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104話  強敵

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災い。

目の前の光景を表すなら、その言葉が一番当てはまっているのではないだろうか。本当に災いだった。

とっさにシールドで衝撃を防いだけど、周りはもう黒ずんだ荒野になっている。

あんなに生い茂っていた草木は全部吹き飛ばされ、数百を超える帝国軍や貴族軍もいっきに……消滅してしまった。


「……はっ」


あまりにもあっけなくて、笑いが出てしまう。それほどの力だった。

そして、粉々になった人々の血を踏みながら―――ヤツは現れる。

成人男性より体が二回りは大きくて、肌に筋が浮き出ていて、黄色い目を鋭く光らせる怪物。


「……案内人」
「……カイ」


運命だ、とヤツは続けた。

そして当然、そんな運命なんかを信じない俺はチラッと後ろを見る。案内人の登場によってすべてを理解した彼女たちは、もう俺の後ろに揃っていた。

ニア、クロエ、アルウィン、ブリエン。

そして、俺。


「……キリエル、命令だ。助かった兵士たちをまとめて、今すぐ拠点に戻れ」
「し、しかし、カイ様……!!」
「無駄な犠牲を増やしたくない。さっき見ただろ?あれは、次元が違う存在だ」


そう、目の前で数百人が一気に塵になる光景を見たからか、キリエルはなにも言えなかった。後ろに見えるレジスタンスたちの顔にも恐怖が滲んでいる。

こんな状態で、ろくに戦えるわけがない。それに、この人数を守りながらヤツに勝ち抜く自信もなかった。

俺の直感通りだと、こいつは強いから。

たぶん、俺やニアより。


「………かしこまり、ました」


キリエルは下の唇を噛みながら、拳を震わせる。自分の無力さを嘆いているように見えた。

俺は、苦笑いを浮かべてから手を振る。


「またな」
「………っ!!」


キリエルはなにも答えず、集まったリーダーたちと一緒に大声で撤退を命じる。

案内人は、そのすべてを見届けてから、裂けている口の端を吊り上げた。


「面白くない展開だな、おい」
「……なにがだ?」
「元はとなら、あいつらも全員死ぬ予定だったからな」
「は?なにを―――」


その瞬間、目の前に立っていた案内人が消える。

魔力の流れを感じてたちまち視線を上げると、曇り空で飛んでいるヤツが見えた。拳に魔力が集中され、紫色の巨大な炎が出来上がる。


「予定よりは早いが、まぁいいだろう」


その炎の塊りが、キリエルたちの目の前まで差し迫る。そして、俺は―――


「う、うぁああああああああああああああ!?!??!」
「あ、あ………?か、イ、さま………?」
「……くっ!!!」
「ほぉ……」


嫌な予感がした途端に飛び上がって、空中でヤツの拳を防いでいた。

魔力と魔力がぶつかって、衝撃波が起こる。両手で塞いだというのに、手がびりびりして痛い。手のひらが焼かれる感覚だった。


「これを防げるのか。さすがは次元を破った人間」
「くっ……!!なにをやってる!!早く動け、お前ら!!」
「あ、は……はい!!」


一秒でも長くここにいたら死ぬ。その恐怖が効いたのか、レジスタンスたちは光の速度で逃げ始めた。

俺に未だ拳を握られている案内人は、その姿を見てピシッと笑う。


「お前は、ああいう者たちを守るために戦うのか?まるで英雄だな」
「……はっ、人間のことを知りもしないくせにふざけんな」
「は?」
「人間なら誰しも、目の前で人が死ぬのを見たくないんだよ。すなわち、これは本能ってわけだ。俺が守りたいものは、別にある」
「ほぉ……後ろにいる少女たちか?一つ言っておくが、お前は彼女たちを守れない」
「なら、俺も一つだけ言っておくか」


俺はニヤッと笑った後に、言い放つ。


「後ろ」
「…………………………は?」


どす黒い雨雲の下、巨大な骨の剣が浮かび上がる。

ニアの魔法だ。森に視線を移すと、アルウィンにバフをもらいながら両手を合わせて、本領を発揮している。

彼女がゲームのラスボスだった頃に見せたスキル。黒魔法の頂点に立っている者でしか使えない魔法。


「デス・ブリンガー」


空を覆うくらいに巨大な魔剣が、案内人に向かって振り下ろされる。

ヤツはとっさに黄色い目を光らせて避けようとするが、甘すぎる。正面に立っていた俺が、すぐに飛び掛かった。


「っ!?」


まさか、こんな近接で戦うとは思わなかっただろう。だからこそ、ヤツの動きにほころびが生じた。


「ぐおっ!?!?」


魔力を込めたアッパーカットが、見事にヤツの顎に当たる。固い石でも叩くような感覚に、自然と顔がしかめられた。


「くはっ!?」


そして、ヤツが反射的に見せた蹴りを食らって、俺は地面に飛ばされてしまう。

一瞬息ができないくらいの苦痛が押し寄せるとともに、視界が反転した。この世界に来てこんな風にやられたのは初めてかもしれない。


「かはっ……!!ふぅ、ふぅ……!」
「カイ!!」


遠くからクロエの声が聞こえてくる。ヤツに蹴られたところを軽く押してみると、激しい痛みが走る。あばら骨だ。


「けほっ、けほっ……!!ふぅ……!!」


たぶん、2本か3本か折れたのかもしれない。こんな苦痛を味わったこともなかったから、息を整うのも精一杯だった。

それでも―――状況は有利になった。俺が気を紛らわせた合間に、ニアが召喚した剣はおぞましい勢いで案内人を狙っていて。

その横からは、何本かの魔法の矢が飛んでいる。


「ウィンドブラスト!!」


空中に浮いていた案内人は、そのまま魔法に飲み込まれ―――

間もなくして、地面を揺るがすほどの爆発音が世界を切り裂く。


「う、うぁあああ!?!?」
「カイ、カイ!!」


台風でも来たかのように起こる、凄まじい風の暴力。

アルウィンの悲鳴が聞こえて、クロエが慌てて俺に近づく姿が見えた。

やがて、吹き飛ばされそうになった巨大な爆発が収まる。俺は、未だに曇っている空を見上げた。

そして、その空の真ん中には…………


「………………く、ふふっ………」
「……………………………………………………………なん、で」


全身に黒い煙を立てながらも、未だに浮いている案内人がいて。

隣まで来たクロエは、その姿を見て言葉を失うしかなかった。誰も、こんな結果は予想できなかっただろう。

……そこそこ全力を出したつもりなんだけどな。


「……はぁ」


俺は、骨が折れた部位を手で押さえながら愚痴るように言った。


「楽じゃないな……ハッピーエンド」
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