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4部

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「再婚」と言いましたが、そう簡単ではありません。
実家の母が反対しているのは知っていましたが、最も反対したのは父でした。常日頃は母の尻に敷かれ大人しい父が無表情のまま静かに怒り、ネチネチネチネチ説教という名の嫌みをネチネチ。あまりのことに途中から意識を失ったのですが、寝るなと母に叱られてしまいました。寝ていません、健やかな気絶です。
最終的に何故か祖父とオリオン様が庭で決闘することになり、現役近衛のオリオン様が見事に勝利をおさめられ、祖父は魔女の一撃をくらってベット送りとなりました。

次にオリオン様のご実家、レイス伯爵家へお邪魔したのですが、正直それどころではない!という状況でした。
私に付いてきたマーサを待ち構えていたハロルド様が捕まえて放さず、レイス夫人も漸く再会した幼なじみの愛娘リルマーサを抱きしめたくてジリジリ。
涙目で震えるマーサに「お嬢さま、お助けください…!」と助けを求められましたが、オリオン様がゆるく首を左右に振られ…手出しするなと?

「そういえば、ハロルド様に婚約者などは?」
「幼い頃心に決めて婚約を交わした相手がいるからと見合いを断っていた」

ーーそれはマーサのことですね?彼此10年近くも

「………重い」
「兄の根本は俺以上に実直で一途だ」

なにやら藪から出た蛇がこちらをじっと見ていますが、つつかぬように視線を合わせずにおきましょう。頬が熱いです。
レイス伯爵は息子が迷惑をかけたと改めて謝罪してくださり、結婚祝いとお詫びを兼ねてボルト家の近くにお家を建ててくださるそうです。
元はと言えば私がロバートと離れるのを渋ったせいですが、お祝いとはいえお家を一軒気軽にポン⭐︎伯爵様との価値観の違いに表情筋が固まって動きません。

「その家にはリルが付いていくのですか?」
「もちろん。私はお嬢さまの侍女ですから、お供いたします」

レイス親子に揉みくちゃにされていたマーサが、ようやく解放されて拳を握ります。心強いです。

「リルが住むなら、私も住みます」

ハロルド様、伯爵家の跡取り息子が挙手をして何をおっしゃっているのですか?
新婚家庭に義兄が同居しようとしております。オリオン様も呆気にとられたご様子。要相談です。


それから半月が過ぎた頃、ボルト邸の前に4頭立ての立派な馬車がやってきました。

「お母様のお知り合いですか?」
「いいえ、シセーラ様とはお約束していませんし、家紋が違います」
「げっ」

玄関ホールの窓から覗いていた私とキャメロンさんの背後で侍女のマーサが踏まれたカエルの様な声を出しました。

「マーサはあの紋章を知っているの?」
「…うぅ………はい」

ものすごく嫌々な答えでした。ともあれ、お知り合いならばご挨拶せねばなりません。執事がロバートを抱いているので私が参りましょう。
馬車から侍従と思わしき青年が降りて扉を開け、中から巨体がのっそりと熊…いえ、大柄な壮年の紳士が降り立ち、その手を取って真紅のドレスに赤い髪の女性がこちらに歩いてきます。とても美人な赤い髪の女性ですが、既視感があります。いえ、似ています。マーサに。

「突然お邪魔して申し訳ありません。私は南で辺境伯をしているイルベスタ・ゴライアスと申します。こちらは妻のイザベラ」
「イザベラ・ゴライアスと申します。こちらに私の娘がお世話になっていると聞いてご挨拶に参りました」
「お初にお目にかかります。私は当家、ボルト男爵の母でセレナーデと申します。こちらは嫁のキャメロン。そして、侍女のマーサです」
「……………………………お久しぶりでございます……お義父様。お母ちゃん」

ぐっ…!この美人を「お母ちゃん」と呼んでいるのですか、マーサ。危うく吹き出しそうになるのを堪えましたよ、私は淑女です。
しかしキャメロンさんはアウトでしたね。扇の下で「ぶっ」って吹き出したの、聞こえましたよ。

「リルマーサ!無事でよかった。すまない…私が至らぬ所為で君が出て行くことになってしまって。よもや屋敷の者が君を邪魔者扱いして虐げていたなど…っ。安心しておくれ、調べ上げて徹底的に処分しておいたから」
「私のリル。ずっと探していたのですよ、どうして連絡の一つもくれないのです!ハロルド様から文を頂いて、すぐに馬車に飛び乗って来たのです。あなたって子は…っ!あなたって子はぁぁ…!!」

大柄な辺境伯は体を小さくしておいおい泣き出してしまい、イザベラ様もマーサをバシバシ叩きながら泣いて縋っております。その光景に驚いたロバートもギャン泣きしてしまい、ボルト家の玄関先がカオスです。
しかし、マーサは辺境伯のご令嬢でしたか。

「マーサ無双が止まりませんね」
「感心してないでお助けください、お嬢様…!」

不意に、蹄の音が近づいてきます。

「シリウスでしょうか?」
「いいえ、オリオン様は本日非番ですが、第一王子殿下のお見送りをする為王城に行くと…」
「ジーク?」
「そのようです」

次第に近づく姿はジーク・ボルト。我が息子です。
門番に馬を預け足早にこちらへ来る息子は、カオスな玄関で号泣する南の辺境伯夫妻に驚いて二度見した後、一応挨拶を交わしています。

「マーサのお父様とお母様だそうです」
「…マーサの……」

息子の微笑みが引きつり、マーサも気まずげに俯いたまま「ほんと、色々誠に申し訳ありません…」消え入るような謝罪です。
呆気にとられていた息子ですが、我に返り「母上、失礼を…」と耳元で囁きます。

「オリオン殿が王城で刺され、負傷なさいました」





刺された?

オリオン様が、なぜ?


どうして、何があったのです?

脳裏に浮かんだのは棺の中の旦那様。そして。棺の中のオリオン様。
そんな…


ーーああ、世界が色を無くしてゆく

全身の血が引く。まるで底のない氷の湖に落ちてゆくよう
寒い、心が崩れてしまう……怖い。とても怖い


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