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風紀委員長様は会長へ説教をする(自室編)
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「……このハンバーグ美味すぎだろ」
しみじみ呟いた如月に続いて、俺もひとくち頬張ってみた。
確かに、蕩けるチーズと溢れる肉汁が、アボカドのコクと相まって絶妙のバランスを醸し出してる。俺のハンバーグ史上、過去イチの出来じゃないだろうか。脳裏でガッツポーズが止まらない。箸も止まらない。今夜もなかなかの量を二人で平らげてしまった。
空っぽの食器を下げ、デザート用の取り皿をいそいそと並べ始めた俺に、「なんだったらケーキは明日にまわしてもいいんだぞ」と如月が提案してきたが、もちろん却下だ。
「如月、おまえは無理して食べなくてもいいんだ。そのぶん俺が、たとえこの腹がはち切れようとも最後まで食べきってみせよう。この先は任せておけ」
「結局おまえも腹パンパンなんじゃねえか。いいからその皿をこっちへ寄越せ。俺の分まで食ってどうする」
ぶちぶち説教してくる級友を受け流しながら、俺はようやくお楽しみのケーキを口へと運んだ。程よい酸味と甘さが期待以上の味わいで、舌にのせるたびに笑みがこぼれてしまう。そういえば、如月は甘いものが苦手じゃなかったか? 大丈夫か? 気になって視線を向ければ、食後のコーヒー片手に、じっとこちらを観察している男がいた。
「やっぱり藤堂を釣るには、甘い言葉よりも甘い菓子だな」
「バカにするな。そんなホイホイ釣られてたまるか」
「ふうん」
如月は大して減っていない自分のケーキを掬うと、いきなり唇に押しあててきた。本能とは恐ろしいもので、反射的にパクリとスプーンを咥えてしまう。
「エサが上等だと大物が釣れるなあ。チョロ過ぎ」
「……」
美味しすぎるケーキが、この時ばかりは苦々しく感じられた。
食後しばらく経っても、如月は悠々とソファーで寛いでいる。
帰る気配がまるで無い。この怠惰な流れには覚えがあるぞ。
「……また泊まる気だな」
「別に構わねえだろ? 明日は休みなんだし、このままゆっくりさせてくれ。なんなら風呂で背中でも流してやろうか?」
「いらん。休みたいのか、働きたいのかどっちなんだ。……ったく、このまま帰って、自分の部屋で休んだ方がゆっくりできるだろうに」
「そうか? お互いのことが知れて楽しいじゃねえか。なんだったら、おまえもそのうち俺の部屋まで来いよ。歓迎するぜ」
「……おまえの部屋に俺が?」
「そう、おまえが」
「……」
考えたことも無かった。
俺はいままで、上の階へ一度も足を踏み入れたことが無い。間取りはこの階と大して変わらないと聞いていたし、なにより生徒会との交流が希薄だったため、彼らの私生活には一切興味が湧かなかった。それは生徒会役員側も同様だと思う。しかもこの階で瑞貴に捕まればどういうことになるか……クモの巣に自ら絡め取られにくるような奴はいない。
しかし如月にはその糸は細すぎるようだ。毎回ブチブチ引きちぎってくる。
「俺は毎晩ひとり寝で寂しい思いをしているからな。藤堂が来てくれれば非常に嬉しい」
「嘘をつけ。そういう時は誰かを連れ込んで、適当にお楽しみなんだろう? 生徒会役員のそういった噂は、耳にタコができる程入ってくる。火遊びにならないよう程々にしておけ。そのうち痛い目をみるぞ」
「そりゃ節操なしの会計や双子たちの話だろうが。あいつらの部屋には夜伽係と称した親衛隊が頻繁に出入りしてるが、俺は自分の部屋に他生徒をあげたことは一回も無い」
「……冗談だろ?」
「ねえっつーの。大抵のことは学園内で事足りるから、そこで済ませちまう主義だ」
「なら、幼馴染みの親衛隊長はどうだ? あれは相当な世話好きだろう。それと転校生にも部屋まで押しかけられたはずだ。それでも一回もないと言い張るのか?」
「おまえすっかり風紀の尋問モードになってるぞ? どっちもねえから。それほどガードは緩くねえよ」
「それは生徒会の面々に対してもか?」
決して仲が悪いようには見えないが……、俺と瑞貴のように、部屋を行き交うことはないのだろうか?
「そういや、招かれたことはあっても招いたことはねえな。たまたまだろ」
本当にそうだろうか?
この如月という男は、他者を魅了して惹きつけるくせに、自分の奥深くまでは決して踏み込ませないタチの悪さを時折感じさせる。あの騒動の時も、転校生が渦の中心のようでいて、結局は会長への承認欲求をこじらせた役員たちが、意地になって周囲をかき混ぜていただけなのだ。風紀としては実にいい迷惑だった。
「俺を誘う暇があったら、まずは健気な副会長でも誘ってやれ」
「伊織を? なんのために?」
「たまには周囲に目を配れと言っている」
「佐藤ならともかく、おまえに言われるようになったら、いよいよ俺もおしまいだな」
……それはどういう意味だ?
