上 下
1 / 7

ひきこもりの弟が兄である僕に嫁になれと迫ってきます。

しおりを挟む
 っていうか、何? 何、アレ?
 今、僕は、やり場のない怒りに苛まれている。だって……だってさ。
 同じ職場の隣のシマのかわいい女の子。やたら僕に話しかけてくるし、警戒心のないかわいい笑顔だって見せてくれるし。ランチにだって誘われるからさ。
 こんなの誰だって、脈ありだって思うじゃないか、普通。意を決して、ちょっと……いや、かなり雰囲気のいいお店を予約して、ご飯に誘って。
「好き」なんて告白したら……!
「ゴメンね、京田くんは可愛すぎるから、そういう対象にならないなぁ。だって、私、腐女ってるじゃない? 京田くんがあんまり可愛いから、今度、好きなアニメのコスプレしてもらいたかったの。だから、トモダチじゃダメかなぁ」……だって。
 ちょっと、まってよ……腐女子なんて、聞いてない。
 脈がないなら、ないって言ってよ。勘違いするようなこともしないでよ。
 繰り返すけど、腐女子って先に言ってよ……。
 さらに言うなら「あんまり可愛いから」とかさ。「コスプレさせたい」とか僕は君のオモチャじゃないんだよ。
 かわいい、とか。恋愛対象じゃない、とか。そんなのはしょっちゅう言われるし、だいたい慣れっこなんだけど。
 なんだけど……。今回は、本当に……本当に、傷ついた。立ち直れそうにないくらい、傷ついた。女性不信どころか、人間不信になりそうだ。それくらい傷ついて、悲しくて、怒りがこみ上げてくる。
 かわいいのが、心底恨めしい。こんな風に産んだ両親に、ひどく憎しみを覚える。同じ遺伝子から産まれるんだったら、どうせ産まれるんだったら、弟みたいな容姿になりたかった。
 同じ親から産まれているハズの僕たち兄弟は、神様のイタズラレベルで全く似ていない。僕は背はまぁ普通だけど、瘦せぼっちで全体的に色素も薄い。弟は背が高くて、筋肉質のいい体をしていて、なりより顔がカッコいい。モデル、みたい。そのままにしていても人生楽勝モードなのに。
 なのに………弟は、僕の弟は、引きこもっている。
 弟が引きこもって、もう3年。
 引きこもる、って言っても自室に閉じこもりっきりとかじゃなくて。普通にリビングとかウロウロしてるし、筋トレしたり、お風呂に入ったり。家の中を満喫していて、要は一歩も家からでないひきこもりなんだ。なんで引きこもってるのか、僕をはじめ、父も母も、みんな知らない。
 家族みんなで食卓を囲んで、普通に話もするのに。何故か弟は引きこもっている理由を話そうとしないから。父も母もすっかりソレを受け入れてしまって、今じゃいい感じのイケメンニートが出来上がってしまった。
 でもさ。でもだよ?
 将来、父も母もいなくなって。
 かわいいと言われる僕にも、かわいい奥さんができたとして。「ひきこもりの弟の面倒を見てくれない? 家事スキルは高いからさ~」なんて、口が裂けても言えない。
 だから、僕は必死なんだ。家族の中で、一番、弟の社会復帰を懇願しているのは、僕で。
 だからなんとかしたくて。でも、そんなささやかな夢や希望すら叶わなくて。
 僕は、ズタボロの状態の心を引きずって、僕は自宅の玄関の鍵を開けた。
「ただいま」
「おかえり、恵介」
 件のイケメンニートの弟が、リビングからひょっこり顔を出した。
「あれ? 母さんは?」
「依子おばさんに呼び出されて、出かけた。多分、泊まるって」
「またぁ? 父さんは?」
「出張。やっぱり帰らないって」
「そっか……。紘太、メシ食った?」
「うん、チャーハン作って食ったよ」
「そういう自活能力は高いんだよな、おまえは」
「いい奥さんになるよ? 俺」
「……誰のだよ?」
「……恵介の?」
「……おまえさぁ、そんな冗談言えるんだったら、ちゃんと家からでろよ。大学もずっと休学してんだろ?」
「気がむいたらね」
 紘太が話をそらそうと、座っていたソファーからおもむろに立ち上がった。
 いつもなら。そのまま自室に引き上げる紘太を、僕は黙って見送る。
 いつもなら、な。
 今日は、フラれて。怒りがこみ上げてきていて、まだ、腹の虫がおさまらなくて。
 つい……。僕は紘太に八つ当たりをしてしまった。
「………いつまでも、甘えてんじゃねぇよ!」
 僕の挑発的な言葉に。健康的なイケメンニートは、眉間にシワを寄せて振り返った。
「このままずっとおまえが、このままで! 父さんとか、母さんが、死んじゃったりとかして! そしたら、誰がおまえの面倒見るんだよ!? 僕が結婚したら、おまえ1人になるんだよ!? どうするんだよ!? なぁ!! おまえ、そこまで考えてんのかよ!!」
 本当に、よどみなく。日頃、僕の心の中にしまい込んでいた、不安と焦りと醜さが一気に紘太に向けて、ダイレクトに放出した。
 単純に。紘太に、僕の本当の気持ちを分かって欲しかっただけだったんだ。分かって、そして、前の紘太に戻って欲しかっただけだったんだ。
 その瞬間、僕を見る紘太の目が見開いて、潤んでーー泣く、と思った。
 バタンーッ!!
 派手な音とともに、僕の背中と頭に激痛が走る。
 激痛すぎて目がチカチカする。背中を強く打って、息ができない。僕の体にずしっと何かが乗っかってきて、僕はその正体が知りたくて、懸命に目を開けた。
「……!! ……紘太!! な、何……すんだよ!!」
 日頃、暇を持て余し筋トレなんかして、やたらイイ体を保持している紘太が。僕のどうしようもなく細い手首をガッチリ握って床に押し付けて……。紘太から逃れようと、僕は必死に体をバタつかせたけど……本当にビクともしない。
 ……弟に、負けてしまった。それが軽く……いや、かなりショックで。僕は紘太を睨みつける。そんな切羽詰まった状況下、紘太は少し怒ったようなその顔を僕に近づけて言った。
「恵介は、結婚できないよ」
「なっ!! 何、決めつけてんだよっ!!」
「できないよ、結婚なんて」
「なんでだよっ!!」
「だって、俺とするんだもん」
「はぁ!?」
「昔から好きだったんだ、恵介」
「……はぁぁっ!?」
「そこら辺の女子よりかわいいし」
 でた。
 僕の嫌いなワード〝かわいい〟
 でも今はそんな事で、怒ってる場合じゃない。場合じゃ全くないっ!!
「バカじゃねぇの!? 兄弟なんだよ、僕たちは!! そもそも男同士なのに、何考えて……」
「兄弟だし面倒な手続きがいらなくていいじゃん。……ま、俺は何が何でも、恵介を嫁にするけどね」
 そう言った紘太の目が、冗談を言ってる感じでもなくて……。僕は急に怖くなって、体が動かなくなってしまった。息ができないほど、胸が詰まる。痺れるほど、体が固まる。
「恵介、好きだ……。恵介は、俺のもんだ」
 その一瞬で。僕の唇と紘太の唇が重なって、紘太は僕の口の中に深く舌を絡ませる。同時に、足の間に膝を入れて、僕の体を突くように刺激してくる。
 いかんせんリアルでご無沙汰な僕は。紘太の容赦ない刺激に変な声をあげてしまった。……めっちゃ、情けない。
「……ん! ぁ、やめっ!!」
「やめる? やめられるワケない。こんなに色っぽい恵介を見て、やめられるハズがないじゃないか」
 紘太は僕のネクタイを片手で器用に外すと、僕の両手首を縛って自由を奪った。 
「や……やめっ……」
 冗談じゃない!! 真剣な紘太の眼差しに、背筋が一気に寒くなって。僕はたまらず顔を逸らした。
 そんな僕をよそに。康太は力づくでシャツのボタンが飛び散る勢いで引きちぎると。間髪入れずに紘太の舌が僕の体を這う。
「紘……やめろぉ! や、やめっ!!」
 やばい……! 一線を越える前になんとか……! そんな僕の懇願する声が聞こえないのか。紘太は強引にベルトを取らると、その中にスルッと手を忍ばせて僕のをしごき出す。
 紘太のスピーディな行動に、あっという間に、体が火照って……僕は情けない声が出てしまった。
「……あぁ……あ……」
「イッて、ほら。恵介、早く」
 お、おとうとに……。弟にしごかれてイくなんて……。情けなくも、気持ちいいと感じる僕に。僕は心底腹が立ってきた。それでも快楽を覚えた体は、紘太を突っぱねるどころか。頭の不快感とは真逆の行動をとる。
「恵介、結構溜まってた? すげぇ濃いじゃん」
「………や、やめ」
「いやいや、これからじゃん。結構、気持ちいいんだろ? それに今度は、俺が気持ちよくなる番だから」
 ニヤリと笑った紘太は、僕から出たのを指に絡め取り。鍛えられた膝で強引に広げた僕の中に、その指をゆっくり差し入れ、小さな振動を伴い弄ぶ。
 だんだん中に……。
 だんだん本数が増えて……。
 めちゃめちゃ感じるところを強くつついて……。
 体がしなる、腰がうく。僕、女の子みたいじゃないか。あの……あのかわいい腐女子が、僕に言っていたことが、なんとなく理解できてしまった。耐え難いくらい屈辱なのに、妙にストンと納得できたんだ。
 僕は女の子を惹きつけない。
 腐女子が喜ぶ、男を惹きつけるんだ……。
 それに比例するかのように、体が、腰が、揺れて紘太を吸い寄せる。
「こ……う……んぁ、や、やぁ」
「そろそろ、いいかな? 恵介、俺たち新婚初夜ってヤツ、経験しようか」
 ……は? ……シンコンショヤ?
 流石にそれはぶっ飛びすぎやしないか? ぶっ飛んだ紘太の発言に、一瞬で思考が停止して。同時に紘太の指が抜かれる。ぼんやりとする僕の中に、熱くて、硬くて、でかいのが、僕の中にゆっくり、ゆっくりと侵略するように入ってきた。
 ちょ……ちょっと、待って。
 待って……待って、紘太っ!!
「あ、全部はいった」
「………や……ら、抜…いて……」
 気持ちがいいからか、怖いからか。拒否した頭が快楽と恐怖で、ワケがわかんなくなる。
 震える体がよじって、しなって。
 僕はもう、どうにかなりそうだ……。
 二進も三進もいかない僕に、紘太は優しく微笑んだかと思うと、深いキスをする。
「恵介、前からずっと前から愛してた。これからは、俺だけのだよ。恵介」
「い……いっ……やぁ!!」
 紘太の甘い声と突き抜けるよう激しく揺さぶる行動が、僕を脳天まで刺激して。僕は今まで経験したことのない、気持ち良さと後悔に襲われてしまった。
 僕は、紘太の兄なのに。僕は、男なのに。
 どうして……なんで……でも、気持ち良い。複雑な心境を抱えて。僕は紘太に抗えず、体を委ねたんだ。



