上 下
10 / 44
2部

2−1 

しおりを挟む







セレナーデ・バーンハイムはスライディング土下座を決めていた。


「この度はたいへん申し訳ございません!!!」
「お嬢様!何してらっしゃるんですか!?」


嫁ぎ先であるボルト男爵家についてきてくれたマーサが、慌てて引っ張り起こそうとしますがそれどころではありません。

「だってマーサ、こらはどう見ても…」

目の前にはジオン・ボルト男爵がベットに上半身を起こし、呆気にとられた表情でこちらを見ています。表情はともかく、このジオン・ボルト男爵は短い銀髪に青いブルーサファイアの瞳、お年を召していらっしゃるけれどそれが逆に美丈夫に深みを増していて…ナイスミドルというのはこういう方のことを言うのでしょう。長く床についておられるせいか、筋肉の落ちた体は私から見ても細く感じ、陽光を浴びず白い肌はなんとも言えぬ儚さが…

「どう見ても、お祖父様が無理矢理私を押し付けたに決まっています…!」

あ、困ったように微笑む姿も素敵です。

事の起こりは私が卒業を間近に控えた頃に遡ります。
なんと我が家に高位貴族から「お宅のお嬢さんを妾にください」というお手紙が届きました。高位貴族からの手紙ですから「ください」と言いながら、これは「寄越せ」と同意語。変わり者の傷もの令嬢とはどんなもんかと興味を持たれてしまったようです。妾とはいえ高位貴族とお近づきになれるのはバーンハイム家として有り難いことでした。
え?妾は嫌だなんて言いませんよ。言えませんよ。騒ぎを起こして自ら傷ものになった自爆系令嬢の自覚はございますから。ええ。
が、この高位貴族の正妻は嫉妬深くて有名で、彼が贔屓にしている娼婦が謎の変死を遂げたり、彼の身の回りのお世話をしていたメイドがいつの間にか行方不明になってたりと、どうにもきな臭い。妾になどなっていつの間にか消されてしまったら…!と、急ぎ何処かへ嫁がせよう。ということになったのです。さすがに嫁いだ娘を寄越せとは言わないでしょう。
そこで白羽の矢が立ってしまったのが祖父の騎士団時代の後輩、ジオン・ボルト男爵でした。

「お立ち下さい、情けないことですが私はここから動けませんので」

かすれ気味の優しいお声。顔を上げておずおず立ち上がれば「こちらへ」とベットの側にある椅子を勧めてくださいました。
「失礼いたします」椅子に座ると、思いの外近くにジオン・ボルト男爵がいらっしゃって、緊張いたします。
貴族であることを誇りとするお母様は当初「男爵」と聞いて反対されましたが「ジオン・ボルト」の名を聞いて一度固まり、わずかに頬を染めて「彼ならば…」と了承してくれました。マーサが聞いた古参のメイドからの情報によると、お母様の初恋のお相手だったそうで、納得です。

「初めまして、セレナーデ・バーンハイムと申します。今年で18になります。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。ジオン・ボルト、今年で53…4だったか?」

すかさず近くで控えていた執事が「53でございます」と訂正しました。

「そうか。君の父上よりも年上で驚いたでしょう?」
「いいえ、年齢のこともお体のことも聞いておりましたので…」
「私は驚いています。あまりにも可愛らしいお嬢さんがお嫁に来てくれて」

ふわりと微笑まれ、ブルーサファイアの瞳が細められると目の周りに優しい皺が寄ります。「可愛らしいお嬢さん」なんて言われたのは初めてな気がして、嬉しやら恥ずかしいやら何と返して良いのか顔が熱くなってしまいます。

「お、お祖父様にはあまり似なかったようです」

少し間があり「似なくて良かったのですね」と笑ったジオン・ボルト男爵は、大柄で強面のお祖父様の姿を思い出していたようす。
「ぐっーー!」
不意に胸を押さえてジオン・ボルト男爵は苦しげな表情をなさって咳きこまれ、執事が摩って水を差し出します。
「そろそろ横になられた方が…」という執事の言葉を片手で止め、ジオン・ボルト男爵がこちらを向いて、

「…決して無理矢理押し付けられたわけではありませんから、安心してください。残り少ない私の人生ですが、大切に致します」
「はい」
「改めまして、これからどうぞよろしくお願いいたします。セレナーデ」

握手を求めて差し出された手は痛みに耐えて震えていて、咄嗟にその手を包むように両手で握ってしまいました。ガッついた感じになってお恥ずかしい。


「よろしくお願いいたします、旦那様」





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする

カエデネコ
恋愛
※カクヨムの方にも載せてあります。サブストーリーなども書いていますので、よかったら、お越しくださいm(_ _)m リアンは有名私塾に通い、天才と名高い少女であった。しかしある日突然、陛下の花嫁探しに白羽の矢が立ち、有無を言わさず後宮へ入れられてしまう。 王妃候補なんてなりたくない。やる気ゼロの彼女は後宮の部屋へ引きこもり、怠惰に暮らすためにその能力を使うことにした。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

処理中です...