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3章 辺境の地ライムライトへ

20、譲り受けた暗器は高品質

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 部屋に荷物を置き、すぐに鍛冶屋へと向かうことにした。レオンハルトは温泉入りたそうにしていたけれど、早くしないと鍛冶屋の依頼受付が閉まってしまう。

「まず鍛冶屋。そのあとギルドで依頼達成報告と夕メシ。で、温 泉! だな!!」
「そんな弾んだ声で言われても一緒に温泉に入るつもりはないからね!」

 レオンハルトならこの街に酒を一緒に酌み交わすような知り合いがいくらでもいそうだから、その人たちに酒の相手を任せて、酒盛りしているその隙に一人で温泉に入ろうそうしよう、と心に決めたのだった。

 エリオットさんは再び宿屋の主人の元へ突撃、じゃなかった話を聞きに行ってしまった。お目付け役のハッシュさんも一緒だ。ぐいぐい迫られるであろう宿屋の主人には、なんと言うか同情を禁じ得ない。

「で、お前はどれをメンテしてもらうつもりなんだ? あ、全部は返せねぇからな! こん中から護身用と魔獣討伐用に使えそうなもんを二、三選べ」
「うん」

 レオンハルトが自分のマジックバッグから、僕から取り上げた暗器を出して一つ一つ並べていく。大きなものから小指の先ほどしかない小さなものまで、こうして見ると自分ですらその数の多さに改めて感心してしまう。

 基本、暗殺者が使う武器は小さくて身体に隠しやすく、持ち運びしやすいものが主体となる。ナイフや小型弓、銃などのようないかにも武器だと分かるものの他に、かんざし、櫛、指輪などの装飾品や、杖や傘などに刃物を仕組んだ日用品を改造したものなど、さまざまな武器を使用する。(※1)

 僕のメイン武器はダガーと投げナイフ、そして手のひらに隠れるほど小さなラペルナイフだった。このラペルナイフは服やベルトなどあらゆるところに隠せるため重宝していた。暗殺するのには使い勝手が良い武器だけど、魔獣相手にするには小さ過ぎて殺傷能力が弱いから、麻痺と毒の付与をしないと使えないかもしれない。(※2)

 魔法の短縮詠唱ができるまで、僕は刃物を使った近接戦闘に、補助で魔法を入れる方法を取っていた。仲間がいるならともかく、暗殺者のようなソロでの仕事中に悠長に魔法の詠唱なんてしていられない。そんな時間があるならさっさとナイフで襲った方が早い。

 その辺りは戦闘訓練でエースに嫌というほど叩き込まれた。あの人は魔法を使おうとすると、すぐに恐ろしい程の速さで懐に入ってきてナイフを振るった。詠唱する時間なんてこれっぽっちも与えてくれなかった。何度死にかけたことやら。

「えっと、この投げナイフは五本セットなんだけど……」
「ゔっ……! ま、まぁセットなら仕方ねぇな」

 しょんぼりした顔を作り上目遣いで見れば、レオンハルトは喉を詰まらせて一瞬で顔を真っ赤に染めた。言質は取らせてもらった。こいつは僕のお願いに弱すぎだ。

「じゃあ……このセットとこれとこれで。今まで自分で手入れしてきたんだけど、欠けていたり錆が浮いてたりしていないか、っていう不具合がないかをやっぱり専門職の人に確認してもらいたい」

 並べられた暗器の中から僕の手に馴染む暗器を手に取り、別の場所に避けて置く。

 僕が選んだのは、柄も刃も真っ黒な投げナイフのセットと、同じ色のダガー。このダガーと投げナイフはAから譲り受けたもので、同じ職人の作だと聞いた。そしてフォールディングナイフを一本。(※3)

「ん? ちょい待て」

 レオンハルトが目を見開いて僕が選んだダガーを取り上げて、裏返したり光に透かしたり矯めつ眇めつ確認し、驚きの声を上げた。

「この深黒にこの艶めき、こりゃアダマンタイトじゃねえか! あ? え、あ! こっちの投げナイフも同じ素材か!?」
「は? アダマンタイトってあの?」

 このアダマンタイトは最も硬いと言われるオリハルコンに次ぐ硬さを持つ金属で、迷宮の宝箱からたまにアダマンタイトで作られた武器が出るが、天然の鉱石から作られた武器は、鉱石自体の産出量が少ないため希少で市場に滅多に出回らない。(※4)

