上 下
45 / 111

45話  本当の聖水

しおりを挟む
10分ほど街を歩いた後、俺たちはようやく目的の場所にたどり着くことができた。

店の看板を見たクロエは、目を丸くして俺に訪ねてくる。


「鍛冶屋……?しかも、けっこう古いじゃん。本当にこんなところにアーティファクトがあるの?」
「まあ、ちょっと古い方がいいじゃん。アーティファクトは古代の遺物だしね」


ボロボロで、どう見ても一流の冒険者たちが出入りしなさそうな鍛冶屋。しかし、この場所に宝が埋められていることを、俺は知っている。

コンコン、とドアをノックして俺はさっそく店内に入る。その間ずっと抱きしめていたニアを下ろして、俺は隅っこにいる鍛冶師に声をかけた。


「すみません。ちょっといいですか?」
「ううん……?ああ……お客さんか」


その人の姿を確認した後、俺は心の中で歓声を上げる。予想通りだ。

鍛冶師は逞しいという言葉とは真逆の、すぐにでも病気で倒れそうな蒼白な印象をしていた。

髪やひげも白く染まっていて、とても古代の遺物を隠し持っているとは思えない見た目だ。

実際に、老人を見たクロエは小首をかしげている。俺は口角を上げてから、その老人に近づいた。


「はい。買いたいものがあって来たんですが」
「ほうほう、こんなぼろい店によくきてくれましたな。それで、何を買いたいんだい?」
「シュペリアキューブ」
「…………………………は?」
「シュペリアキューブを買いに来ました」


その言葉を聞いた瞬間、閉ざされていた老人の目が開かれる。鋭さが宿っている瞳は怖気づいてしまうほど、強く俺に注がれてくる。


「どうしてそれを知っている……?君は一体、何者なのだい?」
「通りすがりの冒険者です。それより、ここがイェニチカさんの家で間違いないですか?」
「なっ!?ど、どうして娘の名前まで……!!」
「界隈でちょっとした噂があるんですよ。人々が強制的に買わされている教会の聖水が、実は紛い物なんじゃないか……そういう噂がけっこう広まってるんです」
「………っ!!」
「実際に、10年をかけていくら聖水を購入しても、娘さんの病はまだ治っていないじゃないですか」


老人の顔は警戒から驚愕に変わる。俺は、ゲームのサブクエストのストーリーを思い出しながら少し顔を歪めた。

目の前の老人、ジンネマンはかつて首都でも名の通った鍛冶師だった。

妻は亡くなったけど彼には大切な一人娘がいて、その娘と二人きりで店を切り盛りしながら、平和に生きていたのだ。ある事件が起こるまでは。


『お父さん……私、なんか、頭がくらくらする……』


大切な娘はそれだけ言って急に倒れてしまい、ジンネマンは娘の治療のためにすべての策を講じるようになった。

帝国で一番名医だと言われる医者に頼ったり、全財産をはたいて買った珍奇な薬草を娘に食べさせたり、教会の聖水を買ったり。

言葉通り、すべてを尽くして娘を治療しようとしたのだ。しかし、娘の体調は悪くなる一方で、借金もすべて返済しきれず、彼は結局この辺鄙な街に追い出されるようになったのである。


「わ、わしは……わしは……!」
「………」
「信じてたんだ!!まさか、聖職者たるものが人を欺くような真似をするはずはないと!!見るからに効果がないことが分かるのに、信仰が足りないとか聖水の量が不足しているとかふざけやがって……!10年も買って来たんだ、10年も!!」
「……ジンネマンさん」
「わしに、わしにどうしろと言うんだ!!何が聖水だ、何が信仰だ!!よりどころのない人間の懐に入って洗脳させて、くだらない水なんか押し売りして……!!なにが教会だ!!ただ、民のお金を吸い取るだけのごくつぶしじゃねぇか!!」
「……………」
「途中で怪しさを感じてもう買わないと言ったら、急に十字軍が訪れて裁判にかけるとか言って……!わしがなんの過ちを犯したと言うんだ!!何が悪いんだ、何が悪いんだぁあ!!」


