アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜

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【第四章】悲しみの旋律

  奇跡の赤ちゃん  

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 俺たちの周りに目を背けたくなる亡骸(なきがら)が少なくとも十数体が散乱していた。
 火炎地獄の熱から逃れるために、岩の割れ目や陰に逃げ込んだと思われる形跡もあるが、ここの全員はデスタワーの機銃掃射に屠(ほふ)られほぼ即死状態なのだ。

 衣服は焼け焦げ銃弾の洗礼を受けてズタズタ。あまりにも無惨で悲しげな光景を目の当たりにして、そのまま見過ごすことができず、防護スーツ越しの作業だったが、時間を掛けて穴を掘り、埋めることで遺族を弔うこととした。

 そんな地獄絵図みたいな所なのに、奇跡の灯が一つ消えずに残っていた。

《生体反応はこの子だわ》
 通信機から流れる玲子の声は機械的な響きだが、驚きに満ちていた。

 スキャン装置を止めてしゃがみ込んだ岩の裂け目の奥深いところ。そこにそっと隠されるように置かれた耐熱性のカプセル。その中で質素な布地で包まれてスヤスヤと眠るのは、白磁にも匹敵する白く透きとおる肌をした赤ん坊だった。

《デスタワーの足下におったおかげで……。運のエエ子やで》
「たぶんここに誰かが隠したんだ。反陽子爆発を起こさなかったデスタワーの真下がある意味最も安全だもんな」

《でも銃弾を浴びて近づくことができないでしょ》
 玲子の言葉から、俺は寒気のする状況を連想した。

「ここらにいた人たちは……銃弾を浴びながら、この子をリレー渡しでここまで運んだんじゃないか?」
 俺は亡骸が転がっていた場所を指差した。ほぼ一直線になる。

《まじでっか……》
《それほどまでして……》
 玲子の声はマスクの中で深く沈み、哀しげに赤ん坊を覗き込んだ。
「どれほどこの子が大切だったか……これはきっと俺たちにバトンが渡されたんだぜ」
 こんな時に不謹慎かもしれないが、何だかウキウキしてきた。それほどこの子から生命力を感じたからだ。

「絶対そうだ。この子は神の子なんだ!」
 何でそう言い切れたのか知らないが――俺の言葉は真実を突いていた。




《何度スキャンしてもこの子以外に生存者はいませんね》
 優衣の言葉は救助作業の終結を宣言するものだった。

『警告……。このデスタワー内部では反陽子爆発が起きなかった原因を探って自動的に修復作業が行われている模様です。終了次第爆発する危険があります』
 何の飾りっ気も無い無機質な表面をした電柱ほどの高さがある金属製の三角錐、デスタワーの頂上でスキャンを続けていたシロタマがそう言った。

 社長は首を上方向へ傾けて訊く。
《いつ終わりまんねん?》
 防護マスクの表面に陽の光りが反射して、いつもより倍はまぶしい。

「そんなのシロタマでも解らない。いますぐ爆発するかもチれないし、明日かもチれない」
 そりゃそうだ。ハゲオヤジも無茶な質問をしたもんだ。

《他に生存者はいないの?》
『ここを中心にして100キロ外(そと)は反陽子爆発の放射能に侵されています。生存できる可能性はゼロです』
 とタマが言い切り、優衣が声を震わせる。

《全滅って、あまりにもひどいです》

「デスタワーとは、よく言ったもんだぜ」
《こんな惨いことを連中は平気でするの?》
《奴らには感情が一切ありませんから……》
 感情を理解しているからこそ、そう言い切れる優衣の言葉は事実を語っており、反論の余地はまったく無かった。


 玲子は不快感を露わに、咳払いをすると赤ん坊の入ったカプセルを抱きかかえた。
《その話はもうやめて、この子に聞かれたくないわ……。おーよちよち。元気そうでよかったわね》

 優衣も横から覗き込み、
《耳のカタチと髪の毛の質から見て、たぶんエルフ族ですね。人口1万というわずかな種のはずです》
「エルフ族って言うのは獣人族でもないんだな」
 とつぶやくのは、やはり耳が特徴的で、正面から見ると鳥が翼を広げたように大きくせりだしている。獣人族の場合はもっと頭の上の方に耳があり、いわゆるネコミミなので明らかに違う種族だとは思えるが。
《はい。おっしゃるとおり獣人族とは違います。分類上も明確に他種族としていますが、詳しい生態は解っていません。でも気高く知性が高い種族だと言うことです」

「そんなに稀な種族なのか……」
 俺たちより耳の先が尖り、茜の銀髪よりも黒味の多い渋い銀緑色で、柔軟な髪は赤ん坊のわりにふさふさとしていた。眼鼻口など全てがキレイに整った美しい顔立ちで、成人した時の美麗さが幼児の時から保証されているような容貌だっだ。

