49 / 57
3章 辺境の地ライムライトへ
20、譲り受けた暗器は高品質
しおりを挟む
部屋に荷物を置き、すぐに鍛冶屋へと向かうことにした。レオンハルトは温泉入りたそうにしていたけれど、早くしないと鍛冶屋の依頼受付が閉まってしまう。
「まず鍛冶屋。そのあとギルドで依頼達成報告と夕メシ。で、温 泉! だな!!」
「そんな弾んだ声で言われても一緒に温泉に入るつもりはないからね!」
レオンハルトならこの街に酒を一緒に酌み交わすような知り合いがいくらでもいそうだから、その人たちに酒の相手を任せて、酒盛りしているその隙に一人で温泉に入ろうそうしよう、と心に決めたのだった。
エリオットさんは再び宿屋の主人の元へ突撃、じゃなかった話を聞きに行ってしまった。お目付け役のハッシュさんも一緒だ。ぐいぐい迫られるであろう宿屋の主人には、なんと言うか同情を禁じ得ない。
「で、お前はどれをメンテしてもらうつもりなんだ? あ、全部は返せねぇからな! こん中から護身用と魔獣討伐用に使えそうなもんを二、三選べ」
「うん」
レオンハルトが自分のマジックバッグから、僕から取り上げた暗器を出して一つ一つ並べていく。大きなものから小指の先ほどしかない小さなものまで、こうして見ると自分ですらその数の多さに改めて感心してしまう。
基本、暗殺者が使う武器は小さくて身体に隠しやすく、持ち運びしやすいものが主体となる。ナイフや小型弓、銃などのようないかにも武器だと分かるものの他に、かんざし、櫛、指輪などの装飾品や、杖や傘などに刃物を仕組んだ日用品を改造したものなど、さまざまな武器を使用する。(※1)
僕のメイン武器はダガーと投げナイフ、そして手のひらに隠れるほど小さなラペルナイフだった。このラペルナイフは服やベルトなどあらゆるところに隠せるため重宝していた。暗殺するのには使い勝手が良い武器だけど、魔獣相手にするには小さ過ぎて殺傷能力が弱いから、麻痺と毒の付与をしないと使えないかもしれない。(※2)
魔法の短縮詠唱ができるまで、僕は刃物を使った近接戦闘に、補助で魔法を入れる方法を取っていた。仲間がいるならともかく、暗殺者のようなソロでの仕事中に悠長に魔法の詠唱なんてしていられない。そんな時間があるならさっさとナイフで襲った方が早い。
その辺りは戦闘訓練でAに嫌というほど叩き込まれた。あの人は魔法を使おうとすると、すぐに恐ろしい程の速さで懐に入ってきてナイフを振るった。詠唱する時間なんてこれっぽっちも与えてくれなかった。何度死にかけたことやら。
「えっと、この投げナイフは五本セットなんだけど……」
「ゔっ……! ま、まぁセットなら仕方ねぇな」
しょんぼりした顔を作り上目遣いで見れば、レオンハルトは喉を詰まらせて一瞬で顔を真っ赤に染めた。言質は取らせてもらった。こいつは僕のお願いに弱すぎだ。
「じゃあ……このセットとこれとこれで。今まで自分で手入れしてきたんだけど、欠けていたり錆が浮いてたりしていないか、っていう不具合がないかをやっぱり専門職の人に確認してもらいたい」
並べられた暗器の中から僕の手に馴染む暗器を手に取り、別の場所に避けて置く。
僕が選んだのは、柄も刃も真っ黒な投げナイフのセットと、同じ色のダガー。このダガーと投げナイフはAから譲り受けたもので、同じ職人の作だと聞いた。そしてフォールディングナイフを一本。(※3)
「ん? ちょい待て」
レオンハルトが目を見開いて僕が選んだダガーを取り上げて、裏返したり光に透かしたり矯めつ眇めつ確認し、驚きの声を上げた。
「この深黒にこの艶めき、こりゃアダマンタイトじゃねえか! あ? え、あ! こっちの投げナイフも同じ素材か!?」
「は? アダマンタイトってあの?」
このアダマンタイトは最も硬いと言われるオリハルコンに次ぐ硬さを持つ金属で、迷宮の宝箱からたまにアダマンタイトで作られた武器が出るが、天然の鉱石から作られた武器は、鉱石自体の産出量が少ないため希少で市場に滅多に出回らない。(※4)
