或いは、逆上のアリス

板近 代

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02『人体の蝋化、とは?』

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『人体蝋化現象』

 病と呼ぶには荒唐無稽で、妙ちきりんなこの現象はドードーの再生を発端としています。


 あなた様はご存じではないかもしれませんが、ドードーとは絶滅した鳥のことです。

 空を飛べない鈍くさい鳥。あまりにも鈍くさすぎて、人間に捕獲されまくり。さらにはドードーの生息域に人間が持ち込んだ動物にも捕食されまくりで、あっという間にその姿を消してしまった人為的絶滅種です。さらにさらに、当時ドードーを食いまくっていた船員たちからは、肉が硬いことから『嫌な鳥』なんていうあだ名までつけられてしまって、もうさんざんな目にあった鳥さんなのですよ。

 そんな、どう考えても人間のせいでしかない絶滅理由からドードーは『絶滅動物復活プロジェクト』の候補リストに早くから記載されることとなったのです。

 しかし…………

 絶滅動物復活プロジェクトの第一弾はドードーではなく、マンモスが選ばれることとなりました。古代の人類と死闘を繰り広げた巨大象の帰還。絶滅動物復活プロジェクトを、人類史に刻まれるべき革新的偉業としてプロモーションするためには、ドードーは小さすぎ、そして、弱すぎる存在だったのです。まあ、巨大象と戦い殺した歴史と、鈍くさくて警戒心の薄い飛べない鳥を殺した歴史では、受ける印象がだいぶ違うでしょうからね。

「人は過去を越え、成長することができる。それが我々、生きながらえてしまった者の義務だ! 人類には生命のステージを上げる義務がある! 義務があるのだ! 私たちはもう、野生動物を殺さなくても生きていけるレベルにあるだろう。私たちはもう、食物連鎖に組み込まれていないだろう! 生きるために致し方なく殺してしまった生き物たちを、蘇らせることができるのは人間だけであろう! つまり、つまりは、絶滅動物復活プロジェクトとは人類の罪を人類としてあがなうことなのである! 今の我々は象を殺さなくても生きていける! それを古代象の復活で証明してみせようではないか!」

 古代人の倫理観を否定することで、文化的にも高い評価を得る予定であったマンモスの復活でしたが、結果はダメダメ。世界のあちこちから、想像以上に批判の声が挙がってしまったのです。それは、幾らか挙がっていた称賛の声をかき消さんばかりの勢い。
 さらには同時期に永久凍土から掘り出された病原菌に一部の地域の人々が苦しまされるという事態まで起きてしまい、国際的な議論に発展…………。

「論理的に、話をしよう」
「科学的に、説明してみせよう」
「私たちの話を、聞いてくれないか」
「どうか、私たちの話を、話を聞いていただけませんか」

 頭の良い科学者たちは、病原菌とマンモスは関係ないと必死に訴え続けました。でも、復活プロジェクト用の遺伝子は永久凍土から掘り出したマンモスから採取されていたため、誰一人………………信じてくれませんでした。

「進歩を銭勘定でしか考えられない奴らめ!」

 プロジェクトを後押しした出資者の多くは、静かに離れていきました。でも科学者たちは、この研究をやめたくはありませんでした。

「世界は科学を理解していない! 俺たちはまるで邪教徒のように扱われている!」

 予算不足でプロジェクトそのものが立ち行かなくなったころ。ある、天才科学者がこんな案を出しました。

「リョコウバトをやろう」

 全長約四十センチ。この、小さな鳥ならばマンモスよりもずっと小さな施設で、低予算で復活させられるだろうと提案したのです。  
 そしてこの案にはもう一つ狙いがありました。

「どこにでもいるような鳩に、興味を持つ人間は少ない。知名度もそこそこだ。そう、リョコウバトにマンモスほどのスター性はないのだよ。まあ、私のような偏屈にとっては、ああいう生き物のほうがそそるのだがね。ああ、そう怒るなよナターシャ。科学者の倫理観なんてものは、こぼしたスコーンを掃除するために犬を飼うくらいでちょうどいいんだ」

 リョコウバトであれば、マンモスほどの注目は集まらない。注目が集まらないということは批判が集まりづらく、批判が過熱しすぎることもない……と。
 リョコウバトの遺伝子は、スミソニアン博物館の館長から標本を借りることで確保しました。当時の館長の大学時代の同期が、絶滅動物プロジェクトメンバーの中にいたのです。その標本は展示品であったのですが、来客は誰一人、無くなったことに気が付かなかったそうです。

「徹夜は科学者の華さ。さあ、今日もがんばろう」
 
 リョコウバトにかけた、科学者たちの思い。秘密裏に進めると国際条約違反になるため、つつましく情報を公開しながら作業は進んでいきました。そして、標本を借りた日から数えて、三度目となるクリスマスの夜、一匹のリョコウバトが孵化したのです。そして科学者たちはその雛に、遺伝子を提供してくれた名誉ある標本『マーサ』の名をもらい――――マーサ二世と名付けたのです。

「やあ、マーサ二世君。復活の地が大陸じゃなくて申し訳ないが、どうだい未来の空気は」

 リョコウバト復活プロジェクトは、数値にしてマンモスの二百万分の一程度の注目度のまま完了。復活にかかった三年の間に幾つかの戦争が起きてそれどころではない人々も多かったため、批判をほとんど受けずに済みました。リョコウバトに白羽の矢を立てた科学者の狙いは、大正解であったのです!

