上 下
7 / 106

6,橋の隅にいた頃から彼には期待している。

しおりを挟む
 シスターという仕事の大半は「雑用」で出来ている。
 教会にやってくる人々の言葉に耳を貸し、彼らの困っていることに手を貸し、教会の掃除をし、”生活の広場“で炊き出しの為の料理をし、傷を負った者がいればヒールを掛けに行く。
 “聖女”であるアニーは本来は現場に出る必要はなかったが、彼女自身の請願によって、ほかのシスターと同じ雑務に従事していた。

 あれから、彼女は西のフィヨル広原のあの小さな家に移り住んだという話だった。

 そのおかげだろうか、街で偶然出くわすと、彼女は以前には見られなかったような弾んだ笑みを向けてくれる。
 
 「涼さん」と小声で口を動かし、手を振ってくれる。まるで彼女の胸に刺さっていた小さな棘が、一本抜け落ちたかのように。


 ◇◇


  
 一方の俺はと言うと、ギルドでの仮契約が済み、簡単なFランククエストの受注を開始していた。
 パルサーが薦めるようにいきなりもっと困難なクエストを行うことも可能ではあったが、それはやらないようにしている。あくまでも階段を一段一段上るように、一番簡単なものから始め、徐々に困難なものへと段階を踏むようにしている。

 確かに俺のポテンシャルはチートと呼べるほど並外れたものがあった。
 だが、それはまさにチートで手に入れた能力であり、俺が地道に手に入れた能力ではない。
 だから、“使いこなす”ことに若干の「乱れ」のようなものがある。
 例えば、俺はヒュデルとの”繋がり“を通じて「黒の雷光」という魔術が使えるが、この超上級魔術を扱うにあたって、上手く制御ができずにいる。おかげで、一度森の深くで試し打ちをしているとき、激しいバック・フラッシュ(※高難易度の魔術を連発した際に稀に起こる激しい反動)を起こし、その場で意識を失ってしまった。幸い、辺りにめぼしい魔獣はいなかったものの、これがダンジョンのなかであったら命を落としかねない事態だ。
 この状況を野球で例えるなら、俺は「超筋肉量の多いまったくの野球ど素人」であり、果たして自分の能力が試合で使い物になるかはわからない、という状況にある。
 だからひとまずは、野球を習う人が行う練習メニューを段階を飛ばさずに一から順々に行っていき、着実に強くなる道を選ぼう、と考えたのだ。

 この日の俺は薬草採取の為にオーデンブロック・ブリッジを出てすぐの草原、ブルース草原に来ていた。
 薬草採取なんてFランク冒険者の行う下っ端仕事だと笑う者もいるが、俺はそうは思わない。
 なにより、ずっと憧れだったオーデンブロック・ブリッジを、ついに自分の足で渡ったのだ。
 
 「ここがブルース草原か……、素晴らしい景色だ……」

 ブルース草原はまだまだ魔物の少ない平穏な地域で、辺りには浅い緑色をした草が生い茂っている。
 その草のなかに“ポーション草”と呼ばれるポーションのもととなる草が点在しており、それを採取することが今回のクエストの目的となる。

 「ポーション草は葉の形に特徴があり、さらに、葉の先端部分に黄色い斑点がある……。確か街の新米“採取士”がそう言っていたな……」

 本来であれば生い茂る草に身を屈め、一枚一枚葉の形状を確かめながら採取するのがセオリーだが……、

 「その新米採取士に”物乞い“をしておいたからな。おかげで、先日彼が手に入れたふたつのスキルを俺も扱うことが出来る」

 そのうちのひとつが、“薬草鑑定”。
 草むら全体を広く見渡してこのスキルを発動すると、視界のなかで自分の探している薬草が光って見える。

 「お、ポーション草は、この辺りに結構生えているな……」

 見えているだけで、軽く十数本はポーション草が生えていた。
 そして俺が”繋がり“によって手に入れたもう一つのスキルは……、

 「”採取“! 」

 俺がそう唱えると、足元のポーション草がふわりと持ち上がり、自動的に背中に担いだ籠のなかに収納された。
 地味なスキルではあるが、わざわざ身を屈める必要がない、というのは案外大きなメリットでもある。このスキルのおかげで、身体に疲労感がまったく溜まらないのだ。

 ただし……、

 「採取、採取、採取! 」

 と俺がこのスキルを連発していると、あるときに急に、


 クラッ


 と、激しい立ち眩みのようなものを覚えた。
 多分、これもバック・フラッシュの一種なのだ。
 きっとチートスキルに身体が適応し切っていないのだろう。やはり、油断は禁物で少しずつクエストのレベルを上げた方が良いと俺は再確認した。


 ◇◇


 一通りポーション草を採取し終わると、俺はオーデンブロック・ブリッジを渡ってギルドに戻った。すでに陽は暮れかかっていた。
 橋の左右では第四階級の仲間たちが居座り、かつての俺のように物乞いを行っている。
 彼らに出来得る限りの”施し“を与えるが、