《見たところ質素な生活なようですが、科学技術はとても発達していたと思われます。この子を保護しているカプセルは放射能対策も施された優れ物ですね》

『あまり長い時間ここに滞在するのは危険です』
 頭上からタマが急かした。

《せやな。銀龍へ戻りまっせ。それよりこの子は転送に耐えられまんのか?」

 詳しいバイオスキャンをした優衣が言う。
《心配いりません。健康体です」

《でも……この子がこの惑星で生き残った最後の住人なのね……》
 通信機から渡った玲子の声は、寂寥感でいっぱいだった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 このような事態となった流れを少し手繰(たぐ)り寄せて説明しよう。
 事の発端は残留反陽子の形跡をパーサーが見つけて、救助を求める者がいないか確認するために13光年という遠方から飛んできた時から始まる。


「直径9800キロメートルの惑星です。反陽子爆発が終わったあとみたいで、デスタワーのプロセスはおおかた終了しています……たぶん生存者は見込めません」
「遅かった、ちゅうことか……」

 続いてパーサーからの報告。
《現時点では救助を求める無線連絡は届いていません》

「救助の要請をする前に殲滅させられたんやろな。容赦無しやな、ほんま」
《あー、と待ってください、社長》
 パーサーの報告にはまだ続きがあるようで、
《南半球にまだ反陽子爆発を起こしていないデスタワーが一つ残っています。その周辺数百キロはまだ放射能に汚染されていません》

「何らかの不具合を起こして爆発しなかったのだと思います」
 唯一明るい声で顔を上げる優衣へ茜の丸い目玉が向く。
「故障れすか?」
「不発弾ちゅうことやな」

 続きの説明は優衣が繋いだ。
「そのようです。その地域だけ反陽子爆発から逃れています。ただネブラのことですから不発で終わらさないと思います。自己修復を行って必ず任務を遂行させるはずです」

「機長。大至急その地域へ急行や。生存者がおるかもしれへん」



 社長と優衣の間を行き来させていた茜の視線が、船内通信のスピーカーに固定されてから数分後。
《弱々しいですが生体反応を検知しました》

「良かったぁ」
 事態はほんのわずかだが、パーサーの報告でいいほうへ傾いた。

「生存者がいるなんて驚きだぜだ!」
 思わず叫んだ。反陽子爆弾を使用された惑星上に生き残った運のいい生命体さ。
「すぐにお助けに行きましょうよ」
 茜は引っ越しの手伝いにでも行く気のようだ。

「来た甲斐があったっちゅうもんや。ほんでどんな生体反応でっか?」

《弱すぎて限定できません。ですが……植物とかの部類ではありません。おそらくですが哺乳類だと思われます》

「よっしゃ。生存者がおる限りほっとかれへんで」
 社長はムクリと背筋を伸ばすと、スクリーンの真横に浮遊する球体を指差し、
「ほんでタマ。上陸できまんのか? 放射能とか大丈夫でっか?」

『防護スーツ着用なら問題ありません』

「よっしゃ。ほな、まずは居残りのデバッガーがおらんか、徹底的にスキャンしなはれや。ワシらが襲われたらシャレにならんで」

 報告モードから目覚めたように素に戻ったシロタマは、玲子の肩へすとんと飛び降りて楽しげに言った。
「ねぇねぇ。それならこのあいだ作ったプローブをかちて(貸して)ほしい」

「なんでや? 空っ欠になったプローブをようやくこのあいだ1機拵えたばかりや。それにプローブ探査やったら裕輔でもできまんがな」

「そんな素人探査、目じゃないね」
「いちいち腹の立つ言い方しなくてもいいだろ」
 そうするとこいつは必ず報告モードに切り替わる。最近、このパターンが多い。

『通常トランスポーターをシステムに組み込んだ、新しい転送技術、フリッカーを完成させたばかりです』

「なんや、フリッカーって?」

『連続転送を瞬時に行なうことができるため、敵から察知されにくく、かつ素早い索敵行動がとれます』
「連続って、どれぐらいの間隔で繰り返せまんの?」

『10ミリ秒です』
「またまた~。おまはん大げさやデ。ワシの拵えた転送機のマネゴトやろ? そんなの無理でっせ」

「ゲイツのはオモチャでシ! でもシロタマのは理論からして違うの」
「うっさい! 10ミリちゅうたら、100分の1秒や。そんな周期で転送を繰り返せたら、ほとんど目視できひんわ。それやったら新たなステルスと変わらへんやろ!」

 社長を怒らすことにかけては天下一の腕を持つシロタマだ。オッサンがうるさいったらありゃしない。
「ええか。転送ちゅうのはな、原子の配列をネットリストちゅうデータに変換して遠くへ飛ばした先でそれを復元する、とっても難しいことをするんや。それを10ミリ秒の周期で繰り返すって……」
 ひと息吸って、
「は――っ。ヘソで茶が沸きまっせ、ホンマ」
 沸くところをぜひ見せて欲しい。

 案の定、丸められた茜の目玉が社長に向けられていたことを伝えておこう。

 再びシロタマは俺と社長のあいだに飛び立ち言いのけた。
「そんなのわかってるもん。だったらプローブ貸してよ。惑星上をくまなく調査するのに10分も掛からないじぇ」

「じゅっぷんっ!」
 社長はひと唸りしたまま、座席に尻を落として固まってしまった。
 たぶん俺がプローブを操縦して飛ばしていたら、惑星じゅうを探査するのに三日は掛かるだろうな。

