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53話  教会の真実

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心臓が早く鳴り出す。背筋に冷や汗が流れる。

アルウィンは冷え切っている指先をぎゅっと手で握ったまま、カイとニアの後姿を見つめた。

横では心配そうに見つめてくるクロエの眼差しがあるけど、それを気にしていられる状況じゃなかった。

犯されたはずだよ、なんて。

辞書の中でしか知らなかった言葉が、急に輪郭を得てあまりにも生々しく、彼女の頭の中に突き刺される。呼吸が荒くなる。


『いや、違う。そんなはずないよ、そんなはずは……』


でも、スラムで見た実験室の光景がその否定を薄めてしまう。実験の犠牲にされた死体たちが床に転んでいて、醜い化け物の姿で倒れていたゲベルス。

善だと、天国だと強く信じてきた国の闇。もしかしたら、教会にもそういうのがあるかもしれないという当たり前の考えが、彼女を支配していた。


『でも、言われてみれば……本当に、シスターさんたちもすぐいなくなってたし。教会には男たちばかりいるし……』


生まれた時から当たり前すぎるから、さして疑わなかった風景。教会で女の人が少ない理由って、もしかして……もしかして。


「カイ、地下に続く道って知ってる?」
「いや……正確には知らないけど、心当たりがいくつかあるよ。ここでサブクエストしたことがあったし」


サブクエスト?サブクエストってなに?とアルウィンは聞きたくなるが、それよりも先にカイが言う。


「ここには訓練場に隣接している小さな倉庫があるんだ。地下に続く道はたぶん、そこじゃないかな。ゲームでは何故か入れなかったところだから」
「入れなかったところ?」


クロエの質問に、カイは振り返りながら頷く。


「ああ、ワープポータルは具現化されてたのに、中には入れなかったんだ」


アルウィンの目が見開かれる。一体何を言っているのだろう、この人はと思うものの、彼が教会の施設について知っていることが衝撃だった。

カイが転生した事実を知らない彼女からすれば、当たり前な疑問だった。

だけど、その疑問は徐々に恐れへと変わり、カイは本当にその気にさえなれば帝国を滅ぼすんじゃないかという思いに至る。

クロエさんは、この人のどこが好きで一緒にいるのだろう。私たちのパーティーを抜けて……そこまで思った瞬間、カイが突然立ち止まった。


「ここからはダークサイトを使って行こうか」


前側に見える十字軍の人たちを見た後、アルウィンを除いた3人は頷き合う。

彼は人通りが少ない道も熟知しているらしく、教会でほとんど使われない裏道だけを辿っていたのだ。


「俺とクロエはダークサイトスキルがあるから大丈夫だけど、ニアは俺にくっついて絶対に離れないで」
「うん。ずっとカイにくっついているから」
「ふふっ、ありがとう。アルウィンは……まあ、大丈夫か」