事情を察したっぽいクロエは、顔をしかめながら拳を握りしめる。隣のニアも唇を引き結んで、老人の憤怒に耳を傾けていた。

……思ってたより酷いなと、俺は乾いた唇を濡らす。

ゲームの中では大して重んじられなかった内容なのだ。ちょうどジンネマンさんのように困難な状況に置かれている人々に聖水を押し売りして、お金を吸い取る。

それこそが、あの教会の商売方法だった。その過程でなにか異論を唱えられれば即その者を裁判にかけて脅して、力で無理やり屈服させて。

それでも反抗し続けたら異端者だと追い詰めて、火刑に処す。


「ああ、イェニチカ………ああ、あぁあ………」


理不尽極まり話だが、それでも教会や国に反旗を翻す者は少なかった。

帝国の共通の敵は、最大の敵は悪魔だから。その悪魔に対抗し続けると宣言する教皇や十字軍は、一般の民からしたら善そのものなのだ。

しかし、ここでまた滑稽な裏話がある。ジンネマンさんの娘、イェニチカが倒れた理由は―――皇室で密かに行われる、黒魔法の実験のせいだった。

皇室や教会の目的は、この国の民衆たちを自我のない人形にして、エネルギー源として扱うことだったから。その副作用として彼女は今、昏睡状態に陥っているのだ。

ゲームでも詳細は載せられてなかったけど、たぶんイェニチカは最初に十字軍辺りからもらった水を聖水と勘違いして飲んだのだろう。

その液体の中に黒魔法が仕込まれていることなんて、夢にも思わずに。


「……大丈夫ですか、ジンネマンさん?」
「あ……ははっ、あぁ……すまない。お客さんにお見苦しいところを見せてしまったな……ははっ、中々鬱憤が溜まっていてね」
「………」
「話を戻そう。そして、シュペリアキューブか。実に残念だが、あれは非売品だ。そのペンダントは代々に受け継がれてきた大切な聖遺物なのだ。借金に追われていた時でさえ、あれだけは売らなかった」
「もちろん、その貴重な品物をただお金だけで買えるとは思っていません」
「……てことは?」
「娘さんを治療するという条件が付いたら、どうでしょうか」


その瞬間、疲労にまみれていた老人の目に急に生気が宿る。

俺は、その表情変化を細かに確認しながら、用意していた言葉を出した。


「もちろん、娘さんを先に治療してからアーティファクトを購入するつもりです。俺は、まだこの帝国に流通されていない薬を知っているので」
「……薬、だと?その薬の名前は?」
「パワーエリクサーです」


このアイテムは、ゲームの後半で新たに登場するポーションだ。

レイドやボスが強すぎるから一般のエリクサーだけではHPが補充できなくなって、もっといいポーションを実装しろとユーザーたちが騒いでたのだ。

その末に出たものが、パワーエリクサーだ。飲んだだけでHPと魔力を100%にしてすべての状態異常を消す、ゲーム内でもけっこう希少だった薬物。

そして、俺はその製造法を知っている。なにせ、転生者だから。


「パワーエリクサー……?」
「はい。それがあればたぶん、娘さんを治療できると思います」
「た、確かに聞いたことのないポーションだが……本当にイェニを助けられるのか!?」
「100%確信はできませんが、十分に試せる価値はあるかと。ああ、それとその後に支払う代金の額なんですが」


俺はニヤッと笑いながら、ジンネマンさんに言う。


「500万ゴールド、くらいはいかがでしょうか」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「……結局、そのジンネマンさん、という方のために500万ゴールドを貸してくれと言ったんだよね?人助けをするために?」
「いやいや、人助けなんか柄じゃないから。それに、500万の10%くらいは薬草を買うためだと、全部説明したじゃん」


リエルの屋敷に戻った後、俺は麻袋いっぱいに買って来た薬草を床に下してリエルに報告をした。

そして、俺の話を全部聞いたリエルは何故か、微笑ましい表情を浮かべている。


「……でも、そのパワーエリクサーを使ってイェニチカさんを助けようとするのは、本当でしょ?」
「……ついでみたいなもんだから。それに、イェニチカさんは市場でもマスコットキャラみたいな存在だったし。そんな人が一気に治って俺たちを公開的に支持してくれれば、色々お得だと思っただけで―――」
「ふふっ、全然悪魔らしくない」
「話聞いてた?本当に打算だよ?むしろ打算でしか考えてなかったのに!?」


もちろん、ジンネマンさんの絶叫を聞いて少し心が動いたのは事実だった。

その過程でイェニチカさんを助けたいなと思ったのも本当のことだから、何とも言えないけど。

……でも、本当にアーティファクトを得るためという建前で行動したわけだから、悪魔らしくないと言われても困る。

俺が後ろ頭を掻いていると、隣でクロエが肘でつついてきた。


「ふふっ、悪魔らしくないんだって」
「カイ、浮気者だけどクズじゃない」
「あ~~あ~~もういい!もうこの話はナシだから!とにかく、リエル。1週間後くらいに本格的に商品を流通させる準備をして欲しいんだけど」
「うん?1週間後?」
「ああ、その間まではたぶん、これ全部完成するから」


