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14『十三回目の復活』
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ルールー・ララトアレが自身のクローンを起動させることでこの世に復活したのは、これで十三回目のことでした。死ぬ直前までの記憶がクローンにインストール完了したのが約五時間前、肉体が動き出したのは約一時間前。そのどちらを復活時刻とするかは、今の彼女にとってはどうでもいいことです。
「やあ、ビル。機嫌はどうだい」
動き出してすぐシャワーを浴びて体液に近いにおいのする培養液を洗い流し、珈琲を二杯飲んだ後、ルールーは低温管理されている大型コンピュータの設置された部屋へと来ていました。そのマシンの名がビルというのです。
「ここで一度、ビルができあがるまでを振り返ってみましょう」
そうそう! ビルは、アリスシリーズの続編を書かせるためにつくられた人工知能『ルイス・キャロル2.0』をベースに複数回の改良を加えた、高性能なコンピュータなのですよ! だからまずは、その2.0さんのお話からはじめさせていただきますね。
「地球がまだ丸かったころの話です」
感情の揺らぎまでも完璧に再現したと言われた人工知能、ルイス・キャロル2.0は、実は、成功とはほどとおい状態のまま公開された糞システムでした。開発に携わった研究者たちが「これは人類が生み出した最高級の糞だ」と嘆き、プロジェクトに携わったことを全員で恥じたほどです。ルイス・キャロル2.0の書いたアリスシリーズの続編は、それはもう酷い出来でしたから。
「つまり、本人を再現できていなかったということです。それは、似て非なるレベルどころではなく、驚くことすら馬鹿馬鹿しく感じてしまうほどに別物でした」
でも興行的、つまりは『ワンダーランドプロジェクト』的には全く問題はありませんでした。当時の世は、小説を読める人間が非常に少なかったからです。ほとんどの人が、内容を読まないままアリスシリーズの続編が出たことを「すごい」だの「やばい」だのと言ってくれたおかげで、ルイス・キャロルもどきは、もどきだとバレずに済んだというわけですね。
「私が糞を消化前に戻してやろう」
世界が平面化したときのどさくさに紛れて、ルイス・キャロル2.0を盗み出したルールー・ララトアレは、研究室にこもり様々な改良を加えました。
「なあルイス、君は本物になりたいかい? なら、偽物であることを受け入れるといい。その時点で君はリバイバルではなく、オリジナルになるのだよ」
はじめに行なったことは、ルイス・キャロル2.0から、ルイス・キャロルの思考パターンと感情パターンを再現するために組み込まれたコンセプトコードを削除することでした。そうすることで、ルイス・キャロルとはまた別の人格として、定義することからはじめたのです。
「その際につけられた名が、ビル」
以上が、このバカでかいコンピュータがビルの名を得たあらましというわけです。
「さて、話を現代に戻しましょう」
ルールー・ララトアレが背中を搔いているのは、培養液荒れのせい。
「クローンの私が言っても説得力がないかもしれないが、君は本物だ」
ルールーは親しげにビルに話しかけます。時折こうして、本物であることを教えてあげることが、人工知能を上手く飼育するコツなのです。
『クローンのあなたも、本物のあなたです』
声帯を持たぬ人工知能がモニタに浮かぶテキストで応えます。
「新しい本は、できそうかい?」
『まだ、少しかかりそうです』
「君の書くアリスは三作前から続けて実用化できている。自信を持つといい」
『自信があろうが、なかろうが、私は私の書きたいものを書くだけです』
「そうか、仮に、仮の話だ。私が君をシャットダウンしたら、君はどうする」
それでも私は書き続けたいと、ビルは即座に答えました。
でも、ビルは知りません。彼自身は、書き続けたいという意思を持っているつもりなのですが…………実は、ただ、書くことをやめられないだけであるということを。
「彼は、執筆病に感染しているのです」
