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「お怪我をされているのに、わざわざ呼び出してごめんなさいね、キナリ様」

ミモザの笑顔は、いつものとおり穏やかで。
その声は、綺麗に響いているのに。
いつものSOW、いつものメンバーなのに。

どことなく、いつもと雰囲気が違った。

ピリピリしてるというか。
空気が固いというか。

お腹のあたりがモニョモニョして、嫌な予感がする。

「キナリ様……大丈夫ですか?」

ツィーがこの状況に耐えきれず、僕の袖をツンとひいて呟く。

「大丈夫。いつものことだから」

前回、その威力を遺憾なく発揮した食品凶器のタコワサも。
心なしか今日は、その存在が薄く弱々しく見えた。

「みなさん。今日お集まりいただきましたのは、言うまでもございません。先日、キナリ様が大怪我を負われた件について、急遽みなさんに集まって頂きました」


………あー、ほら来た。


やっぱり。


ウワベだけは心底心配していて、実は僕の糾弾とか言うヤツだよ。


「キナリ様は、エニフ様を強引に異世界に誘い、エニフ様を危険な目に合わせました。
アルナイル様の運命である私たちの仲間を、葬りたかったのでございましょう。
私たちはキナリ様を受け入れ、仲間として仲良くして差し上げていたのに……。
そんな家族のような仲間を、危険な目に合わせるなんて言語道断。
従いまして、私たちはキナリ様に厳罰を希望します」


………え?


エニフ………何……?


葬りたかった、とか……どういう、こと?


ミモザの発したあまりにもぶっ飛んだ発言に、僕は何もいい返すことができなかった。

というより、言葉が出てこない。

かろうじて、動かせる視線を無理矢理動かして、僕はエニフの様子を伺った。


俯いて、その表情を見せないエニフ。


ねぇ………エニフ、何か言ってよ。


違う、って。


僕の誤解を解いてよ……お願いだから、エニフ!!


非常に切羽詰まったこの状況の中、2人の奥様が動かない僕の両手首を掴んで床にねじ伏せた。
自由が効かない足のせいで、僕はあっさり拘束されて、同時に派手に椅子が倒れる音が耳をつん裂く。

「キナリ様!!あなた方!!キナリ様を離しなさい!!キナリ様!!」

僕と同じように体の動きを抑制されたツィーが、身を必死に捩って叫び声を上げた。


………肝が冷える。


頭は冷えていて妙に冷静なのに、心臓が耳のすぐ近くで鳴っているんじゃないかってくらい大きく鼓動する。


「そんな自分勝手な方は、いくら番といえど。
アルナイル様のお側にいる資格はない、と存じます。
…………私たち皆の総意に基づき、キナリ様を解放して差し上げることと致しました」


………解放?!


何……どういうこと………?


混乱して、瞬きが多くなっている僕の目の前に、小さな火鉢が置かれた。

木炭が赤々と熱を放出して、その中に熱で変色した金属の棒が突き刺さっている。


何、これ……?


「番の印を焼き切れば、その番の契約は解消されると聞きます。
この焼印で、私どもがアルナイル様との番を解消して差し上げます。
………素晴らしいことでしょう?キナリ様。
これであなたは自由になれるのです」
「ふざけるなっ!!キナリ様から離れろ!!」

言葉が喉に詰まってしまった状態の僕のかわりに、後方でツィーがミモザに噛み付くように叫んだ。
と、同時に。
バシッという鈍い音が響いて、ツィーの呻き声が小さくもれる。


………そんなことで?


焼き切るとか、たったそれだけのことで……?


番なんて、解消できるはずない。


そんなの、僕が………感覚的に、本能的によく知ってるよ!!


僕のうなじについた番の証は、そんなもんで消えるはず………ないじゃないか!!


「そ………んな……」
「大丈夫ですよ、キナリ様。すぐに終わりますから」
「………そんな子ども騙しみたいな都市伝説、信じてるんですか?あなたは」


声も震えず、真っ直ぐに。


意外にも、僕は冷静に言葉を発することができた。


啖呵をきった以上、僕はミモザに反する姿勢を取らなきゃいけなくなってしまったけど。

でも………でも………大人しく「はい、分かりました。アルナイルを諦めます」って言いたくない!!

焼印を押されるとか、力に屈するようなこと自体、虫唾が走る!!

〝流されない〟………そう、決めたんだ!僕は!!

