上 下
1 / 11

#1

しおりを挟む
実家の蔵には、由緒正しき変なものがわんさかある。

かつては、この辺の領主様だったらしい僕の実家は、それはそれは広大な敷地を子孫に残してくださった。
母屋に離れ、池付きの庭に立派な蔵。

小さい頃、僕はこの蔵が大嫌いだった。

イタズラをしたり、テストの点が悪かったり。

僕が悪いことをすると、父は必ずそこに僕を閉じ込めたから。

暗くて、寂しくて。
一晩中、泣いて………そして、そこにいた時あまり記憶がない。

多分、泣き疲れて寝てしまっていたからだと思うんだけど。

一年中、ヒンヤリした空気が渦巻く蔵の中は、小さな子どもに恐怖心を与えるには十分だったんだ。

大人になった、今でも。
その恐怖心は、だいぶ豆粒みたいに小さくなってしまっているけど。

それは僕の心の中に燻って、いまだに消えずにいた。

「よい!蔵の中を整理しよう!!」

と、言い出したのは、父の亡き後18代目となった兄で。

なんとなく聞き流して「あ、そう。いいんじゃない?」なんて生返事をした僕に、兄はニヤニヤ笑いながら言った。

「俺より蔵に閉じ込められた回数が多い、雪也の方が適任だと思う」


そう、僕は。
兄にまんまと、はめられてしまったんだ。



曽祖父までは、地元の名士だったらしい。



そんな状況はその時までで、祖父は銀行員になり、父は公立学校の教員になり。
隔世遺伝的に兄が、やたらめったら優秀で医者になった以外は、僕もすぐ下の弟もいたって平凡で。

マイペースで自由奔放な弟は「ゲームクリエーターになる!」と言って都会に出て行き、結局、パッとしない僕は、地元に残って町立図書館の司書をしている。

一歩踏み出す勇気も、自分を変えようとする努力もしないまま。

僕は地元のこの土地から、一生抜け出せないんだと思う。

「うへぇ………埃っぽい……」

綿タオルを頭に巻いて、花粉用メガネとマスクを二重にしているにも関わらず、ほぼほぼ密閉された蔵に舞い上がる埃に、僕は辟易していた。

………隙間から、入ってきそう。

所狭しと置かれた古い箪笥や古道具。
子どもの頃は、これがとても大きく見えて、僕に襲いかかってくるんじゃないかってくらい、怖くて。


あの引き出しから、オバケが出てくるんじゃないかとか。

カラカラ動き出した古道具は、鬼が回してるんじゃないかとか。


恐怖そのものだった、それらは。
今じゃ僕より、かなり小さくなってしまって。
僕は妙な状況下で、自分の成長ぶりを目の当たりにしてしまっていた。

「売れるものと、そうでなさそうなものと分けとけ。古文書は、図書館に寄贈するからまとめてもってけ」

って、兄は至極簡単に言ったけどさ。


………それ、かなり至難のワザだぞ???


何日、かかるかな?


休みの度にこれって、さぁ。


………どうせ、暇ですよ?


彼女もいないし、仕事も定時に上がれるし。


この先、起承転結もなく。


イージーモードな状態で、この土地に骨を埋める………。


僕の将来は、僕以外の他人でさえ、易々と想像できるに違いない。


「ん?」


ふと、蔵の奥に目をやった僕は、その古道具に釘付けになってしまった。
鮮やかな朱色の錦の織物がかけられた、古い……古い、鏡台。
みんな埃を被って、本来の輝きすら失っているのに。

………それだけは、埃すら跳ね除けるように、キラキラしていて。


存在感が半端ない。


よせばいいのに、僕はその鏡台に吸い寄せられるように近づいてしまった。


「こんなの……あったっけ?」


周りの埃の状況からして、後から置かれた形跡もない。
でも………蔵に幾度となく閉じ込められていた僕なのに、この鏡台の記憶がなかった。
僕は怪訝に思いながらも、錦の織物に手をかけた。


「ひっ!!」


鏡の中から、人の手がニュッと現れて。


僕の手首を、力強く掴んだ。


たまらず、情けないくらい小さな悲鳴が口からついでる。


その手は、綺麗で。


とても繊細な指をしているのに、今まで経験したことのない……振り解く動作を忘れるくらい、強力で。



〝やっと……やっと、会えた………キナリ〟



鏡の中から、低く耳に残る声が響いた瞬間。



「…ぅわぁぁっ!!」



鏡の中の手が、僕を引っ張った。


体が前のめりに宙に浮いて、鏡の面が目の前に迫る。



鏡にぶつかる………!!

割れる……!!



ガシャンと派手な音がするのと、額に鋭い痛みが走るのを想像しながら、僕は目を瞑った。


小さい頃の僕が怖かったのは、蔵の中に住むオバケか、鬼か、妖怪か。


だから、記憶が曖昧で。

だから、蔵が怖くて。


………きっと、ご先祖様が何かしら悪い事をして、今、その災いが僕に降りかかってるんだ。


………な、なんて……なんてことをしてくれたんだぁ!!


顔も知らない遺伝子だけ受け継いだご先祖様と、こんな蔵に年がら年中閉じ込めた父と、その蔵の整理をしろと言った兄に………これ以上ないってくらい、殺意がわいた。


さっきまで、凪いだ海のような人生を嘆いていた僕が、こんなオカルトチックな事態に巻き込まれるなんて!!


………ちがーうっ!!

僕じゃなーい!!


ードサッ。


……ドサッ?


