朱雀のα 白虎のΩ

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#5 青龍のβ 玄武のΩ

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✳︎

散々、男たちの相手をして、いつの間にか床に倒れていた。

しばらくして、また甘い飲み物を飲まされて。
その影響か、あるいは元々俺に起こった発情のせいなのか。


体が……中が脈打つように疼く。


その熱が血管を通って全身に広がる。


その同じ血管を通って、俺から湧き立つオメガの匂いが全身に回って、動きを鈍くするんだ。

体が重いのに、足が勝手に開く………。

俺の匂いと過剰に焚かれたお香の香りに、思考も奪われて、呼吸が荒くなる。


………発情……が、俺を支配する。


奪われゆく思考と感情の中で、いつか朱雀のオメガが言った言葉を思い出した。

「オメガの奴隷は、薬で無理矢理発情させられて、性奴隷に成り果てる」

多分、今………まさしく………俺はその朱雀の言ったとおりになってしまってるんだろう。


もう……どうでもいい………。


人生で一度だけ、青香に優しくされて。


奇跡的に、運命の番に一目会うこともできた。


それだけで、いい。
それだけで、俺はもう幸せだったから………。


どんな酷い目にあっても、青香の笑顔を思い出せば心があったかくなる。
どんなに快楽に溺れても、アミーユだと思えば何をされても平気になる。


だから、もう………いいんだ。


そう、意識を沈めようと思った時………微かに、懐かしい香りがした。


薄荷の………爽やな香り。


重たくなった意識の霧が、薄くなったような気がした。
………この薄荷の………アミーユの、その香り。

鋭いのに優しい、甘い香り。


「………っあ」


アミーユ……って言いたかったのに、口が自由に動かなかった。
目を開けて、その姿を確認したかったのに、視界が霞んで焦点が合わない。


それでも、幸せ。


最後に、アミーユを近くに感じられるなんて………幸せ………。









「………っん、……」


強制に発情を強くしていた薬の効果が薄れて、俺は目を開けた。
視界が霞むこともなく、瞳に捕らえたものをはっきりと見ることができる。
見覚えのある漆喰の白い壁に、品の良い絨毯。


この感じ………まさかっ!!


「起きたか?」
「………アミー……ユ。………なん……で」
「………よかった。無事で」

あの時……。
朦朧とした意識の中、アミーユを感じていたのは気のせいじゃなかったんだ。


………でも、どうして?
どうして………?


俺は白虎の王宮から出て行ったはずなのに、どうしてまた、白虎の王宮に………?


俺は、ここにいるべきじゃないのに………。


どうして…………優しく、しないで。


これ以上、優しくされると………流されてしまう。


………元に戻れなくなってしまう。


「………アミーユ………違うよ………俺じゃ、ない」

アミーユを突き放せば放すほど。
拒否する口調とは裏腹に、発情の熱はその燻りを大きくして、俺の体をゆっくり開かせる。

……だ、め………だめっ。

「もう、わかってるはずだ。ルカ」
「………はぁ、あっん………触らな……い、で」
「何故そんなに運命を嫌う。運命に抗う。俺とおまえは運命の番であることを感じたはずだ」
「あっ………や、やぁ」

俺の体に触れてるアミーユの指先があまりにも繊細で……今まで経験がないくらい、体が震えた。

運命……そんなのわかりきってる。

アミーユに一瞬で惹かれて、一瞬でアミーユしな見えなくなって。
でもそれは………アミーユを苦しめるって。
運命と言えるほど、俺は美しくも清らかでもないんだ。


奴隷は王子には、つりあわない。


アミーユのいうとおり。
あの時、アミーユの感じた運命を俺も感じた。
でも運命以上に、その変えがたい現実に俺は打ちのめされた。


………きっと、この運命は違う………違うんだよ、アミーユ。


だから、俺に触れないで。

俺を見ないで、俺に優しくしないで………。

俺を、愛さないで。


「………その髪も、その瞳も。
運命を感じなくとも惹かれていたに違いない。
………青香が言っていた〝我慢ばかりして。差し伸べられた手を払ってしまうくらい、優しさになれていない〟と。
………体を委ねるんだ、ルカ。
考えるな………俺の全てを感じ取れ、ルカ」
「……だめ……だめ…………俺………汚……い」


本能で抵抗できないって分かってる。


本当は、アミーユが欲しくてたまらない。


その大きくて暖かい手で、触れて欲しい。


酷くてもいい、今までの俺の人生を打ち消すくらいの熱量で抱いて欲しい。


分かってるのに………。
分かってるのに………生きていくためとはいえ、今まで色んな男に蝕まれた俺の体が、許せないんだ。


「奴隷な…んだ。………何人……何十人………俺を…抱いて………物のように、抱いて………。俺の、身も心も………すべて………汚れてる」
「美しい……よ、ルカ。俺を映す瞳も、真っ直ぐな心も。まさしく、明鏡止水」
「アミ……ユ」