黒ければ黒いほど魔力を多大に含み、魔力伝導率も高い。その硬さのため加工できる職人は殆どおらず、片手の指で足りるほどだと言われている。
「まさかのアダマンタイトで暗器かよ……! 誰が作ったんだよこれ。随分と酔狂な奴もいたもんだな。普通にこれで武器造りゃあ国宝にすらなったかもしれねえのに……」
現にこのエクラン王国の宝物庫にはアダマンタイトで作られた長剣が収納されていると聞く。見たものが信じられないというようにレオンハルトがぐしゃぐしゃっと髪を掻き回した。
そんな希少なアダマンタイト鉱石から作られた暗器を、これもういらないからあげる、とゴミを捨てるような軽さで僕にくれたAは何を考えていたんだろう。まあ確かに、暗殺技術に優れていたあの人は相当な金を稼ぎ、良い暗器をたくさん使っていたけれども。
「うーーん。これを手入れできる職人はそんな多くねえな。研ぎならオーインのとこの工房がいいか。あいつの工房の職人なら何とかなるだろう」
刃の手触りを確かめたレオンハルトは感嘆のため息を漏らしてアダマンタイト製のダガーと投げナイフを僕の前に置いた。残ったフォールディングナイフはよくある量産ものだが、ここグランダンナのドワーフの手で作られたものでよく切れる。地味に高かったけれど僕が手に入れたものだ。
「それにしてもここまで黒いのは見たことねえ。イイなあ、イイなあ! 俺も新しいアダマンタイト製の武器が欲しくなってきた。俺が持ってるのはここまで真っ黒じゃねえんだよな」
そう言ってレオンハルトがマジックバッグから出してきたのは全長が七十セーチほどの曲刃短剣。真ん中が大きく湾曲した『く』の形をしている。この形は突きにはあまり向かず、薙ぎ払うように使うのに適している。あまり力を入れなくても切断しやすいため殺傷能力も高く、狩猟や魔獣退治、邪魔な草木を払うのにも使える万能武器だ。(※5)
「これは迷宮の隠し部屋にあった宝箱から出てきたモンでな。オーイン工房の研ぎ師、キーリが手入れしてくれたやつだ」
光を集めた黒い曲剣がキラリと煌めいた。刃こぼれひとつなく、錆も浮いていない。確かに僕のものよりもなんとなく艶めきが弱いような気がする。でも羨ましいと言いつつ持っているじゃないか。
今からレオンハルトが案内してくれるのはドワーフの中でも高名なオーインの工房で、キーリというのはオーインの奥さん。工房に持ち込まれる研ぎを一手に引き受けている腕のいい職人さんだとレオンハルトが教えてくれた。
「そんなにいい武器持ってるんだったらいつも使えばいいのに」
「んーー。武器はいっぱい持ってるんだがバッグから出すのが面倒くせえ。出しとくとよく失くすし。対人戦の場合は殴った方が早いからなぁ。相手が落とした武器とか使ったりは偶にする」
「失くすなよ……」
確か暗殺依頼を受けた時の資料には、決まった得物はなくありものを使うと書いてあった。レオンハルトは性能の良い武器を幾つもバッグの中に収納しているはずなのに、僕と戦った時はその鍛え抜かれた肉体のみで僕に対峙し、僕の攻撃を難なく避けた。なんか落ち込む。僕はまだまだ弱く未熟だ。
「あ。討伐に行く、ってな時はちゃんと最初っから得物を持ってるぜ。剣、槍、斧、槌……。弓以外の武器なら何だったらだいたい何でも使えるけど、一番はやっぱこれ、ミスリル製のロングソードだな」
「弓以外って? 」
「弓はなぁ。射ると矢が変なとこ飛んでくんだよなぜか。よくロイの野郎に刺さりそうになって、弓禁止令が出た」
ガッハッハと豪快に笑っているけれど、ロイさん可哀想……。(※6)
次にレオンハルトがバッグから出して僕に見せてくれたのは十字の形をした両刃の剣で、白銀色に光る刀身がとても美しい。
ミスリル製の武器や武具は、高位冒険者なら持っていて当たり前のものだが、下位冒険者から見ると、ぜひ一度は手に入れたいと思う憧れの品物だ。
「ミスリル製は入手しやすいし、手入れもしやすい。よく斬れるしな」
