scared of happy day?

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#2

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「……マジか、よ」

〝怖いくらい幸せな一日〟

よくよく考えるとAIアシスタントのアイが、勝手に喋ってるだけだって。
俺は気になりつつも、話半分で聞いていたんだ。
実際にそんなことが起こったらラッキーだし、でもそんなことあるわけねぇし。

……だから。
会議室の重厚な扉が勢いよく開いて、刃物を持った若い男が現れた時。

俺は、思わず呟いたんだ……「マジか、よ」って。

皆、唖然として言葉を失う。

体の動かし方を、忘れる。

「原田ぁーっ!!」

潰れた、かすれた声で原田の名前を叫んだ若い男は、俺を肩で突き飛ばすと。
そいつは刃物を固く握り直して、原田めがけて突進した。

ズブッーーー。

っていう、肉が切れるような嫌な音がした。

「ゔわぁぁぁぁっ!!」

原田の悲痛な声が、その音をかき消していく。
同時に赤い液体がボタボタッと。
毛足の長い高級な絨毯に落下し、赤いシミ広げるように吸い込んでいく。

……マジだ……マジだよ……!!

突き飛ばされて、床に倒れ込む形で尻餅をついた俺は、目の前で繰り広げられている惨劇を止めることもできず。
ただ、原田の力がゆっくり抜けていくのを見つめているだけだったんだ。

「……桑畑、おまえ」

誰かが、そう呟くと。
静寂の堰を切ったように、その場が騒然となった。

「け……警察ッ!! 誰か、警察をッ!!」
「桑畑、やめろ!!」

そんな声が聞こえて、正直、俺はそっから先はよく覚えていない。

というのも、床にへたり込んでいた俺は。
原田を刺した桑畑という男が逃げる際に、腹を蹴られてそのまま気を失っていたんだ。

「?!」

無機質な造りのベッドに、妙にあたたかな色合いの薄いカーテンが目に飛び込んできて。
俺は、ここが一瞬どこだか分からなかった。
ほのかに鼻をつく、独特の消毒液のような匂いで、俺は自分が病院にいるんだって自覚した。

あぁ……そうか。

俺、あの男に蹴っ飛ばされて……それで、病院の簡易ベッドに寝かされているんだ。

ようやく状況を把握した直後、「あの人大したことないのに、まだ寝てるわよ」って言う、女性のかったるそうな声が聞こえて。

いたたまれず、ソッと体を起こした俺は。
カーテンの向こう側にいる看護師であろう女性に気づかれないように、静かに部屋の外にでた。

「!?」

部屋の外は、長い一本道が左右に伸びた廊下で。
その通路に置かれた長椅子に、困惑した顔の男性やスーツを着た人、泣きながら話をする女性が座っていて。
それを取り囲むように、安っぽいジャケットを着たガタイのいい人が何人かいた。
その中の一人が、俺に気付いて人懐こい笑顔を見せる。

「岡本眞一、さん? 気がつきましたか?」

ガタイがよくて強そうな体の割には、童顔で穏やかな表情で話しかけるその男に。
俺は、小さく頷いた。

「あ! 自分、立山警察署の土居といいます。土居謙治です」
「……警察の、方でしたか」
「はい。いきなり名前を呼ばれて、驚かれたでしょう? 失礼しました」
「いえ……」
「体の方は、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……。さっき中の人が『あの人大したことないのに、まだ寝てるわよ』って言ってたので……。おそらく大丈夫です」

土居と名乗った警察官は、俺の言葉に楽しそうに笑うと。
俺の肩に手を回して、長椅子に座るよう促した。

「少しお話を伺いたいんですど、よろしいですか? 岡本さん」
「あ……はい。でも、俺。だいたい意識とんじゃってたんで……」
「あぁ、大丈夫ですよ。覚えている範囲でいいんで」
「……その前に、お伺いしたいことが」
「はい、何ですか? 岡本さん」
「あの……人は?」
「はい?」
「あの人……あの若い男の人は……」

土居はにっこり笑うと、長椅子に座る他の人に背を向けるように俺との距離をつめる。

間近に土居の顔が迫り、俺は感情の読み取れない土居の目から視線を外すことが出来ず。
見つめ返していた。

「ここだけの話ですよ、岡本さん」

小さく囁くような声で、土居は俺の頬にその息がかかる距離で言った。

「自殺しました。原田さんを刺した桑畑という男。ビルの屋上から飛び降りて、亡くなったんです」


『本日、浪松商事との打ち合わせが午前10時から、原田課長代理の随行で出席します。その後、浪松商事会議室に乱入してきた刃物を持った男が原田課長代理を刺して逃走。原田課長代理は死亡する予定です。なお、この犯人は浪松商事の桑畑尚哉、22歳。原田課長代理刺殺後、自社ビル10階から飛び降りて死亡。原因は〝痴情のもつれ〟によるものだと思われます』