しみじみ呟いた如月に続いて、俺もひとくち頬張ってみた。
確かに、蕩けるチーズと溢れる肉汁が、アボカドのコクと相まって絶妙のバランスを醸し出してる。俺のハンバーグ史上、過去イチの出来じゃないだろうか。脳裏でガッツポーズが止まらない。箸も止まらない。今夜もなかなかの量を二人で平らげてしまった。
空っぽの食器を下げ、デザート用の取り皿をいそいそと並べ始めた俺に、「なんだったらケーキは明日にまわしてもいいんだぞ」と如月が提案してきたが、もちろん却下だ。
「如月、おまえは無理して食べなくてもいいんだ。そのぶん俺が、たとえこの腹がはち切れようとも最後まで食べきってみせよう。この先は任せておけ」
「結局おまえも腹パンパンなんじゃねえか。いいからその皿をこっちへ寄越せ。俺の分まで食ってどうする」
ぶちぶち説教してくる級友を受け流しながら、俺はようやくお楽しみのケーキを口へと運んだ。程よい酸味と甘さが期待以上の味わいで、舌にのせるたびに笑みがこぼれてしまう。そういえば、如月は甘いものが苦手じゃなかったか? 大丈夫か? 気になって視線を向ければ、食後のコーヒー片手に、じっとこちらを観察している男がいた。
「やっぱり藤堂を釣るには、甘い言葉よりも甘い菓子だな」
「バカにするな。そんなホイホイ釣られてたまるか」
「ふうん」
如月は大して減っていない自分のケーキを掬うと、いきなり唇に押しあててきた。本能とは恐ろしいもので、反射的にパクリとスプーンを咥えてしまう。
「エサが上等だと大物が釣れるなあ。チョロ過ぎ」
「……」
美味しすぎるケーキが、この時ばかりは苦々しく感じられた。
食後しばらく経っても、如月は悠々とソファーで寛いでいる。
帰る気配がまるで無い。この怠惰な流れには覚えがあるぞ。
「……また泊まる気だな」
「別に構わねえだろ? 明日は休みなんだし、このままゆっくりさせてくれ。なんなら風呂で背中でも流してやろうか?」
「いらん。休みたいのか、働きたいのかどっちなんだ。……ったく、このまま帰って、自分の部屋で休んだ方がゆっくりできるだろうに」
「そうか? お互いのことが知れて楽しいじゃねえか。なんだったら、おまえもそのうち俺の部屋まで来いよ。歓迎するぜ」
「……おまえの部屋に俺が?」
「そう、おまえが」
「……」
考えたことも無かった。
俺はいままで、上の階へ一度も足を踏み入れたことが無い。間取りはこの階と大して変わらないと聞いていたし、なにより生徒会との交流が希薄だったため、彼らの私生活には一切興味が湧かなかった。それは生徒会役員側も同様だと思う。しかもこの階で瑞貴に捕まればどういうことになるか……クモの巣に自ら絡め取られにくるような奴はいない。
しかし如月にはその糸は細すぎるようだ。毎回ブチブチ引きちぎってくる。
「俺は毎晩ひとり寝で寂しい思いをしているからな。藤堂が来てくれれば非常に嬉しい」
「嘘をつけ。そういう時は誰かを連れ込んで、適当にお楽しみなんだろう? 生徒会役員のそういった噂は、耳にタコができる程入ってくる。火遊びにならないよう程々にしておけ。そのうち痛い目をみるぞ」
「そりゃ節操なしの会計や双子たちの話だろうが。あいつらの部屋には夜伽係と称した親衛隊が頻繁に出入りしてるが、俺は自分の部屋に他生徒をあげたことは一回も無い」
「……冗談だろ?」
「ねえっつーの。大抵のことは学園内で事足りるから、そこで済ませちまう主義だ」
「なら、幼馴染みの親衛隊長はどうだ? あれは相当な世話好きだろう。それと転校生にも部屋まで押しかけられたはずだ。それでも一回もないと言い張るのか?」
「おまえすっかり風紀の尋問モードになってるぞ? どっちもねえから。それほどガードは緩くねえよ」
「それは生徒会の面々に対してもか?」
決して仲が悪いようには見えないが……、俺と瑞貴のように、部屋を行き交うことはないのだろうか?
「そういや、招かれたことはあっても招いたことはねえな。たまたまだろ」
本当にそうだろうか?
この如月という男は、他者を魅了して惹きつけるくせに、自分の奥深くまでは決して踏み込ませないタチの悪さを時折感じさせる。あの騒動の時も、転校生が渦の中心のようでいて、結局は会長への承認欲求をこじらせた役員たちが、意地になって周囲をかき混ぜていただけなのだ。風紀としては実にいい迷惑だった。
「俺を誘う暇があったら、まずは健気な副会長でも誘ってやれ」
「伊織を? なんのために?」
「たまには周囲に目を配れと言っている」
「佐藤ならともかく、おまえに言われるようになったら、いよいよ俺もおしまいだな」
……それはどういう意味だ?
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