上 下
93 / 111

93話  運命に抗うな

しおりを挟む
「……あるべき姿、か」


この世界を、元のあるべき姿に案内する。

それを聞いて、俺は反射的に周りの風景に目を向けた。ニアが血の涙を流しながら泣いている。忌々しいカルツの顔も見えた。


「………………………………………………………………」


拳が震える。たとえ幻覚だとしても、ニアがあんな風に悲しむ姿を見てなにも感じないはずがない。


「……お前なら知っているだろうな」


俺は振り返って、未だに岩の上に座っている怪物に目を向ける。


「お前は、カルツが主人公として活躍するのを本来のあるべき姿だと言った。なら、その世界線の未来はどうなる?」
「……ふうん」
「運命を知っているんだろ?どうなるんだよ、怪物」


ヤツはこの世界に属する存在じゃない。それだけはなんとなく感じ取ることができた。

だから、俺が転生したせいで知らないゲームのシナリオ――その結末さえきっと、知っているだろう。

そう踏んで質問したと言うのに、怪物は薄ら笑みを浮かんでから突拍子もないことを言ってきた。


「化け物じゃない。俺のことは案内人と呼べ」
「……案内人?」
「そうだ、俺はこの世界の案内人。これからはそう呼ぶように………それと、さっき質問してくれた未来のことだが、お前は既に見てたぞ?」
「………は?」
「最初に見た景色を思い出してみろ。なにが燃えていた?」


その言葉を聞いて、自然と目が見開かれる。

まさか、それが元の結末だと言うのか―――そう言うも前に、案内人が指を鳴らしてまた周りの風景を変える。

それは、最初に見た風景だった。一匹の獣みたいなモンスターが暴れて、街中のすべてが燃えていて、人々が悲鳴を上げて。

正に、すべてが滅んでいく―――阿鼻叫喚の景色。


「涙の魔女を倒した勇者カルツは、後々帝国の騎士団長になる」


周りのすべてが燃えている中、怪物は淡々とした口調を垂らした。


「しかし、ヤツの行き過ぎた信念と激しい思い込みは、段々と帝国内でも反感を買うようになった。そして、ヤツは気づくことになる――――自分と仲が良かった教皇が実は強姦魔で、信じていたゲベルスと皇子は人体実験をしている、ゲス野郎どもだってことを」
「………………」
「それを全部知っていてもなお、ヤツは黙認することを選んだ。騎士団長の権限ですべての情報を遮断し、仕方のないことだと事を正当化させようとしたんだ。しかし、他の勇者パーティーのメンバーはそうは思わなかった」


またもや案内人が指を鳴らすと、赤く燃えている風景が生い茂っている緑に変わった。

その場所は、森の中だった。そして、その空間で激しい戦いをしている二人―――ブリエンとアルウィンが見えてきた。

自分たちのリーダーである、カルツを相手に。


「残りの二人は、不意を見過ごそうとするカルツに強く反発し、その情報を市民たちに全部ばらまいてしまった。そのことに激怒したカルツは、二人を反逆者として見なし、更生させようとしたが――――」


ゲベルスと皇子の計画によって、すべてが終わってしまった。

そこまで言って、案内人はゆっくりと流れる景色を見守る。間もなくして、二人と戦っていたカルツが急に跪いた。

なんだ、なんで跪く――――そう思っていた瞬間に、変化が訪れる。


『ぐるっ……!?ぐ、ぐぁああ……!!なん、だ……………!!!』


カルツの目が急に赤く光り、体がかさばって、口から黒い血を吐き―――間違いのない化け物になってしまったのだ。

成人男性より4倍……いや5倍は大きく見える、まるで獣のような姿。

目の前で同僚が化け物になるのを見たブリエンとアルウィンは、驚愕してしばらく動かなかった。しかしその隙が、最悪の結果を生んだ。


『……………くはっ!?』
『ぶ、ブリエンさん!?!?!くっ、今治療魔法を――――――くふっ!?』
「…………………………」


一瞬で体ごと握りつぶされ、また剣で串刺しになってしまった二人は―――その場で絶命。


「そして、理性を失って狂い始めた主人公《カルツ》は、反逆者たちを処罰するという建前で街を襲撃し、すべてを破壊し始める。これこそが、この物語の決まった運命だ」
「………………………………………はっ」


