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38話  悪質な勉強会

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「ふふっ、お邪魔します~~」
「お邪魔します!よぉ、蓮!」
「テンション高いな、お前ら……」


蓮はやや呆れた顔で、家に来た由奈と陽太を見つめる。

今日は、約束した勉強会の日。

中間テストもあと2週間を切っているから、一緒に集まって勉強しないかと、由奈が提案してきたのだ。


『ええ、勉強会?急にどうしたんだよ』
『中学の時もよくやってたじゃん!私と、莉愛と日比谷の3人で!』
『……どうせまたなにかするつもりだろ!?あの時の君、めっちゃ悪質だったからな!?』
『ぷふっ、なに言ってるのか分かりません~』


二人がまだ付き合っていた頃、由奈は明らかにニヤニヤしながら二人のイチャラブっぷりを鑑賞していたのである。

そのことをよく覚えている蓮は、不安にしか思わなかったものの――気分転換のために、たまにならいいっかと思って。

そこに陽太も加わった形で、こうして4人で家に集まったのだ。


「これ、麦茶。山本君はなんか飲みたいものある?」
「いや!大丈夫、ありがとう。七瀬さん」


蓮と陽太はリビングの大きなテーブルを囲んで座りながら、莉愛が持ってきた麦茶を飲み始める。

……さて、そろそろ勉強を始めますか。

そう思っていた蓮が、あらかじめテーブルに置いた参考書を開こうとしたとき―――


「あ、そうだ!」
「うん?」
「私さ、数学で分からない部分があるんだよね~日比谷、ちょっと教えてくれない?」
「えっ、俺!?」


急にお願いをされてしまい、蓮は目を丸くして由奈に振り向く。

莉愛が眉根をひそめていた中、今度は陽太の声が鳴り響いた。


「そうだ、七瀬さんって英語得意だったよな?」
「え?あ……うん」
「ちょっと解釈できない文章があってさ。よかったら教えてくれない?」


……なんだ、この計画されたみたいな流れは。

蓮が何を言うも前に、由奈はそそくさと蓮の隣に寄って参考書を見せてきた。

陽太もまた、カバンから英語の教科書を取り出す。


「えっと……ダメ?日比谷、もし迷惑だったら別にいいから―――」
「ああ、いやいや!ダメなんじゃなくてだな……えっと、はあ。まあいいっか」


ふふん、あなたならそうなるよね、日比谷。

由奈は心の中でくすっと笑いながら、蓮が見えやすいように参考書の位置を調整した。


『勉強を教わればいいって?』
『うん、そうだよ!』


そして、由奈はここへ来る前に予め陽太と交わした会話を思い出す。


『日比谷も莉愛もとにかく優しいからさ。これ教えてください!と言えばたぶん断れないんだよね。その後もずっと教えられて、莉愛を刺激して、最後にバ~~ンと爆発させるわけ』
『いや、そんなにうまくいくかな?大体、七瀬さんがそういうあからさまなことで刺激されるはずないだろ?』
『ふふん、莉愛の友達やってかれこれ10年だよ?私にはね、確信があるの!莉愛なら絶対にこの策に引っかかるって!』


……幼馴染、恐るべし。

回想を終えた陽太はちらっと、隣にいる莉愛を見つめる。彼女の視線は前にいる蓮と由奈に釘付けにされていた。

目が半開きになっている。あからさまに不機嫌なご様子だ。いや、仕方ないのか……?

だって、白水と蓮の距離感が、中々近いわけだし。


「なんでこんなにくっついてきてんだよ。もしかして俺のこと好きか?」
「はは~~ん。残念だね、日比谷。あんた確かに悪くはないけど、私の好みからはちょっと外れてるんだよね~~」
「このマッチョ好きが……!!はあ、もういいから少し離れろ。ほら、説明続けるからな?この図形にこの公式を入れれば―――」


確かに、あの二人も昔馴染みだったっけ。だからあんなに親しいのか――なるほど。

しかし、白水の好みってマチョだったんだ。そんなことを思いながら、陽太が再び莉愛を見つめた時―――


「……えっ、と」
「……うん?どうしたの?」
「あ、いや。その……ごめん。七瀬さん、やっぱり俺一人で勉強するから!」
「えっ?あはっ、なんでそんなに怖がってるの?私は別に構わないからね?ほら、どの辺りが分からないか、教えて?」
「こ、ここ……ここが分かりません……」


莉愛は、もはや炎でも燃え上がっているのではないかと錯覚するくらい怖い顔をしていて。

幸か不幸か、当の蓮はそれに全く気付いていなかった。

彼はただ熱心に勉強を教えていて、由奈だけがちらちらと莉愛の反応を確認するだけ。

莉愛は機械的に英文を解釈しながらも、心の隅でぽつりとつぶやく。


『…………バカ』


莉愛は分かっている。由奈は連をあんまり異性としては見ていないし、蓮にもその気配は皆無だった。

二人が男女としていい雰囲気になることは、決してない。分かっていながらも、莉愛はどうしても嫉妬してしまう。

自分以外の誰かが、蓮の瞳に映るのが嫌で。

あんなに近い距離で蓮に勉強を教えてもらっているのが、純粋に羨ましかった。

蓮は勉強もできるし、特に数学は得意科目だから―――こんな流れになるのも、おかしくはないと言うのに。


「へぇ、こうなるんだ……さすがは日比谷。妙にスペック高いんだよね~~」
「ほお、さてはなにか企んでいるな?君が俺を褒めるはずがないだろ!?」
「失敬な~~私だって時には純粋に人を褒めるんだよ?あははっ!!あ、そうだ!次はね―――」


心が曇っていく。

あんなに楽しそうに会話している二人を見ていると、胸がどんどんモヤモヤしていく。

でも、二人にだけ気を取られるのはさすがに山本君に悪いから。

だから、莉愛はなんとか集中しながら、陽太が分からないところを丁寧に解釈して行った。

解説を全部聞いた陽太は、感心した顔で莉愛を見つめる。


「さすがは七瀬さん、英語上手いな……!確かご両親がアメリカ人だっけ!?」
「うん、うちのパパ―――お、お父さんがアメリカ人だから、その影響もあるんじゃないかな……ははっ」


そして、陽太と莉愛のやりとりをこっそり聞いていた蓮は。


『………………』


莉愛ほどにはないものの、少しずつ気持ちが複雑になり始めていた。

なんだ、この流れは。あんまり面白くないというか……いや、なにを考えてるんだ、俺は。莉愛じゃあるまいし。

恋人でもなんでもない俺が、莉愛を束縛したいと思うなんて……あってはいけないことだろう。

蓮は何度も自分を嗜んでから、黙々と目の前の問題に集中する。

そして、蓮のわずかな神経の変化に察した由奈は。


『ふふふふっ……作戦大成功!!』


心の中で歓喜の声を上げながら、悪質極まりない笑みを浮かべるのだった。
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