イニシアチブ

まさよし

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第2話

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何が楽しくて私は振られた男性と仲良くお酒を共にしているのでしょう。

あの後何故か飲みに誘われ、何故か車で出勤していなかった先輩は私におすすめのお店があると先輩行きつけらしいオシャレなバルに連れて行かれ、何故か私もちゃっかりビール片手にカウンターで並んで先輩と座っていて……。

「疑問だらけなんですけどー!!」
「あ、やっとこっちに戻ってきた。さっきから何話しても反応なかったから心配したよ。」
「はっ!私口に出しちゃってましたか今の!」

あまりにも思考が追い付かないことだらけで、思わず思ったことが口から洩れていたらしい。
そして少し賑やかだった店内が、一瞬静寂に包まれた。
お客さんからの怪訝な視線とともに。

「うん、思いっきりね。」

そんな私に先輩も苦笑だ。
苦笑する先輩の手元には、私は苦手で飲めそうにない、色鮮やかなカクテルが置かれていた。
そのカクテルも私のビールもほとんど減っていないので、店内に入って少ししかたっていないようでホッとした。
放心して飲酒なんてしたら、憧れの先輩を前に何を口走るか自分でもわかったもんじゃない。

「す、すみません!」

先ほどよりは声を抑えて先輩に謝罪する。
先ほど怪訝な顔で見ていた他のお客さん達は、各々の会話に戻ったようだった。
私の粗相のせいで先輩がここに来られなくなったら申し訳ない。

「大丈夫だよ。仕事きつくない?ちょっと疲れてるのかもね。」

にも拘らず先輩は私の心配をしてくれる。
こういうところが大好きであり、尊敬しているのだ。

その後仕事の話や他愛もない話をして過ごした。
聞き上手な先輩に押されて喋るペースも飲むペースも上がり、気が付けば自分の限界の5杯目をとうに超えていた。

「ところで、なんでそんなに僕のことが好きなの?僕、結構人に距離を置かれてると思うんだけど。」

先輩は突然爆弾を落としてきた。
あれだけ告白してきては振られ、また告白しては振られを繰り返せば誰だって気になるだろうがしかし。

(そ、そんなこと本人目の前にして言えるかー!)

そんなの挙げればキリがないし、何度も告白しているとはいえ恥ずかしいものは恥ずかしい。
繰り返し告白してはいるものの、テンプレートになりつつある"付き合って下さい"しか言ったことがないのだ。
最近ではこの台詞も最後まで言わせて貰えないが。

(でも待てよ。
 これ理由を言って納得させれば付き合って貰えるかも…?!)

恥ずかしいがしかし、素敵な先輩と付き合えることと秤にかけるまでもなく私は詳しく告白することにした。

「その、先輩の仕事に対する姿勢やいつも相手のことを考えて行動されているところを見て、尊敬の念がいつの間にか恋愛の好きだと気がついたんです…。
 好きです先輩!付き合って下さい!」

そう告白して先輩を伺うが、他には?という視線で先輩が先を促してくる。

(むむむ、なかなか絆されてくれないな…さすが先輩。
 でも他に言うことなんて思いつかないよ…。)

「先輩の優しい所や自分にはストイックなところも好きです!」

決死の思いで言葉を続けるが、いつもテンプレートの返事を速攻で返してくる先輩が珍しく少し考え込んでいた。
考える余地があるということなのだろうか。
いつもの告白以上にドキドキしながら返事を待つ。

「…ところで、美菜ちゃんまだ飲めそう?」

思いもよらない角度からの声かけに、一瞬面食らってしまう。

(あれ、流された…?!)

明確な返答がなかったことに少しショックを受けながらも、同じ日に2度も振られる勇気もない私は、持ち前の言いたい事を言うという特色を出せなかった。
だが断られはしても無視されたことは無かったために、これは遠回しに完璧に振られたのかなとも思う。

(先輩は優しいから、トドメの一言を言うのが憚られたんじゃないか。
 でも、完璧に振られるのなら、先輩の口から完膚なきまでに振って欲しかったな…。)

そんなことを考えながら、気持ちはどんどん落ち込んでいく。
口数が明らかに少なくなった私を、先輩は気持ちが悪くなった為だと思ったのか、

「大丈夫?お水飲む?トイレ行くなら付き添おうか?」

と、気遣ってくれる。
いえ、落ち込んでいるからですし、何なら貴方のせいです。
なんて流石の私でも言えるわけなく。
明日は休みだし、此処でとことん飲んでやろうと思い直し、心配する先輩を余所に追加のお酒を頼んだのだった。
過去の男性関係を聞かれたような気がしたが、どうでもいいやと思い

「あるにきまってるじゃないですかぁー。何歳だと思ってるんでしゅかー?」

と答えたところで記憶がぷっつりと無くなった。

ゴトン、とテーブルに頭を些かぶつける様にして眠りこけてしまった私には、マスターの可哀そうなものを見るような目や、先輩の獲物を捕らえたような視線に気が付けるはずもなかった。



「お仕置き決定…だね?」









朝の陽ざしが容赦なく降り注ぎ、二日酔いの眠りから半ば強制的に覚醒させる。

(フカフカで気持ちいー。シーツ買い換えたっけ?なんだか布団までふわふわでまるで自分のじゃないみた―――って昨日どうやって帰ったっけ!?)

昨日先輩に完璧に振られてから浴びるようにお酒を飲み、途中からの記憶が全くない。
もちろん帰った記憶もなければ、今身に着けているオーバーサイズの寝間着を身に着けた覚えもない。

ガバッ

(下着よし、変な違和感なし。)

男性経験のない私だが、耳年増なせいで変な知識だけはある。
性交渉の後、加えて初体験の後にどこも痛まないなんてない。らしい。
一番重要なことを確認した後、頭痛に苛まれながらもようやく少しだけ落ち着いて周囲を見渡す元気が出てきた。

ダークブラウンとオフホワイトで統一された室内はあまり物がなく、生活感のない部屋、というのが率直な感想だった。
だが、その中で異質な存在感を放っていたのが、ベッドサイドテーブルにあるこけしだった。

「何故こけし……?」

昨日から疑問に思ってばかりだ。
世の中まだまだ不思議がいっぱいだなぁ、なんて考えていると、寝室のドアが開かれた。

「あ、起きたみたいだね。おはよう。何か食べられる?一応お味噌汁は作ってみたんだけど、食べられそうかな?」

白いリネン材のカッターシャツにベージュのチノパンというラフな出で立ちの、二日酔いの頭には眩しすぎる笑顔の美郷先輩がいた。
ということはやはりここは先輩のお家なわけで。

(あの先輩のお家……っ!!
 いやいや落ち着け私。ということは先輩がここまで私を運んで……!?)

日頃の残念な頭でも容易に想像できることに今更気が付き、土下座しようとベッドから勢いよく起き上がろうとするが、フカフカな布団に慣れていない私は思いっきり布団に足を取られてベッドのシーツに熱烈な顔面キスをすることとなった。
二日酔いとその衝撃とで再び私が意識を手放したことは言うまでもない。




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