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07、高級娼館『fortuna(フォルトゥーナ)』

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 王都トロイデンは円型の城塞都市だ。外敵から街を守るため、街自体をすべて城壁で囲んでいる。この国ーーファルグレイス王国の王城は街の中心部の山の上に築かれており、山の斜面に沿って建物が建ち並んでいる。

 街は四区画に分かれていて、上から王族に近い上級貴族たちが住む一番街、下位貴族と裕福な商人たちが住む二番街、民家や商店が混在して立ち並ぶ三番街、そして一番下の四番街には貧困層の人々が住んでいた。それぞれの街に城壁があるので、下に住むものが上へ行くことは出来なかった。もし行きたい時は金を積むしかない。

 旅人は城壁を入る際に門番に一人銅貨1枚、三番街に入る時には銅貨5枚を渡し、そこで身分証明書のタグを発行してもらう。この発行にも金がかかり、短期滞在の場合は一ヶ月ごとに銅貨1枚、永住する際には毎年銀貨1枚が必要となる。

 僕はこの金をハリーたちからの借金で払った。押し込まれた宿屋代も出してもらっているので、稼げたらすぐに返さないと。

 ベッドから下り、鏡の前で色々な身体の部位を動かしてみる。違和感は残っているが痛みはない。下級ポーションを飲んだのがようやく効いてきたのか、歩いても問題ないくらいには回復したようだ。こうしているうちにも宿屋代がかかる。そろそろ働かないといけない。

 ハリーが聞いてきてくれた話によると、ここ三番街の『フォルトゥーナ』という店が良いそうだ。この店は表向きは娼館だが、裏で隠れて男を売っているらしい。僕は身なりを整えると、宿屋の主人に店の場所を聞いて街に出かけた。宿を出るとき主人にニヤニヤ笑われたが気にしないことにした。

 前勇者が倒しきれずに封印を施した魔王が近年復活し、隣接する魔国から度重なる襲撃を受けるようになったファルグレイス王国は、魔国軍に対抗するために十年ほど前に前勇者と同じ異世界から勇者を召喚した。彼と仲間たちは魔王の幹部の一人を倒すなど、目覚ましい功績を上げている。そのせいか街には名前の前に「勇者」と付けられた食べ物がたくさん売られていた。何でも勇者と付ければいい訳じゃないとは思ったが、僕には関係のないことなので苦笑するだけに留めた。

 三番街の繁華街に娼館が立ち並ぶ売春地区があり、そのうちのオレンジ色の屋根を持つ一際大きく堅牢な建物が『フォルトゥーナ』だった。
 ちょうど営業が開始された時間なのか、売春地区には人が溢れていた。僕はひとまず『フォルトゥーナ』以外の店をぐるりと見回した。女の豊満な胸に手を入れたまま娼館へと入っていく男。上司らしき男に連れられて緊張した表情で店に入って行く若い男。僕よりも小さい女の子を連れて店へ入っていく老人。娼館の窓からは下着一枚の女がタバコを吸っているのが見えた。店の前では呼び込みの男がひっきりなしに通行人に声をかけていた。

 そんな他の店から一線を画すように『フォルトゥーナ』は建っている。さすが良い店だと言われるだけのことはある。入り口は綺麗に掃き清められ、他の店のように呼び込みもいなくて静かなものである。入口の前には黒い服を着た男が一人立っていた。
 通行人がふらりと店に立ち寄ろうとすると、黒服の男がやんわりと断っていた。紹介がないと入れないというのは本当らしい。彼は門番のような役割をしているようだ。

 僕に声をかけてくる男たちを無視して歩き、店の前に立った。黒服の男が訝しげに僕を見てきたので笑顔で応える。男が僕に声をかけてきた。

「お嬢ちゃん、ここは君みたいな子供が来る場所じゃないよ」
「お嬢ちゃんじゃありません。僕は男です」

 黒服の男はハッとした顔をしてから僕の頭の上から足先までじっと見つめた。僕も相手を観察する。歳の頃は三十歳くらい、刈り上げた短い黒髪に同じ色の瞳。この国では珍しい色だ。細身の身体にぴったりの高級そうな黒いスーツが良く似合っている。
 周りに声は聞こえないと思うが念のため声を落として男に話しかけた。

