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#1 α×β

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「と、いう事情だから。先に戦線離脱して悪いな」

はじめ兄の告白に、普段あまり感情の起伏がでないオレでも、さすがに驚いた。

驚きすぎると人間って、声が出なくなる生き物のようで。
顔に力が入っているのはわかったけど、単語ひとつすら、口から出てこない。

「………つぐむ。そこはさすがに『えーっ!』とか『裏切り者ーっ!』とか、言うんじゃないのか?」
「………いや」
「それともあれか?『兄弟のために犠牲になってくれるなんて、ありがとう!はじめ兄』って感動してるのか?」
「………たくさん言いたいことはあるんだよ。言いたいのはやまやまだけど、驚きすぎて声が出ないんだよ。はじめ兄」
「………そうか」
「いつから?」
「………きた早々、かな?」
「……………」
「引いてるだろ?」
「………少し」
「だろうな」
「で、みつるには言ったのか?」
「いや、まだ。………あいつ、俺に対する依存度が高いし………。ショックで自暴自棄になったりしたら、元も子もない。高校生になって間もないみつるを、変に不安定にさせたくないからな」
「それは同感」

お見合いとして連れてこられたタワマンに、赤の他人と共同生活をして相性を確かめ合うという、ほぼリアル・テラスハウス的な生活にクラスチェンジして早1ヶ月。

一番そういうのとは無縁で、一番毛嫌いしてそうなはじめ兄が、真っ先に白旗を揚げるとは思わなかった。

「俺、順一郎さんと付き合ってる。近い内に結婚するかもしれないから」

そのはじめ兄の言葉に、「なんじゃそりゃあ!?」なんて叫びたかったよ、本当は。

いつも優しくて弟思いな、はじめ兄の意外な告白。

でもその顔は、晴れ晴れとしていて、幸せそうで…………。
覚悟を決めた、そんな意思が伝わる顔をしていた。

まさか。

真面目で、面倒見がよくて、努力家で。
こんなバカげたテラスハウスなんて、はじめ兄のそんな性格には絶対に合わないと思っていたのに。

よりにもよって一番に母親の思惑どおりになるなんて。
ましてや、相手がセレブ・菊浦の長男とだなんて、想像すらつかなかったよ。

厚生労働省に配属になってなれない仕事に邁進すり傍ら、そんなことをイタしていたなんて、見直したというか、尊敬に値する。

すげぇな。

しかも〝結婚を前提〟にとか、真面目なはじめ兄らしくて。

………中央官庁のキラキラ・キャリアウーマンの皆さまには、ご愁傷様としか言いようがない。

ハイスペックのはじめ兄には、結婚を間近に控えたこれまたハイスペックな許婚がいるんだからな。









こんな不可解極まりない生活が始まって1カ月。

オレの周辺は、はじめ兄みたいに劇的に変化する予兆すらない。
毎朝、定時に起きて大学に行って、たまに図書館に行って、みつるを迎えに行って一緒に帰ってくる。

セレブ・菊浦のナンバリング三兄弟の面々とも打ち解けてきて、次第に会話がスムーズになってきた以外は、実家の小さな家でわちゃわちゃ過ごしていた時と、なんらかわらず。
ましてや、あのナンバリング三兄弟の誰かとどうこうなるなんて、自分自身ですら想像つかないから。

でも、はじめ兄を見ていると………。
本当………人生、何があるか分かんない、と痛感したんだ。

………ひとまず、ウザめ100%の母さんの願いがだいたいな感じで早々に叶ったんだから、オレとみつるはマイペースでこの異常生活を乗り切ればいい。

オレは別にどうでもいい。

アルファだし、なるべくマイペースに過ごしていたら、なんとなく毎日を可もなく不可もなく過ごせるし。

でも、みつるが………。

みつるはオメガだし、今から色んな辛いことや苦しいことを運命づけられているから………。
みつるだけは、穏やかに楽しく過ごしてくれたなら…………オレは、それでいいんだ。