ん、と差し出されたので手に取ってみる。ずしっとした重さが腕にかかる。レオンハルトの体格ならこれくらい軽々と持って振れるだろうけど僕にはちょっと重すぎた。武器はやっぱり自分の身の丈に合ったものを使うのが一番だと思う。
「おっと、得物談義をしてる時間はねえな。早く行くぞ!」
出した武器をポイポイとバッグに仕舞ってから、僕が両手で持っていたロングソードを僕の手から奪い取り、軽々と片手で持って剥き身のまま革ベルトに装着した。いかにも高位の冒険者ですよオーラが出ている。
宿を出てレオンハルトの案内でオーインの鍛治工房へ向かう。レオンハルトは背が高く、そのぶん歩幅が広いから、一人の時はもっと歩くのが速いけれど、僕と一緒にいる時は必ず歩調を合わせてくれる。
隣を歩くレオンハルトの端正な横顔を見上げて歩く。
(まあ美丈夫だし、度量が広くて面倒見が良く、その上腕っ節も強いとなるとモテるだろうな)
とても悔しいが大剣を持つ姿が様になっている。角や眼の傷も相まって怖そうな見た目なので『勇者』には見えないけれど、この人は『英雄』ですよ、と紹介されれば万人が頷くだろう。
隣を歩くのも、持つ武器も、全てが僕には分不相応。
僕がつがいだと、レオンハルトが確信を持って言うからこうして隣に立っているだけで、ただの僕だったなら司直の手に委ねられて終わりだっただろう。
「ん?」
こうして僕に対して蕩けるような笑みを見せることもなかっただろう。今の僕にできることは、見限られないように、隣を歩けるように努力することだけだ。
「俺、そんなに見惚れるほどかっこいいか? そんな見つめられたら照れるぜ」
前言撤回。
自意識過剰で図太いだけだった。
僕の手を握ろうと、強引に差し出してきた手をパシリと叩いて、レオンハルトを追い抜いた。
………………………………………………………………………………
【補遺】
※1、暗殺者の武器
暗殺者の武器はさまざまな種類があります。
I、小さくしたり、変形機能をつけたりした武器を、衣類に着けて一見持ってないように見せかけられるもの
ナイフ、短剣、銃、弓、針など
Ⅱ、日用品に武器を仕込む
仕込み杖、仕込み槍、仕込み傘。銃や刃物をベルトや服に仕込む。靴の踵に銅線や刃などを入れる。煙草に見せかけた爆弾、毒。調べたらアタッシェケース(誤字ではない)にマシンガンを仕込んだものもあるけれど、異世界にマシンガンはないので作中には出てきません。
Ⅲ、日用品を改造したり、強度を上げたりしたもの
鉄扇(新撰組、芹沢鴨さんが持ってたやつね)。鉄笛。煙管。突起がついた指輪。ペンの先端を尖らせたもの(タクティカルペン)。先端を鋭利にした簪など。
※2、ダガー、ラペルナイフ
ダガーは諸刃の短剣。対人殺傷用暗器で刺したり投げたりして使う。AもKも主に刺突用に使い、投げたことはない。
ラペルナイフは7セーチ(㎝)ほどの大きさの小型のナイフ。服の襟、袖やジャケットの裏などに隠せる。相手を怯ませるために使用し、殺傷能力がないため毒を塗布したものを使う。魔法ありの世界だと、毒と麻痺を簡単に付与することができるので使い勝手がいい。
※3、フォールディングナイフ
カッコよく言ってますが折りたたみナイフのこと。
※4、この世界に於ける鉱石の硬さ
オリハルコン(金色)>アダマンタイト(黒色)>ミスリル(白銀色)
ミスリルはダイアモンドと同じくらいの硬さを想定。色もイメージです。
Aのダガーと投げナイフ、当初の予定では素材をヒヒイロカネとしていましたが、とある理由によって取り消しました。(あ、乾くるみさんの「イニシエーション・ラブ」は面白いですよ)
※5、「く」の字型の曲刃短剣
チキュウではククリナイフと呼ばれる鉈っぽい形をした短剣。
※6、レオンハルトが弓を使うと……
ロイ・クレインは『天上の射手』のおっぱい大好きリーダーさん。
レオンハルトが弓を射ると、なぜか矢が一直線にロイに向かって飛んでいく謎。後ろにいても矢が勝手に軌道を変えてロイを襲う。謎。不思議。何故?
