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「シセーラ様、ヘチマ観察日記の105ページをお願い致します」

ハッ!我に返りこちらを見るシセーラ様。お二人の雰囲気をお邪魔してしまい申し訳ありません。ですが、今私の存在お忘れではなかったですか?気のせいですよね、こんな状況ですもの。ええ。

「105ページ…」

シセーラ様はヘチマ観察日記のそのページを読むことを躊躇され、本当にいいのか?と気遣わしげな視線で確認されました。
ゆっくりと頷いて真っ直ぐに視線を合わせると、静かに「わかったわ」とお応えくださいました。
一つ大きく息を吸い込み、お読みくださいます。

『9の月18の日
 ヘチマはすっかり大きくなって、緑のカーテンの役目を立派に果たしています!お礼にたっぷり水をあげましょう。丁度通りかかられた学園長先生が「もう少ししたら実も収穫できるでしょう」とおっしゃってくださいました。楽しみです。本日は騎士科で剣技大会があり、オリオン様は見事に勝ち抜き優勝されました。勝利はキャンベラ様に捧げられたようです。ヘチマの向こう、騎士科の実技準備室内から人の声がします。今日は暑かったので窓が開いてるようです。「オリオン様が望んだ優勝のご褒美を差し上げます」女性の声がして人影が見えました。夕日の差し込む室内でオリオン様がキャンベラ様を抱いています。衣服を乱し、口付けを交わされ…情交の音と喘ぎ声にひどい吐き気が襲い、学園長先生が医務室に連れて行ってくださいました。背後で「剣は国に捧げるが、この心と体は貴女のものだ」と愛を誓う言葉が聞こえました。婚約者として私はどうしたら…』

そっとシセーラ様が手帳を閉じられました。
ホール内はシン…と静まり、卒業生の父母達は皆愕然とした表情です。
しかし卒業生達はキャンベラ様の自由奔放な振る舞いは暗黙の了解だったので、気まずげに視線を落として流れ弾に当たらぬよう堪えているようです。
視線の先でみるみる真っ赤に染まるキャンベラ様が王太子殿下とオリオン様を交互に見ながら「ち、違うの、これは!」慌てて弁解しております。ぎゅっと抱いた王太子殿下の腕に、さらに胸を押し付けて上目遣いをし「信じて、私にはアルファードさまだけ」甘えた声で哀願しています。
「学園長、今の話は誠か?」陛下の声に学園長先生が前に出ました。
学園長先生は沈痛な面持ちで、私に労わりの眼差しを向けてくださいます。

「…申し訳ございません、私の監督が行き届かず。学園では彼女がオリオン・レイスの婚約者であることは知られていませんでしたし、このまま知らぬふりをしておけばセレナーデ・バーンハイムの名誉は守られると思っておりました。彼らも若気の至りなのだろうと。まさか王太子殿下がキャンベラ・ロックハートを選ぶとは思わず」
「待って!何かの間違い…そうだわ!学園長先生はお歳ですもの、きっと耄碌されて見間違えられたのです!!」

言うに事欠いて「学園長は歳で耄碌している」だなんて。
王太子殿下がキャンベラ様の絡みつく腕を放させ、距離をとられました。もはや甘い雰囲気はありません。

「キャンベラ、学園長先生は私の叔父だ」
「…え?」
「老けて見えるかもしれんが、ワシの弟だ。耄碌するにはまだ早いと思うのだがな?ラミアス」
「耳も目も頗る健康ですよ、兄上」

学園長先生が陛下に歩み寄り「老けて見えるは余計です。兄上がいつまでもお若いだけです」と苦笑して返した。

「…で、でもあれは王太子ルートに入るまえ…そうよ!あれはアルファードさまとお付き合いする前だもの」

「無効でしょ!」と輝くような笑顔を向けていますが、最早お得意の笑顔も響いていないようで王太子殿下は無表情です。
パシッ!乾いた音に目を向ければ、王妃様が扇を閉じたところでした。

「我が国において、王位継承権を持つ者に嫁ぐ場合は処女性が求められます。医師の診察をお受けなさい」

王妃の言葉にキャンベラ様が固まります。周囲のご夫人方が『はしたない』『淫らだ』と嫌悪する目を彼女に向け、キャンベラ様は縋るような瞳で「アルファードさま」と王太子殿下に手を伸ばすも、スッと避けられてしまいました。

「なぜ…?愛してるって言ったじゃない、それでハッピーエンドなはずでしょ!?ヤッたら一発アウトだなんて攻略サイトにも載ってなかった!選択肢は間違ってなかったはずよ…私は、ちゃんと2年かけて攻略対象キャラの好感度を上げて、イベントをこなして…ようやく開いた王太子ルートだったのに……」

ーー『攻略サイト』とはなんでしょう?
ーー『攻略対象キャラ』の『好感度』とは?『イベント』?…どこかで聞いたよう気もしますが、思い出せません。
よくわかりませんが、キャンベラ様はだいぶ混乱されているご様子です。

視線を感じて目を向ければ、こちらを凝視するキャンベラ様が

「…そうよ、アンタよ!アンタが出てきて全部おかしくなった。そもそもアンタみたいなキャラはいなかったハズよ!アンタ一体何なのよ!?」


ーーワタクシ?

ーーワタクシ、デスか?


「………ワタクシ…は、…『バグ』…です…」


あら?『バグ』ってなにかしら?
まぁいいでしょう。おや、どうなさいました?
キャンベラ様が驚愕の表情のまま膝から崩れ落ちました「運営ぃぃぃぃ!!」ガンッガンッ「制作スタッフゥゥーー!!!」バン!バン!床に拳を叩きつけながら何か叫んでいらっしゃいます。拳が痛そうです。
見かねた陛下がキャンベラ様をホールから連れ出すよう命じられました。

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