上 下
3 / 44
1部

1-3

しおりを挟む
それでも月日は流れ、植えたヘチマは立派に育って14個の実をつけて、枯れました。
さらに月日は流れ、王立学園は卒業式の日を迎えたのです。
本来なら婚約者としてオリオン様にドレスを贈ってもらい、一緒に夜会に参加するはずでしたが、オリオン様からはドレスも連絡もございませんでした。それでも不参加と言うのもよろしくないので、私は制服のまま大ホールへと向かいました。
そして、断罪劇が始まったのです。


「シセーラ・フロスト!今日をもって君との婚約は破棄させてもらう!」


「君は嫉妬にかられ随分キャンベラ嬢を虐げてきたそうだな。しかも突き落として殺そうとまでしたとか…。そんな女性と結婚などできない、君には自分の犯した罪を償ってもらう!」

王太子殿下ははキャンベル嬢を抱き寄せ

「これからは僕が君を守ろう、愛している」
「…アルファードさま!」

恋多きキャンベラ・ロックハート男爵令嬢が最後に選んだのは、王太子殿下だったようです。
彼女の取り巻きだった男性達がそっと外野に紛れ、すごすご婚約者の元へ戻って行きます。ーー正気か?
「まさか…」と視線を巡らすと、紫の瞳と目が合いました。
私に気づいたオリオン様がこちらへ向かって近づいてきます。
正直、来ないで欲しいです。
視線をホールの中央へ戻し、知らぬふりをしてみます。

しかし主要人物が動けないのは『ゲーム』の『強制力』でしょうか。私が動けるのは『モブ』だから?ん?『ゲーム』?『強制力』とは?『モブ』ってなんでしたっけ??
まぁいいでしょう。世界は不思議がいっぱいですから、私のわからないこともいっぱいなのです。

「セレナ」

約1年ぶりに愛称を呼ばれました。
それだけで動揺し、胸が熱くなり泣きそうな自分が情けない。
私の視線の先では、一方的な断罪劇がまだ続いておりました。シセーラ様は反論を聞いてもらえず、顔色を失い悔しげに扇を握りしめている手は震えています。公爵令嬢としての誇りを、自尊心を踏みにじられ、それでも気丈に前を向いて涙を堪えていらっしゃる。
キャンベラ嬢の選択が違っていたら、そこに立っていたのは私かもしれません。

「……オリオン様」

名前を呼ばれた彼が、私の手を取ろうとこちらに近づく気配がします。

「オリオン様。手前のケツは手前で拭ってくださいまし」

視界の端でビクリと彼が止まる。

「…騎士様はモテるらしいので心配はいりません。きっとオリオン様なら入れ食いでしょう」

私は一つ大きく息を吐いて令嬢らしい微笑みを浮かべ、一歩を踏み出しました。
煌びやかなシャンデリアの下、ホールの中央へ。
ザワリと周囲がどよめき、視線がこちらに集まります。
隣に並んだ私の気配に気づき、シセーラ様が驚いたようにこちらを向きました。

「お久しぶりでございます、シセーラ様。お会いするのは、あの雨の日以来でしょうか」

微笑んで頭を下げれば、思考が追いつかぬ様子のシセーラ様。それでも礼を返してくださいました。

「誰だ?」

怪訝な声に応えて王太子殿下の方へと向き直ります。
制服を着て、場違いな微笑みで進み出た私にキャンベラ嬢の涙が止まったようです。
しかし、視線はさらにその後ろ。非公式に息子の祝いの場に駆けつけた国王陛下と妃殿下の方へ。恭しく臣下の礼をとり…

「この度は、ご卒業おめでとうございます。ご挨拶申し上げます。バーンハイム子爵が娘セレナーデと申します」
「子爵令嬢がこの場に何の用だ?」

視界の端でオリオン様が動くのが見えました。そちらを一瞥して動きを抑えます。
礼の姿勢を解き、顔を上げてまっすぐに姿勢を正し、視線は陛下に向けたまま応えます。

「学園をご卒業なさったからには、王太子殿下すでに大人…ということでよろしかったでしょうか?だとするならば、先程のやり取りはあまりに稚拙ではないかと…」
「何!?」

怒りの籠る声に、キャンベラ嬢がぎゅっと身を寄せます。

「王太子殿下は陛下に似て、爵位に関わらず公平に意見を聞いて下さる賢いお方だと聞いております。しかし、先程からどうも一方的に話していらっしゃるような印象を受けてしまって…もちろん殿下が『王太子』という権力を振りかざすおつもりがないことは、皆承知しております。ですから、こちらからも幾つか確認させていただきたいのです。お答えいただけますでしょうか?」

王太子殿下を脅すような言葉に周囲が息を呑む。しかしこれを断れば「王太子殿下は恋人のために権力を振りかざした」と噂になるだろう。陛下は不敬だと罰するでしょうか?