 「いつかは、彼ら自身も、自分の足で立って欲しい」

 と、そう思う。

 「きっと、俺のようなチートスキルとまではいかなくても、彼らにもこの世界で役に立つ有能な能力が備わっているはずだ……」

 第四階級の人々はどれほど貧しくても明るい人々が多く、誰一人、俺に嫉妬する者はいない。
  
 「涼―! 期待してるぜ! ……駆け上がれよ! 」
  
 と、俺が通るたびに、そう声援を掛けてくれる。
 そんな彼らの為にも、いつか俺が彼らの“隠された有用さ”を見つけ出してあげたい、とそう思うのだ。



 
 橋を渡ってギルドに続く道へ出ると、街道の角に見慣れた姿が立っているのが見えた。

 「アニーさん! 偶然ですね! 仕事終わりですか? 」
 
 と、思わず小走りになり、声を掛けた。

 「……まったく、あなたという人は……」

 と、なぜだか呆れたような笑みを向けられる。

 「へ? なにか、変なことしましたか? 」
 「もう忘れてしまったのですか? 今日はあなたがギルドと本契約を結ぶ日でしょう? 」
 「あ……」
 そう言えばそうだった。ギルドとはこれまで仮契約を結んではいたが、本契約には至っていない。ギルドが本契約を結ぶには数週間の仮契約期間が必要で、その間に本当にギルドにとって必要な人材かどうかが見定められるのだ。
 
 「あはは、そうでした、毎日クエストをこなすのに夢中で、すっかり忘れていました」
 「まったく。仮契約は結べても、本契約には至れない、という冒険者は結構いるんですよ? 」
 「そうらしいですね。パルサーにも同じことは言われていたのですが……」
 「忘れていた、のですか? はあ、まったく……」
 
 修道服のフードを目深に被った彼女は、そのフードのなかで朗らかに笑った。

 「冒険者がギルドと本契約を結ぶには、保証人が必要というのはご存じですよね? 」
 
 ギルドへの道を歩きながら、アニーがそう問うた。

 「知っていますよ。それも、三人の保証人が必要だとか」
 「三人もそうですが、正確には、“第二階級以上の保証人が三人”、ですね」
 「ああ、そうでした。第三階級の生活職の人々、それと、第四階級の人々では、保証人扱いされない、のでしたね……」

 この制度があるから、余計に冒険者になるのは新規参入が難しい、という側面がある。俺たちのような被差別階級である第四階級の人間が突然「冒険者になりたい! 」と言ったところで、第二階級以上の保証人を三人も集めることが出来ないのだ。

 「保証人にはアニーさんと、パルサーがなってくれましたが……」
 「もう一人がどうしても見つけられなかった、のですよね……? 」
 「パルサーは直前まで俺がどうにかする、と言ってくれたのですが……」
 「見つからなければ、どうにもなりませんね……」

 仮契約の状態で一月が過ぎると、契約は自動的に破棄となる。
 俺の場合も、もうすぐその期限が迫っていた。

 すでに暗くなり始めている道を歩いて行くと、ギルドの扉の横に誰か見知った人が立って俺たちを待ち受けているのが見えた。

 「涼ー! 待っていたよ、ほら見てくれ、君のギルドカードだ! 」

 と、その人物が片手に一枚のカードを持って、俺たちにそれを掲げている。
 アニーと顔を見合わせてその人物に近づくと、徐々に顔形がはっきりと見え始め、その人物がギルド長のパルサーであることがわかった。

 「……おめでとう、涼。本日付で君はギルドと本契約だ。改めて、我がギルドにようこそ! 」
 「これが、俺のギルドカードですか……? 」
 彼が差し出してくれたギルドカードを受け取りながら、俺はそう声を震わせる。
 「そうだ。大事にしろよ。改めて発行するには、ちょっと手続きが面倒だからな」
 俺はそのギルドカードを明かりに翳して、表面に記された文字を読んだ。

 田村涼、物乞い、Fランク冒険者

 そこにはしっかりと、俺自身の名前が刻まれている。
 物乞いの冒険者。前代未聞の冒険者の始まりだ。

 そして……、
 
 「感謝しろよ。君の保証人になってくれる人を探していると、ある大物が君の為に手を挙げてくれたんだ」

 パルサーにそう言われ、ギルドカードの最下部に目を走らせると、そこには保証人、“アニー”、”パルサー“という名前に続いて、

 
 “ヒュデル”


 という名前が刻まれていた。


 「ヒュデルさん……! 」
 「なぜ涼の保証人になってくれるのですか、と聞いたら、彼、なんて言ったと思う? 」
 「なんて言ったのですか……? 」
 「橋の隅にいた頃から彼には期待しているって、……そう答えたんだ」