 リビングの床の上で一回。お風呂場の中で二回。紘太の部屋でさらに二回。
 弟である紘太は執拗に舐めて、突いて。
 兄である僕は、そんな紘太に喘がされてイカされて。とうとう腰が立たなくなった僕は今。僕のことを〝嫁〟と言ってはばからない紘太に、ベッドの上で後ろから抱きしめられている。
 ……おかしい。
 おかしいだろ、この状況もその言動も。
 曲がりなりにも僕は兄だ。紘太の兄なんだ。
 体力差、体格差はあるとしても。僕は紘太の兄なのに、紘太はさも愛しい恋人を抱きしめるかのような力加減で、僕を抱きしめるから……。こんな状況に僕は、石像みたいにカチコチに固まってしまっていた。
「………紘太……」
「何? 恵介」
「なんで……なんで、僕が嫁なワケ?」
「俺より小さくてかわいいから」
 でた。
 僕を苦しめるワード〝かわいい〟
 でも、今はそれを気にしている場合じゃない。
 ぼんやりする思考をフル回転で起動させ、僕は今更ながら紘太の説得にあたる。嫁じゃない、僕は兄だ。だからこんな状況はおかしいのだ! 直ちに僕から離れよ、と。
「今から言うのはあくまでも、あくまでも仮説……仮説だからな? 仮にそういう感じになったとしてだよ? 僕は外で働く、紘太は家で家事をする。奥さん的なのは、どっちだ?」
 口からつい出た説得の言葉が、あまりにも間抜けで。僕は焦ってしまって。紘太はそんな僕を見て、顔を僕の髪に近づけた。フッと鼻で笑うその空気が、僕の頬にかかって、僕はカーッと顔が暑くなる。
「俺、かな?」
 気を取り直して、頑張れッ!! 僕!!
「……じゃあ、なんで僕のことを嫁とか言うワケ?」
「かわいいから?」
「いや、だから……」
「恵介が嫁でいいじゃーん」
「ちょっ……ちょっと!! 紘太」
 暖簾に腕押しな紘太に腹が立った僕は。僕の体に回している紘太の腕をふりほどこうと、自分の腕に力を込めた。獣のカン並みに僕の動きを一瞬で察した紘太は、回している手をぎゅっと固くして僕の動きを封じる。そしてその手が、僕の胸の小さな膨らみにそっと触れて。強く優しくをいじってきた。荒くなる僕の息に反応するように。僕の後ろに熱くて固いものが当たって、じわじわと入り口に近づいてくる。
 ……抜け目がない、というか。……絶倫、というか。ひきこもっていたかなりの時間を発散するように、紘太が一気に僕を突き上げる。
「や……!! やめ……紘……太」
「……久しぶり、だなぁ」
「……え……?」
「小さい頃はよくこんな風にして一緒に寝てたよなぁ、俺たち。恵介が暗いの怖いっていうからさ、こうやって、俺がギュッてしてあげて」
「ち…ちが……それ、おまえ……んっ……」
「その頃から恵介は、かわいかったんだよなぁ」
「ちが……う……あ、あぁ……」
「そんな声出さないでよ。刺激したら新婚さんは、止まんないよ?」
「い、や……だから………や、やぁ」
 紘太は僕の手首を掴んで、そのまま覆いかぶさった。
 また、かよ……そして何度も言うが、新婚さんってなんだよ。どんだけすんだよ、コイツは……。
 などと、考えつつ。
 紘太の攻めに耐えられなくなって……僕はまた息が上がって、声が乱れる。イヤイヤ言いながら、僕のも熱を帯びてきて。
 ……ヤバい。
 ……僕は、完全におかしくなってる。
 間違いようもない弟である紘太に感じて、腰が揺れて。そしてまた、ありえないくらい気持ちよくなって……。
 父さん、母さん、ごめんなさい。きっと僕と紘太は、あなたたちに孫の顔を見せることができないと思います。
 なぜなら、兄である僕のことを〝嫁〟といってはばからない弟・紘太せいで。京田家の血筋は僕と紘太の代で終わってしまうかもしれないからです………。