〝つぐむちゃん、今日体育委員の集まりがあるから先に帰ってて〟

学ランの似合う中坊から、晴れてブレザーに着られてる感が強い高校生となったみつるから、メッセージが届く。

以前は、過保護なくらいはじめ兄がみつるのことを心配して、学校の帰りとか塾の帰りは迎えに行っていたけど、はじめ兄が社会人になった今、その役目は比較的時間に余裕があるオレに引き継がれた。

『遅くなってからの方が危ないっつーの。何時になってもいいから、一緒に帰ろうぜ。駅前のタリーズで待ってっから』

〝つぐむちゃん、僕は最近、気になることがあります〟

『何だよ』

〝つぐむちゃんは、最近はじめちゃんに似てきていると思います〟

『兄弟だし、当然』

〝んもーっ!!そんなトコもますますはじめちゃんじゃん!!〟

………ガキかよ。

こんなんじゃ、ヒートなんて程遠いだろうな。

〝でも、ありがと!つぐむちゃん!なるべく急ぐね〟

………って思った矢先に、意表を突くことをしてくるあたり………。

ガキかと思っていたけど。

………いつまでも、素直でかわいい小さな弟のつもりで接していたみつるが、ぐんっと大人になった感じがして、背中が変にムズムズしてきた。
レポート課題の本を読み終え、ふと店外に視線を移すとちょうど窓ガラスの真正面にみなれた背格好の高校生が立っている。

………あ、あの制服。

その制服姿の子の挙動不審な目の動きや、若干緊張したような固まった体の動きが、いつものその子とは感じが違って。
いつもなら面倒臭くてスルーするオレが、無性に声をかけたくなって、荷物を置いたまま席を離れた。

「昇三郎くん?こんなとこで何してんの?」

オレに唐突に名前を呼ばれた高校生は、猫がビックリしたみたい体を飛び上がらせて全身で驚く。

「……つ、つつつぐむ、さん!!」
「買い物?待ち合わせ?」
「い、いや!!違う!!」
「???」
「何でもない!!」
「そう。じゃあ、しばらくオレに付き合ってよ」
「なんで、おまえなんかに!!」
「みつる待ってんだよ。どうせなら一緒に帰ろうぜ」
「!!!」

………???

なんだ?今の反応?

みつるの名前を出した途端、昇三郎の顔が初恋中の乙女かってくらい、真っ赤に変化する。

………へぇ、ひょっとして。

「もしかして、みつるのこと待ってた?」
「違……違うっ!!そんなコトあるわけないっ!!したがって、おまえに付き合う筋合いもない!!帰るっ!!」

昇三郎はオレにそう喚くと、踵を返して駅に早足で向かって行った。

………すげぇ、面白い。

今時、あんなにウブで硬派な子が存在するんだ。

きっと、昇三郎はみつるのことが好きなんだな。 ってか、あんなあからさまな態度を取ってたなら、真面目一直線でこんなことには疎いはじめ兄でも気付きそうだ。
本来ならば、オメガというオプションを除いてもかわいい弟につきまとうようなヤツは、片っ端から排除する。
それは、はじめ兄とオレとの暗黙の了解。

でも、昇三郎ならいいかな。

1カ月寝食を共にして、ナンバリング三兄弟の為人が見えてきたオレは、素直にそう思ってしまった。

コイツらの母親と俺たちの母親は、ぶっ飛んじまって変人極まりないけど。

ナンバリング三兄弟は、さすがイイとこの坊ちゃんって感じで、穏やかで性格もいい。
末っ子の昇三郎は人見知りの性格からか、オレたちにまだ慣れないところもあるけど、さりげない気の使い方とか、真っ直ぐで不器用だけど嘘がない。

