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風紀委員長様は実演される(屋上編)
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屋上の風が、如月のクセのない黒髪をふわりと舞い上げた。
それを鬱陶しそうに、一度だけ無造作にかきあげる仕草は、嫌味なほどに男らしい色気に満ちている。
ギャラリーのいない空間で、こうして静かに対峙してみると、この男の異質なまでの端正さに、不本意ながら目を奪われてしまう。
俺ですらこうなのだから、そりゃ親衛隊も付くだろう。抱かれたいランキング一位にもなるだろう。
しかし……
「そんなに見つめてきてどうした? とうとう俺に惚れでもしたか?」
「……違う。不憫な己の境遇を、しみじみと噛みしめている」
「不憫?」
「屋上に連れ込まれ、男から手料理をねだられた俺の気持ちがわかるか? なぜここは男子校なんだ。どうせ屋上でふたりきりなら、女性に告白でもされてみたかった。そういう甘酸っぱい思い出も無しに、このまま俺の青春が終わるのかと思うと切なくなってな……」
それもこれも、俺をこんな全寮制に放り込んでくれた親父のせいだ。
「屋上で告白だと? そんな超ベタなシチュエーションでおまえは満足してくれるのか。いきなり夢見る乙女みてえな妄想ぶっこんできやがって、俺を萌え死にさせてどうする気だ」
「どうする気もない」
「よし、さっそく実演してみよう。何事も経験だ。じゃあ俺が告白する側な?」
「はあ?」
急に張り切りだした男に、何やら不穏な空気を感じて逃げようとしたが、一瞬遅れてしまったようだ。
気づいたら俺は金網に背中を押し付けられ、まんまと如月の腕の中に閉じ込められていた。いわゆる壁ドンならぬ、両手での金網ドン状態だ。
息がかかるほど、如月の顔が間近にあって心臓が跳ねた。最近、俺の許可なくして、俺のパーソナルスペースに、ここまで他人に踏み込まれたことがあっただろうか? ……いや無い。
この領海侵犯者をどうしたものか……。
やけに真剣な表情で見つめられて、対応に困る。
「……藤堂。出会った時からおまえのことが好きだった。そろそろ俺だけのものになってくれないか? 一生大切にする」
「……」
(……まさか本気じゃないよな?)
そんな有り得ない考えがよぎるほど、男の演技は真に迫っていた。こちらもつられて、つい緊張して硬直してしまったじゃないか。俺相手に何をやってるんだ? 美形の無駄遣いもいいところだぞ。
「……おい、ちょっと待て藤堂。その握りこぶしは何のつもりだ?」
「そろそろ、貴様のみぞおち辺りに叩きこんでやろうかと準備中だ。こういう冗談は好きではないと、前にも言っただろう?」
「それは勘弁してくれ」
如月が両手を上げて離れたので、俺も身体の力を抜いた。
なんだったんだ、まったく……。
「……如月、お遊びはこのくらいにして本題に戻ろう。週末のことだったよな?」
「ああ。土曜の夕方に行ってもいいか?」
「別に構わないが……、部屋も近いし、もっと適当な感じでいいんじゃないか? おまえが事前に電話して、そのとき俺が大丈夫なら飯を作ってやる。何事も気分次第ということで……それじゃ駄目か?」
そう提案してみたら、如月の目の色がキラリと変わった。
「……週末には、こだわらないということか?」
「ああ。俺は約束事が苦手でな。プライベートで先に予定が入っていると、その日まで縛られている気分になって落ち着かない性格なんだ。瑞貴のように、部屋に来たいときに連絡をくれれば、その都度対処する。飯が作れるようなら作るし、気分が乗らないときは遠慮なく断わらせてもらう。ただしおまえも貢ぎ物を忘れるなよ。俺の部屋への通行証は美味いデザートだ」
「了解。こちらとしては願ったり叶ったりだ」
満面の笑みで頷かれた。
よほど俺の手料理が気に入ったらしい。
そうは言っても、コイツの舌は相当こえている筈だ。
前回の料理がたまたま舌に合っただけで、次回もそうとは限らない。俺の料理の腕を知れば知るほど、そのうち落胆したり飽きたりするだろう……と、この時の俺は気楽に構えていた。
如月とようやく別れて、再び風紀委員会室へと向かう。
すると、委員会室の扉の前を、ウロウロと行ったり来たりしている不審人物が目に入った。とりあえず通行の邪魔なので、入るのか入らないのかハッキリしてほしい。
「……風紀に何か用か?」
後ろから声をかけてみたら、男は面白いほどに飛び上がった。かなり驚かせてしまったらしい。眼鏡をかけていて、いかにも草食系といった細身の青年だった。襟の学年章とクラス章から、2―Cの生徒だと分かる。
「……あっ、あのっ……その、ええっ……と、藤堂様……ですか?」
「ああ、そうだ。風紀に用事があるのなら、中で話を聞くが……」
「……す、すごい……本物だあ」
当たり前だ。偽物でどうする。
どいつもこいつも、顔を赤らめて、俺を珍獣扱いするのはやめてほしい。
「……それで? キミは風紀に用事があるのか?」
「はっ、はいっ! 実は、お礼参り……っじゃなくてっ! 御恩返しと思いましてっ! 先日、藤堂様に手帳を拾っていただいた者です! その節はありがとうございました!」
ガバリと物凄い勢いで頭を下げられた。
……ツルの恩返しか?