「ここは男も売っていると聞きました。僕はここで働きたいのですが、店の偉い人に会えませんか?」



  *



 目の前の子供が何を言ったのか、一瞬理解できなかった。
 こっちに歩いてくる前からとても目立っていたので俺も彼がいるのに早い段階で気が付いていた。最初は子供がなぜ一人でこんな所にいるのかという疑問。次にその美しさに眼を奪われた。遠目に見ても顔の造作が整っているのが分かった。
 その彼が声をかける男たちを完璧に無視して『フォルトゥーナ』の入り口に立った。近くで見ると本当に綺麗な顔をしている。オーナーの好みがそのまま現実に出てきたような輝く金の髪と翡翠の瞳。そして俺の顔を真っ直ぐに見てからの柔らかな笑顔とーー男という事実。

 俺は上から下までじっくりと彼を観察した。確かに胸はない。それは子供だからだと思っていた。
 それも、彼は店で働きたいと言ってきた。どんな店か分かって来ているのだ。

 自分からこんな所で働きたいと言ってくるなんて相当な訳ありか借金でもあるのだろうか。誰だ、この店が裏で男も売っているとバラした奴は。
 バカなことを言うなと言って帰した方がこの子のためには良いのだろうが、ここまでの上玉を逃したと後で知れたら面倒なことになる。すでに店の周りには俺たちのやりとりを見ている輩が大勢いたから、このまま帰してもすぐにオーナーにバレる。こんな子供に辛い仕事をさせるのは胸が痛むが、本人から働きたいと言ってきた訳だし、俺が怒られるのはごめんだ。

「とりあえず中に入れ」

 通行人の目を避けるために俺は仕方なく彼を建物の中に入れた。



   *



「こっちだ」

 黒服の男は僕を娼館の中へと案内した。香水の匂いと香の匂いがむっと鼻につく。入り口を入って真正面に見える壁にカーテンがかかっていて、その手前に下着一枚の女が座っていた。少しとうが立っているが唇の下にほくろのある妖艶な美女だった。女は驚いた顔で僕たちを交互に見た。

黒水晶モリオン、どうしたの? その子は?」
「訳ありみたいだ。通るぞ」

 どうやら黒服の男はモリオンという名らしい。
 彼は女を押し退けてカーテンを開けた。カーテンの奥には従業員の部屋が並んでいて、その中の一室に僕を案内した。

「支配人室だ。これから連絡を取るから座って待ってろ」

 支配人室は僕が泊まっていた宿の部屋の三倍の広さがあった。入って左側にソファがあったのでそこに座る。モリオンはソファの前にあるアンティーク調の両袖机の上に、引き出しから出した子供の手のひらサイズの魔石を置いた。

「これは共音石と呼ばれるものだ。一つの石を二つに割って使う。いま片方はオーナーが持っている。この石に魔力を流すことによってもう一つの石を持つオーナーとの通話が可能だ。一方通行だがこちらの石に映った姿をオーナーに見せることもできる」

 透明で平べったい石だ。端の欠けている部分の石を支配人が持っているのだろう。

「『通話コール』」

 モリオンが共音石に魔力を流した。石が白く光る。しばらくして相手から反応が返ってきた。

『俺だ。何か緊急の用か』
「オーナー。モリオンです。働きたいと言っている子が店に来たのですがいかがいたしましょう?」
『はぁ?そんなことで連絡してくるな。今、大事な出資者と会っている。追い返せ』
「しかし追い返すにはもったいないくらいの上玉です。おい、お前、この石を持て」

 支配人と話していたモリオンが僕の手に魔石を載せ、その上に手を置いて魔法を詠唱した。

「『映像リフレクション』」

 再び石が白く光った。眩しくて一瞬眼が眩む。これで向こうからこっちの姿が見えるようになったのか。仕組みはよく分からないがとても面白い。魔法が使えるモリオンにもびっくりだ。この男、ただの門番じゃないだろう。
 そのモリオンが、石を僕に翳した。向こうから僕の姿がよく見えるようにしたんだろう。

「男の子です」

 モリオンがダメ押しのように言った。
 しばらく支配人が石の向こうで誰かと話し合う気配がした後、返事が返ってきた。

「…………すぐに帰る。引き止めておけ」
「分かりました」

 モリオンは僕の方を向き、ため息混じりに石を引き出しの中へ片付けた。
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