘ままれたときからそれだけではない。じん……と痛いような切ないような感覚が胸いっぱいに広がり、吸われてそれがさらに強くなっている。
ようやく男の唇が離れたが、たしかに自分の乳首が真っ赤なベリーのような色になっていた。さらに突き出したウーサーとの舌のあいだに、銀の糸がひいていた。彼の高い鼻越しにそれを見て、あまりの淫靡な光景に、アルマティは思わず目を反らす。
それに顔をあげたウーサーがなにかに気づいたようにニヤリと笑う。
「アルマティ、目元が紅い」
するりと目の下を親指がなぞる。剣を握り慣れた固い皮膚だ。
「まるで色粉で化粧したようで綺麗だ」
「私は化粧などしたことはないぞ」
「たしかにそんなものをしなくたって、アルマティは綺麗だし、良い匂いがする」
「はあ……っ!」
声をあげたのは、すっかりはだけて開いたガウンの前。熱い下肢をウーサーか押しつけてきたからだ。
それだけでなく、アルマティ自身もまた熱を持っていた。立ち上がりしずくをこぼし、ぬるりぬるりと擦りつけられるお互いのものに、熱い吐息をはあ……と吐く。
「ああ、アルマティはここも綺麗だな。色付いて蜜をこぼす姿は、まるで朝露に濡れた百合のつぼみみたいだ」
「な……なにを口にしている」
まったく綺麗だ綺麗だと、いうのはいつものことだが、あろうことかそんな場所まで讃えることはないだろうが! とアルマティは熱くなる頬で下を見た。
自分は壁に押しつけられて、ウーサーも立ったまま。互いの脚のあいだに互いの脚をいれて絡まりあうようにして、そうしてウーサーの普段は剣を握る大きな手の中に、お互いのそそり立つペニスがあった。
人間の男はここの大きさがご自慢らしいが、エルフのアルマティにはそんな感情はない。そもそも、自分にこのような肉欲があることさえ、千年近く生きて初めて知ったのだ。
自分より背も高く肩幅も広く身体も厚いウーサーのご自慢ものものが、自分より大きいのは当たり前だろう。
いや……。
「大きすぎないか?」
「まあ、たしかに兵士達と一緒に川で水浴びをしたときに見たことがあったが、俺より大きいのは居なかったな」
気さくな王は教練で汗を流したあとは、兵士達と川で水浴びなどは日常茶飯事だ。ただし、アルマティは絶対禁止だそうだが。いわく「あなたを普段から邪な瞳で見ている者は多い」のだそうだ。千年ちかい爺に欲情など馬鹿馬鹿しい……と思ったが。
まあ、たしかにここに興奮している、当の若い王子本人がいる。
「……私が百合の蕾とでもいうなら、お前のこれは赤黒い大蛇だな」
「それは褒め言葉として受け取っておく」
「褒めてなど……あっ! あっ!」
二本まとめて大きな手で扱かれて声をあげる。あっけないほどに二人同時にはじけた。互いに混じり合った白い蜜がウーサーの手にかかる。
その手をあげてまじまじとウーサーが見る。ぺろりと舐めたのに慌てた。
「なにを舐めている!」
「いや、あなたのものだと思って」
「お前のも混じっているだろうが!」
「そのせいなのか? あまり、うまくない。あなたのだけなら、甘い蜜の味がするんだろうか?」
「なにを馬鹿なことを……ひぁ!」
またもや、あげたことのない声をあげてしまったのは、ウーサーのその濡れた指が、アルマティの薄い尻を割って、その間をなぞったからだ。奥のそこが一瞬ひくついたのがわかる。
「お前、男を抱いた経験は?」
一応確認する。
「ない。というか、誰ともない。アルマティが初めてだ」
「…………」
きっぱりいうウーサーにアルマティは考えこむ。たしかに成人してからは、詮索はしてなかったが、とっくに経験済みだと思っていた。
「そのわりにキスも強引ではあったが、ずいぶん手慣れていたな」
「あなたとするときのことを頭の中で毎晩寝る前に考えていた」
「…………」
寝る前にすることは天空に去った神々への祈りではないか? とアルマティは思う。しかし、それより気になるのは。
「男女の経験もなく、お前、男同士のやり方はわかるのか?」
この場合、自分は女役であることをアルマティは自然に受け入れていた。というか、どうにも自分がこれにどうこうするという気にはなれない。なにをされても構わないという気はあるが。
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