みつるには、オメガ性に流されることなく、ちゃんとした人生を送ってもらいたいから、オレとしてはこんな誠実な人て付き合ってもらいたいわけで。

でも、この2人。

素直という共通点はあるものの、不器用と天然じゃ一生その恋は実らない。

だからオレは、かわいい年下男子たちのために、滅多にしない………おそらく一生に一度のお節介を焼くために、一肌脱ぐことを決めた。










「昇三郎くんって長いから、昇くんって呼んでいいかな?」
「………うん」
「なんか飲む?」
「………いらない」
「そう。じゃ、オレと一緒でいいね」
「……あの、つぐむさん」
「何?」
「………このことは絶対に、」
「言わないよ、誰にも」
「…………」
「〝一緒に住んでる者同士が、一緒に待ち合わせて帰路につく〟それだけだろ?」
「…………」
「そろそろオレのこと信用してくんない?こうして待ち合わせすんの、もう10日目だし」
「…………」

みつるを待つ駅前のタリーズで、オレはだいたいいつも昇三郎と同じ会話を繰り返す。
昇三郎のみつるに対する気持ちを察したあの日の夜、オレは昇三郎に帰りを一緒に待つことを提案した。
はじめは、頑なにみつるへの思いとかを否定していた昇三郎だったが、とうとう色んな欲望に根負けしたのか、こうして毎日一緒に帰る生活が始まった。

っていうか。

あれだけ、顔にも態度にも出ていたのに、バレてないと思っていた昇三郎の神経が分からない。

と、いうより。

昇三郎が人一倍、人付き合いが苦手なせいもあるかもしれない。

こんな定例的な上に変則的な会話だけど、喋ってくれるようになったからまだマシな方だ。

みつるに対しては、かなり重症で。

みつるが壊れたラジオみたいに喋りまくる横で、顔を真っ赤にしながらその話に相槌を打つ昇三郎様は、見ていて「ガキの初恋かっ!」と突っ込みたくなる衝動にかられる。

そう、小学生が初めて異性を意識しだしたような。

そんな感じで………これは、相思相愛になるまでかなりの時間を要する、と直感した。

そして今日も。
その日常風景が、オレの前で繰り広げられている。

「昇三郎さんの学校にも教育実習の先生来た?」
「…………(うん)」
「僕の学校にも来てね、僕のクラスに来たんだよ?現代文の先生なんだって!」
「…………(うん)」
「健二郎さんの大学の後輩なんだって!健二郎さんは、大学でも有名人だったって言ってたよ!すごいよね、昇三郎さん!」
「…………(うん)」

いくらみつるが笑顔で話を振ろうが、軽くボディタッチをしようが、昇三郎は万事こんな感じ。

………昇三郎よ、君はそれで楽しいのか???

「………あれ?」

年下男子がわちゃわちゃ………どちらかと言えば、静と動のわちゃわちゃを見守っていたオレは、ふとみつるに対する違和感を覚えた。

「何?つぐむちゃん」
「おまえ、ちょっと体臭が変わったか?」
「うーん、それねぇ。今朝、健二郎さんにも言われちゃったんだよねぇ」
「え?」
「………(!!)」

あまりにも意外なみつるの回答に、オレと昇三郎は思わず顔を見合わせる。

「洗面所で鉢合わせたの、健二郎さんと。そうしたら、つぐむちゃんと全く同じこと言われちゃって………。やっぱり健二郎さんもアルファだから、つぐむちゃんみたいに敏感なのかもね。………そろそろ、僕もなのかなぁ?順一郎さんに、色々聞いてみたいんだけど」

