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02、異世界転生?

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 知らない天井だ。

 一度は言ってみたかったセリフを言って、俺はふっかふかのベッドで目を覚ました。

 最初、どこかの病院の特別室かと思った。だがそれにしては天井が豪華だ。花のレリーフが細かく彫られている天井には、下に落とせば人が殺せそうなでっかいシャンデリアがぶら下がっている。
 ベッドの向こうには白のフリフリメイドさんがいた。キャスター付きのサービスワゴンに、包帯とタオルとポットを載せてこっちへ歩いてくる。

 ん?メイド?看護師じゃないのか?

 ズキっと側頭部が痛んだ。何だこれ。
 こめかみに触ると、包帯が巻いてある。

 自分の手が見える。あれ?自分の手がすごく小さいような……。それに目の端に見えるこの長い黒髪は……?

 ベッドの中で目を見開いて手を見つめている自分をメイドさんが見つけて叫び声を上げた。

「王様、お妃様!王子が、クラウス王子が目を醒まされましたー!!」

 は?クラウス王子?それって確か……今自分が声を演ってるボーイズラブのゲームの悪役俺様王子だぞ?

「え、どゆこと?」

 声を出してみて驚いた。この声はクラウスの少年役をアニメで演じている緒方恵子おがたけいこさんの声だ。
 (※作者注、この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません)

 メイドさんは人を呼びに行ったのか部屋から飛び出していった。
 また頭がズキズキと痛んだ。俺は今、夢を見ているんだろうか。

 まさか俺はクラウス王子になっているーー?

 そ、そういえば俺はトラックに撥ねられたような……。俺は死んだのか?
 まさかこれは小説や漫画で良くある異世界転生?そんなバカな。あれはフィクションの世界だ。
 そういえばクロはどうなった?ここにいないということは、クロは助かったのか?それなら良いんだけど……。

 ふらつく足でベッドから抜け出して部屋を見回す。物凄く豪華な部屋だった。
 マホガニー調の大きなベッド、座ると沈みそうなソファに分厚いクッション。猫脚のテーブルの上には白磁の壺があり花が生けてある。薔薇の彫刻が入ったロココ調のドレッサー……。

 ドレッサーに近づいて自分の顔を確認する。

 ーーやっぱりこの顔は子供の頃のクラウスだ……。

 マジマジと自分の姿を鏡で確認する。黒く長い髪、黒い瞳。まだ肌はそんなに浅黒くない。絹で出来た手触りの良いゆったりとした服を着ている。

 うわー、小さいクラウスも目が大きくて可愛い。惚れ惚れするぜ。

 どうやら俺はBLゲーム『プリンス・ラヴァーズ~聖アリステア学園の光の魔法』の悪役王子、クラウス・フォン・トリエステに転生してしまったらしい。

 しかし、ゲームやアニメのクラウスの知識はあるが、記憶が全くない。
 今まで何をしていたのか、今がいつなのか、どうして頭に包帯が巻いてあるのかなど全く思い出せない。桐山康平の記憶が今までのクラウスの記憶を乗っ取ってしまったみたいだ。

 とにかく、クラウスになってしまった以上、今の自分の状況を把握しなければならない。

 クラウスのゲーム内での結末は三つある。悪事がバレてこの国から追放されるか、恨みを持つ者に殺されるか、魔王の生贄になるかだ。ハッピーエンドはない。
 絶対にそんな結末はお断りだ!俺はまだ死にたくない。猫ともっと戯れたいし、いい生活を送りたいし、それに何より童貞のまま死ぬなんてゴメンだ!!

 異世界もののアニメや小説のように、バッドエンドを阻止して破滅しないようにするしかない!そう心に決めた。

 さて、それで今の状況だが。
 小さい頃のクラウスのエピソードって何かあったっけ?

 人の気配を感じたので、慌ててベッドに戻って布団に身体を潜り込ませた。それと同時に部屋のドアがバタンと開かれて、数人の男女が入って来た。

「ああ、わたくしの可愛いクラウス、無事で良かったわ」

 そう言って俺に抱きついたのは黒髪ウェーブの、胸を半分開けたドレスを着た色気ムンムンのおばさんだった。でっかい胸が顔に当たって息が苦しい。初めて母親以外の女の人のおっぱいに顔をうずめたぞ。
 そのおばさんと並んでこっちを見ているのは、金髪碧眼の少し疲れた顔をしたイケオジだった。歳の頃は三十代後半くらい。王冠を被っているところを見ると、王様か?
 二人の顔には全く見覚えがなかった。

