Captive of MARIA

松子

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Case03 スターリングス・オブ・カラミティ

Case03-5

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 鼻息荒く、今にも飛びかかりそうな手勢をなだめ、司がのんびりと声をかける。
「騒いで悪いね、燕さん。そのお人形もらったらすぐ帰るからさ。どうせ売らないなら宝の持ち腐れでしょ?」
「いやー、俺もそうは思うんだけどね」
 呑気に同意する亮介の脚を、ミチがトンファーで殴った。スティグマの配下同様、いつでも動き出す準備はできている。

「……アカネちゃん、弾は?」
「腕に少し残ってます……けど、予備はないです」
 小声で問いかける亮介に、アカネもまた声を抑えて答えた。
 誰かに襲われることもほとんどなくなった今、安全と言われるスワロウテイルの管轄下では、軽装備で外出するのも無理はない。亮介は右手の狙いを定めたまま、左手でもう一丁の拳銃を抜くと背後に差し出した。
「俺も予備ないからね」

「えー、やるの? 売る気ないならいらないじゃん」
 亮介の動きを認め、司が気怠げに息を吐く。
「そういうわけにもいかなくてねえ」
「面倒臭いなァ……。やるって言ったのはオタクらだからね」
 溜息混じりにそう言うと、司は唐突に、ミチらの頭上高くに勢い良く何かを放り投げた。それを契機に、ミチが空間を飛び越え、アカネが腕に内蔵したマシンガンを連射する。
 弾は、司の配下が張った無色透明の防壁に阻まれたが、ミチはその内側にうまく入り込んだ。

 一方、咄嗟に銃口を上げ、投げられた物体に引き金を引いた亮介は、だがその瞬間、珍しく大きく舌打ちをした。
「やっべえ」
 二発の弾丸が撃ち抜いたのは、なんのことはない、ただのミネラルウォーターのボトルだった。穿うがたれた穴から、空中に水が飛び散る。

「お嬢、戻るな!」
 ミチに声を張り上げるが早いか、亮介はアカネを抱え、液体の落下地点から飛び退こうとした。
 だが、サイボーグであるアカネの体重は、成人男性と大差ない。思った以上に距離は稼げず、二人はほぼ倒れ込んだだけに終わった。
 亮介はすぐさま身を返して仰向けになると、背中にアカネを隠し、銃口を上空に向けた。

 落下を始めた水滴は、同時に、瞬く間にその形状を変えた。複数の雫が手を伸ばし、繋がりあってピシリと音を鳴らす。
 鋭く研がれた氷の矢は、亮介らに向かって真っ直ぐに降り注いだ。
 亮介とアカネはギリギリまで引き金を引いたが、ほんの数秒で撃てる弾数などたかが知れていた。即席で量産された凶器を全て撃ち落とすのは、到底不可能だった。
 迎撃の網をかいくぐった氷が、二人の体を容赦なく穿つ。

 その様子を、ミチは歯噛みをしながら、視界の隅で捉えていた。亮介の声を無視して戻るわけにもいかず、つかず離れず、ただ敵の追撃をかわすことしか出来なかった。
 だが、亮介の服がみるみる赤く染まるのを見て、ミチは意を決した。
 飽きず繰り出される相手の攻撃を、一際大きく弾いて距離を取る。そして、微動だにしない司の姿を視界に収めた。
 次の瞬間、司の背後に現れたミチは、右手のトンファーを司の首に回し、左手で締め上げようとした。しかし――。

「奇襲する前に殺気向ける馬鹿がどこにいんの」
 更に後ろから襟首を掴まれ、力任せに引き剥がされた。
 アスファルトに叩きつけられ、呻く間もなく額に銃口が押し付けられる。嫌らしい笑みで見下ろす相手は、今ミチが武器を向けていた人物と同じ顔をしていた。

「場慣れしてないのかな? お嬢ちゃん」
「ねえ、ちょっと加減しなよ。武器かすったじゃん」
「わかってて後ろ取らせるのが悪いんじゃん」
 司が頬をさすりながらなじると、もう一人の司が鼻で笑った。
 話には聞いていたものの、その能力を目の当たりにしたミチは、驚きを隠せないでいた。

 自分のコピーを造る司の能力。
 姿形は同じでも、せいぜい操り人形程度だろうと思っていたが、とんでもない。自由に喋るどころかオリジナルに口応えまでする、まるで司そのものではないか。
 ミチは、その手を離れた武器に、なんとか手を伸ばそうとした。だが、大の男に膝と足裏でそれぞれ押さえつけられた両腕は、少しも動かせそうにない。力を込められた銃口が、額の骨を擦る。

「ねえ、燕さんさあ」
 オリジナルと思しき司が、亮介に呼びかけた。
「俺たち別に戦争しにきたわけじゃないんだけど。ていうか勝手にそんなんしたら怒られるし。そのお人形さんくれたらそれで帰るんだからさあ」
 亮介は、血の流れる肩を押さえながら半身を起こした。大きな傷は左肩と右脚の二箇所だけで済んだが、血は思った以上に流れていた。
 背後の様子を確認すると、視線に気付いたアカネが首を振った。少なくとも生身の所に怪我はないようだ。