みつるはすぐ顔にでる。
そして、それをすぐ隠そうとする。


現に今も。
いつものように、複雑な心中を隠すように笑って話すみつるを………。
切なそうに見つめる昇三郎の表情が、オレの胸を痛くしたんだ。

………違うだろ、オレ。

オレは昇三郎の恋路を応援してんだよ。

なんつーか………喋らない分、いじらしくて。

真っ直ぐ見つめるが故に、狂おしくて。

オメガ性が目覚めようとしているみつるを前に、どうすることもできない自分を責め立てて。

オレはそんな昇三郎から、目を離すことが出来なくなった。










「つぐむ、さん。………オメガとアルファって、運命的な繋がりを持ったパートナーがいるんだよな」

いつものように、いつもの場所で、いつもの豆乳ラテを飲みながら昇三郎が小さく呟いた。

「っていう話だよな?〝運命の番〟っていうんだろ?」
「みつるくんの、それはどこにいるのかな?」

最近、昇三郎はずっとこんな感じだ。

みつるのそばにいたいのに、そういう都市伝説的な事を気にしてしまって、少ない口数がより一層少なくなって、口を開いたかと思えば暗い話題ばかり呟く。
いつもよっている眉間のシワが、より深くなって、より目つきが悪い気がする。

「昇くん、そんなこと信じてんの?」
「え?」
「地球上のアルファって、何人いると思ってんだよ」
「……………」
「考えてもみろよ。地球は広いんだぜ?漫画みたいに運命がその辺にいるとは限らないんだよ。みつるの運命の番は、ひょっとしたらジャングルの奥地に住んでいるかもしれないし、おじいちゃんかもしれない。もしくは幼稚園児かもしんないんだぜ?…………おまえだったらどうする?昇くん。そんな運命に流されたいか?」
「…………やだ」
「だろ?オレもアルファだぜ?オレだってそんな運命ヤダよ」

昇三郎が、少し口元を緩ませた。

………よし、あと少し。

「オレは、そんなワケ分かんない運命より、身近な美人がいいな」

あ、笑った………。

笑うと可愛いのに、な………昇三郎は。

いつもみんなより一歩引いたように、怒ったような顔をしてる昇三郎。


何をそんなに怒ってるんだろう、何にそんなにイラついてるんだろう。


〝つぐむちゃん。今日は友達と出かけるから、先に帰ってて。帰りは友達に送ってもらうよ〟


オレの思考を遮るかのように、みつるからのメッセージがスマホにポップアップで表示される。

「…………あ」

みつるからのメッセージに返信しようとした時、昇三郎が店の外を見て、小さく声を漏らした。
目が見開かれて、たちまちその目が潤み出して………。

オレは、昇三郎のその視線の先を見ずにはいられなかった。

「みつる………!?」

今の今、〝友達と出かける〟ってメッセージを送ったみつるがすぐそこにいて、いつもの人懐っこい笑顔を浮かべている。

その笑顔を向けている相手は………。


セレブ・菊浦の次男、健二郎………!!


あまりのことに体が動かなかった。
それは昇三郎も一緒だったようで、瞬きすら忘れたかのように、幸せそうに笑う2人を凝視している。
オレたちがマヌケにボーッとしている間に、健二郎はみつるの肩に手を回すと、路肩に駐車された黒いSUVに乗り込んでいった。


………タイミング、悪すぎだろ。


オレにとっても、みつるにとっても、健二郎にとっても………。


もちろん、昇三郎にとっても。



ガタンッー!!



椅子が倒れんばかりに激しい音を立てた瞬間、昇三郎は店の外へと走り出した。

「しょ……昇くんっ!!」

ここで昇三郎を見失ったら、大変なことになる……!!
現役高校生がガチで走っている後を追いかけることになるとは、体力的にどうかと思ったんだ。

路地裏に逃げ込んだ昇三郎に、どうにかこうにか追いついて、ようやくその腕を掴む。

「昇くんっ!!……」
「んだよ……!!いつも、いつも俺の邪魔ばっかり………!!」

涙声で叫びながらオレの腕を振り解こうと暴れる昇三郎を、オレは抱きしめるように必死に押さえ込んだ。

「昇くん!」
「………アルファなんか、アルファなんか嫌いだっ!!大っ嫌いだっ!!」


………これだ。


これだったんだ………。


昇三郎がいつも不機嫌な顔をしている理由。


アルファが………嫌い、なんだ。
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