惑星ムジーカ

目黒サイファ

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宇宙人襲来

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 鈍く輝く銀色の宇宙船が惑星ムジーカに近づこうとしていた。宇宙船はロケットノズルを器用に動かし、軌道を調整する。この作業が何度も繰り返されてきたことが、手際の良さからわかる。
 船内には2人の人間が乗っていた。ひげを生やした大男と、堅物そうな若い女だった。
「船長。まもなく着陸準備が整います」
 女は至って事務的に言った。ロケットノズルを操作していたのはこの女だったらしい。
「わかった。惑星内の酸素濃度はどうなっている?」
「幸運なことに地球と大差ありません。宇宙服を着なくても大丈夫でしょう」
「よろしい。では着陸開始だ」
 船長がそう言うと、宇宙船は徐々に高度を落とし、惑星ムジーカの地へ降り立った。
 船内が少し揺れたが、何も問題なく着陸できた。少し離れた位置には集落らしき物があり、惑星ムジーカの住人が顔を覗かせているのがわかった。
「木崎、この惑星の文明はあまり進んでいないようだ。しかし、念のため武器を用意しておけ」
 女は頷いた。どうやら女の名前は木崎と言うらしい。木崎は船内にある武器庫へと足を運んだ。そこにあったのは小型のレーザー銃で、丁重に扱われていることから、かなり優れた武器であることが伺える。木崎はレーザー銃を2丁取り出し、1つを腰のショルダーに、もう1つを船長に渡した。
 話し合った結果、集落のある場所へと向かうことになった。集落に向かえば襲われてしまう可能性もあるため、危険ではあるが、友好的な種族だった場合、仕事がかなり早く進むことになる。また、襲われても反撃が可能であるという算段込みでの決断だった。
 集落へ足を踏み入れた。しかし、異星人が侵入してきたというのに集落はやけに静かだった。
 少しの時間散策していると、惑星ムジーカの住人が近づいてきた。木崎が住人に銃口を向ける。住人は少し怯えた様子で口を開いた。
「言葉は通じますでしょうか」と、惑星ムジーカの住人は短く言葉を発した。
 木崎と船長は驚いた様子を見せると、交渉が可能と判断し話しかけた。
「通じています。なぜ、私たち地球の言葉がわかるのですか?」と船長が言った。
「この星には色々な異星人が来ます。そして、その星の文化や言語を学ばせてくれるのです。あなた方によく似た方々がきたことがあるのです」
「驚いた。初めて発見した星だぞ。私たちより先に見つけていた地球人がいたなんて」
「知らないのも無理は無いでしょう。その人たちはこの惑星ムジーカで生涯を終えたのですから」
「なんですって?」
「ですから、その方々は寿命で死ぬまでこの惑星で暮らしたのです」
 船長と木崎は顔を見合わせて、本当なのかどうか話し合った。この惑星が未発見の星であり、帰還しなかった隊員がいるなんて話は聞いたことがない。しかし、宇宙船の故障で殉職したと思われた隊員がこの星に偶然漂着したとしたら……。あり得ない話では無かった。
「なるほど。とりあえずあなたの話は信じよう。それで、あなたの名前を教えてくれないか」
「ムジーカと申します。この惑星を統治している者です」
「な、なんと、この惑星の代表者でしたか……」
 船長と木崎が気づかないのも無理は無かった。いわば王であるムジーカはかなりみすぼらしい恰好をしていたからだ。この惑星にはまともな資源は無いのだろうか。集落も、50人程度の規模でしか無いにも関わらず、この惑星の頂点に立っているのだから不思議だ。いつ淘汰されてもおかしくないというのに。
「では、話が早い。私はムジーカ様に取引があるのです」
 船長は、優しく、落ち着いた様子で言った。
「と、言いますと?」
「この惑星に地球人のリゾート地にしたいと思っておりまして、この惑星を譲って頂きたいのです。もちろん、惑星ムジーカの方々には、我々が用意した快適な空間で、快適な生活を過ごしてもらいます」
「ははぁ、しかし少々横暴ではありませんか。私たちは先祖代々、この惑星で暮らしてきました。それを急に立ち退けだなんて、あんまりです」
「いえ、考えてもみてください。この集落で生涯を終えるおつもりですか? 我々の手にかかれば、1億年は安泰な生活が送れますよ。地球人では異星人の人権保護活動が盛んでしてね。手荒な真似はできんのです」
「確かに、楽とは言えない生活を送っている我々ですが、地球人の皆様のことを考えるとやはり、その提案を飲むことはできません。この惑星には、生態系の頂点に立つ獣がいるのです」
 ムジーカは身震いして、心底恐ろしいというように瞳孔を開いた。
「獣、とはなんでしょうか?」
「年に1回、その獣は現れます。そして、我々を不眠不休で探し出し、喰らうのです。どうやら、獣にとって我々の肉体はよほど美味いらしく、我々の中から20人ほど喰うと、また眠りにつきます」
「なんと、そんな奴がいるのか」
「どうします。船長」と、木崎は言った。
「判断しかねるな。我々の手に負えなかった生命体なんて、地球人の歴史で何度も遭遇してきた。獣がどれほど危険かわからない限り、リゾート地の建設は難しいだろう」
「久しぶりに成果を挙げられると思ったら、難しいですね。地球との距離を考えると通信して連絡を取り合うだけでも苦労します。上層部に判断を仰ぐのは得策ではないかと」
「ここで決めてしまえ、ということか?」と船長は、しかめた顔を木崎の方に向けた。
「はい。そうなります」と、木崎は言った。
 船長は5分ちょうど悩むと、覚悟を決めたというように顔を上げた。
「分かりました。では、この取引は一旦持ち帰ります。しかし、調査のため、2日ほど滞在したいのですが、よろしいですか」
「ええ、良いですとも。せっかくですから、私の住処に泊まってください。地球人の方には多少退屈かもしれませんが、丁重にもてなしましょう」と、ムジーカは言った。
 船長と木崎は、問題ないと判断し、ムジーカの住処で2日間過ごすことにした。

