上 下
52 / 59

風紀委員長様は飼いネコに引っ掻かれる(休日編)

しおりを挟む
 ……などと気楽に構えていたのだが、気づけば真夜中になっていた。つまりは、話すのをすっかり忘れていたのである。
 イベント終わりで瑞貴も相当疲れているはずだ。俺も疲れている。電話で起こすのは忍びない。俺も面倒臭い。眠い。
 よし。メールで済ませてしまおう。そうしよう。
 
 そして朝一番に、瑞貴に怒鳴り込まれて、大目玉を喰らっている。
 ……なぜだ?

「そんな大事なことを、なぜ直前に言うんですかっ!」
「昨日言うつもりが、そのまま忘れてしまったんだ。何事もタイミングを逃してはいけないな」
「しみじみ反省してますが、あんた毎回そんなことの繰り返しですよ」

 あんた呼ばわりされた。これは相当ご立腹だぞ。
 とりあえずパジャマくらい着替えたいのだが、おかんむり瑞貴が断崖のように立ちふさがっていてソファから動けそうにない。足を組み、寝ぐせ頭をかきあげながら溜息を吐く。こんなことになるのなら、昼ギリギリになってから連絡すればよかった。失敗した。

「俺も急に言われたんだ。お互いあの人に振り回されて難儀な身の上だな。茶でも飲むか?」
「いりません。味方ヅラしないでください」
「瑞貴は何事も大げさに考え過ぎだ。あの人の相手は俺がするから、おまえは部屋に籠っていればいい」
「同じフロアで知らんぷりは不自然でしょうが。あの方のことですから、絶対私の部屋も覗きにくるでしょうし、一応お世話にはなってますから、挨拶くらいしますよ。私が憂いているのは、おもてなしの準備も、心づもりも全くできていない今の状況です。誰かさんのせいで」
「どこの誰だ。俺がとっちめてやる」
「一度殴ってもいいですか?」

 先週から言い忘れていたという事実は伏せておこう。
 本当に殴られる可能性がある。

「外泊届は出しましたか?」
「いや?」
「え? 数年ぶりの再会で、まさか今日一日で終わると思ってます? 甘いですよ。朝地(あさじ)さんにスケジュール確認した方が早いですね。私から連絡しておきます」

 数年ぶりに、その名を聞いた。父の側近中の側近で親友でもある男だ。
 まさか瑞貴の口から聞くことになろうとは……。

「あんなに嫌っていたのに、随分と親しげじゃないか」
「ええまあ、あの人は弱者でも平気で痛めつける凶悪クズ親父ですが、藤堂財閥のために利用できると判断した人間には的確にアドバイスしてくれますから。たまに相談させてもらっています」
「今さら何を? おまえがどんなに弱っていようが、一切手を差し伸べなかった薄情な男だぞ?」
「それは当時の私に利用価値が無かったからですね」
「今はあると?」
「ええ。利害が一致しましたから」
「?」
「玲一様。あなたは私が藤堂家と関わるのを良しとしていませんが、私は将来、朝地さんに師事し、藤堂家にお仕えするつもりでいます。それは留司様もご存じです」
「……は?」

 いっぺんに目が覚めた。

「ふふっ。玲一様のそんな驚いた顔は珍しいですね。気分がいいです」

 瑞貴は俺の前にしゃがむと、膝がしらに両手を乗せてきた。

「あなたは私がネコのように自由に生きるのをお望みなのでしょう? 御主人様のお墨付きは貰えているので、これからは好き勝手させてもらいます。もちろん止めませんよね?」
「……瑞貴」

 なんてことだ。
 うちの可愛いニャンコが、ヤル気満々で伏魔殿に飛び込もうとしている。そんな上目遣いでおねだりされたら止められないじゃないか。あざとすぎる。撫でたくて手がウズウズする。
 言いたいことを全て言い切ったのか、清々しい表情で瑞貴が立ち上がった。

(……まいったな)

 彼には悪いが俺はまだ納得できていない。朝地に師事だと? 俺からすれば、あんな狡猾な男に瑞貴を人質にとられてたまるか。冗談じゃない。
 まずは父から話を聞いてみよう。幸い向こうから網に飛び込んできてくれる。好都合だ。