案内人のすべての話を聞いた俺は、思わず失笑をこぼしてしまう。本当に、これがゲームの元のシナリオだったのか。

……ありえないだろ。ユーザーを何だと思ってるんだ。やっぱクソゲーメーカーだな、あの会社。

この物語は本当に………本当に。


「くだらないな、マジで」
「…………そう思うか?」
「くだらないし、つまらないだろう。なんだ、このクソみたいな展開は」


イライラした気持ちを抑えながら、俺は周囲の風景から目をそむいて案内人を見る。

ヤツは、ようやく立ち上がって不気味な笑みを浮かべた。


「しかし、それが元の運命だ。俺はこの世界を、さっきお前が見た未来に導く使命がある」
「……それってつまり、俺を殺すってことだな?」
「お前だけじゃない。お前の大切な人たちも全員、殺す予定だ」


体の内側から、なにかが込み上がるのを感じる。

最大限の殺気を込めて睨んでいると、ヤツはふうとため息をつきながら言った。


「おかしいんだ、この世界の運命は。俺が見た未来は、元の世界線の未来とあまりにも違い過ぎる………お前のせいで、すべてが狂う」
「………」
「涙の魔女として死んで行くはずの悪魔の娘は、死に際まで幸せに暮らしながら天寿を全うする。暗殺者の娘は何人も子息を生み、強姦されるはずだった娘はこの国の長官になる」
「…………………………………は?」


急に言われたとんでもない未来に、殺気はおろか戸惑いが先走ってしまう。

案内人はそんな俺の反応を無視して、言葉を続けた。


「勇者パーティーのメンバーだったエルフもプリストも、お前の仲間として活躍しながら後々、お前の大切な人となる………の統治下で帝国は繁栄し、人々の顔からは笑みが絶えなくなる」
「……………」
「不幸が笑いに。破壊が生命に繋がる。すべてが真逆で、すべてが違っている……まぁ、俺は個人的に、あのカルツというヤツよりお前の方が好きではあるが」


そこでサッと回りの景色が消え、元いた山の頂上の光景が現れる。

そして、さっきよりは笑みが消えた顔で、怪物が言った。


「世界の整合性を取るため、この物語を正しい運命に導くため―――俺はお前を殺さなければいけない」
「……………運命、か」
「そうだ。この世界を元の運命にたどり着かせることこそが、俺の生まれた理由。予言の悪魔の使命―――だから、俺はお前と必然的に戦うことになるだろう」


何故だか、そう言っている割には敵意があまり感じられなかった。

ヤツは一体、なにを考えているのだろう。なんでこんなに色々な情報を教えてくれる?目を細めていると、ヤツは低い笑い声を上げながら言った。


「なんでそれを教えてくれるんだ、とでも言いたげな表情だな」
「……人の心も読めるのか?なら、直接的に聞こう。なんでそれを俺に教えるんだ?お前になんの得があって?」
「お前のおかげで、俺が生まれたからな。俺は整合性を取るために、この世界限定で生まれてきた存在だ。俺がこの世界で初めて目を覚ました瞬間、俺は自然と自分の使命を理解した――――お前がいなかったら、俺もいなかった。これは、せめてものの好意ってヤツだ」
「………なるほど、通りで元の世界で見たことないヤツだと思った」
「ふふっ、話は終わりだ。さて、次元を破った偽悪魔よ――――」


そこで、ヤツは急にドスの効いた声で俺を睨んできた。


「既に決められている運命に、抗うな。なにをしたってお前は、お前たちは必ず負ける」
「…………」
「帝国はすべて火の海になる。このとち狂った世界の整合性を取るためなら、元のストーリーに戻すためなら……俺はなんだってするつもりだ。俺はそのために生まれてきたからな」


……………なるほど、これがヤツの真の目的か。俺は唇を濡らした後に、軽く笑って見せた。

ヤツの黄色い目が細められるのを感じる。だけど、俺は笑った。笑い続けた。

だって、こいつの言葉には―――とんでもない矛盾があるからだ。


「いや、運命に抗うのはお前の方だ、案内人」
「……は?」
「お前がさっき言っただろう?この世界の運命は、みんなが幸せになることで決まっていると」


不愉快そうだったヤツの目が、少しだけ見開かれる。


「運命に抗おうとするな、怪物」


俺はもう一度笑ってから、釘を刺すように言う。


「俺は絶対に、あんなクソゲーのシナリオ通りにはさせないからな」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏庭が裏ダンジョンでした@完結