「いててて……!」
 男は痛みに弱い生き物だって聞いたことがあるけど、全くもってそのとおりで。昨夜、紘太に散々弄ばれたありとあらゆる体の部位が痛くて、僕の体は情けなくも人目も憚らず悲鳴をあげている。
 だから、つい。僕はその体に蓄積した痛みを体外に出したくて「痛い」って口走る。
「どうした?恵介?」
 僕の隣に座っている同期の内村が、怪訝そうな顔で言った。
「い、いやぁ、昨日……弟と」
「ケンカ?」
「……まぁ、そんなとこ」
 弟曰くの〝新婚初夜〟で全身が痛いです、なんて……絶対に言えない。
「おまえんとこの弟、ヒキニートなんじゃなかったっけ?」
「まぁ、そうなんだけどさ。〝明るいひきこもり〟だから、体とか鍛えてて。僕より強いんだよ」
「……なんだよ、それ」
「兄ちゃんも大変なんだよ」
「そうか、大変だな恵介も。しかし、そんなんじゃ恵介を誘えなくなったなぁ」
「何に?」
「ナースとの合コン」
「マジで!?」
「企画課の岩本が行く予定だったんだけど、急に出張が入って行けなくなってさ。おまえならどうかなーって」
「……行く」
「え?」
「絶対、行く!! お願い!! 参加させて、その合コン!!」
「……おまえ、大丈夫か?」
「大丈夫!! 平気!! なんともない!! そういうことだからよろしく、内山!!」
「お……おう。わかったよ。こっちこそ、急に誘ったのにありがとナ」
 これは……これは、千載一遇の最後のチャンスかもしれない!!
 紘太の嫁から脱するチャンス!! 父さん母さんに孫の顔が見せられる最後のチャンス!!
 そして、さらに言うなら白衣の天使とか……!! 僕にもとうとう、強い運が回ってきたかもしれない!!
 ……と、思ったのに。
 結果は惨敗で………。僕にやっぱりあの〝呪いの言葉〟が、ずっとつきまとう。
「えー! かわいいーっ!!」
「なんか〝彼氏〟にするより〝癒し〟にしたい」と白衣の天使達に口々に言われ。昨日からの傷心を、自らの手でさらに大きなものにしてしまった感じになってしまった。
 かわいいって、なんなんだよ。
 赤の他人も弟もみんな、僕のことを〝かわいい、かわいい〟言ってさ。好きで、かわいいワケじゃないんだよ……僕だって。
 そう思うと、なんか泣けてきて。不自然に顔をうつむかせて、僕は夜道をトボトボ歩いたんだ。
「……ただいま」
「おかえり、恵介。遅かったね」
「うん……疲れたから、風呂入って寝るわ」
 泣きべそをかいた顔を、紘太に見せたくない……!! 全くもって最後の足掻きみたいに強がる僕は。僕は紘太と目を合わさず、その横をすり抜けるように一目散に風呂場に向かう。
 早く顔を洗いたかったし、なにより、弱ってる僕を紘太に悟られたくなかったし……早く、1人になりたかった。
 ガチャーー。
「!!……紘太!! なんで風呂まで入ってくんだよっ!!」
「だって、新婚さんだし。嫌なら鍵かければいいじゃん。まあ、マイナスドライバーで簡単に開いちゃうけどさぁ」
「!? なんなんだ、お前はっ!!」
 狼狽する僕を尻目に、明るく言い放った紘太は。僕風呂場に入り込むと、その広い肩で僕の貧弱な体を抱きしめる。
 シャワーで体があったまっているのにも拘らず、僕の体は小さく震えて。紘太の体を突き放したいのにできなくて……。
 僕はいい大人なのに、涙が止まらない。
「どうした?恵介。何かあった?」
「……んで……なんで、なんだよぉ……」
「恵介?」
「おまえも……みんなも……なんで……僕のことをかわいい、かわいい、言うんだよ……。そんなの言われたって、嬉しくともなんともない……なんで……なんで……」
 紘太は僕の顎を優しい手つきで支えると、唇をついばむようにキスをして。僕を労るように、そっと深く舌を絡めてきた。
「……ん……や、やめろ……って」
「カッコよくは、ないだろ。恵介は」
「……」
「恵介は綺麗な顔してるし、かわいいし。特に女子はやっかんでんだよ。だから、よっぽど器が大きな女じゃなきゃ、恵介は結婚できない。想像してみろ。ウェディングドレスを着た一生で一番キレイな自分より、横に並んで立ってる男の方が綺麗でかわいいなんてさ。耐えられないだろ、普通」
「……」
 酒が入ってるからか。はたまた、めちゃくちゃ傷ついているからか。
 妙に説得力のある紘太の言葉に、僕は言い返すことができなかった。その言葉に呆然としている僕の耳元に口を近づけて、紘太は吐息混じりに囁く。
「恵介のことを一番わかってるのは、俺なんだよ。だから恵介。潔く諦めて、俺の嫁になって」
 紘太がそのまま僕の耳たぶに噛み付いて舐めるから、僕はビクっとして体を反らした。
「……やっ! やめ……あ、ぁあ……」
「そんな声出すなよ、恵介。挑発されてるみたいじゃん」
 シャワーが常に体にあたって。それと同時に、紘太が僕の胸を舐めたり、指を中に入れたりするから。余計、体温が上がる気がする。
「恵介、後ろ向いて。挿入るよ」
「……んぁ、や……やぁ!!」
 僕の中にゆっくり入れてきた紘太は、僕の両腕をガッシリ握って、奥まで波打つようについてきて。
 ……な、なん……なんだ? 紘太に、弟に突かれてるだけで、イキそうになるなんて………。
 や、やば……い。
「……恵介、俺のでイッちゃった?」
「……ん、い…言う……な……」
「もう、俺の嫁じゃん。恵介は」
 僕の両腕を離した紘太は、僕を後ろからぎゅっと力強く抱きしめて、僕に言う。
「大好き、愛してるよ。恵介……っ!!」
そして昂った感情のまま、紘太がより深く僕を突き上げた。それと同時に僕の体は反り返って、中にあったいモノがジワジワ広がって。溢れたソレが太ももをつたっていく。
 今日一日、いろんなことがあって、いろんなことに傷ついて。一日の終わりに弟に犯されて。
 何も……何も、考えられなくて。
 頭がパンクして涙が止まらない僕は、紘太に体を預けて。ぼんやりとシャワーから止まることがない優しい水流を眺めていた。