俺は親指で、薬草がいっぱいに積まれている麻袋を示す。

その後に肩をすくめてから、ニヤッと笑って見せた。


「教皇野郎のほざく姿を、この目で見れないのが残念だわ」


何が聖水だ、人々の膏血を搾り取った血涙なくせに。

本当の聖水がなんなのかを、俺が見せてやる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

裏庭が裏ダンジョンでした@完結

まっど↑きみはる
ファンタジー
 結界で隔離されたど田舎に住んでいる『ムツヤ』。彼は裏庭の塔が裏ダンジョンだと知らずに子供の頃から遊び場にしていた。  裏ダンジョンで鍛えた力とチート級のアイテムと、アホのムツヤは夢を見て外の世界へと飛び立つが、早速オークに捕らえれてしまう。  そこで知る憧れの世界の厳しく、残酷な現実とは……?  挿絵結構あります

長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ
ファンタジー
とある片田舎で貧困の末に殺された3きょうだい。 その3人が目覚めた先は日本語が通じてしまうのに魔物はいるわ魔法はあるわのファンタジー世界……そこで出会った首が取れるおねーさん事、アンドロイドのエキドナ・アルカーノと共に大陸で一番大きい鍛冶国家ウェイランドへ向かう。 魔物が生息する世界で生き抜こうと弥生は真司と文香を護るためギルドへと就職、エキドナもまた家族を探すという目的のために弥生と生活を共にしていた。 首尾よく仕事と家、仲間を得た弥生は別世界での生活に慣れていく、そんな中ウェイランド王城での見学イベントで不思議な男性に狙われてしまう。 訳も分からぬまま再び死ぬかと思われた時、新たな来訪者『神楽洞爺』に命を救われた。 そしてひょんなことからこの世界に実の両親が生存していることを知り、弥生は妹と弟を守りつつ、生活向上に全力で遊んでみたり、合流するために路銀稼ぎや体力づくり、なし崩し的に侵略者の撃退に奮闘する。 座敷童や女郎蜘蛛、古代の優しき竜。 全ての家族と仲間が集まる時、物語の始まりである弥生が選んだ道がこの世界の始まりでもあった。 ほのぼののんびり、時たまハードな弥生の家族探しの物語

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。 この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。 ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。 少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。 更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。 そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。 少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。 どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。 少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。 冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。 すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く… 果たして、その可能性とは⁉ HOTランキングは、最高は2位でした。 皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°. でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

魔力無し転生者の最強異世界物語 ~なぜ、こうなる!!~

月見酒
ファンタジー
 俺の名前は鬼瓦仁(おにがわらじん)。どこにでもある普通の家庭で育ち、漫画、アニメ、ゲームが大好きな会社員。今年で32歳の俺は交通事故で死んだ。  そして気がつくと白い空間に居た。そこで創造の女神と名乗る女を怒らせてしまうが、どうにか幾つかのスキルを貰う事に成功した。  しかし転生した場所は高原でも野原でも森の中でもなく、なにも無い荒野のど真ん中に異世界転生していた。 「ここはどこだよ!」  夢であった異世界転生。無双してハーレム作って大富豪になって一生遊んで暮らせる!って思っていたのに荒野にとばされる始末。  あげくにステータスを見ると魔力は皆無。  仕方なくアイテムボックスを探ると入っていたのは何故か石ころだけ。 「え、なに、俺の所持品石ころだけなの? てか、なんで石ころ?」  それどころか、創造の女神ののせいで武器すら持てない始末。もうこれ詰んでね?最初からゲームオーバーじゃね?  それから五年後。  どうにか化物たちが群雄割拠する無人島から脱出することに成功した俺だったが、空腹で倒れてしまったところを一人の少女に助けてもらう。  魔力無し、チート能力無し、武器も使えない、だけど最強!!!  見た目は青年、中身はおっさんの自由気ままな物語が今、始まる! 「いや、俺はあの最低女神に直で文句を言いたいだけなんだが……」 ================================  月見酒です。  正直、タイトルがこれだ!ってのが思い付きません。なにか良いのがあれば感想に下さい。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

処理中です...