自殺愛

目黒サイファ

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2. 自己紹介

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「おにーさんは、ギリギリ合格」と彼女は言った。
 土曜日の二十一時頃、モツ鍋店の個室で放たれた一言である。
 彼女との間には、グツグツと煮えている鍋が置いてある。とても美味しそうに具材が煮えているにも関わらず、彼女は目もくれず、俺の顔をまじまじと見ていた。
「百点満点中何点くらい?」
「六十点」
 六十点……。大学の期末テストに置き換えるならば、ギリギリ単位認定である。彼女は大学教授と同じように俺に慈悲を施したらしい。自己評価より点数が低かったのはともかく、即時解散とまではいかなかったことに安堵した。
「自己紹介しようか。俺は祐樹、よろしく」
「私は優奈」と彼女は気だるげに答えた。お互いアカウント名そのままである。
「おにーさん、本当に死にたいんだよね?」と優奈は値踏みするように俺を睨んだ。十七歳の彼女に睨まれても怖くはなかった。優奈は儚げな少女といった見た目で、服の袖から見える二の腕はやけにほっそりとしていた。化粧のせいか肌もやたら白い。彼女はもはやこの世にいないのではないだろうかと思えた。
「本当に死にたいよ。もう生きるのが嫌になった」
「死にたい人特有の雰囲気と一致しないんだよね……」
 優奈は手を顎に当てて考え込むようなしぐさをした。どうやら自殺界隈での経験は無駄ではないらしい。自殺志願者を嗅ぎ分ける嗅覚を優奈は会得したのだ。俺は暴かれまいと焦りの感情を抑え込んだ。
「死にたい人が、モツ鍋なんて食べなくない?」と優奈が首をかしげた。
「いいだろ別に」
 違和感があるところはモツ鍋だったらしい。勘が鋭いのか鈍いのか分からない奴だ。警戒心も抜けているところも十七歳らしいと感じた。思っているほど手強い相手ではなさそうだ。
「優奈はなんで死にたいの?」
「何もかも面倒くさいから。ご飯を食べるのも息をするのも全部」
 優奈は自嘲気味に笑って言った。優奈の解答はまったく理解できなかったが、嘘ではないと感じた。何もかも面倒くさい――。確かに世の中は面倒くさいことだらけだが、死ぬ動機としては弱いと感じた。
「それだけのことで?」と俺は遠慮することなく言った。自殺志願者には禁句の一言である。
「出た出たそれ。おにーさんには分からないだろうけど、私は生きるだけで大変なの。勉強はできないし、運動も苦手だし、芸術的センスもないから、評価されるのも一苦労だよ」
 彼女は息を吐いて天井を見上げた。理解されない私可哀想って感じだな、と思った。優奈の言う「死にたい」は、自分のセカイに酔っている思春期にありがちの自殺願望にしか思えない。俺が殺す相手には役者不足だな、とアテが外れたこと悔しく思った。
 しかし、後には退けない。今回ばかりは作戦中止にするつもりはなかった。
 一呼吸おいて「へぇーとってもありがち」と俺は道化のようにおどけて言った。
「うるさい黙れ」と優奈は俺の足を軽く蹴った。
「俺の死にたい理由って興味ある?」
「ない」と彼女は冷たく言葉を放った。
 優奈と会う前にでっち上げた「死にたい理由」は、日の目を浴びることなく忘れ去られることが確定した瞬間だった。細部にこだわった自信作だったのに、と予定通りいかないことに落ち込む。しかし、言わないでいいのならそちらの方が都合がよかった。
「俺は君と仲良くなりたいと思ってる」
「え? 死ぬんじゃないの?」と優奈は嘘つきを見るような目で俺を見た。
「仲良くなってから死にたいんだ。一緒に死ぬ相手が誰かよく分からないまま死ぬなんて嫌だよ。君のことをある程度知ってから、ちゃんと入念に準備をして死にたい」
 自分で言っておいて意味不明な理屈だなと思う。ただ、十七歳の少女に理屈っぽいことを延々と述べるより、感情に訴えかける方が得策だと考えたのだ。
「おにーさん、女の子と仲良くなりたいだけなんじゃない?」
「違うよ。今夜だけ時間がほしい。それで心中相手にふさわしいか決める」
 優奈は「ちょっとタイム」と言って下を向いて考え込み始めた。さすがに駄目かと焦る。時間をかけて優奈の素性を調べて入念に殺したいだけなのだが、欲張っただろうか。
「許可します!」と優奈は勢いよく答えた。
 ――よし、大丈夫そうだ。
「ただし! おにーさんの点数を変更します!」
 自身の言葉に続けて優奈はかしこまって言った。口調と態度は審判のようだった。
「何点になるの?」
「五十九点!」と優奈は言った。
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