「……ぁあ……あっ、やぁ」
 ベッドの上で飽きることのない紘太に激しく突かれて、喘ぎまくっている僕の口に紘太の指が入る。
「んっ!! んぁ」
「恵介……あんまり声出すと、母さんに聞こえるよ?俺の指、噛んでいいから、声我慢して」
 いやいや……。僕の声がどうこういうより、おまえが今すぐやめればいいだけなんじゃないのか??? って紘太にツッコミたいのに、できない。
 僕がいつもの僕なら、僕が精神的に弱ってなければ……間髪入れずに、ツッコンでるのに……。
 いや、なのに。このまま〝紘太の兄〟から〝紘太の嫁〟にシフトチェンジしてしまうんじゃないかっていう焦燥感と。紘太によってもたらされる、感じちゃいけない快感とが、頭でグルグル渦巻いて……。
「んっ......んんっ……」
「ヤバイな……恵介のその声も、たまんない」
「ん…ゃ……ぁ……」
「恵介……俺、また、イクッ!!」
 また、熱いのが中に流れて……。僕は、そこから、あんまり記憶がない。そして、薄れ行くかすかな記憶の中で、僕は史上最強を自負できるくらいの、画期的なアイデアを思いついてしまった! 紘太の嫁から脱することができるか、できないか。多分これが、本当に最後の……最後のチャンスかもしれない!



「僕、紘太の嫁になってもいい」
 紘太のベッドの上で、僕はきちんと正座をして紘太に言った。その瞬間、紘太の顔がほころんで、つられて紘太もベッドの上で正座をする。
「本当に!? マジで!? 恵介が嫁になってくれるなんて、俺、めっちゃ嬉しい!!」
「ただし」
「ただし?」
「条件がある」
「条件?」
「その条件をクリアしなきゃ、僕はお前の嫁にならない」
「……その条件って?」
 紘太が眉間にシワを寄せて、険しい顔をした。
「紘太が、ちゃんと大学に行って後期の単位、全部〝優〟をマークしたら、大人しく嫁になってやる。おまえのいうこともなんでも聞いて、めちゃめちゃいい嫁になってやる」
「……全部〝優〟とか、ハードル高くない?」
「おまえさ、僕のこと愛してる、って言ったよな?」
「……言ったよ?」
「おまえの愛は、その程度か? 〝優〟がハードル高いとかさ。僕に対する愛はそんなにすぐ嘆いてしまうくらいの、その程度の愛情だったのか?」
「……もし、大学に行くことすらできなかったら? 条件をクリアすることができなかったら?」
 今にも泣きそうな表情をする紘太に対し。僕は真っ直ぐに紘太を見つめる。
「……紘太の嫁にはならない。……僕は紘太の前に二度と現れない。この家を出ていく。兄弟としても戻れないとこまで来てるんだ。僕のことは最初っからいなかったって思ってよ」
 僕の答えが意外すぎたのか、紘太が潤んだ目を大きく見開いて僕を見た。
 そう。紘太には、選択肢がないんだ。
 条件を飲んで、素直に大学に行って、勉学にはげむ。僕が紘太の嫁になるには、正直、それしかないんだよ。ひきこもりから脱しない限り、僕は手に入らないんだよ。
 さぁ、どうする、紘太。僕を選ぶか、諦めるか。さぁ、どうする?
「……わかった。条件をのんでやる。……恵介、おまえ嘘つくなよ?」
 潤んだ目を射抜くように鋭くして、紘太は僕にしぼりような声で言った。
「僕が真顔で飄々と嘘がつけるような、器用なヤツじゃないってことくらい、おまえが一番よく分かってるだろ?」
「まぁ、な」
 ……まさか。本当に条件を飲むなんて思わなかった僕は、少し動揺した。
 いや、でも! ヒキニートである紘太の念願の社会復帰が、突然満願成就したことに胸が高鳴って高鳴ってしょうがない。と同時に「あ、コイツ、本当に僕のこと好きなんだ」って思った。
 だから、こんな風に。弟を……紘太を試すようなことをしてしまって……。狂喜している僕の胸のすみっこが、チクっと痛むんだ。
「手助けは……してくれないワケ?」
 さっきまでの鋭い眼差しを崩して。いたずらっ子ぽい顔をした紘太が、僕の膝の上に置かれた手を握って言った。
「手助け?」
「久しぶりの大学とか、不安でしょうがないし……恵介、朝、大学まで送ってくれよ。帰りは俺が、恵介の会社まで行くから一緒に帰ろう。不安だから」
 送迎って……幼稚園児か、おまえは!?
 普段の僕なら、きっとこんな風に即座にツッコミを入れていたに違いない。
 しかし!! しかしだ!! ここで……ここで紘太を「一人で行け!!」なんて突き放したら、紘太の社会復帰は二度と叶わないんじゃないかと思った。
 僕は紘太の手をギュッと握り返す?
「わかった。いいよ、紘太。付き合ってやるから。おまえが不安じゃなくなるまで、付き合ってやるよ」
 僕は紘太に握られていない方の手で、紘太の髪の毛にそっと触れて……。その時、紘太がにっこり笑って……。紘太が握っていた僕の手を引っ張ったから、僕の体が弾けるように、紘太の体に吸い込まれる。
「やっぱ、俺。恵介が大好きだ。……俺、俺さ。頑張るからさ。ちゃんと俺のそばで見てて?約束だからな?恵介」
「わかってるよ、紘太」
 ……ほだされたら、ダメだな。
 紘太を安心させたくて。紘太の不安を取り除いてあげたくて。よりにもよって、僕から紘太にキスをしてしまうなんて。
 お互いの舌先を軽く触れあわせて、唇を重ねて、舌を絡めて……。
 ……ほだされたら、ダメなんだって……僕、しっかりしろ……。
 って思いながらも、僕の体を押し倒す紘太に。僕はこの身を委ねたんだ。