  *****

 2人を歓迎する宴も終わり、夜も更けてきた頃、船長と木崎はテーブルのような家具に腰掛け、話し合っていた。
「どうするつもりですか、船長」と、木崎は静かに言った。
「良いことを考えた。獣とやらは我々のコントロール下に置こう」
「そんな方法があるのですか?」と、木崎は怪訝な顔で言った。
「簡単なことだ。ムジーカ達を獣をなだめる餌として飼育し、獣が目覚めたら、満腹になるまで腹に投げ込んでやればいい」と、船長は何でもないように言った。交渉していた時には考えられないほど冷酷で残忍な提案だった。
「なんて発想でしょう……。しかし、有効であることは間違いないですね。異星人人権保護団体はどうするおつもりですか?」
「ムジーカは知能を持つ生命体、異星人じゃなかったことにすればいい。家畜に情が湧く奴なんていないだろう」
「なるほど。あくまで低位の生命体だと主張するのですね。確かに家畜に情が湧く奴なんて、馬鹿か、家畜同然の者しかいないでしょう」と、木崎は感嘆した。
 よく、こんな発想ができるものだ。異星人人権保護団体の会員が聞いたら泡を吹いて倒れるだろう。船長はベテランなだけあって、任務遂行能力に長けているらしい。
「この方法で異論は無いか? 無いなら、明日地球へと帰還し、この惑星を侵略する手筈を整えるぞ」
「はい、異論ありません」
「今日は寝て、明日の帰還に備えよう。ではまた明日」と、船長はテーブルらしき物から立ち上がり、用意された寝床へと向かった。
 木崎もそれを確認して、眠りについた。

  *****

 誰かの声で目が覚める。船長の声だろうか。やけに苦しそうな声だった。
 嫌な予感がして目が覚める。体を動かそうとしても動かない。手足が拘束されていた。正面を見ると、起き上がった状態で船長が拘束されている。どうやら木崎も同じ状況であるらしかった。
「まず、状況を説明しましょう」と、聞き覚えのある声で誰かが言った。
 その正体はムジーカだった。昨日のみすぼらしい恰好とは違い、気品のある、独特な衣装を身にまとっている。
「私たちを騙したのか!」と船長が言った。
「まぁ、聞きなさい。あなた達がこれからどうなるか気になるでしょう」と、ムジーカが言うと、船長は騒ぎ立てるのは得策では無いと思い、静かになった。
「私たちは惑星ムジーカに生まれ、獣に何千年も悩まされていました。我々の科学力を駆使しても敵わず、繁殖力の弱い我々は衰退の一途を辿っていました」
「それは昨日聞いたことだ」
「いえ、続きがあるのです。ある異星人が5人ほど漂着した時のことでした。5人の異星人は、帰る方法が無く、困っているようでしたので、我々は、その異星人を匿うことにしたのです。その異星人は、危害こそ加えてきませんでしたが、知能があるとは思えないほど残忍でした。しかし、そんな異星人にも良い特徴があったのです!」
 ムジーカは興奮気味にまくしたてた。昨日の気弱そうなムジーカとはまるで別人であった。
「異星人は、獣にとって、高エネルギーかつ美味な餌であったということです。獣に襲撃されたとき、我々は必死に抵抗しました。しかし、抵抗虚しく喰われる寸前、獣は異星人の1人に興味を示しました」
 ムジーカの言うことを段々と理解できるようになり、船長と木崎は恐怖で汗が吹き出る。
「獣は異星人の1人を喰らうと、満足して眠りにつきました。我々20人が喰われるところを、異星人、いや地球人は1人で済むのです! これほど嬉しいことは無かった」
「お前まさか、地球人を生贄に獣を鎮める気か!」と、船長は怒鳴った。ムジーカはそれを無視して話を続ける。
「誤算は残された4人では繁殖が不可能だったということです。どうやら雌雄揃わないと繁殖できないらしく、同性でも繁殖できるよう治療を施しましたが駄目でした。最後の地球人が喰われたその時、あなた達が来たのです」
 もう聞きたくなかった。この後どうなるか簡単に想像がつくのだから。
「これから、あなた達には生贄となる地球人を生産してもらいます。死ぬまでね」
「なんて野郎だ! 非道すぎる! こんな考えは改めるべきだ!」
「おや、昨日の夜の会話。盗聴されていないとでもお思いで?」
 ムジーカはクックック、と声を殺して笑った。惑星が揺れる。まるで地球人を歓迎しているかのようだった。
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