 黒ければ黒いほど魔力を多大に含み、魔力伝導率も高い。その硬さのため加工できる職人は殆どおらず、片手の指で足りるほどだと言われている。

「まさかのアダマンタイトで暗器かよ……! 誰が作ったんだよこれ。随分と酔狂な奴もいたもんだな。普通にこれで武器造りゃあ国宝にすらなったかもしれねえのに……」

 現にこのエクラン王国の宝物庫にはアダマンタイトで作られた長剣が収納されていると聞く。見たものが信じられないというようにレオンハルトがぐしゃぐしゃっと髪を掻き回した。

 そんな希少なアダマンタイト鉱石から作られた暗器を、これもういらないからあげる、とゴミを捨てるような軽さで僕にくれたAは何を考えていたんだろう。まあ確かに、暗殺技術に優れていたあの人は相当な金を稼ぎ、良い暗器をたくさん使っていたけれども。

「うーーん。これを手入れできる職人はそんな多くねえな。研ぎならオーインのとこの工房がいいか。あいつの工房の職人なら何とかなるだろう」

 刃の手触りを確かめたレオンハルトは感嘆のため息を漏らしてアダマンタイト製のダガーと投げナイフを僕の前に置いた。残ったフォールディングナイフはよくある量産ものだが、ここグランダンナのドワーフの手で作られたものでよく切れる。地味に高かったけれど僕が手に入れたものだ。

「それにしてもここまで黒いのは見たことねえ。イイなあ、イイなあ! 俺も新しいアダマンタイト製の武器が欲しくなってきた。俺が持ってるのはここまで真っ黒じゃねえんだよな」

 そう言ってレオンハルトがマジックバッグから出してきたのは全長が七十セーチほどの曲刃短剣。真ん中が大きく湾曲した『く』の形をしている。この形は突きにはあまり向かず、薙ぎ払うように使うのに適している。あまり力を入れなくても切断しやすいため殺傷能力も高く、狩猟や魔獣退治、邪魔な草木を払うのにも使える万能武器だ。(※5)

「これは迷宮の隠し部屋にあった宝箱から出てきたモンでな。オーイン工房の研ぎ師、キーリが手入れしてくれたやつだ」

 光を集めた黒い曲剣がキラリと煌めいた。刃こぼれひとつなく、錆も浮いていない。確かに僕のものよりもなんとなく艶めきが弱いような気がする。でも羨ましいと言いつつ持っているじゃないか。

 今からレオンハルトが案内してくれるのはドワーフの中でも高名なオーインの工房で、キーリというのはオーインの奥さん。工房に持ち込まれる研ぎを一手に引き受けている腕のいい職人さんだとレオンハルトが教えてくれた。

「そんなにいい武器持ってるんだったらいつも使えばいいのに」
「んーー。武器はいっぱい持ってるんだがバッグから出すのが面倒くせえ。出しとくとよく失くすし。対人戦の場合は殴った方が早いからなぁ。相手が落とした武器とか使ったりは偶にする」
「失くすなよ……」

 確か暗殺依頼を受けた時の資料には、決まった得物はなくありものを使うと書いてあった。レオンハルトは性能の良い武器を幾つもバッグの中に収納しているはずなのに、僕と戦った時はその鍛え抜かれた肉体のみで僕に対峙し、僕の攻撃を難なく避けた。なんか落ち込む。僕はまだまだ弱く未熟だ。

「あ。討伐に行く、ってな時はちゃんと最初っから得物を持ってるぜ。剣、槍、斧、槌……。弓以外の武器なら何だったらだいたい何でも使えるけど、一番はやっぱこれ、ミスリル製のロングソードだな」
「弓以外って? 」
「弓はなぁ。射ると矢が変なとこ飛んでくんだよなぜか。よくロイの野郎に刺さりそうになって、弓禁止令が出た」

 ガッハッハと豪快に笑っているけれど、ロイさん可哀想……。(※6)

 次にレオンハルトがバッグから出して僕に見せてくれたのは十字の形をした両刃の剣で、白銀色に光る刀身がとても美しい。

 ミスリル製の武器や武具は、高位冒険者なら持っていて当たり前のものだが、下位冒険者から見ると、ぜひ一度は手に入れたいと思う憧れの品物だ。

「ミスリル製は入手しやすいし、手入れもしやすい。よく斬れるしな」

 ん、と差し出されたので手に取ってみる。ずしっとした重さが腕にかかる。レオンハルトの体格ならこれくらい軽々と持って振れるだろうけど僕にはちょっと重すぎた。武器はやっぱり自分の身の丈に合ったものを使うのが一番だと思う。