「今日は会議が入ってるから、終わるのが二十時くらいなるかもしれないけど。紘太、どっかで時間潰しとくか?」
「あぁ、時間いっぱい図書館にいて。それから恵介の会社近くのコーヒーショップで勉強するよ。試験も近いし。頑張んなきゃ、俺」
「わかった。終わったら連絡するから。あんまり無理すんなよ、紘太」
「恵介のためなら、この俺だって多少の無理はするんだよ。じゃな、恵介。気をつけて」
 そう言って、軽く手を上げてにっこり笑う紘太があまりにもイケメンに仕上がっていて。実の弟ながら、僕は恥ずかしくなって鼻をかいて咄嗟に目を逸らしてしまった。
 紘太が僕の条件を飲んで、もうすぐ五ヶ月になろうとしている。この間ほぼ毎日、僕と紘太は一緒に行動して。
 毎朝、僕は紘太を大学まで送って。毎晩、紘太は僕を会社まで迎えに来て。そして、家まで一緒に帰るって言う、健全な中学生みたいな生活を送っていた。最初の頃こそ、目の覚めるようなイケメンが。緊張のあまり、右手右足と左手左足同時に動かし。ロボットのように、ぎこちなく門をくぐるという珍百景に遭遇したりしてたんだけどさ。
 今じゃすっかり緊張もほぐれて。友達とも話ができるようになったみたいで、僕は安心したんだ。前の紘太みたいに……紘太がいい方向に変わった。
 ちなみに。家というか夜でも、紘太は変わった。大学に復学したての頃は、そのストレスを僕にぶつけるように、紘太は毎日激しく僕を犯すようにシテたけど。今じゃもう、すっかり憑き物が落ちたみたいになっちゃってさ。勉強に熱心になりすぎて、僕にそんなに関心がなくなったように。絶倫か!? とツッコミを入れたくなる紘太の性欲が、週に一、二回程度に落ち着いてきている。
 ここまできたら、僕が紘太の嫁になるとか。口では僕のためとかなんとか言ってるけど。紘太自身、そんな約束もきっとどうでもよくなってるんじゃないかって……かすかに期待して。
 紘太がどうでもよくなってしまったんなら。また、前みたいな兄弟の仲に戻れるんなら。僕は願ったりかなったりで、それはそれでいい……んだ。
「……あぁ……あっ……んっ」
「恵介、その顔、めっちゃ色っぽい……」
「ぁ………こ…う………たぁ……」
「声出していいよ、恵介。今日は父さん達、いないからさ」
「んぁ……こう…た……」
 紘太は優しい手つきで胸や僕の中をいじって、そして鋭く中を突き上げる。そして僕は、それに反応して女の子みたいに体をしならせて喘ぎまくる。
 そう……そうだ。さらに言うと、紘太だけじゃなく僕も変わった。
 紘太に迫られるたびに、プライドと快感の板挟みになって泣きながら喘いでイカされてた僕も。恥ずかしい話、体がすっかり紘太に慣れてしまったんだ。
 兄とかどうこう言う以前に、男が男に最高に感じてしまって、僕自身収拾がつかないくらいなレベルに陥っている。
 ……ヤバイ……これは、かなりヤバイぞ?
 紘太の嫁にならなかったとしても。僕がちゃんと女の子とデキるかどうか、すごく不安になって。
「父さんと母さんに、孫を見せる!」って頑張っていたはずなのに。もう父さんと母さんに孫の顔は見せてあげられないかもしれないなぁ、なんて………。
 紘太が約束にやぶれることになったら、僕はいい大人なのに、女の子に慣れる努力をしなきゃいけないんだ。
 ……今さらながら、ハズカシイ。
「恵介、今日合コン、行かね? メンバー集まんなくて困ってんだよ」
 隣の席の内村に薮から棒に話を振られて、一瞬、僕は固まってしまった。
 合コン……とか、中学生並みの生活を送っている僕にとって、そのワード、久しぶりすぎる。なんか、妙に新鮮だ。
「……ごめん、弟がまってるんだ。今日まで試験でさ。付き合い悪くてごめんな、内村」
「いいって、いいって。弟さんもうちょっとでヒキニート脱出できそうなんだろ? 恵介も大変だな。頑張れよ、兄ちゃん」
「ありがとう、内村」
 合コン、懐かしなぁ……なんて既婚者かよ、僕は。
 紘太が大学に復学してからというもの、僕は合コンどころか、会社の飲み会すら参加していない。弟……紘太を優先にして、紘太のために過ごしたこの五ヶ月。
 もうすぐ、その生活も終わるっ!! いろんな意味で自由になれるんだ!!
 だから、試験が終わった今日は、頑張った紘太にうんと優しくしてやんなきゃ、って思っていた。
「……試験、おつかれさま。……どうだった?」
「まぁ、結構、いけたはず」
「……そうか、良かった……頑張ったな、紘太」
「約束、覚えてる?」
「……あの?」
「うん、嫁の話」
 ……覚えてたのか、やっぱり。
 もう、どうでもよくなったのかと思ってたのにな、紘太は。
 僕はそんな紘太の声を聞いて、不安と安心の複雑な感情が心で渦巻いていることに気づく。
 ……でも、今日は、今日だけは。ちゃんと紘太の頑張りを褒めてやらなきゃ!!
 紘太の試験が全部終わって。〝おつかれさま会〟と称して、僕は少し高いホテルに紘太を招待した。
 日頃クールな紘太が目を丸くするくらいのいい眺めの部屋をとって。ルームサービスで紘太の好きな食事を食べて。そして、二人してシーツの中に潜り込む。 なんか、さ。本命に対するデートコースを実の弟にしている僕も、よく考えたら本当、どうかしているんだけどさ。
 ひきこもりの紘太が、いろんなことに頑張ったってことを目一杯褒めてあげたかったし。頑張ったらいいことがあるんだって思い出を、ゃんと紘太に残してあげたかった。
「……覚えてるよ、大丈夫」
 僕の淡い期待は脆くも崩れ去って、あとは、1つでも〝優〟がとれないことにかけるしかない。紘太の嫁を回避するには、もう、僕にはそれしかなくなってしまった。 
 忘れてる、それが……一番、紘太が傷つかない方法だったんだけどなぁ。
「恵介……ありがとう。色々、手助けしてくれて……」
 紘太は僕の手に指を絡ませて、僕の首筋に優しくキスをして言う。