 “橋の隅にいた頃から彼には期待している”。


 まるで俺の背中を力強く押してくれるような一言だった。
 胸の奥から熱い感情がふつふつと込み上げ、思わず、俺は俯いて大粒の涙を零した。
 “アニー”、“パルサー”、”ヒュデル“。
 この三人が、今俺の肩をそっと抱きしめてくれている、そんな感覚さえ、湧いてきていた。
 これまでこの異世界で受け続けた差別の数々が、瞬く間に、脳裏に蘇る。
 だが、今の俺には、俺を支えてくれるこの三人、第四階級の人々がいる……。

 俺のなかで、元の世界に戻りたいという気持ちが完全に消えたわけではない。
 あの世界には俺の好きだった友人、家族、仲間たちが大勢いる。もう一度あの世界に戻って、彼らと同じ時間を過ごせるなら、過ごしたい。
 でも、それが叶わないのなら……、せめて“こっちの世界”で、元の世界で作った人間関係に匹敵する関係を、どうにか構築したい。
 ……もしかしたら、俺は少しずつ、その夢が叶い始めているのかもしれない。

 そんなことを思い、泣き崩れそうになる俺を、アニーがそっと修道服で包み込んでくれた。

 「いくらでも泣いてください。今この場所には、あなたを蔑む人はいませんから」

 彼女は修道服の上から俺の背中を優しく擦り、暫くのあいだ、俺の肩をじっと抱きしめてくれるのだった。








しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

勇者召喚に巻き込まれたモブキャラの俺。女神の手違いで勇者が貰うはずのチートスキルを貰っていた。気づいたらモブの俺が世界を救っちゃってました。

つくも
ファンタジー
主人公——臼井影人(うすいかげと)は勉強も運動もできない、影の薄いどこにでもいる普通の高校生である。 そんな彼は、裏庭の掃除をしていた時に、影人とは対照的で、勉強もスポーツもできる上に生徒会長もしている——日向勇人(ひなたはやと)の勇者召喚に巻き込まれてしまった。 勇人は異世界に旅立つより前に、女神からチートスキルを付与される。そして、異世界に召喚されるのであった。 始まりの国。エスティーゼ王国で目覚める二人。当然のように、勇者ではなくモブキャラでしかない影人は用無しという事で、王国を追い出された。 だが、ステータスを開いた時に影人は気づいてしまう。影人が勇者が貰うはずだったチートスキルを全て貰い受けている事に。 これは勇者が貰うはずだったチートスキルを手違いで貰い受けたモブキャラが、世界を救う英雄譚である。 ※他サイトでも公開

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

ゴミスキルでもたくさん集めればチートになるのかもしれない

兎屋亀吉
ファンタジー
底辺冒険者クロードは転生者である。しかしチートはなにひとつ持たない。だが救いがないわけじゃなかった。その世界にはスキルと呼ばれる力を後天的に手に入れる手段があったのだ。迷宮の宝箱から出るスキルオーブ。それがあればスキル無双できると知ったクロードはチートスキルを手に入れるために、今日も薬草を摘むのであった。

異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。

お小遣い月3万
ファンタジー
 異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。  夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。  妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。  勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。  ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。  夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。  夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。  その子を大切に育てる。  女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。  2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。  だけど子どもはどんどんと強くなって行く。    大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。

社畜から卒業したんだから異世界を自由に謳歌します

湯崎noa
ファンタジー
ブラック企業に入社して10年が経つ〈宮島〉は、当たり前の様な連続徹夜に心身ともに疲労していた。  そんな時に中高の同級生と再開し、その同級生への相談を行ったところ会社を辞める決意をした。  しかし!! その日の帰り道に全身の力が抜け、線路に倒れ込んでしまった。  そのまま呆気なく宮島の命は尽きてしまう。  この死亡は神様の手違いによるものだった!?  神様からの全力の謝罪を受けて、特殊スキル〈コピー〉を授かり第二の人生を送る事になる。  せっかくブラック企業を卒業して、異世界転生するのだから全力で謳歌してやろうじゃないか!! ※カクヨム、小説家になろう、ノベルバでも連載中

異世界召喚されたら無能と言われ追い出されました。~この世界は俺にとってイージーモードでした~

WING/空埼 裕@書籍発売中
ファンタジー
 1~8巻好評発売中です!  ※2022年7月12日に本編は完結しました。  ◇ ◇ ◇  ある日突然、クラスまるごと異世界に勇者召喚された高校生、結城晴人。  ステータスを確認したところ、勇者に与えられる特典のギフトどころか、勇者の称号すらも無いことが判明する。  晴人たちを召喚した王女は「無能がいては足手纏いになる」と、彼のことを追い出してしまった。  しかも街を出て早々、王女が差し向けた騎士によって、晴人は殺されかける。  胸を刺され意識を失った彼は、気がつくと神様の前にいた。  そしてギフトを与え忘れたお詫びとして、望むスキルを作れるスキルをはじめとしたチート能力を手に入れるのであった──  ハードモードな異世界生活も、やりすぎなくらいスキルを作って一発逆転イージーモード!?  前代未聞の難易度激甘ファンタジー、開幕!

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

処理中です...