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22,私はとんでもない男の師匠になってしまったのかもしれないな。

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 新たにクエストを受注しようとギルドに向かうと、なにかギルド内がざわついていることに気づく。
 「……“翡翠の魔女”が、――エレノアが冒険者に復帰するってよ……! 」
 という声が聞こえたのは、入り口のドアを開こうとしたそのときだった。
 そして他人の噂を楽しむその声は、こんなふうに次々と続いた。
 「しかも、Eランク冒険者と組むらしいぞ」
 「Eランク!? そんな駆け出しと、どうして……!? 」
 「なんでも、そいつも莫大な魔力量を持った天才だとかいう噂だぜ……! 」
 「ああ、聞いたよ。あのヒュデルを越える魔力量だっていう話だ……! 」

 「ど、どうします……? 」
 と言ってそのドアを指差し、エレノアの方を見ると、エレノアは深く嘆息し首を横に振った。
 「気にすることはない。入ろう」
 と言って、すたすたと中に入ってしまった。そしてそれに伴って、ギルド内の声は不自然なほどぴたりと収まるのだった。


 ◇◇

 

 今回エレノアと受注したクエストはグリムホウンドの討伐。
 念願の“第二の門”をくぐった先のミストヴェイル海峡にある、グリムホウンドの巣に潜ってのクエストである。

 魔力のコントロールを身に着けるにあたって、エレノアが俺に与えた指示は大きく分けてふたつあった。
 ひとつは“魔力の流れ”に特化したもの。
 魔力というのはオーラのように身体を覆い、それが血液のように絶えず循環している。
 エレノアはこの魔力のオーラを意識的にコントロールさせるため、絶えず落ち着いた状態に留まるように俺に指示を与えた。
 言葉にするのは簡単だが、それは流れ出る汗を無理やり止めるような行為であり、高い集中力と気合が必要になる。これが、かなり難しい……。
 
 もう一つは、そうやって“留めることに成功したオーラ”を、今度は特定の部位に集中させる、という訓練法。それを実践のなかで行わせるというやり方だった。

 例えば、快復魔術であるヒールを使うにも、きちんと掌にオーラを集めてから使う。
 そうすることでヒールの効力も格段に上がるし、その技術も日進月歩で上手くなっていく。
 
 「涼。またオーラが乱れているぞ」
 
 と、少しでもオーラが乱れれば、すぐに叱咤が飛んでくる。

 「オーラが枯渇すれば意識を失うことになる。絶対に気を抜くなよ」

 緑色の豊かな髪を揺らしながら後ろを付いて来るエレノアは、優しさはあるが絶えず厳しい声で俺を指導し続けるのだった。

 
 だが、短い時間ながらも、明らかにこの訓練法の効果は出ていた。
 ミストヴェイル海峡にあるグリムホウンドの巣に入ってしばらくのこと……。

 「涼。私が奴らを惹きつける。火炎魔術で奴らを一掃できるか」
 「わかりました……! やってみます! 」
 
 エレノアに教わった通り、全身に広がっている魔術のオーラを、掌に集中させる。
 そして、集中させたオーラを、今度は一挙に放出させ過ぎないように、慎重にコントロールする。
 今までの俺は、言わば口の広いホースで大量の水を放出しているような状態だった。
 それでは効率が悪いし、身体の魔術を一挙に消耗することにもなる。そうではなく、ホースの口を指で摘まむように、必要最低限の魔術だけを、指先から放出する。

 「食らえ、“火炎魔術”……! 」

 俺の指先から発せられた焔はまさにホースから放出された水のように、鋭い勢いでグリムホウンドの群れ目掛けて飛んでいく。
 その勢いは高密度に圧縮されており、かつ、無駄がない。それはもはや、赤い色を帯びた残酷な弾丸、といった様相を帯びていた。
 そして……、

 「……見事だ、涼。グリムホウンドたちが一斉に焼け溶けていく……! 」
 「こんなに威力が出せるなんて……! 上級魔術でもないのに……! 」 
 「これがお前の本来の底力なんだ。今までは扱い方がわかっていなかっただけだ」
 「すごい……! しかも、身体に負担が全くない……! 」
 ふっ、とエレノアが笑って言った。
 「魔術コントロールの奥はまだまだ深いぞ。これは初歩中の初歩なんだ。こんなことで驚いて貰っては困るな」
 「……師匠! ……どこまでも、ついて行きます! 」
 「現金な奴だ」
 と、エレノアはまんざらでもなさそうに笑った。


 ◇◇


 グリムホウンドの討伐を済ませたあと……、

 「待て、涼。……お前、魔獣を素材化するスキルを持っているのか……? 」
 「素材化……? “皮を剥ぐ”というスキルなら持っていますけど……」
 「それは本来、レンジャーだけが持っているスキルのはずだが……? 」
 「ええ。まあ、そうですね……。でも、一応俺も使えるんです」 
 「私も二つの職業を持っているという特殊体質だが、お前、いったいいくつの職業のスキルを使えるんだ……!? 」
 「いくつって言うか、数えたこともないですね……。使おうと思えば、どの職業のスキルでも使えると思いますが……」
 「すべての職業のスキルを使える、ということか……? 」 
 「ええ、まあ……」

 俺はエレノアに自分のチートスキルについて打ち明けることにした。
 “物乞い”という職業について。また、その職業の奥に隠された”繋がり“という真のスキルについて。
 すると、
 
 「“繋がり”によって誰かが得たスキルを自分もものに出来る、だって……!? 」
 「ええ。そういうスキルが、あるんです」
 「しかも、繋がった相手の魔術経験値も、自分のものに出来るっていうのか??? 」
 「ええ。ですから、常に魔術量が増え続けて、困るんです」
 「お前、いくらなんでもチート過ぎないか!?? 」
 エレノアがその美しい顔を驚愕の表情に歪めて、言う。
 「二つの職業を持っているエレノアさんこそ、チートだって言われているじゃないですか」
 「……確かに」と、エレノアは複雑な表情で頷く。「だが、お前のはレベルが違うだろう……! 私の才能とは比べ物にならないものだぞ……!? 」
 「どうですかね……。でも、まあ、とにかく帰りましょう。討伐クエストも達成したことですし……」
 
 俺は剥ぎ終わったグリムホウンドを集め、「“アイテムボックス”! 」と唱え、そのなかに素材を入れ始めた。

 「お、お前、アイテムボックス持ちなのか!??!? 」
 「え、は、はい。これも、最近手に入れたスキルですが……」
 かつて俺に施しを与えてくれたA級冒険者であるレンジャーの一人が、数週間前にこのスキルを手に入れたのだ。
 「A級冒険者のなかでも最上級に位置するレンジャーしか持てない極上のスキルだぞ……!? 」
 「……確かに。ものすごく便利なんですよ、これ。素材も劣化しないし、容量も大きいし……」
 「……待て待て待て。頭が痛くなってきた……! こんな常識外れの才能が有り得るのか……??? 私の常識とはあまりに話が違いすぎるぞ……??? 」
 「もう、エレノアさん。帰りますよ。なにを一人でぶつぶつ言ってるんですか」
 その後もエレノアはしばらくその場所でぶつぶつ言っていたが、やがて吹っ切れたように顔を上げ、
 「……私はまったく、とんでもない男の師匠になってしまったのかもしれないな」
 と、困り顔ともあきれ顔ともつかない表情で、俺を睨むのだった。


  

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