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開幕
模擬戦
しおりを挟む長期休みに魔の森へと旅立つことを決めてから、戦闘面での強化が足りないと、旅立つまでの間特訓をすることになった。
みどりはメインの武器を弓にし、紫藍の操る風で威力をあげて戦う戦法を好んでいる。
近寄られたら終わりだが、その前に紫藍が探知魔法で敵の数を大方調べることができるし、何より妖精たちが加勢してくれるので、魔の森での戦闘は問題ないといえるだろう。
何より矢に塗る薬で、大抵の者は動けなくなるため、前線に出ることが少ない。
「なつ兄に色々教わってて助かった~!」
ググっと腕を伸ばして身体をほぐすみどりに、紫藍は問いかけると、ざっくりだが説明をする。
「父さんの部下で薬開発が得意だったんだ。なつ兄も色持ちだったんだぜ。今は行方知らずだけど」
「今さり気に凄いことを聞いたが…。まぁ良い人だったのは分かった」
「なつ兄いつもフラフラしてたから、そのうち現れそうなんだよな。そしたら紹介する」
楽しそうに語るみどりに紫藍は頷いて、手に持っていた面倒くさいプリントにため息を落とした。
書かれているのは、模擬戦についてで、他校との交流戦でもある。
何を思ったのか、研究所の教師に推薦されて紫藍は出場することになったのだ。
みどりも推薦されたが、目立ちたくなく、丁寧に断ったが、紫藍にも扱えるよう薬と弓について享受してくれている。
「でも相手側、全員魔力持ちって卑怯じゃね?」
「…響学園は魔力持ちの監獄と言われるのもあり、魔力持ちしかいないからな。その代わり、半数に魔力封じの魔道具を装着すると書いている」
「ほー。魔力だけじゃなく、肉弾戦もできますよってか。鼻折っちまえ」
ポキーンと、と物騒なことを言いつつ、みどりはプリントを覗き込んだ。
現在外出可能な生徒が書かれており、四つの名が書かれている。
外出するにも選ばれた者だけなのかと思い、眉根をつい寄せてしまうと、紫藍は不細工だぞと揶揄うように告げた。
「不細工不細工うるせぇな」
「お前に可愛さはないだろ」
そんな日常の一コマになりつつある会話をおりなし、あっという間に模擬戦当日を迎える。
夏が近づき、さんさんと照らす太陽の下で、二つのグループが対峙した。
みどりは紫藍の相方という理由で、見やすいようにと貴賓席へと招かれて、借りてきた猫のようにおとなしく座っている。
なぜなら横に第一王子が座っているからだ。
太陽の力もあり、ブロンドの髪がキラキラと一層輝いて、横に案内した教師を殴りたくなった。
「君は将来の夢は決まっているのかい?」
「うぁ!薬師を目指してます!!」
突然第一王子から語り掛けられ、みどりは叫び声にも似た返答をしてしまう。
王子本人は気にしていないのか、クスクスと笑って優し気な紫色の瞳を細めた。
「君は薬師より、治癒師って感じがするなぁ。弟のシュテルベントは身体が弱いから、いずれ世話になると思う。よろしく頼むね」
そう微笑まれ、みどりは頷くしかない。
会話も終わり、王子は模擬戦に視線を向ける。
つられるようにみどりも模擬戦へと意識をずらしていった。
飛び交う弓矢と魔法と、剣の響く音に、生徒たちは興奮して歓声を上げる。
紫藍も魔力が使えないと相手側に知られないほど奮闘していて、みどりも思わず声を出して応援してしまった。
一瞬、紫藍と目があった気がしたが、それなりに距離もあるので気のせいだろう。
それからしばらくして、響学園の生徒一人だけが立ち上がっていた。
「負けたか~。んー…」
「魔力が使えたら、変わっていただろうね」
内心を見透かされたと思い、みどりは思わず第一王子へと目を向けてしまう。
目が合い、にっこりと微笑まれ、王子は鋭い言葉を投げかける。
「君側の三人は、残念ながら彼をサポートする気がなかった。対して響学園の者は日頃から息が合うよう訓練されている。彼が魔力を使っていたら、三人がサポートしていたら、勝てていた試合だろうね」
「使ってって、あの…」
どう反応すればいいか分からないみどりは、冷や汗を垂らした。
魔力を持たない王子が、紫藍に気づいたということは、他の生徒や教師も見抜いた可能性が高い。