俺を真っ直ぐ見て、そんな風に言われたのは初めてで………。

いつも、花街でもどこでも、俺を抱く男たちは皆同じことを言っていた。
「突っ込まれるだけの存在なんだよ、おまえは。だから、少しでも気に入られるように、腰を振っておねだりしろ!それが身も心も、汚れてるおまえの生きる術なんだよ」って。


俺は、汚れてる。


汚れてるのに………アミーユが俺を抱く腕や体温が、俺の全てを浄化してくれているようで……。


………ドクッ、と。


心臓が深く強く、揺さぶられるように振動して、その勢いで体中に熱いオメガの血が行き渡る。


アミーユ……が、好き……。


俺を忘れて、幸せになって欲しかったのに。


だから俺はアミーユと出会わなかったことにして、アミーユの前から姿を消したのに。


また、こうして………俺は、運命に引き寄せられるようにアミーユの腕の中にいる。


運命なんて嫌いだったのに、運命に抗えない………こんなに運命が心地よいなんて………。


………知らなかった。
嬉しいのに、幸せなのに、涙が溢れて止まらない。


アミーユ、なら。
俺をまっさらに。
故郷にふる、生まれたてのまっさらな雪のように。

俺を生まれ変わらせて………くれるんじゃないだろうか………?

「はぁ、あ………アミーユ」
「………ルカ」
「俺を………生まれ変わらせて………。アミーユ、俺を………まっさらにして」

涙を拭うのも忘れるくらい。
俺は体を起こすと、アミーユにしがみついて、自らその薄い桜色の唇に接吻をした。


「んあっ…あ……あぁっ」


俺、どうかしている。


あれだけ、気持ちがいいなんて思わなかった交接なのに。
俺の秘部は溢れんばかりに蜜を蓄え、アルファ独特に勃つアミーユのを根元のこぶまで咥えこむ。


奥に……当たって………気持ちいい………。


息が乱れるくらい、声が漏れるくらい感じて。


こんなの………知らない。


「優しく………しな…い………で」
「ルカ、どうして?」
「俺………弱く…な…る。………アミーユ、が………いなくなっ……たら、生きて………いけない。……だから………強く、激しく………して」
「………そんな、理性がぶっ飛んでしまうようなことを、言うな!」

俺の体を自分の上に乗せているアミーユが、俺を強く抱きしめると、下から俺の中の子宮に当たるように強く突き上げる。

「あぁっ!」

そんな……こと………俺だって………俺が、保てない………。

「ルカ……!!」
「……や、やぁ…んぁああっ!!」

俺がはっきり覚えてるのは、アミーユの瞳の彩光が太陽のような金色に輝いたこと。

俺を見つめると、一息……。
髪をかきあげて、俺のうなじに歯を立てた。

「…ぐ、あぁっ!」


強い痛みと、微酔感。


頭が大きく揺れて熱くなって、咥えこんでいるアミーユのを強く締め付ける。


これが………本能の、嘘偽りのない交接。


運命に導かれた、番の交接。


………甘えて、いいのかな……?

優しさを素直に受け取って、いいのかな……?

アミーユに寄り添って、いいのかな……?

だって、俺にはもう不安の欠片もないんだ。
常に一人だった時とは違う。
俺に触れる男たちに怒りを覚え、その行為に怯えていたあの頃とは違う。

………虐げられれば虐げられらるほど、それだけ強くなると思っていた。

強くなれば、心も体も痛さを感じないと、思っていた。


だけど………今。


俺は………アミーユに抱かれて、自分の内側に押し込んでいた弱さが一気に溢れ出した気がする。


「ルカ……!!…愛してる」
「……あ…っあぁ」

低く響くアミーユの声が、直接頭の中に届いた瞬間、体から力が抜ける。
そして、アミーユの全てが俺の中に、波打つように満たしていった。


………この感じ。


俺にまだ家族がいて、幸せだった幼いあの頃。


両親や妹が、俺に笑顔を向けている絵が脳裏に浮かんで。


………懐かしい気持ちと、胸がしめつけられる気分が入り混ざった状態になる。


папа、мама………ねぇ、聞いて。


家族を……俺は家族を、見つけたんだ。


俺は、この幸せを受け入れても……いいんだよね?