「おっと、得物談義をしてる時間はねえな。早く行くぞ!」

 出した武器をポイポイとバッグに仕舞ってから、僕が両手で持っていたロングソードを僕の手から奪い取り、軽々と片手で持って剥き身のまま革ベルトに装着した。いかにも高位の冒険者ですよオーラが出ている。

 宿を出てレオンハルトの案内でオーインの鍛治工房へ向かう。レオンハルトは背が高く、そのぶん歩幅が広いから、一人の時はもっと歩くのが速いけれど、僕と一緒にいる時は必ず歩調を合わせてくれる。

 隣を歩くレオンハルトの端正な横顔を見上げて歩く。

(まあ美丈夫だし、度量が広くて面倒見が良く、その上腕っ節も強いとなるとモテるだろうな)

 とても悔しいが大剣を持つ姿が様になっている。角や眼の傷も相まって怖そうな見た目なので『勇者』には見えないけれど、この人は『英雄』ですよ、と紹介されれば万人が頷くだろう。

 隣を歩くのも、持つ武器も、全てが僕には分不相応。

 僕がだと、レオンハルトが確信を持って言うからこうして隣に立っているだけで、ただの僕だったなら司直の手に委ねられて終わりだっただろう。

「ん?」

 こうして僕に対して蕩けるような笑みを見せることもなかっただろう。今の僕にできることは、見限られないように、隣を歩けるように努力することだけだ。

「俺、そんなに見惚れるほどかっこいいか? そんな見つめられたら照れるぜ」

 前言撤回。
 自意識過剰で図太いだけだった。

 僕の手を握ろうと、強引に差し出してきた手をパシリと叩いて、レオンハルトを追い抜いた。

………………………………………………………………………………
【補遺】

※1、暗殺者の武器
 暗殺者の武器はさまざまな種類があります。

I、小さくしたり、変形機能をつけたりした武器を、衣類に着けて一見持ってないように見せかけられるもの
 ナイフ、短剣、銃、弓、針など

Ⅱ、日用品に武器を仕込む
 仕込み杖、仕込み槍、仕込み傘。銃や刃物をベルトや服に仕込む。靴の踵に銅線や刃などを入れる。煙草に見せかけた爆弾、毒。調べたらアタッシェケース(誤字ではない)にマシンガンを仕込んだものもあるけれど、異世界にマシンガンはないので作中には出てきません。

Ⅲ、日用品を改造したり、強度を上げたりしたもの
 鉄扇(新撰組、芹沢鴨さんが持ってたやつね)。鉄笛。煙管。突起がついた指輪。ペンの先端を尖らせたもの(タクティカルペン)。先端を鋭利にした簪など。

※2、ダガー、ラペルナイフ
 ダガーは諸刃の短剣。対人殺傷用暗器で刺したり投げたりして使う。AもKも主に刺突用に使い、投げたことはない。

 ラペルナイフは7セーチ(㎝)ほどの大きさの小型のナイフ。服の襟、袖やジャケットの裏などに隠せる。相手を怯ませるために使用し、殺傷能力がないため毒を塗布したものを使う。魔法ありの世界だと、毒と麻痺を簡単に付与することができるので使い勝手がいい。

※3、フォールディングナイフ
 カッコよく言ってますが折りたたみナイフのこと。

※4、この世界に於ける鉱石の硬さ
 オリハルコン(金色)>アダマンタイト(黒色)>ミスリル(白銀色)
 ミスリルはダイアモンドと同じくらいの硬さを想定。色もイメージです。
 Aのダガーと投げナイフ、当初の予定では素材をヒヒイロカネとしていましたが、とある理由によって取り消しました。(あ、乾くるみさんの「イニシエーション・ラブ」は面白いですよ)

※5、「く」の字型の曲刃短剣
 チキュウではククリナイフと呼ばれる鉈っぽい形をした短剣。

※6、レオンハルトが弓を使うと……
 ロイ・クレインは『天上の射手』のおっぱい大好きリーダーさん。
 レオンハルトが弓を射ると、なぜか矢が一直線にロイに向かって飛んでいく謎。後ろにいても矢が勝手に軌道を変えてロイを襲う。謎。不思議。何故?

「ギルマスっ! あんた、わざとやってんじゃないでしょうね!?」
「いやぁ。おっかしいなぁ。あはははは」
………………………………………………………………………………
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