精霊のジレンマ

さんが

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タイコの湖

289.変わりゆく関係性

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 振り返ったタダノカマセイレは、その名が相応しくないくらいの別人に見える。ただ振り返っただけなのに、その動きには気品が溢れ、立ち姿も凛としていている。そして性別や種族を問わず、俺も他の精霊もタダノカマセイレに見とれてしまう。

「驚いたでしょ。力を使えば理想とする姿は維持出来ないのよ。醜い姿になってることくらいは分かってるわよ」

「いや、そんな事はないと思うけど···」

「無理しなくても大丈夫よ。この姿が、また私に哀しみを与えてくれるのは分かってる」

 寂しそうに話すハスキーな声だけが、元のタダノカマセイレのことを感じさせる。美的価値観は、それぞれ違う。今のタダノカマセイレが秘めていた哀しみを放出しきった姿であるならば、哀しみを多く蓄えている以前の姿こそが、存在価値のある姿なのかもしれない。
 ただ、あまりにも変わりすぎてしまった姿には、精霊として存在していけるのかと心配してしまう。

『まだ人の姿を保っているならば大丈夫よ』

「ふざけた姿の豆柴よりは、しぶとく残ってみせるから心配しないで。それよりも早くしないと、スライムに逃げられるわよ」

 なぜ、今まで表に出てこなかったタダノカマセイレが、自らの意思で出来きたのだろうか?暴走する程に力を行使すれば、見られたくない姿になってしまう事も理解している。

「どうして、出てきてくれたんだ。それ程までに危険に見えたか?」

「契約が強化されたのは、あたしも同じよ。いつまでもこのままでは居られないわ」

「ムーア、どういうことなんだ?」

『契約で繋がりが強化されても、それはまだ入り口でしかないわ。どこまで強くなれるかは、どれだけ契約者と深く結びつける関係が構築出来るかで変わるのよ』

「結び付きか···」

「同じ精神を司る精霊として、豆柴に負けるのだけは許されないの!」

 最初は俺の魔力を消費する為だけに精霊を探していた。それがアシスで生き残る為の手段でもあり力でもあると信じていた。それは精霊も同じで、タダノカマセイレやイッショも自身の存在を消滅させない為に俺と契約を結んだ。

 しかし、今は関係性が変わりつつある。より強い力を求めて。


「早くしないと、スライムに逃げられるかもしれないよ。うねりは遠ざかってるんだからね」

 タダノカマセイレが放った冷気は、まだ広がりを見せているが、全てのスライムが凍りついてはいない。それに冷気の放出は停まってしまったので、凍りつく勢いも次第に衰えてくる。

 そうなると、今まで出番のなかった精霊や魔物達が、俄然としてやる気を出してくる。真っ先に純白の翼と黒翼が現れる。しかし、今回はナルキの蔦も翼を形取り三対六枚の翼となって、逃げ出したスライムを追いかけだす。

 さらにシナジーが、能力の一端を解放する。普段は気配探知の役割を担っているが、フタガの岩峰の半分を霧で覆い隠す程に能力の範囲は広い。凍った湖面を覆うように霧を立ち込め、光を遮ることで少しでも温度の上昇を防いでくれる。もちろん視界は遮られてしまうが、その分はシナジーの探知スキルが補ってくれる。

「みんな、急にどうした?」

「まだまだ物足りないなら、僕とリッター達も本気出すよ?」

「そんな訳ないだろ。皆のやる気が尋常じゃないから驚いただけだよ」

 今までも精霊や魔物達のスキルに助けられてきたし、その能力を物足りないと感じたことはない。しかし、俺が成長しているのと同じで、精霊も成長しているし進化もしている。それが俺の理解や想像出来る範囲を大きく超え始めている。

「やっぱり成長した力は見せたいじゃん。でも、今回の探知はシナジーにお任せするよ」

「俺が制御出来るレベルを遥かに超えてるよ」

 シナジーの気配探知も、最初は俺の無属性のスキルを強化するのが狙いで、サポートを受けつつ俺もスキルに慣れ熟練度を上げてゆくつもりだった。しかし今の気配探知は、一気に性能が上がってしまい熟練度を上げる為のきっかけにもならない。

「えっ、制御するつもりだったの?」

「使えないよりは、少しでも使えた方がイイ···だろ?もしかして、センスが無かったりするのか?」

「そんな意味じゃなくて、カショウらしくないでしょ。いつもは効率ばっかり言ってるのに。それに契約で繋がりも深まったんだから、もっと頼ってもイイと思うよ」

「これでも、精一杯頼ってるつもりなんだけどな」
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