「番になったらわかる。
そんな焼印如きで、解消なんてできるはずない。
番は特別なんだ。
誰にも壊されない、誰にも……。
僕が邪魔なら、正々堂々と僕からアルナイルを奪えばいい!!
こんな姑息な手なんか使わないで、真っ正面から勝負しろよ!!」

ちょっと前の僕なら、絶対に言わなかったであろう言葉が、淀みなく口から溢れた。


焼印をされたって、全然平気だ。

僕は、アルナイルしかいらない。

アルナイルは、僕を信じてる。

そんなことじゃ、僕とアルナイルの関係が揺らぐことはないんだ。


ミモザを下から見上げていると、その表情がみるみる変わっていくのが見えた。
いつもの貼り付けたような穏やかなミモザの表情が、見たこともないくらい歪んで………抑えられない怒りの感情を爆発させて………。

徐に火鉢に突き刺さった金属の棒を引き抜いた。


………本気だ、ミモザは……本気なんだ。


なら、僕も………揺るがない本気を見せなきゃ。


こんなことじゃ………負けない、って。

こんなことじゃ、僕とアルナイルは揺るがないって!!


僕は迫る焼印の熱さを想像して、ギュッと目を閉じる。



………ジュッーー。



「っあぁぁっ!!」



肉が焼けるような臭いがして、苦しそうな叫び声が上がった。



………え……?



僕………じゃない………?



痛くないし、熱くないし………。



それに………僕を庇うように、誰かが覆いかぶさっている。


誰………誰……?!



「エニフ様っ!!」


え?………エニフ……?


ツィーの今にも泣きそうな声で、僕は力一杯頭を上げたんだ。
ミルクティー色の波打つ髪が僕の顔にかかっていて、僕はようやく今の状況を理解した。


エニフが僕を庇ってる………。


庇ってるエニフの背中に、押し付けられた焼印の金属の棒が見えて………エニフは襲いくる苦痛に顔を歪めていた。

「エニフ………何、して………?」
「ごめん……ごめんなさい……。
キナリ様は何も悪くないのに………助けてくれたのに………。
こんなことに、なるなんて思わなかったんだよ………。
ごめんな、さい………ごめんなさい」

エニフの顔が僕の鼻先にあって、その綺麗な瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちる。

「エニフ、何をしているの!!
さっさと退きなさい!!
退かないと、また前みたいに、アルナイル様の最下位になるのよ!!」
「……退かない!!最下位になってもいい!!
キナリ様は、助けてくれたんだよ!!
………なんだよ!!
キナリ様を元の世界に帰せって、命令したのはミモザ様じゃないか!!
皆にだってそう!!
一番の奥様だからって、皆を牽制して萎縮させて!!
何が仲間だよ!!こんなの仲間なんかじゃないよ!!」


………エニフの言葉に、僕は胸が痛くなった。


エニフも、皆も、僕と一緒なんだ。


自分を守るため、これ以上傷つかないように。


流されて、自分を殺して………生きていくしかなかったんだ……。


「エニフ……退いて、お願い。もう、大丈夫だから………エニフ」
「退かない!!キナリ様がなんと言おうと、絶対に退かない!!」




ブワァァッー!!




エニフに退くように悟して体を捩った瞬間、空気な震えて、まるで爆発でもおこったような風が体を強く打ち付ける。

強い風にのって、アルナイルの香りが体にまとわりついた。

「んあぁっ!」
「あっ!!」

僕をおさえつけていた奥様や、焼印を振りかざしていたミモザ、それに、僕に覆いかぶさっていたエニフまで。
一斉に顔を紅潮させて、身悶えるように体を捩らせる。


………発情してる……?


いきなり……?


いきなり、発情期になったわけ?


こんな緊迫した瞬間に………???


………えぇ???


「キナリ!大丈夫?!」


エニフをはじめ、いろんな奥様たちの下敷きになった僕を、愛しい声の主が抱き起こした。

「………アル。……どうして……?」
「ボクはアルファだよ?そしてキナリの番だ。大事な人を守るためには、なんだってするんだよ」


………そうか、これが………絶対的なアルファの力。


いつもアルナイルが飄々としているのは、感情を爆発させないため。
一度爆発させた感情は、それが怒りでも、悲しみでも。
全てのオメガやベータ、アルファでさえ、その力に抗えない………番の僕を除いては。

いつもの優しい表情なのに、そのアルナイルの青い目には、ユラユラと炎が宿っていて。

僕はたまらず、アルナイルを抱き寄せた。

「アル!!僕はもう大丈夫だから!!だからもう……だから、だから………落ち着いて!!アル」

これ以上、アルナイルが感情を爆発させたら、アルナイルが壊れてしまうんじゃないか、って。

「アル!!アル!!……しっかりしてっ!!アル」

奥様たちが発情に塗れている部屋の中、僕はアルを抱きしめて、深いキスをしたんだ。


………溶けて、溶けろ!!


僕がアルナイルな怒りとか、負の感情を溶かしてあげる。


だから………だから………アル………アルナイル。


その感情を僕にぶつけて………!!