まっど↑きみはる
ファンタジー
 結界で隔離されたど田舎に住んでいる『ムツヤ』。彼は裏庭の塔が裏ダンジョンだと知らずに子供の頃から遊び場にしていた。  裏ダンジョンで鍛えた力とチート級のアイテムと、アホのムツヤは夢を見て外の世界へと飛び立つが、早速オークに捕らえれてしまう。  そこで知る憧れの世界の厳しく、残酷な現実とは……?  挿絵結構あります

長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ
ファンタジー
とある片田舎で貧困の末に殺された3きょうだい。 その3人が目覚めた先は日本語が通じてしまうのに魔物はいるわ魔法はあるわのファンタジー世界……そこで出会った首が取れるおねーさん事、アンドロイドのエキドナ・アルカーノと共に大陸で一番大きい鍛冶国家ウェイランドへ向かう。 魔物が生息する世界で生き抜こうと弥生は真司と文香を護るためギルドへと就職、エキドナもまた家族を探すという目的のために弥生と生活を共にしていた。 首尾よく仕事と家、仲間を得た弥生は別世界での生活に慣れていく、そんな中ウェイランド王城での見学イベントで不思議な男性に狙われてしまう。 訳も分からぬまま再び死ぬかと思われた時、新たな来訪者『神楽洞爺』に命を救われた。 そしてひょんなことからこの世界に実の両親が生存していることを知り、弥生は妹と弟を守りつつ、生活向上に全力で遊んでみたり、合流するために路銀稼ぎや体力づくり、なし崩し的に侵略者の撃退に奮闘する。 座敷童や女郎蜘蛛、古代の優しき竜。 全ての家族と仲間が集まる時、物語の始まりである弥生が選んだ道がこの世界の始まりでもあった。 ほのぼののんびり、時たまハードな弥生の家族探しの物語

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

魔力無し転生者の最強異世界物語 ~なぜ、こうなる!!~

月見酒
ファンタジー
 俺の名前は鬼瓦仁(おにがわらじん)。どこにでもある普通の家庭で育ち、漫画、アニメ、ゲームが大好きな会社員。今年で32歳の俺は交通事故で死んだ。  そして気がつくと白い空間に居た。そこで創造の女神と名乗る女を怒らせてしまうが、どうにか幾つかのスキルを貰う事に成功した。  しかし転生した場所は高原でも野原でも森の中でもなく、なにも無い荒野のど真ん中に異世界転生していた。 「ここはどこだよ!」  夢であった異世界転生。無双してハーレム作って大富豪になって一生遊んで暮らせる!って思っていたのに荒野にとばされる始末。  あげくにステータスを見ると魔力は皆無。  仕方なくアイテムボックスを探ると入っていたのは何故か石ころだけ。 「え、なに、俺の所持品石ころだけなの? てか、なんで石ころ?」  それどころか、創造の女神ののせいで武器すら持てない始末。もうこれ詰んでね?最初からゲームオーバーじゃね?  それから五年後。  どうにか化物たちが群雄割拠する無人島から脱出することに成功した俺だったが、空腹で倒れてしまったところを一人の少女に助けてもらう。  魔力無し、チート能力無し、武器も使えない、だけど最強!!!  見た目は青年、中身はおっさんの自由気ままな物語が今、始まる! 「いや、俺はあの最低女神に直で文句を言いたいだけなんだが……」 ================================  月見酒です。  正直、タイトルがこれだ!ってのが思い付きません。なにか良いのがあれば感想に下さい。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故

ラララキヲ
ファンタジー
 ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。  娘の名前はルーニー。  とても可愛い外見をしていた。  彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。  彼女は前世の記憶を持っていたのだ。  そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。  格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。  しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。  乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。  “悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。  怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。  そして物語は動き出した…………── ※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。 ※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。 ◇テンプレ乙女ゲームの世界。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げる予定です。

処理中です...