「……気にすんなよ。……今日はさ……僕が、おまえを気持ち良くさせてやるから……。初めてだから、下手くそかもしんないけど、文句言うなよ?」
 重なってる紘太の体を引き剥がし、僕は滑らかに肌をこするシーツの奥にもぐって、紘太のソレを舌で転がす。
 時間をかけて、舌を這わして。ゆっくり、深く、口に含んで。少し離れたところから、紘太の息が乱れて、喘ぎ声が聞こえて。
 僕は、それに少し気を良くした。いつもヤられっぱなしだったから……今日くらいは、そんな紘太を見てみたかったし。
 ちょっとズレてるけどさ。なにより、兄である威厳を取り戻したような気がしたんだ。だから、僕は、グッと喉の奥まで口の中に入れ込む。舌で口で激しく愛撫すると、紘太が余計乱れて。
「……っあ!!」って……。
 小さく紘太が言って体をしならせる。
 立て続けに、僕の喉の奥に暖かいものがあたって、体の中に落ちていった。
「……んっ……」
「……け、けいすけ……ごめん」
「……大丈夫……気持ち、よかったか? 紘太」紘太は僕を抱き上げると、その膝の上に乗せて僕の腰に手を回した。
「恵介を早く嫁にしたい」
「自身……あるんだろ?」
「まぁ、な」
「全力を尽くしたんなら、後悔してないんだろ?」
「ああ……恵介、好きだ」
 腰に回した手に力を入れて、僕の体を紘太の体に引き寄せた紘太は。その重なった肌の感触にうっとりしたような顔をして………また、深く、キスをした。
 僕はその紘太の表情に、罪悪感を覚えた。こんなに真っ直ぐ、僕を思って、僕を愛して……。
 僕は、そんな紘太の気持ちを弄んでいるような感じがして……。
 苦しくて……泣きたくなって……僕は、紘太の兄なのに………。
 こんな気持ちになるなんて、本当に思わなかった。僕は、僕は……紘太が、好きになってしまったかもしれない。



どうしよう……。一日がこんなに長く感じるなんて、思いもよらなかった。
 前の日に女の子にこっぴどくフラれて、ぬらぬらした状態で仕事ををしていた時より、ずっと長く感じる。まぁ、女の子にフラれまくってる、僕にしかあてはまらない例えだけどさ……。
 だって、今日は。僕にとっても紘太にとっても運命の日だから。今日、紘太の試験の結果の全てが分かる。
 僕が紘太の嫁になるか、もしくは……僕が紘太の前から消えるか。
 もう、そろそろ……連絡が来るはずなんだけど。仕事中にもかかわらず、僕はスマホをぎゅっと握りしめて、片時も離さないようにしていたんだ。
「恵介、ちょっといいか?」
 突然、隣の席の内村に話しかけられて、僕は驚いたネコみたいに体を大きくビクつかせてしまった。そわそわしてるし、スマホなんか握ってるし……「仕事に集中しろ」って、怒られるな、こりゃ。
 僕は内村に促されて、リフレッシュコーナーに足を運ぶ。
「恵介」
「悪いな、内村。仕事に集中してなくってさ。今日、弟の試験の結果が出るんだよ。気が気じゃなくてさ……」
「そんなに、弟が気になる?」
だって、弟の嫁になるか、ならないかの瀬戸際なんだよ!? 僕の人生の〝if〟なんだよ!?
 なんて、内村に言えるワケもなく。僕は内村の質問に、ちゃんと答えることができなかった。
「そんなに弟が……好きなのか?」
「……唯一の兄弟だし、大事だよ?」
「それはさ、兄弟として好きなのか?」
「内村? 何が言いたいの? おまえ」
「……好き、なんだよ……」
「……はい?」
「おまえのことが好きなんだよ!!」
 ……いやいや。
 ちょっと、待ってよ。
 なんで!? なんでなんだよ!?
 なんで女の子じゃなくて、弟を筆頭に男にばっかモテるんだ?
 しかも、人生最大のモテ期到来と言わんばかりに、気のおける同期にまで告白されるなんて。あのかわいい腐女子が、めちゃめちゃ喜びそうな感じ満載じゃないか……。
 ブルッーーと。
 このすごくありえない状況下の今。僕のスマホが小さく震えた。
 紘太!!
 僕は慌てて、ポケットからスマホを取り出した。
〝恵介……1個、良だった。どうしよう〟
 僕のスマホの画面にポップアップで表示された、紘太の悲痛感アリアリのメッセージが、スッと消えていく。
 そのメッセージが瞼に焼き付いて……。
 鼓動が強くなって、苦しくなって……。
 僕は、頭が真っ白になってしまった。
 そんな中、ただ一つだけ。僕の中にハッキリ浮かんだ感情があった。
〝……紘太、紘太に、今すぐ……会いたい!!〟
「弟?」
 内村の声がすぐそばで聞こえて、ハッとする。こんな……こんなトコで、こんなコトしてる場合じゃないっ!! 早く! 早く!! 紘太のとこに行かなきゃ!!
「……内村、僕、おなかが痛くなってきたから早退する」
 咄嗟に僕の口から出た言い訳。あまりにも小学生みたいな言い訳で、我ながらうんざりする。
「はぁ!?」
「じゃ、そういうことで!!」
 内村の前からダッシュで立ち去ろうとした僕の体はガクンと停止して、それを阻まれた。振り返ると、内村が僕の腕をがっちり握っている。
「離せって!! おなかが痛いから帰りたいんだって!!」
「恵介おまえの返事聞いてねぇよ!!」
「今はおなかが痛くて、それどころじゃないんだよ!!」
「恵介!!」
 最後まで小学生みたいな言い訳を貫き通して、僕は内村の手を思いっきり振り払って、走り出した。
 走って、走りまくって。走りながら、紘太に電話をかけた。
『……もしもし?恵介?』
「紘太!おまえ、今どこなんだ!!」
『ごめんな、恵介。たくさん手助けしてもらったのに……約束、果たせなかったよ』
「そんなこと言わなくていいから!! 今いる場所を言えっ!!」
『俺……頑張ったんだけどなぁ。めちゃめちゃ、頑張ったんだけどなぁ……』
 いつも自身有り気で、余裕たっぷりな紘太の声じゃない。
 弱い、もろい……。
 そんな紘太の涙声がスマホ越しに聞こえる。
「紘太! しっかりしろって!! 今から僕がおまえんとこ行くからっ! 今、どこにいるんだ! 紘太!!」
『恵介が……恵介が、いなくなっちゃう……俺がダメだったから……俺が……俺が』
「紘太っ!!」
 プツッーー、ツー、ツー、ツー………。
 僕がありったけの大声で叫んだ瞬間、紘太との通話が切れた。
 そういえば、そうだった……。紘太は、小さい頃からそんなんだったんだ。
 兄ちゃんだけど、昔っから体が細い僕に対して、上から目線で弟のクセに兄貴ヅラしてるのに。虚栄を張った心の内側は、もろくて繊細で。捨てられた子犬やら子猫やら、やたら拾ってくるくらい、小さい生き物に優しくて。悲しい映画やお涙頂戴ものの小説でさえ、ポロポロ泣いてさ。平気なフリしてるけど、些細なことで傷つきやすくて、兄ちゃんである僕にでさえ、隠して、隠れてひっそり泣いて……。
 あんなにイケメンで。
 あんなに〝俺様〟っぽいのに。
 実は、優しくて、繊細で、もろいヤツだったんだ……!!
「……紘太っ!! どこだっ……!!」
 僕は走って末の荒い息で、絞り出すように呟いた。
 考えろ!……紘太が行きそうなとこ……考えろっ!! 考えろ!!
 ……あっ、あそこ?
 いきなり……雷に打たれたみたいな……神様の啓示を受けたみたいな。瞬間的に、懐かしいあの場所が思い浮かんだ。
 そして、体が何かに弾かれたように。僕はまた、走り出したんだ。