 シロタマは何か言いたげに口紅マークを俺に見せるので、振り返って社長へ進言。
「10分だけタマにプローブ貸してやれば?」

 俺だって三日も操縦するのは嫌だし、救助に来たのにモタモタしている場合でもない。
 社長は頭を振って我に返ると、
「好きにしぃな。その代り貴重な1機や、無傷で返してや」
 まるで大切にしているゲーム機を渋々友人に貸す子供みたいな態度だった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



 いやしかし、たまげたな。
 シロタマは第二格納庫に転がせてあったプローブを空に放つと、マジで10分後に回収させた。惑星表面を表示させたスクリーン上に、転送位置をマーキングする赤丸印があっという間に塗りつぶされていく光景は壮観だった。表から裏まで直径1万キロもある惑星上をくまなくスキャンさせたのだ。

「せやけど、スキャンデータが不十分かもしれんがな」
 悔し紛れにそう言った社長の言葉は見事に覆される運命だった。

「鮮明な静止画だぜ……」
 上空から撮影したものすごい数の静止画がスクリーンに映し出された。
 それによると、北半球は殲滅状態。地面が掘り起こされたみたいになっており、とても生存者がいるとは思えない悲惨な状態だったが、南半球の一部にだけまだ黒っぽい影が残っていた。それは緑の深い森林の一部だと判明したのも、シロタマのフリッカーシステムのおかげである。

「デバッガーも見当たらないし。行くなら今やな」
 それからちょっとして――。

《社長。目的地に到着しました。着陸しますか?》
 操縦席から送られた機長の通信を聞いて、社長は玲子にビューワーの切り替えを頼み、
「パーサー。デバッガーとか不審な宇宙船とかいてまへんか?」
 社長が慎重になるのは当然で、ネブラがこの惑星を狙っているのは確実なのだ。さらには星域抹消派の妨害なども考えられる。

《デバッガーのEM輻射波も検知されていませんし、不審船も見当たりません》

「ユイ。どないや? デバッガーがデスタワーを設置したあと、留守にすることはおますんか?」
「十分考えられます。反陽子燃焼プロセス終了まではデバッガーでも危険ですので、それまで別の仕事に移っていると思われます」
 社長は小気味よくうなずき、
「機長。生存者の捜索に入りまっせ。指定位置へ向かってくれまっか。ほんで、玲子、スクリーン倍率最大や」


 ぐんと拡大された惑星表面。その荒涼とした姿を見て、俺たちは息を飲んだ。
 シロタマの静止画でも悲惨さは伝わっていたが、実際に目の当たりにするとその比ではなかった。

「ひでえ……」

 地面が黒くえぐりとられ、田畑だったと思しき土地がひっくり返され、そこから煙りが立ち昇る光景が飛び込んだ。
 緑深き森林は焼き払われ、湖は干上がり、大量の魚の死骸が銀白の腹を見せていた。別の場所に視点を移すと無残に朽ち果てた建物の瓦礫が山と重なっており、いたるところから炎が上がって、まさに地獄絵図のような映像に胸が絞め付けらた。

「この辺りがまだ初期の段階です。反陽子爆発が原因不明の故障で一時停止した場所ですね」
「こんな状況なのに序の口だと言うの?」とは玲子。
「はい……惑星全体が完全燃焼するまで続けられます……」
 と言いながら、優衣は手元の探知装置を覗き込みながら幾度となく首をかしげていた。

「なんか不都合なことでも?」
 その振る舞いはとても気になる。

 でも優衣はキョトンとして、
「あ、すみません。パーサーさんが言ってた生体反応を見つけたんですが……デスタワーの真下なんです」

「なるほど。そりゃぁ、首をかしげたくもなりまんな」

「偶然だろうか?」
「意図的に? どういうことなの? あ……まさか忍びこんで破壊工作でもしてるのかな?」

 そう言う話になると目の色が変わるのが、世紀末だと言われる由縁である。しかも……。
「ちょっとワクワクするわね」
 バカタレだ、こいつ。

「とにかく行ってみないとわかりませんね。わたしも連れてってくらさい」
 と言い出した茜は即行で却下される。
「そんな不発の時限爆弾があるようなところへ、おまえを連れていくワケがないだろ」

「つまりませーん。特殊危険課が危険を冒さなくてどうするんですか!」
 だんだん玲子の性格に似てきた茜へ言って聞かせる。

「お前が特別な身の上なのは理解してんだろ? ユイと時間のパスで繋がってんだ。何かあってユイが消えてみろ、俺たちの人生まで狂っちまうだろ。ダメだ。ミカンと留守番決定だ」

「せや。何か土産(みやげ)に持ち帰って来るから今回は我慢しなはれ」
 社長も同意するが、ここで使うべきセリフじゃないと思うよな。

 その後、すぐさま救助活動が開始されたのは、先の説明のとおりだ。
  
  
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