「その布陣でよっく言うー」
 ちらりとミチに目をやり、亮介はゆっくりと立ち上がった。支えようとするアカネの手を、小さく手を振って拒む。
「もう赤毛ちゃんなんかずっと俺のこと見てるし、ヤる気満々じゃん」
 少し前から、胸元に赤いポインターが灯っていることに、亮介は気付いていた。
 スティグマ擁する敏腕スナイパー――亮介が言うところの『赤毛ちゃん』――ターニャ・ラザレフが、氷を操る能力の持ち主であることは、有名な話だ。
 今問題にすべきは、その所在である。

「赤毛ちゃんさあ! あんな鉄面皮やめて俺にし――」
 大声の軽口は、言い終える前に銃弾に遮られた。亮介の左頬に赤い線が浮かぶ。
「うちの姫様はよそ見しないよ。いろんな意味でね」
「ホントね」
 はぁとわざとらしく溜息をつくと、亮介は芝居じみた所作で腰に手をあてて背中を伸ばした。「いたたた」とこれまた大仰に片手で肩を押さえる。
 どこまでが演技か。左肩と右脚からの出血は、依然続いている。

「まぁうちのお嬢も負けないけど」
 亮介は、腰に残した片手を僅かに背中側にずらすと、手のひらをアカネに見えるように広げた。
「もう暇さえあれば、ボスのことずーっと見つめちゃってるし」
 この状況で突然何を言い出すのかと、ミチは一瞬呆気に取られた。
 たちまち、怒りと羞恥で赤く染まった顔で、亮介を睨みつける。いつものニヤついた顔、見透かすような視線が、それを受け止めた。

 ぐっと腕に力を込めるミチを見下ろして、司のコピーは「ははっ」と口元を歪めて笑った。
 同時に、アカネに向けた亮介の手の指が一本、ゆっくりと折り曲げられた。瞬時に、アカネはその意味を理解する。
「ボスの為ならどこまででも行っちゃうし」
 真っ赤な顔で唇を噛むミチだが、ふと、小さな違和感が、驚くほどスッと頭を冷やした。
 それは亮介の傷から流れる血のせいでも、アカネの顔が微かに引き締まったせいでもなかった。

――『』?

 残る指は、二本。
「なんなら。ねえ、お嬢」
 最後に残った指が曲げられるのと、その呼びかけとが、合図だった。
 亮介の背から半身を現し、アカネが自らの腕の武器と、亮介に渡された拳銃とを連射する。
 亮介はアカネの盾となる位置から動かず、先程頬を掠めた弾の軌道を辿るように引き金を引いた。

 土壇場まで亮介の意図に気付けずにいたミチは、だが二人に遅れることなく動き出した。能力を行使し、司もろとも何もない上空へ転移する。
「ちょっ……とッ!」
 司はおろか、ミチとて空中浮遊の術などない。
 空中で司の体が離れた瞬間、ミチは間髪入れず姿を消した。苦し紛れに司から放たれた弾が、虚空を抜けていく。
 アカネの隣に姿を現したミチは、二人の腕を掴むと、息をする間もなく、続けざまに空間を飛び越えた。

 三人が姿を消すと同時に、スティグマ配下の張った透明の防壁が、浴び続けた弾丸によって物理的に弾ける。
 空に投げ出された司のコピーが地面に叩きつけられたのは、そのすぐ後であった。
「雛でも燕は燕かあ」
 溜息混じりにオリジナルの司がぼやく。ピクリともしないもう一人の司は、蜃気楼のように揺らいで消えた。

「司ァ! あいつスコープ壊したァ!」
 突然、上空から怒気を含んだ声が降る。
 司が緩慢な動作で見上げると、路地沿いのビルの上階から、ターニャ・ラザレフが顔を出していた。窓枠から赤毛の三つ編みが垂れ下がる。

「下手に撃つからでしょお?」
「あの位置からあの一発で辿られると思うッ? しかもッ! ハンドガンでッ!」
「そうだねえ」
 やれやれといった風に、司は気のない相槌を打った。「追いますか?」と身を乗り出して問う下っ端を、ひらひらと手を振って制す。
「いいよ、いいよ。ホントに戦争しにきたわけじゃないんだから」
 対して上からは、「追えー!」とターニャの怒声が響いた。

「ていうか! あんたもう一人はどうしたのよ? もう一人いたらあのニヤケ面どうにでも出来たじゃん!」
「ああ」
 キャンキャンとまくし立てるターニャに、司は今初めて気付いたとでも言うような反応を見せる。
 再びビルの合間を見上げ、苛立ちに釣り上がる青い瞳を見つけると、またそれを逆撫でするような笑みを浮かべた。

「やられちゃった」
「はァ⁉ いつ⁉」
 一際大きくなるターニャの声が、細い路地にこだまする。
 今にも落ちそうなほど身を乗り出し、ターニャは母国語で罵詈雑言と思しき言葉を吐き出した。

「ははっ。何言ってるか全っ然わかんない」
 司は小馬鹿にしたように笑い、「いいから、降りてきなよ」と手招きをした。
「心配しなくても、お人形なんかより、王子様がとびきり喜びそうな土産話持ってきてるよ」
 片側の口角を持ち上げ、司が踵を返す。耳に下がる鈴の形をしたピアスが、動きに合わせてチリンと鳴った。
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