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59話  俺には君しかないんだ

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……死にたい。

ありえない。ありえないじゃん……!いくら期待したとしても、いくら興奮したとしても!!

あんな大事な場面で鼻血なんて、ありえないじゃん……!!うわあぁあああっ!!


「ぅう……死にたいぃ……」


あの鼻血事件があってから、家にいる時の莉愛はずっと部屋に閉じこもっていた。

なにせ、恥ずかしすぎるのだ。合わせる顔がないとか、そういう次元の話じゃない。

ただ単に、恥ずかしすぎて死にたくなる。蓮の顔を見るたびにそう思えてきて、ここ三日間の莉愛はずっと連を避け続けていた。


「きゃあぁああああ!!!!!!!!死にたいぃ……うぅ、うっ……ああ、もう!!」


どれもこれも全部、あの男のせいだよ!あの男が早く抱いてくれないから!私ばかり興奮させるから!

それに、あんなにぷふっと笑うなんて……!人間の心ってものがないわけ!?どうやったらあの場面で笑えるの!?ねぇ!?


「うぅ……どうしよう……」


心の中で何度も蓮を責めるものの、莉愛もちゃんと分かっていた。

こうやって布団をかぶりながら部屋に閉じこもっていても、変わることはない。蓮とちゃんと向き合わないといけないけど。

……でも、その向き合うのが恥ずかしすぎて、やっぱり蓮の方からグイグイ近づいてきて欲しい、と思ってしまうのである。

実際のところ、蓮もそれなりに頑張ってはいた。莉愛が好きなキノコパスタを作ったり、莉愛と会話を試みたりしてはいたけど。


「でも、どんな顔すればいいか分からないもん……」


近づいてきて欲しいのに、いざとなったら自分が逃げてしまうこの状況。

理不尽極まりないと思いつつ、莉愛は仕方ないと思った。好きな男の前であんな恥ずかしい姿を見られたんだから。

でも、あれから三日も経ったしそろそろなんとかしなきゃ……と思っているところで。


「莉愛~~中にいるだろ?」
「……………」


コンコン、というノックの音とともに、蓮の声が部屋の中に鳴り響く。

布団で隠れていたところで、あの声からは逃げられない。蓮はもう一度、ノックをしながら声をかけてきた。


「マリカーしようぜ~~莉愛?莉愛さん~?」
「………」
「……久々のエッチに興奮しすぎて鼻血吹いた莉愛さん~?」
「なっ…………!?!?!?!?」


なんてこと言うの、あの男!?も、もう信じられない……!!

急に頭にきた莉愛は、とっさにパタン!とドアを開ける。すると、ベージュ色のカーディガンを羽織っている蓮と咄嗟に目が合って。


「………………ぁ」


そこで、自分は連の策略に引っかかったことを、知ってしまう。

莉愛が呆然としていると、蓮はぷふっと笑いながら素早く身を滑り込ませ、部屋の中に入った。


「ふう、潜入成功~!三日ぶりだな、この部屋も~」
「あ、あ、あぁああんたね!!!」
「あはっ、ごめんって!でもさ~さすがにメールも未読スルーするし、学校で話しかけても逃げるし、家の中では閉じこもるし!!俺も大変だったからな!?」
「っ……あ、あんたが悪いじゃん!あんたが私を見て笑ったから!!」
「あ、ちょっ!?な、泣くなよ!ごめんって、本当にごめん」


急にまた羞恥が込みあがってきた莉愛を、蓮はぎゅっと抱きしめる。

莉愛の目が見開かれる。三日ぶりに感じる、好きな人の温もり。匂い。

それに包まれて少し落ち着きを取り戻すと、蓮は片手でドアを閉めた。


「本当にごめん、莉愛」
「………………」
「まあ、立ったまま話するのもなんだし。とりあえずベッドに座ろうか」


……あまりにも平然とした様子に、莉愛は少しだけ悔しさを感じる。

しかし、抱きしめられているという事実がその悔しさを限りなく薄めてしまう。

結局、莉愛は従うしかなくて、大人しくベッドに座って蓮を見上げた。


「うわっ、目元真っ赤。肌白いから余計に際立つな」
「……誰のせいだと思う?」
「ごめんって。あの時に笑ったの、謝るから。でも……」


蓮は後ろ髪を掻きながら、言葉を紡ぐ。


「あの時の莉愛、か………………か、か、可愛かった、から」
「…………………え?」
「だ、だから!!可愛かったんだよ!まるでその、中学時代に戻ったようで!」
「…………」
「まさかあの場面で鼻血出るとは思わなかったし!でも、慌てる君がなんか可愛くて……!その、つい」


蓮の顔が徐々に赤く染まっていく。蓮がこういうストレートな表現をよく使わないのを、莉愛はよく知っていた。

蓮なりに、頑張っているんだろう。その事実がありありと伝わってきて、怒っていた気持ちがすぐにまた蕩けそうになる。

でも、意地を張るために。恥ずかしさを少しでも紛らわすために。

莉愛はあえて、口を尖らせる。


「……言い訳になると思ってるの、それ?」
「ならないの分かってる!分かってるけど、理解はして欲しいんだよ……!決して君を嘲笑うとか、この女興奮しすぎだろとか思ってたわけじゃないから!」
「ねぇ、最後のもう一回聞かせて?なんて言った?この女興奮しすぎだろ?はあ!?」
「うわっ、ちょっと!!た、確かに0.1%くらいはそう思ったけど、本当に可愛かったから笑ったんだって!!」
「ああ~~そう!!悪かったわね、むっつりな女で!!じゃ、私以外のむっつりじゃない女の子探せばいいじゃん!!あんたのことだから、どうせやりたい放題でしょ!?」
「俺のことなんだと思ってるんだよ!?それに……っ!」


決して聞き捨てられない言葉を聞いた蓮は。

そのまま、莉愛の両肩を掴んで叫ぶように言い放つ。


「俺には君しかないんだよ!!」
「……………………………………………………………え、ぇ?」
「だ、だから……!君以外の他の女の子なんて、できないって言ってんだ!!ああ、くそぉ……!恥ずかしいぃ……」
「……な、なに照れてるのよ……バカ」
「照れてるのはどっちだ!?とにかく、俺には君しかないんだよ!!七瀬莉愛としかあんなことしたくないし、付き合うことだって………!ああ、もう!!」


恥ずかしさが限界点を突破したのか、蓮はそのまま俯く。色々とテンパっているのが、莉愛にはよく伝わってきた。

……本当に、変な男だと莉愛は思う。

自分が勝手に言って、勝手に照れて。でも、不器用ながらも頑張ろうとはして……ああ、本当に私はこの男のことが大好きなんだと、分からされる。

自分も、対してそう変わらないと思った。中学時代に比べたらもう少し成長したと思っていたのに、これじゃまるで……


「……ぷふっ、昔のまんま」
「そっちだって……!」


拗ねていた心が完全に消える。その空いた場所に愛おしさと温もりが満ちていく。

気づけば、莉愛は片手で蓮の頬に触れていた。

急なスキンシップにびっくりした蓮の顔を前にして、莉愛は優しく語り掛ける。


「ねぇ、もう一回言って?」
「は……は?」
「私しかないって言葉、もう一回言ってよ」


完全に逆転されてしまった状況に、蓮はあわあわするしかなかった。
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