 家の近くには〝愛宕山〟って小高い山があって。小さい頃は、紘太と2人してよくそこで遊んだ。
 秘密基地を作ったり、拾ったエロ本を隠したり。その山のてっぺんには神社があってさ。社の裏に小さな小屋があって、僕たちはよく宝物を隠していた。エロ本とか……隠してる時点で、僕たちは随分罰当たりなことをしてるんだけど。
 紘太はそこがすごく気に入ってて。母さんに「ダメっ!」って言われた子犬とか子猫とか、こっそり飼ってたり。イヤなことがあったりしたら、そこにこもって出てこなくなったり。
 そういう時は、いつも、僕が紘太を迎えに行っていたんだ。まさか、いい大人になってまで、そんなとこに紘太を迎えに行くことになろうとは思わなかったけど……。
 絶対、あそこだっ!! あそこにいるはずっ!! 僕は妙に確信があって、社まで続く石階段を駆け上がった。
「紘太っ!!」
 立て付けが悪い小屋の引き戸を強引に開けて、僕は叫んだ。
「……けい……すけ」
 やっぱり……。
 おまえが隠れるって言ったらここしかないのか、ってツッコミを入れたくなるくらいら、紘太は僕が考えていたとおりの場所にいて。今の今まで、イケメンが泣いてた顔をしている。寒さからなのか、ショックからなのかわからないけど、鍛えた体を震わせて……。紘太が……僕より、小さく見えて。僕は飛びつくように、紘太を抱きしめた。
 ……体が、丸ごと冷たい。そう感じて、僕は腕により一層力を込める。
「恵介……俺、ダメだった……。恵介を……恵介が……遠くに行っちゃう……」
「紘太っ!! しっかりしろっ!! おまえ、なんか勘違いしているぞ!?」
「……勘違い?」
「僕は、僕は全部〝良〟以上って、言ったんだ!!」
「……え?」
 紘太が僕の体を引き剥がして、目を丸くした。
「……〝優〟って…」
「〝良〟だよ〝良〟!! 何勘違いしてるんだよ、紘太!!」
「……え?……良?……え? え?」
 動揺する紘太を、僕はもう一度抱きしめて言った。
「嫁に……紘太の嫁になってやる」
「え?」
「紘太、僕……おまえの兄ちゃんだけど……兄ちゃんで男だけど……おまえの嫁になる」
「……恵介」
「紘太。僕……紘太が好きだ。好きなんだ……だから、紘太。僕を……紘太の嫁にして……」紘太の潤んだキレイな目を見てると、切なくて、苦しくて、我慢ができなくて……僕は自分から、紘太に深いキスをした。
「あっ! っっあぁっ!! こう…た」
「恵介!……離さないっ……からっ」
「んぁあっ! こ、うた……」
「……恵介っ!!」
 小さい頃に入り浸っていた、この思い出深い小屋で、僕たちは貪るようにお互いの体を求めた。
 スーツが汚れる、なんて関係ない。
 声が大きいなんて、構ってられない。
 バチがあたるかも、なんてクソ喰らえだ。
 紘太にキスをして舌を絡ませたら、紘太は僕の中を激しく深く突き上げる。こんなトコでシてるからか、なんだか変なテンションになってしまって、僕は紘太から離れたくない。
 ずっと、ずっと、こうして。紘太と密着していたい。 
「こうたぁ……」
「恵介……恵介………俺の、俺の………嫁になって」
 紘太の耳元で囁く声が、胸と、おなかにずんって響いて……感じて……一気に体が熱くなってきた。
「もち……ろん……こうた…….愛してる」
 そうだ……ずっと前から、僕は紘太が大好きで、そばにいたくて。だから僕は、紘太の嫁になることを選んだんだ。



