バラのおうち

氷魚(ひお)

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第13話 別れの時期

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 温かいものが流れ込む。
 冷え切った体の芯を優しく包みこむように、じんわりと熱が広がる。
 首筋にそっと触れてくる手は温かく、いつもの感覚に気づいて、ゆっくり目を開けた。
「クリス。目が覚めたか」
 思った通り、オリヴァーだった。
 心配そうな顔で僕を見つめている。
「気分はどうだ? まだ足りないか?」
「……もっと」
「分かった。ゆっくりやるから、目を閉じてろ」
 オリヴァーは丁寧に、少しずつ与えてくる。
 首に触れた指先からオリヴァーの精気が流れ込んでくる。
 僕は、こうやってオリヴァーに精気を分けてもらわなければ、生きていけない。
 弱いから、動物や人間を狩ることだって、できない。
 それなのに、僕は……。
 僕は、大切なノアを……!
「ノア、ノアっ……!」
「落ち着け、クリス」
「オリヴァー! ノアは!?」
「大丈夫だ。まだ寝てるから心配するな」
「でもっ、ノアは……僕が、ノアから奪ったッ!」
「ほんの少しだけだ。無事だよ」
「うぅっ……!」
「泣くな。お前の所為じゃない」
「僕が、ちゃんと気をつけてればっ」
「クリスは悪くない。俺の責任だ」
「オリヴァー……んっ、」
 泣き出した僕の唇をふさぐように、オリヴァーが何度もキスをしてくる。
 ついばむような、優しいキスだ。
「クリス……悪かった」
 抱きしめながら、オリヴァーが謝ってきた。
 僕は何も悪くないのだと、何度も言い聞かせて。
 ノアのことで、僕がこれ以上、傷つかないですむように。
 僕が口を開こうとすると、すぐに唇をふさいでしまうから、僕は何も言えないまま、オリヴァーの背中に腕を回した。





 + + +





 僕がようやく落ち着くと、オリヴァーは僕を抱いたまま切り出した。
「ノアを返そう」
「……ノアの家族、見つけたの?」
「ああ。祖母がまだ生きてた」
 ノアの血縁者が生きてる……それならノアを返さなくてはいけない。
 今日のことで、ノアはきっと疑いを持つだろう。
 今はまだ子供だから意味が分からないかもしれない。
 けど、このまま僕たちと一緒にいれば、やがて気づくはずだ。

 成長していくノアと違って、僕とオリヴァーが、まったく歳を取らないことに。

 三人で暮らすこの幸せな日々に終わりが来るのは初めから分かっていた。
 ノアを育てようと言った時、オリヴァーが許してくれたのは、条件があったからだ。
 五年以内には、必ず手放すこと。
 成長していくノアと僕たちは、一緒にいられない。
 期間が限られているから、オリヴァーは僕のわがままを許してくれた。
「ノアは、人間だから……仕方ないんだよね」
「クリス」
「分かってる。僕にはオリヴァーがいるから、平気だよ」
 オリヴァーが僕を愛してくれなくても。
 ルディを、忘れることができなくても。
 ノアは、どうしようもない虚しさを抱えていた僕に、光を与えてくれた。
 ルディと同じ、緑の目をした、可愛い子。
 初めて、あの馬車で出会った時、奇跡だと思った。
 オリヴァーはノアを始末しようとしていたから、必死になって抵抗した。

『ルディの目と、同じなんだ』

 そう言ったら、許してくれた。
 たぶん、オリヴァーもそのことに気づいたんだって思った。
 それからは、毎日が楽しくて、幸せだった。
 ノアは、無条件に僕を慕ってくれたから。

『クリス~!』

 愛らしい声を思い出すと胸が痛む。
 僕は、ノアをちゃんと愛せていただろうか。
 ノアから両親を奪って、3年も……人間らしい幸せを与えられただろうか。
 これから先もずっとノアが幸せでいてくれるように、もう祈ることしかできないけど。
「ノア……」
 ノアの人生に、これ以上僕たちが踏み込むわけにはいかない。
 別れを思えば心がちぎれそうに痛むけど、今までだって何度も繰り返してきたことだからと、諦めるしかない。
 その代わり、僕の隣にはいつもオリヴァーがいる。
 僕は、オリヴァーの隣にいることを選ぶ。
 どんなに苦しくても、憎んでいても。
 やっぱり僕は、オリヴァーを愛しているから。
「クリス」
 オリヴァーがなだめるように髪を撫でてくる。
 僕はオリヴァーの胸に顔をうずめた。

「クリス。俺がお前を守ってやる」

 オリヴァーがあやすように、そう言った。
 優しい声で、温かい腕で、抱きしめて。
 ルディが僕にそう言ったように、守ると、約束してくれる。

「オリヴァー……好きだよ」

 祈るような気持ちで、ささやいた。
 好きだと伝えても、オリヴァーの心には届かないだろうけど。
 言わずにはいられなかった。
 どれだけの時を生きれば、想いは叶うのだろう。

 いつになったら、オリヴァーはルディを忘れてくれるんだろう。

「クリス」
 呼ばれて顔をあげると、オリヴァーが僕を見つめていた。
 強くまっすぐな青い瞳に射抜かれて、ドキドキする。
 初めて会った時から、この瞳が大好きだった。


「……愛してる。クリス」


 オリヴァーが、優しく頬に触れる。
 思いがけない言葉に、目を見開いた。
「え?」
「お前の側に居るのは、俺だ」
「オリヴァー?」
「俺だけを見てくれ」
 切ない声でささやくと、唇が重なる。
 優しくて、甘くて。
 とろけそうなキスだった。
 とても気持ちよくて、何も考えられなくなって。
 僕は目を閉じて、ドキドキしながら、オリヴァーを受け入れた。








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