「ギルマスっ! あんた、わざとやってんじゃないでしょうね!?」
「いやぁ。おっかしいなぁ。あはははは」
………………………………………………………………………………
「まず鍛冶屋。そのあとギルドで依頼達成報告と夕メシ。で、温 泉! だな!!」
「そんな弾んだ声で言われても一緒に温泉に入るつもりはないからね!」
レオンハルトならこの街に酒を一緒に酌み交わすような知り合いがいくらでもいそうだから、その人たちに酒の相手を任せて、酒盛りしているその隙に一人で温泉に入ろうそうしよう、と心に決めたのだった。
エリオットさんは再び宿屋の主人の元へ突撃、じゃなかった話を聞きに行ってしまった。お目付け役のハッシュさんも一緒だ。ぐいぐい迫られるであろう宿屋の主人には、なんと言うか同情を禁じ得ない。
「で、お前はどれをメンテしてもらうつもりなんだ? あ、全部は返せねぇからな! こん中から護身用と魔獣討伐用に使えそうなもんを二、三選べ」
「うん」
レオンハルトが自分のマジックバッグから、僕から取り上げた暗器を出して一つ一つ並べていく。大きなものから小指の先ほどしかない小さなものまで、こうして見ると自分ですらその数の多さに改めて感心してしまう。
基本、暗殺者が使う武器は小さくて身体に隠しやすく、持ち運びしやすいものが主体となる。ナイフや小型弓、銃などのようないかにも武器だと分かるものの他に、かんざし、櫛、指輪などの装飾品や、杖や傘などに刃物を仕組んだ日用品を改造したものなど、さまざまな武器を使用する。(※1)
僕のメイン武器はダガーと投げナイフ、そして手のひらに隠れるほど小さなラペルナイフだった。このラペルナイフは服やベルトなどあらゆるところに隠せるため重宝していた。暗殺するのには使い勝手が良い武器だけど、魔獣相手にするには小さ過ぎて殺傷能力が弱いから、麻痺と毒の付与をしないと使えないかもしれない。(※2)
魔法の短縮詠唱ができるまで、僕は刃物を使った近接戦闘に、補助で魔法を入れる方法を取っていた。仲間がいるならともかく、暗殺者のようなソロでの仕事中に悠長に魔法の詠唱なんてしていられない。そんな時間があるならさっさとナイフで襲った方が早い。
その辺りは戦闘訓練でAに嫌というほど叩き込まれた。あの人は魔法を使おうとすると、すぐに恐ろしい程の速さで懐に入ってきてナイフを振るった。詠唱する時間なんてこれっぽっちも与えてくれなかった。何度死にかけたことやら。
「えっと、この投げナイフは五本セットなんだけど……」
「ゔっ……! ま、まぁセットなら仕方ねぇな」
しょんぼりした顔を作り上目遣いで見れば、レオンハルトは喉を詰まらせて一瞬で顔を真っ赤に染めた。言質は取らせてもらった。こいつは僕のお願いに弱すぎだ。
「じゃあ……このセットとこれとこれで。今まで自分で手入れしてきたんだけど、欠けていたり錆が浮いてたりしていないか、っていう不具合がないかをやっぱり専門職の人に確認してもらいたい」
並べられた暗器の中から僕の手に馴染む暗器を手に取り、別の場所に避けて置く。
僕が選んだのは、柄も刃も真っ黒な投げナイフのセットと、同じ色のダガー。このダガーと投げナイフはAから譲り受けたもので、同じ職人の作だと聞いた。そしてフォールディングナイフを一本。(※3)
「ん? ちょい待て」
レオンハルトが目を見開いて僕が選んだダガーを取り上げて、裏返したり光に透かしたり矯めつ眇めつ確認し、驚きの声を上げた。
「この深黒にこの艶めき、こりゃアダマンタイトじゃねえか! あ? え、あ! こっちの投げナイフも同じ素材か!?」
「は? アダマンタイトってあの?」
このアダマンタイトは最も硬いと言われるオリハルコンに次ぐ硬さを持つ金属で、迷宮の宝箱からたまにアダマンタイトで作られた武器が出るが、天然の鉱石から作られた武器は、鉱石自体の産出量が少ないため希少で市場に滅多に出回らない。(※4)
黒ければ黒いほど魔力を多大に含み、魔力伝導率も高い。その硬さのため加工できる職人は殆どおらず、片手の指で足りるほどだと言われている。
「まさかのアダマンタイトで暗器かよ……! 誰が作ったんだよこれ。随分と酔狂な奴もいたもんだな。普通にこれで武器造りゃあ国宝にすらなったかもしれねえのに……」
現にこのエクラン王国の宝物庫にはアダマンタイトで作られた長剣が収納されていると聞く。見たものが信じられないというようにレオンハルトがぐしゃぐしゃっと髪を掻き回した。
