アカネ・パラドックス

雲黒斎草菜

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【第四章】悲しみの旋律

  2トンの重水素  

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 急いで社長たちの会話に参加する。
「核融合を起こしてあいつらの巣ごと燃やしちまう計画はすげぇと思うんだけど、ダイヤはどーなんの? そうなりゃ、プロトタイプと一緒に燃えちまうっすよ。諦めんの?」

「それやけどな……あんな超高圧の底に沈んでるモンを引き上げるのはどだい無理やろ。ここは男らしゅうに諦めるんや」

 社長は唇の端をきゅっと結んで、決意を露(あらわ)にしてから続ける。
「銀河を救うという大役を担う特殊危険課や。神(かみ)さんは見とる。きっとほかでエエコトがあるデ。諦めるんや、裕輔」
「いや。俺は茜に悟らされてから、すっぱり諦めてんっすけど」

 社長はデスクの隅っこを人差し指でコツコツと音をあげながら続ける。
「なぁ裕輔。オトコちゅうもんはな。決意する時があるんや。潔(いさぎ)よう諦めなはれ」
 うっせぇな。何回同じ言葉を繰り返してんだよ。

「社長。もういいっすよ。ダイヤのお茶漬けは胃と歯に悪そうだからやめておくワ」
「そうか、エライな裕輔は。そうやって耐えるんや。ここは我慢やデ。しょせん原石や。ただの石ころや思ってやな」
 どうやら耐えなきゃいけないのは、あんたのほうみたいだぜ。

「社長さん。まだ分かりませんよ。暴走した核融合は星を吹き飛ばすかもしれません。そのときに宇宙空間に飛び出してくる可能性がありますよ」
「ほんまかっ、ユイ!」
『少なくとも相当数の破片となって吹き出てくる可能性があります』
 と、シロタマもケツを煽るもんだから。

「よっしゃ、助かったデ。そうとなったら、ダイヤ回収の準備もしなアカンな。忙しゅぅなりまっせ」

 社長はキラキラした目で俺をじっと見て、
「よかったな、裕輔」
「よかねえよ。未練タラタラなのは社長じゃないか」

「当たり前や。直径2キロのダイヤでっせ。こうゆうのを奇跡っちゅうんや。そない簡単に諦められまっかいな」
 やれやれ。ケチらハゲとはよく言ったもんだ。この執着心がこの人の根底を築くのは間違いない。

「ほな。ダイヤの回収に行きまっせ」
 明るい声で奮い立つバカオヤジ。
 おーい。オッサン。

「社長。プロトタイプはどうすんだよ」
「あ、せや。コロッと忘れとったがな。ほんでシロタマ、何からしまっか? ダイヤはどのへんから出てくるか計算しまひょか?」

 優衣は苦笑と共に肩をすくめ、シロタマに尋ねる。
「重水はどれぐらいの量が必要でしょうか?」

『2キロリッターほどです』

「2000リッターってどれぐらいなんだろ? よく分からんね」
「バケツ約200杯ってとこやろ」
「それなら第三格納庫の隅に予備の飲料水タンクがあるから、あれを使えばいい」と言ってから、
「でもさ。それだけの重水をどこで調達して来るんだよ? こんな宇宙で心当たりがあんの?」

 俺だって玲子よりかはマシな知識を持っている。重水素とは水素の同位体で、普通のより質量が多いやつだ。それが多く混ざる水が重水さ。

「それより作るんすか?」
「水を電気分解して軽い水素を取り去る方法があるんやけど。銀龍では無理やワな」
 否定的な意見だが社長は自信満々の様子で、ニコニコするところを見ると当てがあるんだろな。でも2000リッター、約2トンだぜ。誰が運ぶんだ?

「それを優衣に行ってもらうんや」
「どこから?」
「2年過去です」
 あっけらかんと優衣は言うけれど、過去に戻ればそれがあるとでも?

「 あ 」

「思い出したか? 裕輔」
 ドゥウォーフ人が住んでいた星。超新星爆発で蒸発した惑星。ナナの失敗によって、俺たちが3万6000光年彼方に飛ばされたあの星だ。

 あの惑星の水はどういう理屈だか知らないが、無くて当たり前の中性子がいくつもくっ付いた多重水素で構成されたていたのだ。俺たちの世界ではあり得ないコトだと、社長とシロタマが口を揃えて言っていたし、それはみんなが知る水とは想像を越える違いがあった。

 簡単に表現すると、ドロドロした青いスライムだと言っておこう。うまくやりゃあ、流れる川の上を走って渡れるほど粘っっこい。それをドゥウォーフの人たちは平気で飲んで、俺たちにも勧めてきたんだ。

 大量に飲まない限り、身体に害はないと言われたが正直飲めたもんではなかった。

「なるほど。まだあの星が存在していた過去に飛んで、川から汲んでくれば、2トンでも3トンでも可能だ」
 よくそこに気が付いた、ていうか、優衣でないとできない話だ。

 理屈はどうであれ、時間と空間の跳躍ができる優衣にうってつけの仕事さ。
 それより2トンもの水が入ったタンクを動かせるのか?
 粒子加速銃を軽々と担ぐんだから、可能なのだろうか?