土居の言葉に重なるように、アイの言葉が脳裏で響いて。

俺の心臓が、ズドンと落ちたように鼓動が一気に遠くに鳴っているように感じた。

……マジか、マジかよ。

本当に……本当に、なっちまうなんて……。 

マジかよ……。

頭が、手が、キンキンに冷えた氷水を浴びせられたように。
冷たくなっていくのがわかった。

「大丈夫ですか、岡本さん?」
「……はい」
「顔色が……真っ青」
「……」

土居のあたたかな声が緊張味を帯びて耳に届いた瞬間、目の前にザーッと砂嵐が現れた。

「岡本さん!!」

目の前に起こった砂嵐は、キーンと耳まで圧迫して。
土居の声までかき消す。

俺はちゃんと体を真っ直ぐにして、長椅子に座っていることすら困難になったんだ。
だんだんと暗闇に引き摺り込まれる意識の中。
あのスマホが、キラキラ輝ながら俺に向かってゆっくりと落ちてくるのが見えた。
そして、俺の手にすっぽり収まって、チカチカ光出す。

……アイ?

おまえ、何者なんだ……?

……何者、なんだ?






「岡本、大変だったな」
「……すみません。部長」
「今週いっぱいは休んでいいぞ」
「え……でも」
「いいから、仕事の心配はするな」
「……はい」
「早く帰って寝ろ。顔色、尋常じゃないくらい悪いぞ」
「……はい。すみません。……お先に失礼します」

そう言って頭を深く下げた俺は、最後まで部長と目を合わすことなく部長室の扉を開けた。
そのまま、手にしていたビジネスリュックを肩にかけ。
エレベーターのボタンを押す。

あの……あと俺は、また、ぶっ倒れて。
気がついたら目の前に、心底心配そうに眉を八の字にした土居の顔があった。
今度は警察官の土居に介抱されていたらしい。

ただ、土居は。
あのカーテンごしの看護師より、俺のことを心配してくれていて。
俺が落ち着くまで背中を摩って、ゆっくりと根気強く話をしてくれた。
そして、公用車で会社まで俺を送ってくれたんだ。

普段の俺なら「すっげぇ! 覆面パトカー乗っちまった」とか、くっだらねぇ興奮をしていたに違いない。

……でも今は、とてもじゃないけど。
そんな気になれない……というか。

赤い血溜まりと、鋭く光る刃物の先と、あの桑畑という男の声が。
頭の中で断片的に、スライドショーみたいにグルグル駆け巡って。

そんな馬鹿みたいなことを考えることすら、口にすることすらできなかったんだ。

タクシーで、帰ろっかな……。
スラックスのポケットに手を突っ込んで、スマホを取り出した瞬間、俺はまたサーっと血の気がひいてしまった。

……これ、あのスマホじゃないか!!

いつの間に?! カバンに入れたはずだぞ!?

なんで?! なんで?!?!

固まった表情の俺の顔を読み取ったスマホは、あっさりロックを解除して。
AIアシスタントが、勝手に起動する。

『大変な一日になりましたね、眞一さん』 

アイが、至極機械的に俺に話しかけた。

「……おまえ、何者なんだ?」
『私は、AIアシスタントのアイです。それ以上でもそれ以下でもありません』
「じゃあ、なんで! 今日のは、一体……」
『あと一分で、立山警察署の土居警部補が、眞一さんを迎えにきます』
「は?!」
『残念ながら、プライベートカーで。覆面パトカーではありません』
「はぁ?!」
『好意に甘えて、自宅まで送っていただきましょう』
「おま……おまえ、何言って!!」
『到着しました。黒いSUVです』

そうアイが言い終えた瞬間、目の前に黒い車が止まった。

……まさか、まさか?!

「岡本さん、大丈夫ですか?」

助手席側の窓が開いて、中から土居の人懐こい笑顔が覗いて、あたたかな声が響いた。

「……土居、さん」
「自分、今から非番なんで、家まで送りますよ」
「え?!」

分かっていたこととはいえ、改めて言われると驚いて声が出なかった。
カスカスした喉が、俺の行動すら邪魔をする。

「いいから、早く乗ってください」
「……」
「早く乗らないと、自分、警察官のくせに駐停車のキップ切られちゃうんですけど」
「あ……すみません」
「遠慮なさらず、早く! 岡本さん!」

アイに、振り回されているのか。

それとも、これがもともとあった必然なのか。

俺は引き寄せられれように、助手席のドアに手をかけて。
その車に体を滑り込ませた。
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