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2部
2−1
しおりを挟むセレナーデ・バーンハイムはスライディング土下座を決めていた。
「この度はたいへん申し訳ございません!!!」
「お嬢様!何してらっしゃるんですか!?」
嫁ぎ先であるボルト男爵家についてきてくれたマーサが、慌てて引っ張り起こそうとしますがそれどころではありません。
「だってマーサ、こらはどう見ても…」
目の前にはジオン・ボルト男爵がベットに上半身を起こし、呆気にとられた表情でこちらを見ています。表情はともかく、このジオン・ボルト男爵は短い銀髪に青いブルーサファイアの瞳、お年を召していらっしゃるけれどそれが逆に美丈夫に深みを増していて…ナイスミドルというのはこういう方のことを言うのでしょう。長く床についておられるせいか、筋肉の落ちた体は私から見ても細く感じ、陽光を浴びず白い肌はなんとも言えぬ儚さが…
「どう見ても、お祖父様が無理矢理私を押し付けたに決まっています…!」
あ、困ったように微笑む姿も素敵です。
事の起こりは私が卒業を間近に控えた頃に遡ります。
なんと我が家に高位貴族から「お宅のお嬢さんを妾にください」というお手紙が届きました。高位貴族からの手紙ですから「ください」と言いながら、これは「寄越せ」と同意語。変わり者の傷もの令嬢とはどんなもんかと興味を持たれてしまったようです。妾とはいえ高位貴族とお近づきになれるのはバーンハイム家として有り難いことでした。
え?妾は嫌だなんて言いませんよ。言えませんよ。騒ぎを起こして自ら傷ものになった自爆系令嬢の自覚はございますから。ええ。
が、この高位貴族の正妻は嫉妬深くて有名で、彼が贔屓にしている娼婦が謎の変死を遂げたり、彼の身の回りのお世話をしていたメイドがいつの間にか行方不明になってたりと、どうにもきな臭い。妾になどなっていつの間にか消されてしまったら…!と、急ぎ何処かへ嫁がせよう。ということになったのです。さすがに嫁いだ娘を寄越せとは言わないでしょう。
そこで白羽の矢が立ってしまったのが祖父の騎士団時代の後輩、ジオン・ボルト男爵でした。
「お立ち下さい、情けないことですが私はここから動けませんので」
かすれ気味の優しいお声。顔を上げておずおず立ち上がれば「こちらへ」とベットの側にある椅子を勧めてくださいました。
「失礼いたします」椅子に座ると、思いの外近くにジオン・ボルト男爵がいらっしゃって、緊張いたします。
貴族であることを誇りとするお母様は当初「男爵」と聞いて反対されましたが「ジオン・ボルト」の名を聞いて一度固まり、わずかに頬を染めて「彼ならば…」と了承してくれました。マーサが聞いた古参のメイドからの情報によると、お母様の初恋のお相手だったそうで、納得です。
「初めまして、セレナーデ・バーンハイムと申します。今年で18になります。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。ジオン・ボルト、今年で53…4だったか?」
すかさず近くで控えていた執事が「53でございます」と訂正しました。
「そうか。君の父上よりも年上で驚いたでしょう?」
「いいえ、年齢のこともお体のことも聞いておりましたので…」
「私は驚いています。あまりにも可愛らしいお嬢さんがお嫁に来てくれて」
ふわりと微笑まれ、ブルーサファイアの瞳が細められると目の周りに優しい皺が寄ります。「可愛らしいお嬢さん」なんて言われたのは初めてな気がして、嬉しやら恥ずかしいやら何と返して良いのか顔が熱くなってしまいます。
「お、お祖父様にはあまり似なかったようです」
少し間があり「似なくて良かったのですね」と笑ったジオン・ボルト男爵は、大柄で強面のお祖父様の姿を思い出していたようす。
「ぐっーー!」
不意に胸を押さえてジオン・ボルト男爵は苦しげな表情をなさって咳きこまれ、執事が摩って水を差し出します。
「そろそろ横になられた方が…」という執事の言葉を片手で止め、ジオン・ボルト男爵がこちらを向いて、
「…決して無理矢理押し付けられたわけではありませんから、安心してください。残り少ない私の人生ですが、大切に致します」
「はい」
「改めまして、これからどうぞよろしくお願いいたします。セレナーデ」
握手を求めて差し出された手は痛みに耐えて震えていて、咄嗟にその手を包むように両手で握ってしまいました。ガッついた感じになってお恥ずかしい。
「よろしくお願いいたします、旦那様」
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