✳︎

「………いい結婚式、だったなぁ」

月季の花が咲き乱れる中庭を眺めながら、僕は独り言のように呟いた。
中庭を流れる偏西風は、月季の甘い香りを僕の所まで運んでは消えを繰り返し。
僕の中に巣作っていた嫌な部分まで、浄化していくように感じる。


今日、ルカがアミーユと結婚した。


………あーあぁ、悔しいけど………すごく幸せそうだったし、すごくお似合いだったなぁ。


初めて、好きになった人。


白い白虎の民族衣装に身を包んだアミーユと、同じく白くて繊細な民族衣装を纏ったルカは、式の間たまに見つめ合っては恥ずかしそうに笑って、さ。
ルカの笑顔がなんの躊躇いもなく、本当に幸せそうに笑うから、僕も思わず顔がほころんじゃうんだ。
あのルカの笑顔を見ただけで、僕の選択は間違ってなかったんだって確信した。


でも………まだ、少し………悲しいかな………。


あの闇市から帰る途中。
無事にルカを救いだして、僕はすぐにでもルカを抱きしめてあげたかったのに。
意識がはっきりとしないルカが荒い呼吸でアミーユに守られているように抱きしめられている様を見て、僕はちゃんとルカを直視することができなかった。

何もかも〝僕じゃ、足りない〟って、思ったんだ。

結婚式の最中、僕の目の前で足を止めたルカが、僕に跪いて深々と頭を下げた。

たおやかに。
涙を目に溜めたルカが、ゆっくり頭を上げる。

「ありがとう、青香。青香には、何度お礼を言っても足りないよ」
「そんな……僕は何もしてないよ」

ルカは静かにかぶりを振った。

「隧道で青香に助けてもらってなきゃ、俺は今、この世にいたかどうかも分からない。ありがとう、青香………俺、青香が」
「ルカ」

それ以上、ルカが喋らないように。
幸せの絶頂の時に、要らぬことを言わせて泣かせないように。

僕はルカの柔らかな唇に人差し指をそっと置いた。

「ルカ、幸せになってね。ルカは僕の大事な友達だから、いつもルカのそばにいる。例え離れていても、それは変わらないよ。………ルカ、いつでも青龍に遊びにおいで。僕もルカに会いにいくよ」
「青香………」

驚いたように目を見開いて、ルカの目尻から一筋、涙がこぼれ落ちた。


……あ、泣かせちゃった。
泣かせたくなかったのに……。


「ルカ、泣いちゃダメだよ。笑って、ルカ。僕、ルカの笑顔が大好きなんだ。だから、笑って………ルカ」

驚いたように目を大きく見開いて。
僕を空色の瞳で見つめたルカは、この上なく、優しい笑顔で僕に言ったんだ。

「青香……大好き。ありがとう」













「青香!こんなところにいたの?!」
「探したよ」

明るい声と、落ち着いた声が交互に聴こえて、僕は思わず振り返った。

「ミナージュ!シジュ!」

朱雀の極彩色豊かな民族衣装を着たミナージュと、仕立ての良い白虎の民族衣装を着たシジュが、僕を挟むようにして中庭に座り込む。

「ルカ、綺麗だったね」
「うん」
「大丈夫?青香」
「うん、大丈夫。
ルカはね、今まであんなに笑うことなかったんだよ。
でも、今日は沢山笑ってて。
本当に幸せそうだった。
………僕ね、後悔してないよ。
ルカを好きになってよかったって思ってる。
………僕は、ルカの体温を感じられるくらい近くにはいられないけど。
心はいつでも側にいられる。
………ルカが幸せになってくれたら。僕はそれでいいんだよ、ミナージュ」

僕の言葉にミナージュは目を細めて、優しく髪を透いた。

「まぁね。〝初恋は実らないもの〟って言うし。青香、元気出してね」

シジュがいたずらっ子っぽく笑って、僕の腕にその腕を絡める。


〝初恋〟かぁ。


………初めての恋が、その相手がルカで………僕は、なんて幸せなんだろう。

「ちょっと待って、シジュ」
「何?ミナージュ」
「〝初恋は実らない〟ってあたかも経験者みたいに話したけど、ひょっとしてそういう経験あるの?」

僕の横で目を白黒させて驚くミナージュに、これまた僕の横で複雑な顔をしているシジュがゆっくり口を開いた。

「………それ、今言うこと?」
「だって知りたいじゃない!!ねぇ、シジュの初恋って誰なの?!教えて!!」
「なんで?」
「僕の知ってる人?ねぇ、教えて?」
「………やだよ、ミナージュは無神経だなぁ。青香もそう思うだろ?」

二人の会話が、おそらく僕を元気付けるためだとは、簡単に推測されるけど。

幾分か晴れ晴れとした気分になって、僕は思わず笑って天を仰いだ。


………そうだ。


離れていても、空はつながってる。


綺麗な高い空の色はルカを思い出すし、その透明な風はルカの言葉を運んで来るんだ。


だから、そう。


僕は、たったそれだけで強くなれる。


たったそれだけで、幸せになれるんだ。


「ミナージュ、シジュ。僕、なんで大人になるのかが分かった気がするよ」
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