 行ってきます、と明るく言った優衣は俺たちの前からお馴染みのレインボーカラーの光と一緒に消えたが、一拍も空けずに第三格納庫に現れた。

《戻りました。社長さん》
 第三格納庫から船内通信してきたのは、たった今虹色の光りと共に消えた優衣だ。

「せめて、ひと呼吸ぐらいはさせて欲しいもんでんな」
 社長のつぶやきはマジで本音だった。俺もそう思う。消えたとの寸分違(たが)わぬ時間に、離れた第三格納庫に出現したのだ。

 疑心暗鬼で格納庫へ急行するものの、やっぱり納得せざるを得ない。
 置いてあった空のタンクがほぼ満タンになっていて、垂れた滴がタンクの給水口にこびり付いていた。

 この粘り気。記憶にあるあの水だ。取って着けたような青い色。それから何よりもべっとりと油みたいな粘性を持っていながら、何物にも混じわらない性質。一見して水っぽいスライムだが一度湧かすとサラサラの液体に変化する。これがあそこでの飲料水なのだ。宇宙は謎に満ちている。


「ごくろうはん。そやけど、あそこの水は重水よりも比重が上や、こりゃそうとう重かったやろ。よう運んで来れましたな?」
 そうだよな。優衣は重力もコントロールできるのだろうか。

 それをきっぱりと否定する。
「タンクが存在する共有空間をそっくり移動させただけです」

「「共有空間?」」
 初めて聞いた言葉に同時に反応する俺とハゲ。その上空から、得意げに説明するタマ。

『共有空間とは、その物体が持つ裏空間。つまり物体が存在することでそこから押し出された空間のことです。それは亜空間へ飛び出しています』

「そんなのがあるんだ」驚きだった。

「そうです。共有空間ごとまとめて時間を移動させるだけのことで、力をかけて重力ポテンシャルを変化させるわけではありません」

「分かった。もうええ」
 俺も同感だ。もううんざりさ。物理の講義は時間のある時にしてくれ。玲子と茜を相手にな。たぶん困難極まりない講義となるだろう。


「ほんで裕輔。プローブは何本残ってまっか?」
「フル装備のヤツが8本。空が12本あった」
 と答えると、社長は揉み手擦り手でハゲ頭をもたげ、
「よっしゃ。玲子も呼んでやな、二人で手分けしてプローブの装備を全部抜きなはれ。ほんでこの水を100リッタータンクに小分けして入れるんや。簡単やろ?」

「理屈は分かるんだけど。それって、ただの水風船と同じだぜ?」

『水を搭載したプローブを惑星の中心部へ送り込み、強い圧力に晒すと酸素と水素に分解されます。そこへ焦点を合わせたフォントレーザービームで瞬間的に1億度にまで温度を上げると、ほぼ水爆と同じ規模の爆発を起こし、それにより核融合反応が誘発されます』

「1億度って……大袈裟に言ってんだろ?」

『いいえ。フォトンビームは最大10メガトンのパワーを持っています。それを一点に絞れば可能です』

「お、恐ろしいモノを作るんだな。核融合爆弾っていうヤツじゃないか」
「せや。ここではタダの水やけど、高圧高温のもとでは超破壊力のある爆弾になるんや。さ、玲子を飛び戻しなはれ」



 武器を作るからこっちを手伝え、とキッチンにいた玲子に船内通信で伝えると、欣喜雀躍(きんきじゃくやく)の様子で、まさに踊りながら通路を駆けて来た。

「助かっちゃった。料理は苦手なのよ。アカネが色々教えてくれたけど、ぜんぜん面白くなかった」
 お前は何をやったら面白いんだよ……とは訊くまでもない。体を張って暴れることに尽きるのさ。

「いいか作業は簡単だ。水をタンクに入れ……」
 茜の料理教室から呼び戻されて来た玲子へ、とりあえず社長から聞いた話をそのまま説明すると、
「もしかして、あたしたちで爆弾を作るワケ?」
 ピンク色のエプロンをしたまま、瞳の奥を輝かせた。