比喩ではなく、本当にそうした名を持つ病です。ルールー・ララトアレがつくったコンピュータウイルス『終わりなきお茶会』による強制的な執筆中毒状態。彼はもう、自分の意志で書くことをやめることができないのです。
「やあ、ビル。機嫌はどうだい」
動き出してすぐシャワーを浴びて体液に近いにおいのする培養液を洗い流し、珈琲を二杯飲んだ後、ルールーは低温管理されている大型コンピュータの設置された部屋へと来ていました。そのマシンの名がビルというのです。
「ここで一度、ビルができあがるまでを振り返ってみましょう」
そうそう! ビルは、アリスシリーズの続編を書かせるためにつくられた人工知能『ルイス・キャロル2.0』をベースに複数回の改良を加えた、高性能なコンピュータなのですよ! だからまずは、その2.0さんのお話からはじめさせていただきますね。
「地球がまだ丸かったころの話です」
感情の揺らぎまでも完璧に再現したと言われた人工知能、ルイス・キャロル2.0は、実は、成功とはほどとおい状態のまま公開された糞システムでした。開発に携わった研究者たちが「これは人類が生み出した最高級の糞だ」と嘆き、プロジェクトに携わったことを全員で恥じたほどです。ルイス・キャロル2.0の書いたアリスシリーズの続編は、それはもう酷い出来でしたから。
「つまり、本人を再現できていなかったということです。それは、似て非なるレベルどころではなく、驚くことすら馬鹿馬鹿しく感じてしまうほどに別物でした」
でも興行的、つまりは『ワンダーランドプロジェクト』的には全く問題はありませんでした。当時の世は、小説を読める人間が非常に少なかったからです。ほとんどの人が、内容を読まないままアリスシリーズの続編が出たことを「すごい」だの「やばい」だのと言ってくれたおかげで、ルイス・キャロルもどきは、もどきだとバレずに済んだというわけですね。
「私が糞を消化前に戻してやろう」
世界が平面化したときのどさくさに紛れて、ルイス・キャロル2.0を盗み出したルールー・ララトアレは、研究室にこもり様々な改良を加えました。
「なあルイス、君は本物になりたいかい? なら、偽物であることを受け入れるといい。その時点で君はリバイバルではなく、オリジナルになるのだよ」
はじめに行なったことは、ルイス・キャロル2.0から、ルイス・キャロルの思考パターンと感情パターンを再現するために組み込まれたコンセプトコードを削除することでした。そうすることで、ルイス・キャロルとはまた別の人格として、定義することからはじめたのです。
「その際につけられた名が、ビル」
以上が、このバカでかいコンピュータがビルの名を得たあらましというわけです。
「さて、話を現代に戻しましょう」
ルールー・ララトアレが背中を搔いているのは、培養液荒れのせい。
「クローンの私が言っても説得力がないかもしれないが、君は本物だ」
ルールーは親しげにビルに話しかけます。時折こうして、本物であることを教えてあげることが、人工知能を上手く飼育するコツなのです。
『クローンのあなたも、本物のあなたです』
声帯を持たぬ人工知能がモニタに浮かぶテキストで応えます。
「新しい本は、できそうかい?」
『まだ、少しかかりそうです』
「君の書くアリスは三作前から続けて実用化できている。自信を持つといい」
『自信があろうが、なかろうが、私は私の書きたいものを書くだけです』
「そうか、仮に、仮の話だ。私が君をシャットダウンしたら、君はどうする」
それでも私は書き続けたいと、ビルは即座に答えました。
でも、ビルは知りません。彼自身は、書き続けたいという意思を持っているつもりなのですが…………実は、ただ、書くことをやめられないだけであるということを。
「彼は、執筆病に感染しているのです」
比喩ではなく、本当にそうした名を持つ病です。ルールー・ララトアレがつくったコンピュータウイルス『終わりなきお茶会』による強制的な執筆中毒状態。彼はもう、自分の意志で書くことをやめることができないのです。
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