模擬戦後にひと悶着あるのではないかと、胃が痛くなる。
知ってか知らずか、王子は紫藍に目線を逸らして、観察するようにじっと見ていた。
「…うん、彼は根っからの後衛タイプだから、弓をしっかり訓練すれば大丈夫だね。魔力も回復寄りらしいから、パーティーで重宝されるだろう」
ペラリと手元にあった書類をめくる姿を見て、みどりは情報が渡っていることに気がついた。
模擬戦はいわばスカウトの場でもある。
学園が知る情報が開示されているのは当然のことだった。
一安心したみどりはごまかすように笑って、なんで魔力を使わなかったのかと知らぬように言う。
それに答えたのは、初めて耳にする声だった。
「一部では魔力に反応して爆発する道具がある。そういった場では魔力は使えない。そのためにある程度の接近戦には慣れなければならない」
淡々とした声色で、王子の真後ろに小さな影が立っていた。
驚き思わず椅子から転げ落ちそうになるが、周りは何も気にせず、模擬戦を終えた生徒たちを見ている。
不思議に思いながらも見上げると、茶色いフードの中、赤く光る瞳と目が合う。
一瞬、血だまりのようだと、失礼なことを考えてしまったみどりは、小さな影から目を逸らした。
「何か問題ごとでも起こったかな?」
「…お前、僕を呼んだだろ。わざわざ気配封じをして来てみれば…。なんだここは」
「王都にある学園だよ。模擬戦をしていたんだけど、君ならこうするだろう、って考えていたよ。すぐ戻るかい?」
「戻るに決まっている」
異様な組み合わせにみどりはどう言っていいか分からなかった。
王子に対して親密と取れる発言をしている、ということはこの小さな影も高貴な方に違いないし、魔力持ちであるのも分かる。
一般人の自分が高貴な人間と並ぶのは胃痛が酷くなりそうで、会話を盗み聞くのも駄目だからと、紫藍の方へ向かった。
紫藍の元へ向かえば、案の定、他の三人から責め立てられているようだった。
「お前無能なくせに推薦されやがって!」
「二人不能にしたのは俺だったが?」
紫藍の胸倉をつかんで抗議する男子生徒にみどりは声をかけて止めに入る。
王家が見てるぞと脅せば、顔を青くして黙ったので、紫藍を睨みつけて説教をした。
「人前で煽るな。こいつらが協力的じゃなかったのはバレバレなんだから。帰って魔力の特訓するぞ」
そう言って、紫藍の手を掴んでスタスタと人が少ない研究所方面へ向かう。
去り際、ちらりと王子の方を盗み見たが、そこにはもう小さな影はいなかった。
とんでもない日になったと思いながら、みどりは徐々に聞こえてくる声に反応を示す。
『あえてたね』
『ね』
『さいご?』
『わかんない』
よく分からない会話にみどりは首をかしげる。
紫藍も模擬戦だからと妖精たちにお願いし、離れてもらっていたため、詳細は分からないようだった。
「そういえば、王子が横に座っていたな」
「…模擬戦中に見てたのか?」
「まぁ」
研究所に戻って服を着替えたみどりは、カップに飲み物を注ぎながら反応し、胃が痛かったと呟けば、紫藍はけらけらと笑って手を叩いている。
憎々し気に、薬師になればいずれ世話になるんだぞと脅してやれば、大人しく黙った。
「はぁ…マジで胃が痛い…。同じ紫でも紫藍のがいいわ…」
くたくたになったようにソファーに沈んでみどりは紫藍の頭に目をやる。
紫とも藍色ともとれる色合いを見慣れたのか、安心する色だと呟くと、紫藍はピタリと動作を止めて、唸り始めた。
「お前…ずるい…」
「は?毎日見てるんだからそっちのが好きなのは当然じゃん」
「あーはいはい。…覚悟しとけよ」
「意味わからん」
「うるせー」
「はぁ!?なんだとこの野郎!」
結局はいつも通りに喧嘩をしつつ、異様だった一日は終わりを告げ、みどりと紫藍は魔の森へと旅立つ日を迎えた。
魔の森の近辺までは乗合馬車で移動し、そこからは徒歩だ。
「じゃ、案内よろしく~」
『あい~』
妖精数人に護衛されながら、元妖精とそのいとし子は魔の森にへと足を踏み入れたのだった。
■…………next episode?
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