そんなやり取りを経て、4人はまたもや動かす。目的地である十字軍の宿に近づくと同時に人が多くなるけど、クロエとカイが的確な判断と俊敏さでその危険をねじ伏せていた。

クロエは暗殺者だから、元々人の気配にはかなり敏感なのだ。そのおかげで4人は無事に倉庫にたどり着き、その中に入る。


「……本当にここで合ってるの?なにもないよ?」


クロエは倉庫に積まれている物資や戦闘服などを見た後に、カイに質問する。当のカイは過去の記憶を思い出すために若干俯いて、そのまま沈黙を保っていた。

それから間もなくして、彼は突然ある壁を指さす。


「あそこ」


周りになんの飾りもない、ただの平坦な石壁。しかし、カイは速足でそこに向かった後、壁に手を当てた。

それからなにかを探るように壁をなぞったところで、ちょうど彼の胸元辺りにあるところで手を止める。


「カイ……これは?」


クロエの質問に答えず、カイはすぐアルウィンに振り返る。


「アルウィン」
「あ、はい!」
「ここ、こっちに魔力を流し込んでみて」


首を傾げつつも、アルウィンは言われた通りに壁に手を当てて魔力を流し込む。そして、驚愕した。

彼女が魔力を流し込んだ途端に、石壁が急に動き出したのだ。人が出入りできるほどの石造の門が急に開かれ、地下に続く階段が現れる。

アルウィンは片手で唇を覆いながら、震える瞳でカイを見るしかなかった。カイは唇を濡らした後、頷く。


「行ってみよう」


階段は狭く、地下のかなり奥まで繋がっていた。壁際に設置されている蝋燭が明りになってくれるけど、雰囲気が沈んでいる。

まるで、邪悪な儀式が行われそうなほど陰湿な空気。真っ昼間の光を浴びて、てらてらと光っている教会の窓ガラスとは、真逆の風景。

アルウィンは何故だか、首が絞められるような感覚に陥った。教会にこんな場所があったなんて聞いたことがなかった。

もしかして、これが本当に……本当に、そんな汚らわしい目的のために作られた場所だとしたら。

自分は、その場に直面した自分はどうなるのだろう。想像したくもない。見たくない。だけど、彼女は本能的に察していた。

ここから先は、まぎれもない地獄だと。


「………」


階段を全部降りた4人は、ある木造の門の前で立ち止まる。この先に、闇がある。

4人はどちらからともなく頷き合い、その門を開いた。それから現れたのは、無数の門。

廊下は索漠としていて、人の気配が見当たらない。だけど、一列に並んでいる門はアルウィンに言いようのない不安をもたらしていた。

一体なんなの、この施設は。それを口にするも前に――――


『きゃ、きゃぁああああああああああ!!!』


女性の切り裂くような悲鳴が、轟く。


「……………………………………………ぇ?」
『ケホッ、ケホッ……やだぁ……やだ!!!!』
『助けて、誰か、誰か助けてください……ああぁ………!!』
『くうぅう……あぁ、うぅあああああぁ……!!!』


心臓が止まる。

ドアの向こうから流れてくる女性たちの声に、アルウィンのすべてが停止する。

まともな状況ではないと、本能的に感じてしまう。だって、流れてくる声はどれもが切実で、悲惨で、絶望的な声色をしているから。


「っ………………ぁ、あ……………」
「アルウィン!」


すぐにでも崩れそうになるアルウィンの体をクロエが支えた。

そんなクロエの顔さえも、この場に漂う気色悪さで歪んでいる。


『ぁあ……助けてぇ、神、神よぉ……あぁ、きゃああああ!!』
『ぐへへっ!!神様が欲しいか、お嬢ちゃん?ここにいるぞ?ここにいるんだ!君はこれから神の精を受け入れるんだ!もっと感謝して欲しいな!』
『あぁ、あぁあぁあ………………』


無数に流れる声の中、ある女性の泣き声がカイの気を引く。正確に言うと、その悲痛な声交じりに聞こえてきた男の声が、カイの記憶を呼び寄せた。

ゲームの中で流れていた声。忘れようのない声。リエルの……復讐の対象。


「い、今の………今の………」


アルウィンもその声の主に気づいたらしく、青白んだ顔で全身を激しく震わせていた。

カイは舌の唇を噛んだ後、苦しそうに言う。


「これが、真実だよ」


カイはそのまま声の出どころに足を向ける。他の門より装飾が入っていて大きいその門の向こうからは、女性の絶望が流れていた。

相当盛んでいるのか、きひひと気持ち悪い声を上げる男。カイはもう一度アルウィンに振り返った後、その門を開いた。

そうしたら。


「あはっ、本当にいい体してるな…………………………………………っ、て」
「……………………………………………」


真っ裸でデブの中年男性が、同じく裸の女性の腰を掴んでいる姿が見えた。

その周りを囲む二人の男と、糸の切れた人形みたいに脱力している女性。

すでに瞳は虚ろで、頬には涙が流れていて、こちらを見向く気配すらない。目は、死んでいる。

そのすべてを見てしまったアルウィンは、目を見開く。

それから、すぐにでも消えそうな小声で、彼女は言った。


「ヒムラー……………………………………さま?」


この教会のトップである、教皇の名前を。
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