「アルファード、バーンハイム令嬢の質問に答えてやれ。これほどの衆人の中でシセーラ嬢を咎めたのだ、いらぬ憶測を呼ぶ前にはっきりさせておいた方がよかろう」

お腹に響くような陛下の低いお声。遠くてお顔は拝見できませんが、白いお髭の国王陛下はどうやら噂通りのお人柄のようです。
渋々といった面持ちで「…わかりました」と王太子殿下の許可がおりました。
謝辞を述べ、改めて王太子殿下とキャンベラ嬢に向きまいます。

「それでは、キャンベラ様。先程シセーラ様に「虐げられていた」とおっしゃったそうですが、具体的にはどのようなことがったのでしょう?」

レースのハンカチを握りしめ、悲しげな表情のキャンベラ令嬢が怯えた瞳で王太子殿下を見つめます。「大丈夫だ、私がついている」王太子殿下に励まされ、おずおずとお答えくださいました。

「食堂でお昼を食べていると、突然熱いお茶をかけられて…」
「それは大変でしたね!火傷はなさいませんでしたか?医務室をご利用なさったのなら記録が残っているでしょう」
「火傷をするほどではありませんでしたから、医務室には行きませんでした」
「場所が食堂ですから見ていた方も大勢いたのでしょうね。お茶はシセーラ様にですわよね?」

ビクリとキャンベラ嬢の肩が揺れました。

「ち、違うけれどきっとシセーラ様が命じてさせたに違いありません!」
「まぁ!恐ろしい。では、どのように命じたのか証拠はございますでしょうか?」
「それは…っ」

キャンベラ嬢が言葉に詰まり、王太子殿下がこちらを睨んでいらっしゃいます。
けれど引くわけには参りません。いかにも痛ましいという表情を作り、質問を続けます。

「…他にはどのようなことが?」
「男爵令嬢ごときがでしゃばるなと文句を言われ」
「シセーラ様がどのように仰ったのかは存じませんが、シセーラ様は最終学年の公爵令嬢であり王太子殿下の婚約者。序列を弁えず前に出てるような真似をして、その令嬢が将来恥をかいたりせぬよう女生徒を監督する役割も担っていらっしゃいますものね」

頬に手を添え、首を傾げて言外に「で?」と先を流します。

「ほ、他にもいっぱい意地悪を言われて…!」
「左様でございますか。ですが、言った言わないだけでは子供の喧嘩、埒があきませんわね」

「子供の喧嘩とは、口が過ぎるぞ!」

何一つも証拠のない話に、困りましたね~と態とらしくため息を吐くと、王太子殿下からお叱りを受けました。

「キャンベラはシセーラにカバンの中身を全て捨てられ、制服も捨てられ、さらにはテラスから突き落とされて殺されそうになったのだ!」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。 毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

嫌われ者の側妃はのんびり暮らしたい

風見ゆうみ
恋愛
「オレのタイプじゃないんだよ。地味過ぎて顔も見たくない。だから、お前は側妃だ」 顔だけは良い皇帝陛下は、自らが正妃にしたいと希望した私を側妃にして別宮に送り、正妃は私の妹にすると言う。 裏表のあるの妹のお世話はもううんざり! 側妃は私以外にもいるし、面倒なことは任せて、私はのんびり自由に暮らすわ! そう思っていたのに、別宮には皇帝陛下の腹違いの弟や、他の側妃とのトラブルはあるし、それだけでなく皇帝陛下は私を妹の毒見役に指定してきて―― それって側妃がやることじゃないでしょう!? ※のんびり暮らしたかった側妃がなんだかんだあって、のんびりできなかったけれど幸せにはなるお話です。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする

カエデネコ
恋愛
※カクヨムの方にも載せてあります。サブストーリーなども書いていますので、よかったら、お越しくださいm(_ _)m リアンは有名私塾に通い、天才と名高い少女であった。しかしある日突然、陛下の花嫁探しに白羽の矢が立ち、有無を言わさず後宮へ入れられてしまう。 王妃候補なんてなりたくない。やる気ゼロの彼女は後宮の部屋へ引きこもり、怠惰に暮らすためにその能力を使うことにした。

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

旦那様、愛人を作ってもいいですか?

ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。 「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」 これ、旦那様から、初夜での言葉です。 んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと? ’18/10/21…おまけ小話追加

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

処理中です...