それを鬱陶しそうに、一度だけ無造作にかきあげる仕草は、嫌味なほどに男らしい色気に満ちている。
ギャラリーのいない空間で、こうして静かに対峙してみると、この男の異質なまでの端正さに、不本意ながら目を奪われてしまう。
俺ですらこうなのだから、そりゃ親衛隊も付くだろう。抱かれたいランキング一位にもなるだろう。
しかし……
「そんなに見つめてきてどうした? とうとう俺に惚れでもしたか?」
「……違う。不憫な己の境遇を、しみじみと噛みしめている」
「不憫?」
「屋上に連れ込まれ、男から手料理をねだられた俺の気持ちがわかるか? なぜここは男子校なんだ。どうせ屋上でふたりきりなら、女性に告白でもされてみたかった。そういう甘酸っぱい思い出も無しに、このまま俺の青春が終わるのかと思うと切なくなってな……」
それもこれも、俺をこんな全寮制に放り込んでくれた親父のせいだ。
「屋上で告白だと? そんな超ベタなシチュエーションでおまえは満足してくれるのか。いきなり夢見る乙女みてえな妄想ぶっこんできやがって、俺を萌え死にさせてどうする気だ」
「どうする気もない」
「よし、さっそく実演してみよう。何事も経験だ。じゃあ俺が告白する側な?」
「はあ?」
急に張り切りだした男に、何やら不穏な空気を感じて逃げようとしたが、一瞬遅れてしまったようだ。
気づいたら俺は金網に背中を押し付けられ、まんまと如月の腕の中に閉じ込められていた。いわゆる壁ドンならぬ、両手での金網ドン状態だ。
息がかかるほど、如月の顔が間近にあって心臓が跳ねた。最近、俺の許可なくして、俺のパーソナルスペースに、ここまで他人に踏み込まれたことがあっただろうか? ……いや無い。
この領海侵犯者をどうしたものか……。
やけに真剣な表情で見つめられて、対応に困る。
「……藤堂。出会った時からおまえのことが好きだった。そろそろ俺だけのものになってくれないか? 一生大切にする」
「……」
(……まさか本気じゃないよな?)
そんな有り得ない考えがよぎるほど、男の演技は真に迫っていた。こちらもつられて、つい緊張して硬直してしまったじゃないか。俺相手に何をやってるんだ? 美形の無駄遣いもいいところだぞ。
「……おい、ちょっと待て藤堂。その握りこぶしは何のつもりだ?」
「そろそろ、貴様のみぞおち辺りに叩きこんでやろうかと準備中だ。こういう冗談は好きではないと、前にも言っただろう?」
「それは勘弁してくれ」
如月が両手を上げて離れたので、俺も身体の力を抜いた。
なんだったんだ、まったく……。
「……如月、お遊びはこのくらいにして本題に戻ろう。週末のことだったよな?」
「ああ。土曜の夕方に行ってもいいか?」
「別に構わないが……、部屋も近いし、もっと適当な感じでいいんじゃないか? おまえが事前に電話して、そのとき俺が大丈夫なら飯を作ってやる。何事も気分次第ということで……それじゃ駄目か?」
そう提案してみたら、如月の目の色がキラリと変わった。
「……週末には、こだわらないということか?」
「ああ。俺は約束事が苦手でな。プライベートで先に予定が入っていると、その日まで縛られている気分になって落ち着かない性格なんだ。瑞貴のように、部屋に来たいときに連絡をくれれば、その都度対処する。飯が作れるようなら作るし、気分が乗らないときは遠慮なく断わらせてもらう。ただしおまえも貢ぎ物を忘れるなよ。俺の部屋への通行証は美味いデザートだ」
「了解。こちらとしては願ったり叶ったりだ」
満面の笑みで頷かれた。
よほど俺の手料理が気に入ったらしい。
そうは言っても、コイツの舌は相当こえている筈だ。
前回の料理がたまたま舌に合っただけで、次回もそうとは限らない。俺の料理の腕を知れば知るほど、そのうち落胆したり飽きたりするだろう……と、この時の俺は気楽に構えていた。
如月とようやく別れて、再び風紀委員会室へと向かう。
すると、委員会室の扉の前を、ウロウロと行ったり来たりしている不審人物が目に入った。とりあえず通行の邪魔なので、入るのか入らないのかハッキリしてほしい。
「……風紀に何か用か?」
後ろから声をかけてみたら、男は面白いほどに飛び上がった。かなり驚かせてしまったらしい。眼鏡をかけていて、いかにも草食系といった細身の青年だった。襟の学年章とクラス章から、2―Cの生徒だと分かる。
「……あっ、あのっ……その、ええっ……と、藤堂様……ですか?」
「ああ、そうだ。風紀に用事があるのなら、中で話を聞くが……」
「……す、すごい……本物だあ」
当たり前だ。偽物でどうする。
どいつもこいつも、顔を赤らめて、俺を珍獣扱いするのはやめてほしい。
「……それで? キミは風紀に用事があるのか?」
「はっ、はいっ! 実は、お礼参り……っじゃなくてっ! 御恩返しと思いましてっ! 先日、藤堂様に手帳を拾っていただいた者です! その節はありがとうございました!」
ガバリと物凄い勢いで頭を下げられた。
……ツルの恩返しか?
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