「恵介、そろそろ起きなよ。遅刻するぞ?」
「……う……ん…紘太……」
「何?」
「……おまえ、僕が寝落ちしてる時に、何回シた?」
「3回、くらい、かな?」
「……いい加減にしろよ、おまえ。腰がスッこ抜けて立てないじゃないか」
「ごめん、ごめん」
「……ごめんじゃねぇよ」
「だって新婚さんだろ、俺たち?しょうがねぇよ」
「……んの、サル!!」
「恵介だって、寝てるのによがっててかわいかったよ?」
「……っ!!」
 僕が紘太の嫁になって、もうすぐ一カ月たとうとしている。
 僕はあの時、咄嗟に嘘をついた。その結果、距離のあった相思相愛の僕たちは、一気に距離ゼロmmの相思相愛になる。
 オール〝優〟をオール〝良〟以上って、嘘をついて。僕自身、紘太から離れたくなかったし、なにより、あんなに傷付いた紘太をこれ以上見たくなかったし。
 あの嘘は、僕たちを救った、ついてもいい嘘だと思ったんだ。
 きっと、正解。後悔なんてしない、嘘。
 あれから、僕たちは意を決していろんな行動を起こす。まず、2人して実家を出ることにした。
「紘太がひきこもりをカンペキに脱するため」と口ではナントカ言っていたけど、要は父母を気にしないで堂々とエッチなコトがしたかったから。
 紘太の言うとおり、僕だって新婚生活を満喫したかったんだよ……こう考えると、僕もたいがいだな。
 そうしているうちに、自然と紘太のひきこもりの原因を聞き出すこともできた。
 まさか、それに僕が絡んでるなんて思いもよらなかったけどさ。
 遡ること、三年前。紘太は、友達が発した言葉に、ショックすぎて真っ白になったらしい。
「あれ、紘太の兄ちゃん? めっちゃキレイだなぁ。似てないから紘太の恋人かと思ったよ。まぁ、紘太はソッチ系じゃないから、それはないけどさ。それにしてもおまえの兄ちゃん、すげぇ美人! そこら辺の女よっか爆イケじゃん! 名前なんていうの? ノンケ? 恋人はいるの? 男に興味ない? ねぇねぇ、教えてよ~」
 兄がそんな目で見られていたなんて……。
 しかも兄をそんな目で見ているヤツと友達だったなんて……。しかも、そんなことを言われて「兄である恵介を寝取られる」という危機感を抱いてしまうなんて……。
 紘太が感じた違和感は、紘太をさらに押しつぶし始める。
 そんな友達の言動で、弟なのに兄である僕をめちゃめちゃ好きだってことに気付かされるなんて……!色んなコトと色んな感情が一気に紘太を襲ってきて、紘太はそのまま家から一歩も出られなくなった。
 兄が好きーーだなんて!! でも!!
 このままじゃ、いけない。いけないけど、外の色んなものが紘太を見ているんじゃないかと思うと、怖くて家から出られない。
 そこの考えを突き詰めると、紘太は何故か僕を守らなきゃ、と言う境地に達したらしく。できる範囲で、恵介を守るためには何をしたらいいか、ひきこもりの3年間、悶々と1人修羅場っていたようだ。
 ……で結果、思いついたのが。恵介を守るためにとりあえず体を鍛えて、恵介の為に家事全般をカンペキに覚えて。
 いつでも僕を守れる準備ができたって思えるようになった矢先。無自覚に紘太を挑発して誘ってきた僕に我慢ができなくなって……襲ってしまったらしい。
 しかも、結婚しようって。
 嫁になれって。
 紘太自身が胸の奥にしまっていた願望と感情を爆発させて……胸の内を暴露した紘太は。僕に向かって静かに「ごめん」と言った。
 そして、僕は改めて気付かされる。
 僕が、原因なんだ!!
 腐女子好みの僕は、無自覚に男を惹きつけるフェロモンをダダ漏れさせているということに!!
 そんなのを嗅ぎ分けられるなんて、あのかわいい腐女子、タダモノじゃないな……相当な手練れだ。
 僕のフェロモンに惹きつけられた内村とも、あの後、僕はちゃんと話しをした。まぁ、「おなかが痛い」って言って逃げ出した僕が悪いんだけどさぁ。
 ちゃんと、言った。
 弟が好きだと言うこと。その気持ちはこの先も変わらないし、内村の気持ちには答えられないこと。
 全て、正直に内村に伝えた。女の子にフラれることはあっても、男をフッたことなんて初めてのことだったから。平静を装いつつも、僕の心臓は張り裂けんばかりに強く鼓動して……極度の緊張からか、倒れるんじゃないかって思った。
 多分、僕くらいじゃないのか? 堂々と、男をフッたのって。
 「ま、そんな気はしてたんだよな……。でもさ、俺は多分これから先も恵介が好きだと思う。恵介と一緒でこの気持ちは簡単には変わらないからさ……。悩みとか上手くいかない時とか、今までどおり全然頼ってもらっていいから。な、恵介」
 内村は、フラれたのにしゃんとしてて。
女の子にフラれるたびにぬらぬらしていた僕なんかよりずっと大人で。内村がにっこり笑って右手を差し出すから……。
「内村、ありがとう」って、僕はその手を握り返したんだ。


 ブルッとーー。
 ポケットに入れていたスマホが、短く震える。
『今日は早く授業が終わるから、俺なんか飯作るけど、何がいい?』
 スマホの画面にポップアップされた紘太からの通知に触れて、僕は思わずニヤけながら返信する。
〝なんでもいいよ〟
『それが一番困るんだけど』
 って、おまえは新妻か……。
〝じゃあ、からあげ〟
『了解!!早く帰ってこいよ。待ってるから』 
 だから、おまえは新妻かって……。
〝わかったよ。定時に上がれるように頑張るから〟
って、ニヤけながら返信する僕も。たいがい紘太に流されて。紘太が大好きで……。
 たいがいキちゃってんな、マジでって思った。



「はぁ……こう…た……ソコ、ダメ………」
 深いキス紘太のキスからようやく口が解放された僕は、僕の中を指で弾く紘太に、息も絶え絶えに訴えた。紘太は僕の一番感じるところを知っているから。 さらに、その扱いが上手くなってきて、僕の胸を舌で転がしたり、身体中のありとあらゆる性感帯を紘太に開発されて、僕はドロドロにハマってイカされる。
 ちょっと、まてよ? 新婚さんって、もっと爽やかなもんなんじゃないのか???
 新婚さんって、もっと初々しいもんなんじゃないのか???
 って新婚さんって、いつまで続くんだ???
「恵介……そんな顔すんなよ……。余計、ムラムラする」
 僕の中に何本って入っていた紘太の指が抜かれて。代わりに中いっぱいに隙間なく、熱くて硬くて太いのが、グッと勢いよく入ってきた。たまらず、体が反り返る。
「んぁあっ! や、やぁ……っあ……」
「イヤなの?」
「やぁ……おく……あた…る」
「やめる?」
 こんなにしといて……やめる、なんて。僕は紘太の首に両腕を回した。
「イジ……ワル……言うなよ……」
「だから、そんな顔するなって……ムラムラが止まんなくなるって……イジワル、したくなるって……」
「だって……」
 紘太は僕の頰を両手で覆って、唇をついばむように優しくキスして、深く舌を絡める。
 僕は、これが好きなんだ。紘太とつながっていて紘太の体温や鼓動を感じて。
 ずっと、ずっと、こうしていたい………。
「恵介、愛してる。ずっとそばにいて」
「紘太……僕、おまえの……兄…ちゃん、なのに……僕……本当に……おまえの嫁で、いい?ずっと、嫁に……してくれる?」
 紘太は僕ににっこり笑うと、優しく言った。
「もちろん、俺は恵介しかいらない」
 そして、また、唇を重ねて。紘太が下からスピードをあげて、奥深くを揺らしながら突き上げるから。僕はつい、つま先に力を入れて、腰を浮かせてしまった。
 ひきこもりだった弟に「嫁になれ!」って迫られて。そんな弟に惹きつけられた僕は「嫁にして」って弟に迫って。普通じゃ、絶対にないシチュエーションだけど。
 僕は……僕と紘太は、今、本当に充実していて、幸せで。
これから先も、こんな感じで過ごせたらなって……。 まぁ、あれだ。
 唯一の懸案事項である、京田家の将来のことは……ボチボチ考えよう。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

熱のせい

yoyo
BL
体調不良で漏らしてしまう、サラリーマンカップルの話です。

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

箱崎の弟

猫宮乾
BL
兄弟アンソロ寄稿作品の再録です。兄×弟。出張から帰ってきた兄にアナニーがバレていて、お土産にバイブを渡されるお話です。ハッピーエンドです。近親苦手な方はご注意下さい。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

処理中です...