「……ん、はぁ……ぁあっ!」



アルナイルの強い瞳でも犯されそうなのに、ほとんど本能のアルファと化したアルナイルは、僕の足を広げて、秘部にその勃ち上がったアルファの象徴をガンガンにぶち込んでくる。

発情で苦しむ奥様たちを尻目に、僕はアルナイルに奥深くまで貫くように犯されて、アルナイルの感情を見に収めた。


見られてる、とか。

恥ずかしい、とか。


そんな感情、逆に鬱陶しくて。
この、絶対的アルファに抱かれているという優越感の方が大きい。
アルナイルに突き上げられて、上下に体を揺らされている中、僕は床に倒れて身悶えているとミモザと目が合った。


………ほら、言っただろ?


番の繋がりは、最強で強固なんだ。

焼印如きじゃ、解消なんてされない。


………だって、僕らは……〝運命〟。

〝汀の運命〟なんだから………。


「………キナリ…様………足……足……ダメ、なんですぅ……」


結構、なりふり構わずガンガンにセックスしている真っ最中の僕に。
アルナイルのアルファの気迫に動けなくなったツィーが、振り絞って………この期に及んで言った言葉が、妙にツボにハマった。


やっぱり、ツィーは変わらない。


アルファに支配されるアルナイル、オメガに溺れる僕。
そのいいブレーキがツィーで。


つい、笑いがこみ上げてきた。


「……ふ、ふふっ」
「……なに………どうしたの?……キナリ」


僕の笑い声に反応したアルナイルが、正気に戻ったように呟く。
瞳の中の炎が、いつの間にか消えている。
体をビリビリと泡立てるような、絶対的なアルファの気迫も消えて………空気が、凪いだ。

僕はアルナイルに腕を回して、抱き寄せて肌を重ねる。
そして、近づいたアルナイルの耳元で、囁くように言ったんだ。

「アル………愛してる。ここに連れてきてくれて、ありがとう。アルは僕の〝汀の君〟だよ」











「キナリ様ーっ!!ご準備ができましたよ!!」

透明度バツグンの浜辺でのんびり惰眠を貪っていると、ツィーの元気な声が僕の目を覚醒させる。

こっちに来て初めて。
僕は浜辺でのんびりバーベキューなんてものを催した。

アルナイルと、元SOWの面々とその侍従とで。

あんなことがあった後だったし、とにかくみんなで楽しく、腹を割って話をしたくて。
綺麗で息苦しかった部屋を飛び出し、開放感あふれる浜辺で過ごす。

「わぁ、本格的にバーベキューだね!ツィーさん!」
「仰せのとおりにしたまでですよ、キナリ様。お肉もお野菜も、いい感じに出来あがりました。皆様をお呼びくださいませ」
「うん」


………変わったな、僕。


元の世界にいた僕は、こんなに笑っていなかったし、どこか斜に構えて、流されて。

………SOWの面々とも、なんとなく打ち解けたし、エニフとは親友と呼べるまでの間柄となった。

SOWのボス的な存在だったミモザも、あの事件直後は居心地悪そうにしていたけど、今は普通に話せるようにもなったし。

皆一緒じゃないんだって、改めて思った。

だって、皆こんなに笑ってるし、楽しそうに浜辺ではしゃいじゃってさ。
皆一律に、同じような偽りの仲間意識なんて、邪魔なだけなんだよ。

そして、僕は。
………ようやく、本当の僕になったような気がするんだ。

「キナリ!!」

アルナイルは僕の名前を呼ぶと、後ろから捕まえるように僕の体を抱きしめた。

「アル」
「浜辺でこんなことしたの初めてだよ。すごく楽しい!ありがとう、キナリ!」
「実を言うと、僕も小学生で行ったキャンプ以来だよ?………でも」
「でも、何?」
「あの時はこんなに楽しくなかったなぁ、って」

僕の言葉に、アルナイルは猫みたいに顔を擦り寄せる。

「キナリ、ボクの〝運命〟。ずっと一緒にいて、キナリ」

僕は返事をする代わりに、その陶器のような頬にキスをした。


あの日ーー。


君に通ずる汀に落ちた瞬間から、僕は恋に落ちていたのかもしれないんだよ?アルナイル。


人生って、本当分からないな。


………未だに、自分に起きたことが信じられないけど。


あの頃に抱えていた不安や倦怠感なんて、はるか昔に見た夢みたいで。


今の僕からは、愛しい人と同じ香りによってはこばれる幸せが、体に染み入るように増幅して発散する。


そんな幸せを、小さくて強固な幸せを見つけたんだ。
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みんなの感想(1件)

2020.04.17 ユーザー名の登録がありません

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汀
2020.04.17

面白い!!←汀の一番の褒め言葉、いただきました。
楽しんでいただけてよかったです!
思いの外、長くなりましたが完結して、ホッとしてます。
これからもよろしくお願いします。

解除

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