宙に浮いた体が、地面を捉える音が響いた。


夢、だ。

これはきっと夢だ。

ドサッと音がした後、体が痛いけど………きっと、痛覚が異様に冴えた夢なんだ。

目を開けたら、自室のベッドの上だ………。


「………え?………ここ、どこ?」


意を決して目を開けた僕の視界に広がってのは……自室ではなく、蔵の中でもなく。


真っ白いサラサラした暖かい砂が僕にまとわりついて、僕の足元にひいては返す冷たい波があたる。

すぐ目の前には、白亜の宮殿のような建物がそびえ立ち、その白さが陽の光に反射して眩しく目を射抜いた。

花……かな……?
建物の周りには色とりどりの花が咲き誇り、甘い香りが鼻腔をくすぐって。


全ての感覚が総動員された、リアルで奇妙な夢だな……って、僕は変に感心してしまった。


………僕の頭の中は、現実な僕よりかなり非凡な想像力を有しているらしい。



「キナリ!!」



ぼんやりと、この夢の状況を把握していると、さっき鏡の中から響いた声が、すぐ近くで耳に届く。
ハッとして振り返ると、大型犬に体当たりされたような衝撃が走った。


「っ!!……いってぇ!!」
「キナリ!!会いたかった!!」


ジャスミンのような爽やかな香りがフワッと突き抜けて。

僕に抱きつくその体は、綺麗な筋肉がついて逞しく。

陽光のようにキラキラしたブロンドの髪が風になびいて、僕を見つめてニッコリ笑う外国人風味なイケメンのその瞳は、海のような淡い青色をして………。
夢の中だと思いつつも、僕は不甲斐なくもドキッとしてしまった。

「いや、ちょっと待って!!キナリって誰?!」

上擦った声を発して否定する僕に、そのイケメンは心底驚いたのか。

綺麗な目をまん丸にして、僕をマジマジと見つめる。

「キナリ……でしょ?」
「ぼ、ぼくは………!!裏辻雪也です!!ユキナリす!!」
「なーんだ。やっぱりキナリじゃないか」

そのイケメンはまたニッコリ笑って、僕に抱きついた。

「ようやく会えた………ボクの運命」
「………は?」
「ボクのお嫁さん」
「………はぁ??」
「もう、帰さないよ?キナリ」
「はぁぁっ!?」

夢なら………早く覚めてほしい。


でも、なんとなく。

虫の知らせというか、なんというか。


夢じゃないんじゃないかなー?なんて、チラッと思ってしまう自分がいた。


…………と、とんでもないとこに、来ちゃったかも。


イケメンは、僕を抱きしめてそのまま、砂の上に押し倒して唇を重ねる。


「………んっ…んんっ」


ちょ、ちょい待ち!!

口の中を割って入る舌が、僕の舌を絡めとって。
片方の手は僕の体を、胸元から股間に滑るように這っていく。


………リアル。

めちゃめちゃ、リアル。


ちなみに言うと、半分世捨て人のようになっていた僕は、当然のように童貞で。
よく分からない場所で、よく分からないイケメンに組み敷かれて………経験の乏しい僕でさえ分かる!!


………これ!!
セックスだろ!!しかも、ヤラれる側の方の!!


しかも男に!!
男にヤラれそうになってるなんて!!


「ちょ……ちょっ………僕、男………」
「大丈夫!キナリなら、元気なボクの子どもを産んでくれるから!」


………へぇ、そっかぁ。なるほど。


い、いや!!ちがーう!!

そうじゃなーい!!


頭の中はフルで全否定してるのに、身体は見ず知らずのイケメンに解されて、自然に足が開く……。


「あっ……だめ………」
「もう、こんなにトロトロだ………。やっと、キナリと一つになれる………」


絞り出すようにイケメンが呟くと、僕の腰を持ち上げた。


「あぁっー!!」


熱い………。


こんなこと言うのは、ボキャブラリーが貧弱すぎて嫌なんだけど。
熱々の極太きりたんぽが、僕の大事な所から入ってくるみたいな。
一気に貫かれて、僕の体は反射的に反り返る。


「キナリ………ボクのために純潔を守っていてくれたなんて………。やっぱり、キナリは………ボクのお嫁さんにふさわしい!」


………そう、じゃない。


単なる喪男なだけなんだよ、僕は。


夢で………あってほしい。 


こんな異世界っぽい所で、見ず知らずのイケメンに、色んな意味の〝初めて〟を奪われて。


しかも、青姦とかさぁ………。


「あっ……あ………ぁぁ………ぁ」


僕の中の変に敏感な所が、疼いて感じて。


だんだん、頭がぼんやりしてきて、意識に霞がかかってきた。


………このリアルな、夢はきっと。


目が覚めたら、終わる………きっと、終わるんだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

ありあまるほどの、幸せを

十時(如月皐)
BL
アシェルはオルシア大国に並ぶバーチェラ王国の侯爵令息で、フィアナ王妃の兄だ。しかし三男であるため爵位もなく、事故で足の自由を失った自分を社交界がすべてと言っても過言ではない貴族社会で求める者もいないだろうと、早々に退職を決意して田舎でのんびり過ごすことを夢見ていた。 しかし、そんなアシェルを凱旋した精鋭部隊の連隊長が褒美として欲しいと式典で言い出して……。 静かに諦めたアシェルと、にこやかに逃がす気の無いルイとの、静かな物語が幕を開ける。 「望んだものはただ、ひとつ」に出てきたバーチェラ王国フィアナ王妃の兄のお話です。 このお話単体でも全然読めると思います!

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

処理中です...