そんな希少なアダマンタイト鉱石から作られた暗器を、これもういらないからあげる、とゴミを捨てるような軽さで僕にくれたAは何を考えていたんだろう。まあ確かに、暗殺技術に優れていたあの人は相当な金を稼ぎ、良い暗器をたくさん使っていたけれども。
「うーーん。これを手入れできる職人はそんな多くねえな。研ぎならオーインのとこの工房がいいか。あいつの工房の職人なら何とかなるだろう」
刃の手触りを確かめたレオンハルトは感嘆のため息を漏らしてアダマンタイト製のダガーと投げナイフを僕の前に置いた。残ったフォールディングナイフはよくある量産ものだが、ここグランダンナのドワーフの手で作られたものでよく切れる。地味に高かったけれど僕が手に入れたものだ。
「それにしてもここまで黒いのは見たことねえ。イイなあ、イイなあ! 俺も新しいアダマンタイト製の武器が欲しくなってきた。俺が持ってるのはここまで真っ黒じゃねえんだよな」
そう言ってレオンハルトがマジックバッグから出してきたのは全長が七十セーチほどの曲刃短剣。真ん中が大きく湾曲した『く』の形をしている。この形は突きにはあまり向かず、薙ぎ払うように使うのに適している。あまり力を入れなくても切断しやすいため殺傷能力も高く、狩猟や魔獣退治、邪魔な草木を払うのにも使える万能武器だ。(※5)
「これは迷宮の隠し部屋にあった宝箱から出てきたモンでな。オーイン工房の研ぎ師、キーリが手入れしてくれたやつだ」
光を集めた黒い曲剣がキラリと煌めいた。刃こぼれひとつなく、錆も浮いていない。確かに僕のものよりもなんとなく艶めきが弱いような気がする。でも羨ましいと言いつつ持っているじゃないか。
今からレオンハルトが案内してくれるのはドワーフの中でも高名なオーインの工房で、キーリというのはオーインの奥さん。工房に持ち込まれる研ぎを一手に引き受けている腕のいい職人さんだとレオンハルトが教えてくれた。
「そんなにいい武器持ってるんだったらいつも使えばいいのに」
「んーー。武器はいっぱい持ってるんだがバッグから出すのが面倒くせえ。出しとくとよく失くすし。対人戦の場合は殴った方が早いからなぁ。相手が落とした武器とか使ったりは偶にする」
「失くすなよ……」
確か暗殺依頼を受けた時の資料には、決まった得物はなくありものを使うと書いてあった。レオンハルトは性能の良い武器を幾つもバッグの中に収納しているはずなのに、僕と戦った時はその鍛え抜かれた肉体のみで僕に対峙し、僕の攻撃を難なく避けた。なんか落ち込む。僕はまだまだ弱く未熟だ。
「あ。討伐に行く、ってな時はちゃんと最初っから得物を持ってるぜ。剣、槍、斧、槌……。弓以外の武器なら何だったらだいたい何でも使えるけど、一番はやっぱこれ、ミスリル製のロングソードだな」
「弓以外って? 」
「弓はなぁ。射ると矢が変なとこ飛んでくんだよなぜか。よくロイの野郎に刺さりそうになって、弓禁止令が出た」
ガッハッハと豪快に笑っているけれど、ロイさん可哀想……。(※6)
次にレオンハルトがバッグから出して僕に見せてくれたのは十字の形をした両刃の剣で、白銀色に光る刀身がとても美しい。
ミスリル製の武器や武具は、高位冒険者なら持っていて当たり前のものだが、下位冒険者から見ると、ぜひ一度は手に入れたいと思う憧れの品物だ。
「ミスリル製は入手しやすいし、手入れもしやすい。よく斬れるしな」
ん、と差し出されたので手に取ってみる。ずしっとした重さが腕にかかる。レオンハルトの体格ならこれくらい軽々と持って振れるだろうけど僕にはちょっと重すぎた。武器はやっぱり自分の身の丈に合ったものを使うのが一番だと思う。
「おっと、得物談義をしてる時間はねえな。早く行くぞ!」
出した武器をポイポイとバッグに仕舞ってから、僕が両手で持っていたロングソードを僕の手から奪い取り、軽々と片手で持って剥き身のまま革ベルトに装着した。いかにも高位の冒険者ですよオーラが出ている。
宿を出てレオンハルトの案内でオーインの鍛治工房へ向かう。レオンハルトは背が高く、そのぶん歩幅が広いから、一人の時はもっと歩くのが速いけれど、僕と一緒にいる時は必ず歩調を合わせてくれる。
隣を歩くレオンハルトの端正な横顔を見上げて歩く。
(まあ美丈夫だし、度量が広くて面倒見が良く、その上腕っ節も強いとなるとモテるだろうな)
