精霊のジレンマ

ヒケンの森のオニ族

23.一時の休息と帰還

アシスに転移してきて、初めて眠った。

珍しくヒト型のクオンが出てきて、

「顔が疲れてるから、これを飲んでっ♪」

と言って、緑茶のような温かい飲み物を持ってくる。香りも似ていて懐かしい。

クオンはヒト型は苦手で、ヒト型になる事はない。俺にも一回だけ見せてくれただけだ。
そのクオンが、俺を心配して飲み物を持ってきてくれた。こぼさないように両手でしっかりと湯飲みを持ち、ゆっくりゆっくりと歩いてくる。
結構可愛いところもあるんだな。

一口飲むと、ホッとするというか体の力が抜ける。慣れない環境で戦闘も経験したし、体の緊張がほぐれた気がする。

久しぶりに眠気を感じて、木の幹にもたれ掛かる。瞼が重い･･･。


体が揺さぶられる。それでも、まだ体は動こうと言わない。もう少しこのままと訴えかけてくる。

『起きなさいよ』

ムーアの声が遠くから聞こえる。

『起きなさいって！緊急事態よ！』

酒の匂いで、意識が覚醒する。

「どうした、ムーア？」

『さっきのごゴブリン達の中に、ゴブリンジェネラルが居たみたいなの。それでね、恐らくクオ･･･ブロッサのポイズンミストで倒したみたいなの』

「どうして分かる？」

『クオンが大きな気配を感じてたんだけど、その気配が消えたのよ！』

「ゴブリンだけだから追撃出来なかったのか。それなら納得出来るな」

『今なら、オニ族の村に戻るチャンスじゃない♪』

「ソースイ、ソーショウに連絡してくれ！」

「はっ、承知しました」

ソースイは常に俺の後ろに控えている。
俺はもっとフランクな感じで良いんだけど、それはではダメみたいだ。

ソースイだけでなくソーギョクからも、主従関係でと念を押された。
確かに今まで最下層の存在だったオニが、オニ族の恩人である俺と同等では面白くない。
ソーキまでとは行かなくても、大半が良い感情を持っていない事は分かる。
ソースイにしても、俺の庇護下にあった方が生きやすいのだろう。

名前のなかったソースイにとっては、名前自体に大きな価値があったのかもしれない。
名付けの後、小さな声で“ソースイ”と繰り返していたから、嬉しかったんだろう。
結果的にはイイコトをしたと思う。


ムーアとクオンの情報を受けて、急遽出発の準備かと思ったが、すでにスタンバイは出来ている。
正確には、眠ってしまった俺が起きるまで待っていた。トラの棲みかを安全に抜ける為には、俺の探知が必要っことなんだろう。

ルーク達に哨戒活動をさせて、クオンの探知を誤魔化しながら、森の中を進む。
こういう時は、ソースイは俺の前に出ても良いと思うが、

「オニの方が信用出来ず危険です！」

と即答されてしまった。

皆が恐れる程では無いのかもしれない。機会があれば一度は見てみたい。

しかし、そこはクオン。急に右に曲がったり、時には戻ったり。上手くトラを避けながら、森を抜けていく。

そして開けた場所に出る。うっすらと光るドーム状の壁。

「あれが神より与えられた加護。オニ族の村を護る結界です」

ソーショウが近付いてきて教えてくれる。

結界見える位置まで来ると、俺は集団の先頭ではなく後方に下がっている。

「ここから先は我らが案内する！」

と言って先頭を歩いている黄オニ族。族長のソーキも先頭集団に居る、黄オニ達に囲まれてる形で。

勝手知った土地を行く。案内するのではなく、俺達が殿役を勤めろって感じか。

まあ、今は揉め事は避けよう。だけど集団から、あえて少し離れて歩く。アピールする事も大切だからな！

結界の前でソーショウが、少し遅れて歩いてくる俺を待っている。

「これが結界です」

手を伸ばし結界に触れる。
何もないかのように、手は結界を通り抜ける。

「俺は迷い人だけど、大丈夫だよな？」

恐る恐る、結界に手を近付ける。一瞬だけ躊躇って止まるが、思いきって手を伸ばす。
そして、何も起きない。

「ふうっ」

思わずため息が漏れる。迷い人が結界に弾かれなかった事だけでなく、これまでの緊張感から解放される。

「以前は、森との境目に結界がありましたが、この一年でだんだんと小さくなっています」

一年で１００m程、間違いなく後数年で結界の端は村全体を覆えなくなる。
ただ、このまま同じペースで結界が小さくなるとは限らない。どこかで加速度的な変化を起こすかもしれない。

「残念な事ですが長い間、結界に守られてきた為、戦う力はさらに弱くなっています」

「俺だって結界があれば、そうなると思うよ」

いつかは俺も、全身を囲むドーム型のシールドでも作れるのかな？

そんな事を思いながら、オニ族の村に向けて歩き出す。