精霊のジレンマ

さんが

文字の大きさ
上 下
292 / 329
タイコの湖

292.懐かしい感覚

しおりを挟む
 スライムの巨大な壁から魔毒が次々と放たれると、毒々しい濃い紫の液体は、日の光を遮るように空を埋め尽くす。しかし今回は、全力を出して魔毒を中和し跳ね返したブロッサは表に出てこない。

『カショウ、どうするの?あまり臭いが付いたりするのは嫌よ!』

 それを見上げて、ムーアは急に臭いのは嫌だと言い出す。

「急にそんな事を言われてもな。それに、スライムの魔毒は無臭だろ」

『でも、何かと反応すれば臭いを放つ可能性は大いにあるわよ』

 オヤの草原では、オークの異臭に苦しめられた。流石に、連続して臭いに我慢する事は耐えられないのかもしれない。

「だけど一番重要なのは、タイコの湖の水質を保つことだろ。それはムーアが一番分かってるだろ!」

 スライムの魔毒が一番脅威となるのは、カシミ川へと流れ出し、生態系に大きな影響を与えてしまう事にある。毒で湖が汚染されても、それを中和する事は出来る。しかし生態系が大きく変わってしまえば、タイコの湖はもう御神酒としての質を維持することは出来ないかもしれない。
 今はタイコの湖は大部分が凍りによって閉ざされ、毒が拡散してしまう可能性は低い。だから、ブロッサも無理には表に出てこない。

『変な臭いが付いても、御神酒としての価値はなくなると思うわ。それに道具が駄目になるかもしれないわよ』

 しかしムーアは喰い下がり、執拗に毒を避けようとする。俺の身に付けているチュニックやマントは影響はないのかもしれないが、その他の装備品や道具が駄目になってしまう可能性は否定出来ない。

「全部は無理でも、吸収してみるか?ブロッサが解析済みの毒ならば、俺の体へは影響はないだろうし」

『それがイイと思うわ♪』

「お主、急に吸収するといわれても、量も範囲も広すぎるぞ!」

 スキルから作り出した毒であれば、魔力を抜くことで無効化することは出来る。しかし、この量の魔毒を無効化する為には、イッショも全力でスキルを発動する必要があり、少なくない量の魔力をカショウの体内へと吸収してしまう。

「大丈夫だ。ニッチにも吸収させるなら問題ないだろ。ニッチには臭いの耐性もある!」

「それならば良いぞ。吸収しきれない分は、俺様が面倒を見てやる!」

「ニッチ、出番だぞ!スライムの魔毒を吸収する」

「しつこいかもしれぬが、絶対に臭いはしないんだな!」

しかし、オークキングの放つ異臭に耐えてきたニッチは嫌そうに聞き返してくる。

「臭いがしたら嫌なのか?」

「臭い耐性なんてあるわけがない!あれは只の我慢」

 しかし降り注ぐスライムの魔毒は、ニッチの主張を待ってはくれない。途中で言葉を飲み込むと、スライムの魔毒を吸収し始める。

 スライムの魔毒を吸収すると、臭いはしないが山葵のように鼻にツーンとする感覚が襲ってくる。俺にとっては元の世界の懐かしい感覚が甦る。

「うん、懐かしいな。俺は嫌いじゃないし、それに悪くない」

「ウヴッ、ヴッ、ヴッ」

 しかし、オークロードのニッチには刺激が強すぎたようで、悶絶しているのが伝わってくる。

「オーク達の負の感情やウィプス達のサンダーボルトに比べたら、この程度の刺激は軽いもんだろ?」

「経験したことのある、ヴッー、感覚ならば我慢出きるヴッー、こんな感覚は知、ヴッー、らん」

 始めての慣れない感覚にニッチはもがき苦しんでいる。しかし俺が吸収を止めないので、ニッチも諦めることが出来ずに意地とプライドで吸収を続ける。

 そのニッチの感情の声以上に、スライムの動揺する感情の声がハッキリと聞こえてくる。

 毒で飲み込まれた俺は、湖の底に沈んで消え去っている予定だったのだろうが、それなのに毒の殆どが吸い込まれて消えてしまい、そこから現れた俺は無傷で宙に留まっている。一番与し易いと思っていた相手に、未知の力を見せつけられて理解が追いついていないのかもしれない。

 そして魔毒が完全に消え去ると、睨み合いのような状態になる。魔力で俺達のことを感知しているスライムとの間には、睨み合いという概念は当てはまらない。しかし俺の視線を感じているのか、さらにスライムの混乱は極限に達してしまい、その声さえも消えてしまう。

 そしてスライムのとった行動は、単純に俺を巨体の中に取り込んでしまうこと。毒が通用しなくても体の中に取り込んでしまえば、呼吸が出来なくなり死に絶えてしまう。

「まあ、それしか無いよな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

処理中です...