 後ろには背の高い男と、クラウスと同じくらいの男の子が一人。
 この二人の顔は分かる。ゲームのキャラだ。

 背の高い男はクラウス付きの執事だ。
 ロニー・フェルマン。身長と体重は忘れた。四十代後半で元冒険者。魔獣に襲われて片目を失くし、冒険者を引退した後に王様に拾われてクラウスの護衛、執事となり剣術の稽古も行う。白髪に赤い目、無精髭の渋みのあるイケメンおじさんで、イケオジ好きの女子に人気があった。

 小さい男の子はロニーの息子でテオドール。クラウスの執事見習い兼護衛だ。父と同じ白髪赤目。確か決め台詞は『俺の剣でお前のハートも貫いてやるぜ』だったはず……。

「ぶふぉっ!」

 何だよその台詞!ダサっ。つい吹き出しちまったぜ。

「ど、どうしたの?クラウス……?」
「ごめんなさい。ちょっと噎せちゃって」

 おっといけないいけない。おばさんに心配されてしまった。
 しかし誰だ?このおばさん。こんなキャラ出てたっけ?
 仕方ないので聞いてみるか。

「あの……俺、頭が痛くて、記憶が曖昧で。あなたたちは誰なんでしょう?いったい俺に何があったの?」
「まあ、何という事でしょう!クラウス、本当にわたくしたちのことを忘れてしまったの?」

 大仰な仕草でおばさんが叫んで、また俺の顔をデカいおっぱいに埋めた。

「あなたは階段から落ちたのよ。きっとその時強く頭を打ったのね。だから記憶が曖昧なんだわ。わたくしはあなたの母親でこの国の王妃のマリーベルよ。隣にいるのがあなたのお父様、トリエステ王国の王、ハドリアヌス」
「思い出した!!」

 おばさんのセリフを遮ってついそう叫んだ。周りの人間が驚いた顔をしている。

「そ、そう。思い出したの。良かったわ。クラウス、本当にあなた大丈夫?」

 そうだ。思い出した。この二人はゲームのストーリーではシルエットでしか出てこない王と王妃だ。だから分からなかったんだ。
 さっき母親がクラウスは階段から落ちたと言っていた。と、いうことはこれはテオドールの過去のストーリーか。クラウスの小さい頃が描かれるストーリーは三つある。執事見習いのテオドールルート、ケットシーのクロエルート、腹違いの兄のルイスルートだ。その内のテオドールルートが今日あったのか。

 昔からわがままの限りを尽くしているクラウスは、わざとロニーにぶつかって熱い飲み物をかけて、床にこぼれた飲み物を舌で舐めさせたり、宝石をロニーの持ち物に入れて泥棒扱いしたり、剣術を全然練習せず、挙句に剣の腕が上がらないのはロニーのせいだと吹聴したりする。
 あまりの理不尽さに我慢できなくなった息子のテオドールは事故を装って階段からクラウスを突き落とす。クラウスはそれを母親に告げ、テオドールが罰せられるところ、ロニーが庇って自殺するというストーリーだ。

「息子はまだ小さくて自分がどれだけ罪深いことをしたのか分かっていないのです。これも全て私の監督不行き届きです。息子の罪は私の罪、私の命で償いますからどうか息子だけは助けて下さい」

 これ、小塚明夫こづかあきおの渋い声で言われるとカッコいいんだよなー。
 (※作者注、この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません)

 クラウスはこの時に出来たこめかみの傷を事あるごとにテオドールに見せる。

「俺が怪我したのも、父親が死んだのも全部お前のせいだ。一生俺の側で償え」

 そう言ってクラウスはテオドールを無理矢理抱く。まあこの辺りはBLだからお約束だ。

 こうしてクラウスは毎日のようにテオドールをネチネチ虐め、クラウスの悪事の手助けをさせられる。国費の横領、魔獣の裏取引、クラウスの敵の暗殺などの手伝いをさせられて心を病んだテオドールは、学園で知り合った癒しの魔法が使える主人公、アレン・スターリングに助けられる。
 テオドールは改心し、自分の罪を全て王様に告白する。クラウスは悪事がバレて国外追放になる。

 ちなみにこのこめかみの傷はたまに絵師さんに書き忘れられる。それくらい小さなものだ。そんな小さな傷でずっと虐めるなんて、何と心の狭いクラウスだろうか。

 ここはテオドールを助けてロニーが死なないようにする。これしかない。

 よし、やるぞ!テオドールルートを攻略して破滅フラグを叩き折ってやる!
 そしてこの世界でも猫を飼って、女の子と付き合って、幸せな生活を送るんだ!

 ーーその時はまさかこんな事になるとは思っていなかった。





 §

作者注/事あるごとに (※作者注、この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません)が入ります。ワザとです。天の声と思って下さい。
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