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しおりを挟むきっと、もう。
引き返せない。
少し前の。
田舎者丸出しの。
特に突出して何かに秀でてるワケじゃない普通の僕には戻れない。
だってさ、こんな………。
色んなヤバめなところまで、泉に舐められて。
中をめちゃめちゃに突かれては、女の子みたいにイッちゃっうなんて。
この時間、この空間だけ。
………僕は、僕じゃなくなる感じがした。
「……んんあぁっ!………そこ………そこ!」
「ここ………?ここ、が………いいの?」
今日は特に、僕はどうかしている。
切れたはずのクスリの効果がぶり返して……。
何かのネジがゆるんだか、何かの線がプツッと切れたか。
はたまた、淫魔に取り憑かれたか。
泉の上に乗っかって、泉のをより深く咥え込んで腰を動かす。
僕の腰を支える泉の手でさえも煩わしく感じて、僕は泉の髪を掴んで、より淫らによがる。
「はぁ、あん………」
気持ちぃ………気持ちいい………。
「泉……いぃ………泉ぃ……」
何に溺れてるかって………?
違うよ………。
僕は、泉の毒針にやられてしまったんだ。
痛くもない、のに。
甘くて、蕩けるように痺れて………。
そして、僕はまた。
泉のその毒針を誘うように、僕の中に蜜を蓄える。
「当麻くん、おつかれーっ!!学校楽しかった?」
学校が終わって、バイトをすべく「彼女の家」のドアを開けると、湧のテンション高めの声が店中に響き渡る。
「………湧さん、まだいたんですか?」
「まだって、つれないなぁ」
「仕事、大丈夫なんですか?」
「うん、あともうちょっとねー。バカンス、バカンス!ねぇ、当麻くん。デートしようよー」
「………アホなこと言わないでください」
………子どもの頃の湧の方が、数倍、いや、数百倍かわいかったし、煩くなかったし。
ずっと、子どもだったらよかったのに………。
泉との壮絶な兄弟喧嘩の末、その喧嘩に負けて子どもになった湧は、2、3日したら元のウザさ満点の湧に戻った。
戻ったと同時に、僕に対する〝スキスキ攻撃〟が再開し、再び、泉と一触即発の日々が始まった。
ただ、あの日みたいな強引なことしてこない。
これは僕の想像だけど。
相当、泉にやられたんじゃないかと思う。
その証拠に。
湧と泉、この2人。
喋るは喋るけど、目の奥がメラメラしてて、お互いを牽制し合っているみたいな、そんな感じ。
そんな状況を僕はオロオロして見守って、マスターは見ないようにしていて。
僕の周りは、慌ただしいけど………僕は、身も心も充足しているんだ。
痴漢にはあわなくなったし、高津先生のことも気にならなくなったし。
湧のウザさを除けば、学校もバイトも楽しくて………何より。
………泉と一緒に過ごせる日常が、嬉しくて、奇跡で。
今、人生で一番幸せ、なんだ。
「当麻くん。今度の連休、俺ん家来ない?」
客足が少し遠のいた時間帯、カウンターの端っこで賄いのオムハヤシを食べていた僕に、泉はジンジャーエールを出して言った。
ジンジャーシロップから作るこのジンジャーエールは、独特なキリッとした辛味と微かな甘さが口の中をスッキリさせるから、好きなんだよね、これ。
僕はジンジャーエールを一口、口に含んで泉を見上げる。
「泉ん家?」
「うん。実家なんだけど、さ」
「は??実家???」
「うん。少し遅いけど、実家に藤の木があってね、ちょうど見頃なんだ。すごくキレイだから、一緒にどうかなって」
「えー?いいの?僕、お花見とか好きなんだよね。っていうか、外でご飯食べるの好きなんだ。気持ちいいだろ?おばあちゃんが作ったおにぎりとか、卵焼きとか食べて」
久しぶりに、思い出した。
満開に咲く山桜の下、おばあちゃんとみんなと、おしゃべりしながらご飯を食べて。
………懐かしい、なぁ。
そんな幸せな、思い出を………泉と紡げると思うと、すごく気分が上がる。
目の前の、ウザさ200%の湧のことなんて吹っ飛ぶくらいに。
………本当に、すごい。
都心から50分くらいしか離れていないのに、緑豊かな豪邸があって。
その広すぎる庭………おばあちゃん家の裏山より広そうな………。
そんな庭に、立派な藤の木が根を張り、枝を広げ。
薄紫色の花を溢れんばかりに、ほこらせる。
吸い込まれる、みたい。
あまりにも、キレイで。
あまりにも、純粋で。
その佇まいが泉と重なって、思わず息をのんだ。
そして、その木の下には……。
「いやぁ、よく来たねぇ!!泉が友達を連れてくるなんて滅多にないから、とても楽しみだったんだよーっ!!」
と、「東京の人ですか?」とツッコミたくなるくらい、ゴリゴリの芋焼酎をほぼほぼ〝生〟で飲んでいる泉のお父さんに、背中をバシバシ叩かれ。
「お口に合うか分からないけど、たくさん召し上がってね」
と、広げたビニールシートの上に、次から次へと料理を並べる泉のお母さんと。
その他、いい感じにアルコールがまわった黒田家の一族郎党の笑い声が響く。
それとは対極に。
いつものウザさ、チャラさが全くといっていいほど抜け落ちた湧が、もそもそとその豪華な料理を口に運び。
テンションが低空飛行の湧とは、打って変わって、始終上機嫌な泉がいて。
神秘的な藤の花。
相反するような、現実味たっぷりで庶民的なお花見が。
このアンバランスさが…………胸を、騒つかせる。
田舎を思い出して、楽しくて。
嬉しいはずなのに………。
どうしてかな、胸が……ザワザワする。
「当麻くん、どうかした?」
「……うん。………藤の花、すごくキレイだね」
僕が藤の花を見上げて言うと、つられて泉も藤の花を見上げた。
「泉に………似てる」
「え?」
「この藤、幹も花も。全部、泉に似てる。……惹かれるのに、神秘的で。手に届くのに、触れるのを躊躇う感じ。………泉に、似てるよ」
「…………」
「泉?」
今の今まで、ニコニコして楽しそうにお喋りをしていた泉が、急に押し黙って。
僕は思わず、泉に視線を移す。
「………そろそろ、言わなきゃね」
「え?」
「俺が何者なのか。どうして、俺と当麻くんが惹かれ合うのか………ちゃんと、言わなきゃね」
ードクン。
と、心臓が大きく音をたてて。
その瞬間、心臓が足元に落ちたんじゃないか、ってくらい血が逆流した感じがした。
藤の花のような、ヴァイオレット色をした彩光を揺らして僕を見つめる、泉から目が離せなくなって………。
ジワジワ、と。
逆流した血が温度を上げて、一気に押し寄せる感覚がして………。
「当麻くん、愛してる」
泉の、媚薬を含む声が。
泉の、心に染みて広がる言葉が。
僕をまた、淫らにさせて………吐息をもらさせて。
もう……泉しか、考えられない。
お花見でたくさんの人がいて、たくさんの人が楽しげに盃をかわす中。
蜜がふつふつと下腹部を満たして、下を濡らしてくるくらい乱れた僕は。
泉しか………見えなくなってしまったんだ。
「僕も、泉を愛してる」
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