とても悔しいが大剣を持つ姿が様になっている。角や眼の傷も相まって怖そうな見た目なので『勇者』には見えないけれど、この人は『英雄』ですよ、と紹介されれば万人が頷くだろう。
隣を歩くのも、持つ武器も、全てが僕には分不相応。
僕がつがいだと、レオンハルトが確信を持って言うからこうして隣に立っているだけで、ただの僕だったなら司直の手に委ねられて終わりだっただろう。
「ん?」
こうして僕に対して蕩けるような笑みを見せることもなかっただろう。今の僕にできることは、見限られないように、隣を歩けるように努力することだけだ。
「俺、そんなに見惚れるほどかっこいいか? そんな見つめられたら照れるぜ」
前言撤回。
自意識過剰で図太いだけだった。
僕の手を握ろうと、強引に差し出してきた手をパシリと叩いて、レオンハルトを追い抜いた。
………………………………………………………………………………
【補遺】
※1、暗殺者の武器
暗殺者の武器はさまざまな種類があります。
I、小さくしたり、変形機能をつけたりした武器を、衣類に着けて一見持ってないように見せかけられるもの
ナイフ、短剣、銃、弓、針など
Ⅱ、日用品に武器を仕込む
仕込み杖、仕込み槍、仕込み傘。銃や刃物をベルトや服に仕込む。靴の踵に銅線や刃などを入れる。煙草に見せかけた爆弾、毒。調べたらアタッシェケース(誤字ではない)にマシンガンを仕込んだものもあるけれど、異世界にマシンガンはないので作中には出てきません。
Ⅲ、日用品を改造したり、強度を上げたりしたもの
鉄扇(新撰組、芹沢鴨さんが持ってたやつね)。鉄笛。煙管。突起がついた指輪。ペンの先端を尖らせたもの(タクティカルペン)。先端を鋭利にした簪など。
※2、ダガー、ラペルナイフ
ダガーは諸刃の短剣。対人殺傷用暗器で刺したり投げたりして使う。AもKも主に刺突用に使い、投げたことはない。
ラペルナイフは7セーチ(㎝)ほどの大きさの小型のナイフ。服の襟、袖やジャケットの裏などに隠せる。相手を怯ませるために使用し、殺傷能力がないため毒を塗布したものを使う。魔法ありの世界だと、毒と麻痺を簡単に付与することができるので使い勝手がいい。
※3、フォールディングナイフ
カッコよく言ってますが折りたたみナイフのこと。
※4、この世界に於ける鉱石の硬さ
オリハルコン(金色)>アダマンタイト(黒色)>ミスリル(白銀色)
ミスリルはダイアモンドと同じくらいの硬さを想定。色もイメージです。
Aのダガーと投げナイフ、当初の予定では素材をヒヒイロカネとしていましたが、とある理由によって取り消しました。(あ、乾くるみさんの「イニシエーション・ラブ」は面白いですよ)
※5、「く」の字型の曲刃短剣
チキュウではククリナイフと呼ばれる鉈っぽい形をした短剣。
※6、レオンハルトが弓を使うと……
ロイ・クレインは『天上の射手』のおっぱい大好きリーダーさん。
レオンハルトが弓を射ると、なぜか矢が一直線にロイに向かって飛んでいく謎。後ろにいても矢が勝手に軌道を変えてロイを襲う。謎。不思議。何故?
「ギルマスっ! あんた、わざとやってんじゃないでしょうね!?」
「いやぁ。おっかしいなぁ。あはははは」
………………………………………………………………………………
15
お気に入りに追加
325
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成)
エロなし。騎士×妖精
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
いいねありがとうございます!励みになります。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
気付いたら囲われていたという話
空兎
BL
文武両道、才色兼備な俺の兄は意地悪だ。小さい頃から色んな物を取られたし最近だと好きな女の子まで取られるようになった。おかげで俺はぼっちですよ、ちくしょう。だけども俺は諦めないからな!俺のこと好きになってくれる可愛い女の子見つけて絶対に幸せになってやる!
※無自覚囲い込み系兄×恋に恋する弟の話です。
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる