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59話 殺戮の始まり
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「おお……!!カルツ様、ようこそいらっしゃいました!!」
「…………」
カイが警告した日の、前日の深夜。
急いで教会に着いたカルツを見て、教皇は安堵の表情を浮かべる。なにせ、皇室からろくな支援をもらっていない今の教皇にとって、カルツの存在は救世主に他ならないのだ。
「明日が手紙でお伝えした日です。あの忌々しい悪魔が襲ってくる日!ですが、カルツ様がいらっしゃるなら私も一安心―――」
「教皇様」
しかし、カルツは冷たい目つきのまま詰るように言い放つ。
「新聞に載せられていたあの内容は、本当のことですか?」
「…………………………」
「本当に、か弱い女性たちを閉じ込めて、十字軍の性奴隷にさせたのかを聞いているんです」
言い逃れは許さないといわんばかりの声に、教皇が怯む。カルツがその事実を知ったのは昨日のことだった。
アルウィンとブリエンと一緒にダンジョンを攻略しに行こうと約束した日。
その日に何故かアルウィンが姿を見せなくて、近くの町に戻って調べようとしたら―――悪魔が教会を急襲したという記事が、帝国の新聞に載せられていたのだ。
それから間もなくして、町に滞在している十字軍の一人に教皇からの手紙をもらったのである。いち早く、教会に来て欲しいと。
悪魔が来るかもしれないと。
「教皇様、聞いているじゃないですか」
「そ、それは……!!」
教皇が口ごもる。カルツは眉根をひそめながら、拳を強く握った。
元々はブリエンも一緒に来させたかったが、彼女はすべての情報を知るなり嫌悪に満ちた顔で首を振っていた。
気持ちは分かるが、悪魔を倒す方がもっと大事じゃないか。そんな考え方で勇者パーティーにいられると思ってるのか!
何十分もそう説得したものの、彼女は最後まで拒絶するだけだった。なにより―――
『あんた正気なの!?誰が悪魔よ、あんなことをする輩の方が悪魔じゃん!!なのに、あんな奴らを助けに行くって?本当にそれで勇者のつもり!?』
ブリエンが言ったその言葉が、鋭い針みたいに脳内に突き刺さって離れなかったのだ。
カルツはなんとか言い返そうとしたけど、言い返せなかった。彼だって分かっているからだ。
この件は、ブリエンの主張にも一理があると。
………………勇者の仲間でありながら、悪魔討伐を優先しないくそったれなメンタルは気に食わないが。
「も、申し訳ありませんでした……」
そして、窮地に追い込まれた教皇は悔しい顔になりながらも、絞り出したような声で謝罪を口にする。
カルツは目を見開いて、目の前の教皇の言葉を拾っていく。
「私は間違いなく罪を犯しましたし、それについて返せる言葉はなにもございません!ですが、今大事なのは悪魔討伐かと……!!こ、このままじゃ本当に帝国が滅ぶかもしれません!!」
「……………」
「カルツ様は、この国を救うために選ばれた勇者!その聖剣と共に、悪を取り除いてください!!」
誰が悪よ、あんなことをする輩の方が悪魔じゃん。
ブリエンの言葉がもう一度響いて、カルツはまたもや顔をしかめてしまう。
それを威嚇だと感じ取った教皇は、青白んだ顔で「あ……あ……」と情けない声を上げた。
「……分かりました」
しかし、カルツは頷く。この段階でなによりも大事なのは、悪魔討伐だからだ。
「手を貸しましょう。しかし、この事件が終わった後にはきちんとそれ相応の罰を受けてください」
「も、ももももちろんです!!ありがとうございます!」
以前見せた威厳や落ち着きはどこに行ったのか、教皇はペコっと首を下げる。彼の立場からしたら、罰を受けようが受けまいが命がとにかく大事なのだ。
教皇の執務室から出た後、カルツはふうとため息をこぼす。
「…………くそ」
いくら頭の固い彼でも、女を閉じ込めて弄んだことが正義じゃないのは分かっている。
その犯人がもし普通の人だったら、カルツは直ちに剣を振るっていただろう。正義の代弁者として。
しかし、相手は恩人でありこの国の根幹でもある教皇。ある程度は目をつぶらないと、国が回らない。小を捨てて大につかなければいけない。
そして、なによりもカルツは悪魔に対する復讐心を燃やしていた。
「今度こそ、殺してやる……!」
歯をギシギシと鳴らしながら、カルツは教会の広場に出る。前にカイが何十人も殺した広場には、たくさんの十字軍がなんらかの術を組んでいた。
ここで、ヤツを殺さなければならない。首都で悪魔が現れるなんてあまりにも危険すぎるし、なによりも――――ヤツに復讐をしなければ、気持ちが晴れない。
スラムの地下室で味わった屈辱を、彼は未だに忘れられなかった。絶対的な正義である自分が徹底的に踏みにじられていたのだ。
「許せない、絶対に……許せない」
劣等感。復讐心。正義感。三つが合わさって、彼はカイに対して異常なほどの執着を持つようになった。
だからこそ、毎日のようにダンジョンを出入りしながら実力を磨いてきたのだ。
カルツはもはや、アルウィンやブリエンが何て言おうが、二人にどう思われようが関係なかった。彼の世界にいるのは自分と悪魔だけだった。
――実際に今も、悪魔に攫われたアルウィンのことは眼中にもいないじゃないか。
もちろん心配にはなるけど、劣等感にまみれたカルツにとっては悪魔が優先順位なのだ。
「……………」
ブリエンが拒絶し、アルウィンは攫われ、彼は文字通り一人になった。拳を握りながら、彼は夜空を見上げる。
大丈夫だ。悪魔を倒せばすべてが解決する。そうすれば、俺も新しい仲間を迎えて幸せに――――
そこまで思った、その瞬間。
「ぷはあっ!?」
目の前で魔法陣を描いていた十字軍の一人が、急に倒れてしまう。
広がる混乱。噴き出す血。どこで飛んできたのかも分からない攻撃に、その場にいる全員が硬直する。
「あ、悪魔だ!!魔力視野を発動させろ!!」
「陣形を整え!!大丈夫だ。俺たちはこの日だけを待っていた!!もうすぐで数千人近くの仲間が到着する!!それまで耐えれば―――カッ」
「う、うわああああああ!?!?」
リーダー格の男の首が切られ、周りの兵士たちが情けない声を上げる。
当たり前の話だった。相手がどこにいるのかも分からないし攻撃も見えないのに、隣の首は飛んでるんだから。
――――それが、クロエが持っているアーティファクトの効果だと言うことを彼らは知らないのだ。
「じ、陣形を整えろ!!!魔法部隊は早く術を組め!!もうすぐだ!」
そして、彼が現れる。
教会の中にある、鬱蒼とした茂みの中から。酷く余裕満々な笑みを浮かべたまま。
左側の目を赤く光らせて、彼は現れる。
カルツは目を見開いた後、すぐに聖剣を抜いて叫んだ。
「悪魔ぁあああああああああ!!!」
そのすべてを目に収めたカイは、ニヤッと笑いながら懐の中の懐中時計を取り出す。
「よし、12時回ったな」
それから深い息をついて、彼は首を傾げながら言う。
「お前ら全員、生きて帰れるとは思うなよ」
殺戮の始まりだった。
「…………」
カイが警告した日の、前日の深夜。
急いで教会に着いたカルツを見て、教皇は安堵の表情を浮かべる。なにせ、皇室からろくな支援をもらっていない今の教皇にとって、カルツの存在は救世主に他ならないのだ。
「明日が手紙でお伝えした日です。あの忌々しい悪魔が襲ってくる日!ですが、カルツ様がいらっしゃるなら私も一安心―――」
「教皇様」
しかし、カルツは冷たい目つきのまま詰るように言い放つ。
「新聞に載せられていたあの内容は、本当のことですか?」
「…………………………」
「本当に、か弱い女性たちを閉じ込めて、十字軍の性奴隷にさせたのかを聞いているんです」
言い逃れは許さないといわんばかりの声に、教皇が怯む。カルツがその事実を知ったのは昨日のことだった。
アルウィンとブリエンと一緒にダンジョンを攻略しに行こうと約束した日。
その日に何故かアルウィンが姿を見せなくて、近くの町に戻って調べようとしたら―――悪魔が教会を急襲したという記事が、帝国の新聞に載せられていたのだ。
それから間もなくして、町に滞在している十字軍の一人に教皇からの手紙をもらったのである。いち早く、教会に来て欲しいと。
悪魔が来るかもしれないと。
「教皇様、聞いているじゃないですか」
「そ、それは……!!」
教皇が口ごもる。カルツは眉根をひそめながら、拳を強く握った。
元々はブリエンも一緒に来させたかったが、彼女はすべての情報を知るなり嫌悪に満ちた顔で首を振っていた。
気持ちは分かるが、悪魔を倒す方がもっと大事じゃないか。そんな考え方で勇者パーティーにいられると思ってるのか!
