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第1話 トロイ

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 誰かが話かけているが、頭がぼーっとして、言葉として整理ができない。ただの雑音でしかない。視界に映る光景もぼやけている。
 頭がくらくらする。自分が立っているのか、寝ているのかすら判断できない。

 やがて、周囲の音が何も聞こえなくなり、視界は白くぼやけ、視界に眩い光が差し込んだ。そして、少しだけだが、言葉が聞こえた。

「・・・くん、これからの・・・・よく聞きなさい。君は・・・・・」
「先生、もう始まって・・・・」
「そうか、では、・・・・くん。行きた・・・・」
「・・・・・・・」

 声は再び聞こえなくなり、視界も真っ白になって意識が薄れ行くのを感じた。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
                 ・・・・・・・・・・・・・・・


 それはほんのつかの間だった。すぐに視界が鮮明になり、音も聞こえ、振動も感じた。目の前に映る光景は、家の中ではなく、屋外でもなかった。
 オイルと錆びた鉄臭と、埃、汗臭さを感じるヒトの体臭が蔓延していた。おまけに、周囲は左右に、上下にとガタガタと揺れている。
 たぶん車輪付きの乗り物で、舗装されていない悪路を走行しているのだと直感した。

「おー、坊主。やっと起きたな」

 上の方から声がした。鉄錆びた壁によりかかって、下を向いていたようだ。頭を起こすと、浅黒い肌に、短めの銀髪、肉体労働者風体の男が居た。

 黒いランニングシャツからはちきれんばかりに筋肉の鎧をまとい、手製の巻煙草をふかしている。

 奧の方は運転席のようで、この男と大差ない体格をした大男が運転している。窓から見える風景は、果てもなく広い荒野だった。乗り物の視界はかなり高く、地上から5メートルは高いと感じられることから、かなり大きな、トラクターのような車両であることを認識した。
 
「あら、坊や、やっと起きたのね」

 後ろの方から、低いが柔らかみと覇気を感じる大人の女の声が、鉄の床をカツカツと響かせる足音ともに聞こえた。

 振り返れば、声から察しの付く、アネゴ、いや姉さんと呼ぶのがふさわしい、筋肉質でやや強面で日焼けした褐色肌の大人の女だった。

 それにしても、さっきから、坊主、・・・、坊や・・・・、という自分に言われた呼称がやけに気になった。

 なぜそう思うかと言えば、今、この状況で自分が男だという認識もなければ、女だという認識もない。

 おまけに周囲に反射物がなく、自分の顔を確認する手段がない。とりあえず、手を見た。それほど小さくはないが、およそ肉体労働的な仕事に向いてなさそうな感じだ。
 
 でも、弱々しい感じもしない。グッと力を入れてみると、やや血管が浮き上がる。握力は相当にある感じもする。

 手の皮膚は際立った皺も体毛も少なく、血行の良いところから、間違いなく、自分は若年層であることに相違なかった。

 髪の毛はそれほど長くはないようで、一本抜いてみると、茶色っぽかった。くすんでいるのだろうか。金髪かもしれない。

「あなた方は、いったい誰なのですか?・・・・、」

 目の前にいる極悪人のような男女に、思わず発した自分の声を聞いた。男とも女ともつかない中性的な声だった。やはり、若い声だ。

「自分が何者かわからないだけで、言語は通じているみたいですし、室内に書かれている文字や記号も理解できます。後ろの部屋は、トイレとラウンジルームですね」

 自分は無意識に、咄嗟に感じたことを口に出していった。自分はこの強面の男女を見ても物怖じすることなく、冷静に話ができている。

「それに、自分はボクでいいのかな?それとも、私?、拙者、それがし、・・・?
 ねえ、おじさんは何だと思います?」

「なんだ、おめえ、いきなり。男のガキは、ボクと言っとけ!
 それとな、勘違いしないように言っておくが、おめえさんは、漂流者だ。
 さっき飛行機の墜落事故を目撃してな。そこから随分と離れたところに、真っ黒な残骸が散らばっていて、その更に先に、脱出ポッドに居たおめえさんを見つけて拾ったんだよ。
 脱出ポッドに普通、ガキ一人を入れたりしねえからな、きっと金持ちの子供に違げえねえと思ったのよ。こいつを、助けりゃ金になるってな」

 なんだか、悪い予感のする状況だが、なぜにかこの男の口調を聞いていると悪人には見えない。

「それに、ここから連邦警察と連絡とれるような町まで、かなりあるからね。積み荷の売買、燃料や食料の補充で丁度、出かけてたんだよ。アンタ本当に運がいいよ。
 町までは、ぶっ続けで走っても2週間はかかるからね。あんたをそのまま置いてたら、今頃は、即身仏にでもなってたろうね」

 連邦警察・・・・・?

 なんだろう。警察がなんだとかいう話ではなく、この二人は見てくれ的に犯罪者のようなのだが、警察に行くと言っていることが妙に気になった。
 それこそ自分を連れて行けば、誘拐犯扱いされてもおかしくない筈なのに。

「救難信号出してたら、救いが来たのになって思っているようだと甘いぞ。
 あんなところで、救難信号出したって、真っ先に来るのは悪人だよ」

 その悪人があなた方では?と、突っ込みたかったが、とりあえず我慢した。

「しっかし、お前、名前あった方がいいよな。坊主やオイじゃ、もしもご立派な方だった時にまずいしな。おめえ、名前の書いたものとか持ってねんのか。
 財布や身分証は表のポケットにはなかったし、ポッドの中にもカバンのようなものはなかったんだ。
 それで、お前さんの服を脱がそうと思ったんだが、プロテクトがあってよ。ジッパー外れないし、ナイフでも切り裂けなかったんだ」

 ええ、そんなことしてたの。やっぱり、怖いわこの人たち。

 とりあえず、着ている服を確認した。確かにジッパーがあった。金具を手で触るとピッっと小さな音がして、ジッパーが下ろせた。内側はインナーの服を着ていた。もちろん、普通の服ではなく、過酷な土地で着るライフジャケットの類だった。

 そして、内側に名前らしきものを確認した。そこには、トロイと書かれていた。

 トロイ、思わず口から出たその言葉は、何らかのイメージを頭の中に駆け巡らせた。けれどもそのイメージは、あまりにも早すぎて、どういう光景なのかも全く分からなかった。

 見覚えがありそうな光景なのにどこだか思い出せない。声も断片的に聞こえるが、言葉として掴み取ることができず、雑音となって、頭の中を抜けていく、最後に残った映像は、トロイという名前だった。

「トロイ・・・です」気づけば言葉に発していた。

「ああ、なんだって?」

「名前は、トロイです!」
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