精霊のジレンマ

さんが

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タイコの湖

277.急報

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 チェンが慌てて飛び込んでくるが、予想した以上に戻りが早い。恐らくは不眠不休でないと、こんな短時間では戻っくるとことは出来ないはず。

「早くっ、早く、お願いしやすっ!」

 そしてチェンの表情は切迫していて、いつもの軽口をたたいたり冗談を言うような余裕は感じられない。

 オーク達を無断でフタガの岩峰に連れてくれば、それなりに問題になるのは分かっていた。だから草原からオークを連れて戻ることを説明する為に、チェンをイスイの街へと先行して向かわせていた。
 そのお陰で、戻る道中でも大きな混乱は起こらなかったし、遠目で蟲人族の偵察隊も確認出来た。観察だけして俺達に近寄ってこないのならば、黙認して特に問題にはならないと高を括っていたが、少し読みが甘かったのかもしれない。

「そんなに急いで、何があったんだ?」

「イスイの街が大変なことになってやすっ」

「オーク達のことじゃなくて、イスイの街が?」

 ハーピーを追い払えば、追いやられた側のエルフ族がクレームをつけてくる。流石に今回は、ハーフリング族やエルフ族から大多数のオークを遠ざけたのだから、クレームは出ないと思っていた。それに下手につつけば、苦しくなるのは自分達のはず。

「それで、何があった?ハーフリング族か、それともエルフ族か?」

「違いやすっ!大量に咲いたヒガバナの毒が、タイコの湖を汚染してやすっ!」

「えっ、オークは関係ないのか?」

 予想外の言葉に呆気にとられてしまう。一番の懸念事項ではない問題に少し安堵するが、ムーアの表情は曇っている。

「ムーア、ヒガバナはマズいのか?」

『ヒガバナが大量に咲くなんて、まずあり得ないことよ。一輪でも咲けば、大騒ぎになるのに!』

 ヒガバナは長い年月をかけ大地から毒を養分として吸収し、深紅の花を咲かせる。その花びらには吸収された毒が濃縮され、花びらが散ると大地は濃縮された毒で染められてしまう。
 そして最大の問題は汚染された毒が、タイコの湖を汚染してしまった事にあり、それがムーアに大きな衝撃を与えている。

 最近のムーアは契約の精霊としての顔が強いが、本来は酒の精霊である。それだけに水には詳しく、その拘りも強い。そして御神酒となれる数少ない水の1つが、タイコの湖の水になる。

「蟲人族への、神々の加護が弱まるのか?」

『ええ、そうよ。神々は無償で加護を与えてはくれない。神饌の中でも、特に重要なのが御神酒なのよ』

 そう言われると、迷い人である俺を自身を犠牲にして助けてくれた精霊は、無償でブレスレットを与えてくれた。精霊サージは、見返りなしでブレスレットにメッセージを残してくれている。それが、あり得ない特異なことにだと感じさせる。

「誰が、得をするんだ?」

 今蟲人族の加護が弱くなって利があるのは、オークのことを知られたくないハーフリング族やエルフ族なのだろうか?

「旦那様、流石に御神酒に影響を与えるようなことをすれば、ハーフリング族もエルフ族も無事では済まされません」

 俺の思考を読んでコアが影から現れると、その可能性をキッパリと否定する。種族同士の駆け引きや騙し合いは出来ても、神々を欺くことは出来ない。

「じゃあ、なぜ俺が呼ばれるんだ?俺は何もしていないし関係ないだろ!」

「違いやすっ!ブロッサ姐さんを連れてきて欲しいっす」

「えっ、俺じゃないのか?」

「ブロッサ姐さんが必要なので、旦那も必要になりやすね。まあ、どっちかと云えばついでっすよ!」

「あっ、ああっ、そうか」

 確かに毒の事ならば、ブロッサをおいて他にない。俺はヒガバナの存在すら知らなければ、元の世界の花や植物のことすらも知らない。そんな俺の出る幕はないのは分かっているが、さらにチェンは追い討ちをかけてくる。

「それにガーラ姐さんもいやすっ。オヤの草原で異臭に対抗した実力は、すでに知れ渡っていやすっ」

「それは、バッファが言っていたのか?」

「そうっすよ、その力を借りたいって話ですぜっ。オークのことは心配するっていう話でさっ」

 もう苦笑いしか出ない。ハーフリング族やエルフ族だけが、裏で暗躍しているわけではなく、それに対抗出来るだけの組織が蟲人族にもある。俺が隠したつもりでいても、すでに蟲人族に知られている情報は多い。

「トーヤの街に行く前に寄り道してくしかないだろな」
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