 なんとか、解散を免れた絶滅動物復活プロジェクトチームはリョコウバトの後に、ジュゴンやマナティに類似した見た目を持つステラーカイギュウを復活させました。ステラーカイギュウは大きな動物で、さらに水中生物であったため、それなりな施設が必要となりましたが……やはりマンモスほどの注目度はありませんでした。

「私はいままで、コンサルタントというものは詐欺師とイコールだと思っていたよ」
「いいや。その評価で概ね間違いないが、詐欺にも一流と二流があることを覚えておいてほしい。一流はね、バレる前にでっちあげを事実に変えてしまうんだよ」
「なるほど、それは困ったな」
「期待しているよ。世界一の天才殿」
「だまれルベローチェ。おだてても、科学者の出す結果は変わらんぞ」

 資金はだいぶかかりましたが、ステラーカイギュウプロジェクトより参加したコンサルタントが上手く立ち回ったおかげで、赤字になることもありませんでした。いずれ恐竜が復活したときの予約券代わりとして、リョコウバト二十羽とステラーカイギュウ二匹をかなりの高額で時の権力者に売りつけたのです。まあ、その時点では恐竜の復活のきっかけとなるものなんて一つも入手できていなかったのですが。

 ともあれ、紆余曲折を経て国家的投資対象としての注目を集めることに成功した絶滅動物復活プロジェクトは、急成長を見せます。次々と復活させられる絶滅動物、或いは絶滅動物のようなものを、いくつかの国が競うように必死に買い集めはじめたのです。
 
 でも………………………………

「また、売れなかったのか」
「ルベローチェが言うには、もうみんな時代の近い動物には慣れてしまったと。そろそろ、本気で恐竜の捏造をがんばらないといけないかもねぇ」
「金持ちは賢いんだろう? それともなんだ、あいつらは恐竜は古すぎて復活できんという話をわかったうえで――」
「だから捏造さ」
「たしかに鳥とイグアナで作れるが、それがバレた時のリスクは――」
「文句を言うのはよそうじゃないか。ほら、人間の慣れるという性質のおかげで僕らへの批判も、すぐに立ち消えてくれたじゃないの」
「なにを言うハ―ヴィ。それは慣れではなく、飽きというものだ。ああ、くそう。今すぐ生まれ変わって、経営学を学びたい気分だ」

 絶滅動物ブームは、思いのほかすぐに失速してしまいました。せっかくつくった展示施設も、平日の動物園と大して変わらぬ状態に。加えて、業界全体が民間業者が参入してもメリットの少ない状態……たとえば、ペット化の許可をどの国も出さなかったことなどが拍車をかけ、赤字産業化してしまったのです。

「だが、ドードーは違った」

 ドードーは、復活学久しぶりのスターでした。

 それは、世界地図に引かれた国境線の三割以上が失われても愛され続けた名作『アリスシリーズ』の新作を、ルイス・キャロルの思考パターンと感情パターンをほぼ完璧に再現したとされる人工知能が書き上げた西暦二千九百三十二年のこと。
 人間の本質を古典文学に求める運動が世界的に盛り上がっていたタイミングを狙い、凄腕の興行主マーリ・ラダ・ハーンが仕掛けたキャンペーン『ワンダーランドプロジェクト』の一環としてドードーの再生が組まれたのです。
 それは、とても文化的で、情緒的で、人間的で、夢と希望に満ち溢れているプランだと、ごく一部の偉い人たちは思っていました。そして民衆も見事に踊らされていました。

「ドードーを我らの世界に! ドードーを我らの世界に! ドードーを我らの世界に! ドードーを我らの世界に!」
「ドードーを我らの世界に! ドードーを我らの世界に! ドードーを我らの世界に! ドードーを我らの世界に!」
「ドードーを我らの世界に! ドードーを我らの世界に! ドードーを我らの世界に! ドードーを我らの世界に!」

 この時代はそれほどに、人間としての進歩に飢えていたのです。でもちょっと強引ですよね。いくらドードーがハト目に属する鳥だからって、鳩に代わる平和の象徴にしようだなんて。
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