「そうさ、楽しいだろ?」
 野菜のスープを煮込むことと、星の核融合を暴走させる起爆剤をせっせとロケットに詰め込む作業。どちらが玲子らしいかと言えば……やはり破壊力最強のほうだろうな。

「うん。こっちのほうが性にあってるワ」
 案の定、玲子は楽しそうに袖を捲(めく)り、高揚させた頬をほころばせた。
 なんちゅうオンナだ。こいつの頭の中はどうなってんだろ。




『提案があります』
 俺たちの地味な作業を上から見下ろしていたシロタマが言った。

「何だよ、藪から棒に」

『惑星の中心部に撃ち込むのは8機までとし、残りはデバッガーに対してし使用することを推奨します』

 赤い落書き模様がゆっくりと社長のほうへ旋回していく。これまでより格段とあいつの視線が分かりやすくなった。
 それともう一つ、口紅のかすれ具合が何だかそそるね。

「デバッガーが現れまんのか?」
 社長はその紅色の丸模様へ片眉を歪めて見せ、シロタマではなく優衣のほうへ首を捻じった。

「あ、はい。プロトタイプに危険が迫れば自分の身が危なくなりますから。おそらく救助に現れると思います」
「よっしゃ。シロタマの指示に従いまっせ。圧縮水素は銀龍の燃料やけど、ハイパートランスポーターのおかげでぎょうさん余っとる。みんなで手分けして作業再開や」


 最終的に茜やミカン、ついでに田吾までも駆り出され、作業すること数時間。準備は整い、ドッキングベイの広い床に8本の核融合起爆剤と、12本の核融合弾頭ミサイルモドキが完成した。

「ふー。腰が痛いダ」
「きゅら?」
 田吾は細かい作業が得意な男だが、こいう連携した動きはミカンのほうが優秀だったことを付け加えておこう。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



 次の日。

 優衣と茜、そしてミカンが寝ずの監視を続けていたが、惑星はとくに目立った変化はなく、昨日と同じ縞模様だと。とまあ、これはミカンの報告だけど、いったいあいつは何の監視をしていたのだろう。

 貫徹なのだが、爽やかな笑顔の優衣は引き続き監視を行い、大ボケコンビは今日も栽培室へ水やりに出かけた。
 準備は昨夜のうちにすべて済ませているので、今日は計画通りに動くこととなる。




「ええか、パーサー。惑星に向けて発射するのは8機同時とちゃいまっせ。指示どおりに時間差を持って順次発射すんねやで」

《心得ております。フォトンレーザーの照準ロックの時間分ズラして発射します。ところで社長。裏側へ飛んだプローブはどうやって撃つのでしょうか?》

「時間に合わせて、優衣がハイパートランスポーターで銀龍を惑星の裏へ転送するそうや」

《了解。便利になったものです。昔の銀龍ではあり得なかった仕様です》

 最新式の家電製品の感想を述べるみたいな落ち着き払った口調に嘆息しつつ、社長はシロタマに尋ねる。

「何か付け足すことはおまっか?」

『ありません。あえて付け加えるなら……』
 途中から素に切り替わり、
「ユウスケ。ミスるな。起爆剤に予備はねえゾ!」

「なんでお前は俺に対する時だけ素に戻るんだよ! バカにしてっと野球大会の時、ボールにしてホームラン打ち上げっぞ! 金属バットだと良い音がするだろうな、中身が空っぽそうだから」
 天井に向けて憤懣やら嫌味をぶちまけてやった。

 シロタマは再び女性の声に切り換えて、平然、平淡に言い返す。
『激励以外に他意はありません。不服でしたら、狙撃手をミカンと代わることを推奨します』

「うっせぇーな。嫌味を言うな」
「きゅきゅりゅーりぃ?」

「あんだって?」

「嫌味の理由を訊いてます」
「あのな。この機械は照準モニターに赤色のマークが出たらトリガーを叩くだけのフルオートだ。マジでミカンでもできらぁ」

「きゃーりゅみゆりゅりゃる」
「なら代われって言ってまフ」

「やなこった。そんなことしてみろ、俺のコケンにかかわる」
「こかん……?」
「ば、ばかやろ。沽券だ。沽券」

「裕輔、もうええやろ?」
「はい?」

「言い足りんのやったら、成功させてからほたえ(ふざける)なはれ」
「あ、え? あ、もういいっす……」

「パーサー。暴走核融合作戦、開始や」


 何だよ。また生殺しじゃねえか。
  
  
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