「玲一様、いい加減に着替えてください。だらしがないです」
「わかった、わかった」

 ぶつぶつ言いながらも、瑞貴はキッチンでお茶を用意してくれている。その背中を、伸びをしながらなんとなく眺めていたら、俺は衝撃の事実に気づいてしまった。

「瑞貴、おまえ……ずいぶんと背が伸びてないか? そこにまっすぐ立ってみろ」
「――ッ!」

 一歩下がって、正面からまじまじと観察してみる。
 間違いない。俺と目線の高さが同じじゃないか。なんてことだ。身近な存在過ぎて、ゆるやかな変化にちっとも気づかなかった。この間違い探しは、えらく難しかったぞ。

「……お、遅れて成長期がきたみたいで……」
「ふうん。ラストスパートでぐんぐん記録が伸びたってところか。この勢いだと、俺を追い抜くんじゃないか? 驚いたな」

 執拗な視線に身の置き所がない様子で、瑞貴がうつむいた。

「……玲一様は、こんな私はお嫌いですか?」
「なぜ? 飼いネコがスクスク育ってくれてるんだ。嬉しいに決まってる」

 ぱあああと、それはもう嬉しそうに瑞貴の顔がほころんだ。
 いやもう充分可愛いだろうが。うちのネコったら優勝。世界一。

 さて、着替えるか。
 クローゼットの前で胸元のボタンをはずし始めると、瑞貴がひょっこり顔を覗かせた。

「玲一様、私は一旦自分の部屋へと戻りますので」
「俺のナマ着替えは見ていかなくていいのか?」
「遠慮します!」

 大慌てで遠ざかっていく足音に、自然と口角が上がっていく。

 もっと自信を持っていいのに……。
 あんな愛らしいネコ、嫌いになれるはずなんてない。

 軽く身だしなみを整えてから、念のために携帯を確認する。
 すると、予想外の男からメッセージが届いていた。

『今夜夕飯いいか? 渡したいものもある』

 如月からだった。
 渡したいもの? 何だろう?

(……ケーキかな?)

 腹の虫が、キュウと小さく鳴った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

【R18】幼馴染の魔王と勇者が、当然のようにいちゃいちゃして幸せになる話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _) ※感想欄のネタバレ配慮はありません。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m

壁の花令嬢の最高の結婚

晴 菜葉
恋愛
 壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。  社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。  ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。  アメリアは自棄になって家出を決行する。  行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。  そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。  助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。  乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。 「俺が出来ることなら何だってする」  そこでアメリアは考える。  暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。 「では、私と契約結婚してください」 R18には※をしています。    

婚約破棄が始まる前に、割と早急にざまぁが始まって終わる話(番外編あり)

雷尾
BL
魅了ダメ。ゼッタイ。という小話。 悪役令息もちゃんと悪役らしいところは悪役しています多分。 ※番外編追加。前作の悪役があんまりにも気の毒だという人向け

侯爵様と暗殺者くん

たなぱ
BL
暗殺失敗して囚われた暗殺者くんが人外侯爵にひたすら可愛がられる話 ほぼ読み切りタイプ 尿道責め、膀胱責め等など…色々性癖を文にしたかった!

来世で独身貴族ライフ楽しんでたら突然子持ちになりました〜息子は主人公と悪役令息〜

こざかな
BL
生まれたときから自分の前世を漠然と知っていたレイラ。 前世で婚約者に逃げられたことで女性不信になり、結婚をしないためわざと太ったりとヒキニートを拗らせていたことが仇となり、突然1人の子どもを養子にさせられド田舎の屋敷に飛ばされることになった。 しかし、息子となった子どもの名前を聞いたことで忘れていた前世の記憶が甦り、好きだった乙女ゲームの世界に転生したことを知る。 そしてこの子どもが後の悪役令息であることを思い出す。 「どうせ既に俺はレイラであってレイラじゃない。なら、この子をめちゃくちゃいい子に育てれば破滅しないはず!」 その思いを胸に、立派な息子を育てる決心をしたレイラだったのである......という異世界転生物です。 ド田舎に行って今度は主人公を拾います。独身だけど息子が2人に増えます。そして(ここまではまだ多分)健全に育てます。 養父←←息子たち&その他 の総愛され総受けです。 男同士で結婚します。本編ルートは結婚はするけど総受け(相手は多いよ)で進みますが、相手固定ルートも余裕があれば書く予定です。 なので3pなど注意です。 エロは序盤では時々軽めのが入ります。

イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です2

はねビト
BL
地味顔の万年脇役俳優、羽月眞也は2年前に共演して以来、今や人気のイケメン俳優となった東城湊斗になぜか懐かれ、好かれていた。 誤解がありつつも、晴れて両想いになったふたりだが、なかなか順風満帆とはいかなくて……。 イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。

処理中です...