何十分もそう説得したものの、彼女は最後まで拒絶するだけだった。なにより―――
『あんた正気なの!?誰が悪魔よ、あんなことをする輩の方が悪魔じゃん!!なのに、あんな奴らを助けに行くって?本当にそれで勇者のつもり!?』
ブリエンが言ったその言葉が、鋭い針みたいに脳内に突き刺さって離れなかったのだ。
カルツはなんとか言い返そうとしたけど、言い返せなかった。彼だって分かっているからだ。
この件は、ブリエンの主張にも一理があると。
………………勇者の仲間でありながら、悪魔討伐を優先しないくそったれなメンタルは気に食わないが。
「も、申し訳ありませんでした……」
そして、窮地に追い込まれた教皇は悔しい顔になりながらも、絞り出したような声で謝罪を口にする。
カルツは目を見開いて、目の前の教皇の言葉を拾っていく。
「私は間違いなく罪を犯しましたし、それについて返せる言葉はなにもございません!ですが、今大事なのは悪魔討伐かと……!!こ、このままじゃ本当に帝国が滅ぶかもしれません!!」
「……………」
「カルツ様は、この国を救うために選ばれた勇者!その聖剣と共に、悪を取り除いてください!!」
誰が悪よ、あんなことをする輩の方が悪魔じゃん。
ブリエンの言葉がもう一度響いて、カルツはまたもや顔をしかめてしまう。
それを威嚇だと感じ取った教皇は、青白んだ顔で「あ……あ……」と情けない声を上げた。
「……分かりました」
しかし、カルツは頷く。この段階でなによりも大事なのは、悪魔討伐だからだ。
「手を貸しましょう。しかし、この事件が終わった後にはきちんとそれ相応の罰を受けてください」
「も、ももももちろんです!!ありがとうございます!」
以前見せた威厳や落ち着きはどこに行ったのか、教皇はペコっと首を下げる。彼の立場からしたら、罰を受けようが受けまいが命がとにかく大事なのだ。
教皇の執務室から出た後、カルツはふうとため息をこぼす。
「…………くそ」
いくら頭の固い彼でも、女を閉じ込めて弄んだことが正義じゃないのは分かっている。
その犯人がもし普通の人だったら、カルツは直ちに剣を振るっていただろう。正義の代弁者として。
しかし、相手は恩人でありこの国の根幹でもある教皇。ある程度は目をつぶらないと、国が回らない。小を捨てて大につかなければいけない。
そして、なによりもカルツは悪魔に対する復讐心を燃やしていた。
「今度こそ、殺してやる……!」
歯をギシギシと鳴らしながら、カルツは教会の広場に出る。前にカイが何十人も殺した広場には、たくさんの十字軍がなんらかの術を組んでいた。
ここで、ヤツを殺さなければならない。首都で悪魔が現れるなんてあまりにも危険すぎるし、なによりも――――ヤツに復讐をしなければ、気持ちが晴れない。
スラムの地下室で味わった屈辱を、彼は未だに忘れられなかった。絶対的な正義である自分が徹底的に踏みにじられていたのだ。
「許せない、絶対に……許せない」
劣等感。復讐心。正義感。三つが合わさって、彼はカイに対して異常なほどの執着を持つようになった。
だからこそ、毎日のようにダンジョンを出入りしながら実力を磨いてきたのだ。
カルツはもはや、アルウィンやブリエンが何て言おうが、二人にどう思われようが関係なかった。彼の世界にいるのは自分と悪魔だけだった。
――実際に今も、悪魔に攫われたアルウィンのことは眼中にもいないじゃないか。
もちろん心配にはなるけど、劣等感にまみれたカルツにとっては悪魔が優先順位なのだ。
「……………」
ブリエンが拒絶し、アルウィンは攫われ、彼は文字通り一人になった。拳を握りながら、彼は夜空を見上げる。
大丈夫だ。悪魔を倒せばすべてが解決する。そうすれば、俺も新しい仲間を迎えて幸せに――――
そこまで思った、その瞬間。
「ぷはあっ!?」
目の前で魔法陣を描いていた十字軍の一人が、急に倒れてしまう。
広がる混乱。噴き出す血。どこで飛んできたのかも分からない攻撃に、その場にいる全員が硬直する。
「あ、悪魔だ!!魔力視野を発動させろ!!」
「陣形を整え!!大丈夫だ。俺たちはこの日だけを待っていた!!もうすぐで数千人近くの仲間が到着する!!それまで耐えれば―――カッ」
「う、うわああああああ!?!?」
リーダー格の男の首が切られ、周りの兵士たちが情けない声を上げる。
当たり前の話だった。相手がどこにいるのかも分からないし攻撃も見えないのに、隣の首は飛んでるんだから。
――――それが、クロエが持っているアーティファクトの効果だと言うことを彼らは知らないのだ。
「じ、陣形を整えろ!!!魔法部隊は早く術を組め!!もうすぐだ!」
そして、彼が現れる。
教会の中にある、鬱蒼とした茂みの中から。酷く余裕満々な笑みを浮かべたまま。
左側の目を赤く光らせて、彼は現れる。
カルツは目を見開いた後、すぐに聖剣を抜いて叫んだ。
「悪魔ぁあああああああああ!!!」
そのすべてを目に収めたカイは、ニヤッと笑いながら懐の中の懐中時計を取り出す。
「よし、12時回ったな」
それから深い息をついて、彼は首を傾げながら言う。
「お前ら全員、生きて帰れるとは思うなよ」
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